キラースペルゲーム

天草一樹

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正義躍動する三日目

佐久間の裁判

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「ですから宮城さん! 確かに私は数多くの人を結果として騙し、傷つけてきたのかもしれません! しかしそれは結果論! そこまでの間に私が彼らとの間に築いた絆は嘘ではないのです! 毎日親しく挨拶を交わし! 空き時間はお互い楽しく世間話を! 時には一緒に旅行にまで出かけた! その際に私と彼らが浮かべていた笑顔に偽りは一切ありません! その末に私が売りつけたあれこれは――」
「……」

 正義の使者による佐久間への尋問が始まってから早三十分。長々と自身が行ってきた詐欺行為の言い訳を語り続ける佐久間。対する宮城もそれを一切遮らず黙って聞き続けている。
 よくここまで言い訳が続くものだと。そしてよくこんな無駄話を聞き続けていられるものだと、明はげんなりしつつも純粋に感心した。
 


 鬼道院に何かを囁かれた秋華が百八十度考えを改めた後。それに文句をつけるものが当然現れたが、秋華による「この話をどうしても続けたい人には、申し訳ないですがキラースペルを唱えて殺させてもらうのです」という宣言を受け文句の声は一瞬で掻き消えた。
 それにより元々の目的である、正義の使者による裁判タイムが始まった。
 正義の使者様が特に悪人だと感じた順にその裁判は始まっていき、めでたくその一番手には明が選ばれた。

 ――自身の犯した罪。自殺を考えていた友人を止めるどころか、嫌いだったクラスメイトと共に心中してもらうよう勧めたこと。結果として友人含め数名の死者を出したこと。

 宮城はそれを黙って聞き届けた末、判決は後回しにして次に悪人と感じた架城の裁判へと移行した。
 架城も明同様自分の罪を隠そうという気はなかったようだ。自身が自殺に追い込んだ部下についての話を淡々と語ってみせた。聞いている側としては、それは明らかにやり過ぎだろうと気分の悪くなるような内容だったが、宮城は顔色一つ変えずに最後まで聞き届け、やはり判決を後回しにして次の悪人――佐久間の裁判を始めた。
 明と架城の裁判はせいぜい十分程度で終わったのだが、佐久間の裁判は彼自身が罪を認めず言い訳を続けるため、長期戦の態を見せていた。
 退屈に思いつつもやることがなく、明はぼんやりと佐久間の話を聞き流す。多少興味深い内容として、佐久間には催眠の心得があるという話も出たが、その腕前に関しては不明。頭の片隅に残しておくべきか、それとも無駄な情報として切り捨てるか。
 グダグダとそんなことを考えていると、不意に神楽耶が肩をつついてきた。

「あの……、東郷さんって人を殺したとは言っても、直接誰かを殺したわけじゃなかったんですね。それに話を聞いた限りだと、被害者の方にも非があるみたいですし」
「それがどうした。俺が人を殺したことに変わりはないぞ。それにお前はどんな理由があれ殺人は悪だと言っていただろ。なら被害者に非があるかどうかは関係ないんじゃないか」
「それは確かにそうですけど……でも、東郷さん自身がしたことは、自殺するぐらいなら復讐すべきじゃないかと勧めただけのことですよね。その助言を受けて実際に行動したのは友人ですし、そんな助言を受け入れる心理状態にしたのはその殺された方のせいです。ですから東郷さんがそこまで悪いことをしたとは、少なくとも私は思いません」
「……そうか。それでお前から俺への信頼が少しでも強まるのなら、特に言うことはないな」

 一切笑顔を見せず、明は神楽耶の言葉を受け流す。
 今更他人にどう言われようとも、明自身が殺害を犯したという意識を持っていることに変わりはない。ましてその行いを後悔しているわけでも誇っているわけでもないため、慰めの言葉も蔑みの言葉も欲してはいなかった。
 ただ、明自身に変化はなくとも、神楽耶としては心境に大きな変化があったようだ。明を見る視線が今までより柔らかくなり、ここに集められたメンバーについても改めて疑問が生じたようだった。

「このゲームの主催者は一体どうやって私たちのことを選んだのでしょうね。私は殺人を犯していませんし、東郷さんも殺人を犯したかと言われればかなり微妙なところです。実はランダムにそれっぽい人を選んだだけなんじゃないでしょうか」

 明は数秒神楽耶を見つめた後、気怠げに答える。

「俺たちの選出方法には当然キラースペルを用いたんだろ。『人殺発見ヒトゴロシハッケン』なんてスペルでも使えれば、人を殺したことのある人間を見つけることもできるだろうからな。ただ、殺人者の定義は使用者次第だし、具体的に誰を殺したのかまではスペルじゃおそらくわからない。そこは杉並とやらが必死に調査でもしたんだろうが、どこまで掴めたのかは謎だな」
「成る程……。もしそれが事実なら、スペルの力って本当にすごいですね。使用者のイメージによって左右されてしまうとはいえ、人探しもできるなんて。もしこのスペルを企業が持てば、面接や試験なんてしなくても欲しい人材を集め放題です。
 そうなるとなおさら、スペルをより詳しく知るためとはいえ、この奇跡みたいな力が人殺しの道具に使われているのは残念でならないですね。実験するにしても、もっと有意義で人を殺さない方法がたくさんあると思うのに」
「いわゆる安全な実験は、俺たちとは別に何度も行われてるんじゃないのか。その上で、金稼ぎと有事の際の武器としての力を調べるためにキラースペルゲームが開催されている」
「……やっぱり迷惑な話ですね。兵器として利用したくなる気持ちは分かりますけど、その実験も仲間内で収めてくれればいいのに。無関係な他人を巻き込まないでほしいです」

 神楽耶は力なく息を吐き壁に寄りかかった。
 明は神楽耶から視線を逸らすと、神楽耶にも聞きとれないほどの小声で「どうだろうな」と呟いた。

 もし、この魔法じみた力が裏でこっそりと実用化されてしまったら。それこそ国民全てが――いや、世界全てがスペルを持つ何者かの手によって支配されることだろう。それも、支配されていることに気づくことすらできずにだ。
 そのことを考えると、実用化する前段階でスペルの存在を知れたことは不幸とばかりは言えないように思える。ただ、このゲームを仮に勝ち残ったとしても、スペルの記憶を保持したまま自由の身になれるなどということは、万が一にも起こらないだろうが。
 気が早いとは思うが、勝った後の身の振り方についても考え始めるべきだろうか。そんなことを明は思考し始めた。



 それから三十分。もう裁判が始まってから一時間を超えるというのに、いまだ佐久間の言い訳は続いていた。いい加減佐久間の声を聞きながら思考し続けるのにも飽き、誰か彼の話を終わらせてくれないかと辺りを見回す。
 架城あたりはそろそろ文句を言うだろうと思い真っ先に視線を向けたが、予想に反し、彼女は壁に寄りかかり無表情で目を閉じていた。
 機嫌がよさそうなわけではないが、イライラしているようにも見受けられない。自分の裁判が終わったことにより、心に余裕ができたのかもしれない。それとも、佐久間が話し過ぎて自滅するのを期待しているのだろうか。

 何れにしろ、これはあてになりそうにない。そう思って明は他のプレイヤーに視線を移した。

 明たちと反対の壁際では、いつの間にか移動したらしい鬼道院が秋華と話を交わしていた。相手がポーカーフェイスの鬼――秋華であるため、友好的に話せているのかはさっぱり分からないが、鬼道院は取り敢えず笑顔を浮かべている。何を話しているのか気にはなるが、あの二人の会話に混ざる気は起きない。

 明はさらに視線をスライドさせた。

 厨房よりの扉近くでは、六道と姫宮が肩を寄せて囁き合っている。姫宮を見る六道の表情は緩み切っていて、完全に篭絡されたことが窺える。一方姫宮は六道に笑顔を向けつつも、時おり全く別の場所――おそらく佐久間へと視線を飛ばしていた。
 こんな場所でも二股をかけているのか。などと邪推しかけるも、実際のところは佐久間が『虚言致死』のスペルで死なないか心配になっているのだろうと考えを改める。
 何せ、隠しているがあの三人は既にチームを組んでいるのだから。



 ――前日に橋爪の部屋で鬼道院と別れた後。明はすぐ自室に戻ることはせず別館の物置へ寄り道した。思いがけず鬼道院に銃の存在を気づかれたため、隠しておいた銃が今も残っているか気になったのだ。
 キラースペルを用いたことで可能となった殺人は罰の対象にならない――という話だが、橋爪がスペルを使い召喚した拳銃で、彼以外の人物が人を殺したとき。それはセーフ、アウトのどちらなのか。おそらく大丈夫だとは思うが余計なリスクは負いたくない。試すのは喜多嶋に一度確認してからと思い、神楽耶にも知られないよう取り敢えず物置に隠しおいていた。
 幸いにも銃は無事であり、安堵しつつ部屋に戻ろうと扉を開けかけたとき。ちょうど誰かがⅠ号室の扉を叩く音が聞こえてきた。
 これは情報収集のチャンスだと思い、ドアをほんの少しだけ開けたまま耳を廊下の音に集中。すると、六道と姫宮、そして佐久間の声が聞こえてきた。
 六道と姫宮の声は小さく、何を言っているかまでは聞き取れない。しかし、二人の話に対応する佐久間の声は大きく、耳を澄ますまでもなく話し声が届いてきた。
 実質佐久間の声しか聞こえてこないため、具体的な内容は分からない。しかし、彼らが佐久間の部屋に入る直前の発言として、「お二人の間に割り込むのは心苦しいですが、是非私も仲間に加えて欲しいです!」というものが聞こえてきた。
 それにより、二人の訪問理由が佐久間勧誘のためであったこと。そしてその提案に佐久間が乗り気であることが分かった。

 そして今。佐久間、六道、姫宮の三人全員が生きており、お互いに敵対視するような気配もない。彼らがチームを組んだことはまず間違いないと明は確信していた。

(正義の使者による裁きを切り抜けられたとしても、あの三人が生きていては次の日以降の戦いはより厳しいものになる)
(できるなら宮城の能力を利用して、彼らのうち誰か一人くらいは殺しておきたい)

 いまだ終わる気配を見せない佐久間の語りを聞き過ごしながら、再度明は長考に入ることにした。
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