即興ミステリ

天草一樹

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李千里は帰りたい

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「千里! 新しい物語を思いついたんだ、ちょっと解いてみてくれないか」

 その日の全授業が終わり、倦怠感と開放感の二つが同居する教室。

 ある者は友人とたわいない会話をし始め、ある者は一目散に教室を飛び出して帰宅し始める。

 今日は珍しくバイトがないので、家でゆっくりくつろごうと考えていた俺――李千里リセンリは、そいつ――橘礼人タチバナレイトに迷惑顔を向けた。

「悪いが興味ない。忙しいからまた今度にしてくれ」

「何言ってるんだよ千里。今日はバイトのない暇な日でしょ? ちょっとぐらい付き合ってくれたっていいじゃないか」

「……どうして今日、俺のバイトが休みであることを知っている」

「えー、そんなの千里の顔を見れば一発で分かるよ。『今日はバイトが無くて一日フリーだぜヒャッハー!』って顔に書いてあるもん」

 俺は無意識に自分の顔に手を当てる。まさかそんな言葉が顔に書いてあるわけはないのだが、礼人は俺のちょっとした感情の機微をいつも見分けてくる。まるで覚りの様に、スラスラと。



――橘礼人は変人である。顔は典型的なしょうゆ顔で、穏やかそうな雰囲気を醸し出しているし、背も低くない。隙あらば黒服で全身を覆い始めるが、それを除けば服のセンスだって悪くない。運動音痴ではあるものの、学力に関しては全国でもトップレベルの成績を誇っている。俺が生まれてから今日にいたるまで、唯一敵わないと思わせられた人物でもある――が、礼人は疑いなく変人である。

 とにかく奇矯な行動が多い。勿論こいつなりに何かしらの意図を持って動いているのだろうが、思いついた途端に行動を起こす性格。そしてその行動の突飛さと、TPOを一切弁えられない空気の読めなさが、礼人の行動を著しく珍妙なものへと変えている。授業中に突然「空にUFOが飛んでいる」と言い抜け出しては、なぜか全身を泥まみれにしながらトノサマガエルをもって戻ってくる。昼に静かに弁当を食べていたと思ったら、そのままの状態で三時間近く静止している……。

 要するに、常人には想像もつかないところで突然思考が始まるようなのだが、回りの人間からしてみたらただの変な人(もしくは狂人?)にしか見えないというわけだ。

閑話休題



 さて、今日は暇であることを見破られているのなら、大人しく礼人に付き合うべきか。否、せっかくの休みをこいつの下らない遊びで潰すなんてもってのほかである。

 俺は礼人を押し退けて、席から立ち上がる。と、突然俺の肩に手がおかれ、席に座り戻された。

 誰がやったのかは今までの経験からおおよそ思い付くが、できれば当たってほしくない相手。俺が嫌な予感に苛まされつつ振り返ると、そこには予想していた白衣の人物――多多岐滝タタキタキが満面の笑みで立っていた。

 多多岐滝。冗談みたいな名前だが、これでも本名であるらしい。うちの高校の養護教諭で、七三に分けた髪型が特徴的な甘いマスクと180を越える長身。そして、オペラ歌手を想起させるような美しいソプラノ声。学内に限らず、学外にもファンがいるとされる程のイケメン紳士である――が、こいつも礼人に負けず劣らずの変人、というかダメ人間だ。

 そもそも、放課後とはいえ白衣姿のまま保健室から抜け出し、俺と礼人のいるこの教室まで遊びに来ていることからも、いかに問題のある教師であるかがわかるだろう。

 俺は肩に置かれた手を強引に振り払うと、多多岐を睨み付けた。

「多多岐先生、今は学生の帰宅時間であって、養護教諭のあなたはまだ仕事があるでしょう。早く保健室に戻ってください」

「えー、冷たいこと言うなよー。僕と君たちの仲じゃないか。それにどうせあそこにいたって暇なだけだし、生徒の近況を確認した方が有意義だとは思わないかい」

「思わない」

 というか仕事をしろ。

 本来白衣の養護教諭様が保健室から抜け出し、勝手に生徒のクラスを訪れていれば、いろいろと問題になるはずだし、生徒ももっと騒ぐだろう。だが、あまりにも日常的に保健室からの逃走をはかり、俺達の教室までやって来るため、最近では誰も注意も興味も向けなくなった。

 クラスメイトからは絶対零度の視線といわれる軽蔑の視線を多多岐に向けるが、すっかり慣れた様子の多多岐は気にもとめずに笑顔を向け返してくる。

「そんなことより、レイちゃんまた面白い物語を思い付いたんでしょ。せっかくだから僕にも聞かせてよ」

 因みに、多多岐は礼人のことをレイちゃん、俺のことをセンちゃんと呼ぶ(大変不本意だが)。

「そうですね、人数が多い方が盛り上がると思いますし、滝先生も是非聞いてください! 千里も席に座り直してくれたってことは、僕の物語を聞いてくれる気になったんだよね」

「席に座ったのは多多岐に無理やり座らせられたからだ」

 すげなく言い返すも、自分の置かれている状況から、このまま家に帰るのは無理そうだと思い直す。

  俺は二人に見せつけるように大きくため息をつくと、自分の鞄に手を伸ばしなから言った。

「とりあえずここから移動するぞ。いい加減机を下げないと掃除の邪魔になる」
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