キラースペルゲーム

天草一樹

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雷鳴轟く四日目

三度目の全員集合

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「そこら辺で彼女をいじめるのは勘弁してくれないかな」

 一触即発の雰囲気の中、いつの間にか開いていた扉から六道が入ってきた。
 彼がこのタイミングで登場するのは、東郷の推理の正しさを裏付けるようなもの。
 正直半信半疑で東郷の話を聞いていた鬼道院は、「ほう」と声を出してしまった。

「今のセリフ。六道さん、本当に扉の外で待機していたのですね。ですがここでの話を聞いていたなら、今登場するのはあまり具合が宜しくないと思うのですが」

 なぜ姿を見せたのですか? 鬼道院がそう尋ね終える前に、六道は苦笑しながら口を開いた。

「鬼道院さんも人が悪いな。あなたと東郷君の相手を姫宮さん一人に任せるのは、どう考えても荷が重すぎるでしょう。特に二人とも、いがみ合って足を引っ張り合うようなこともしないみたいですし」
「これ以上無駄に情報を取られることの方がリスクが高いと考えたわけか。妥当な判断だな。今お前が現れなければ、こいつは大した勝算もないままにスペルを唱えていた可能性すらある」

 東郷の執拗な挑発を、鬼道院は内心ドキドキしながら見守る。もし彼女の怒りが臨界点を超え、本当にスペルを使ってきたら一体どうするつもりなのか。
 まさか既に、昨日持ち掛けてきた策を自分自身で試したのだろうか。仮に試していたとしても、彼が考えていた通りの副次的効果が発揮されているとは思えない。いや、それすらも実証済みなのだとしたら。ここまで無鉄砲な行動に出られるのも不思議ではないが……。
 東郷の勝気すぎる態度を前に、鬼道院の脳内では疑問が渦巻き始める。
 そんな鬼道院の内心など当然知る由もなく、六道と東郷は静かに火花を散らしていた。

「姫宮さんは君が思っているほど愚かじゃないよ。それに、随分と彼女のことを馬鹿にした態度をとっているけれど、鬼道院さんが足止めしてくれなかったら彼女が廊下に出るのを止められてなかったんじゃないかな?」
「確かにそれは否定できないな。教祖様が足止めをしてくれたからこそ、俺もあそこまで考えることができた」
「だったら姫宮さんを貶すのは止めてくれないかな。彼女は十分に有能だよ」
「最終的に計画が失敗したんだから有能とは言えないだろう。いや、有能でないという点ではお前も同じだ。今回の策に気づかせてくれるヒントを最初にくれたのは、お前の余計な行動だったんだからな」
「余計な行動? そんなおかしな動きをしたつもりはなかったんだけど、何かしていたかな?」
「大広間に俺たちを集めることがお前らの策であることは看破されてしかるべき話だ。にも関わらずお前は連絡通路で俺たちの前に現れ、その後も大広間に向かう様子を見せなかった。何か罠を準備しているんじゃないかと勘ぐるのは当然のことだろう」
「それを言うなら僕が大広間にいなかった時点で、君は僕がどこで何をしているのかと警戒していたんじゃないかな。むしろ僕があそこで現れたからこそ、君は大広間以外に仕掛けが存在しているのでは、と勘ぐっていたと思うんだけどね」

 お互い表情はほとんど変えず、まるで世間話をしているかのように淡々と意見をぶつけ合う。
 この言い合いに勝ったからといってこの後の展開が変わるわけではない。しかし相手がどこまで思考できるのかを推し量ることは、次なる策を考えるには欠かせない問題である。それゆえ表面上は落ち着いた様子でありながらも、脳内は苛烈に動き続け、相手の格を測っていた。
 ただ二人の思考力はほぼ互角の様で、互いのミスや緩みを攻めてもすぐに反論が返ってくる。
 思考が追い付かず置いてけぼりをくらった鬼道院らは、口を挟むこともできず彼らの応酬を眺めていた。

「随分と盛り上がってるみたいだけど、一体何の話をしているのかしら」

 不意に、嘲るような声が広間を駆け抜ける。
 途切れることなく続いていた二人の舌戦はそれと同時にピタリとやんだ。
 大広間にいる全員がその声の方に視線を向けると、扉に寄りかかってこちらを睥睨している架城の姿があった。
 相も変わらず色味の少ない地味な恰好をしている。顔付きも初日と変わらないままで、疲労や焦燥の色は一切見えない。むしろ明るく元気になっているようにすら見えた。
 彼女は数秒場を眺めることで、今がどんな状況なのかをおおよそ察したらしい。
 扉を閉め、皆のいる方へゆっくりと向かいながら、まずは鬼道院、東郷に焦点を合わせて軽い皮肉を浴びせてきた。

「あら教祖様。藤城の次は東郷とチームを組むことにしたのね。やっぱり信者として自分の代わりに働いてくれる人がいないと、戦うのは怖いのかしら。それに東郷もよくそんな裏切り者を味方に加えたものね。少しでも気を許せば、藤城みたいにすぐ寝首を掻かれるわよ」

 元より会話をする気はないようだ。東郷が言い返そうとする前に、架城はすぐさま六道、姫宮に焦点を移した。

「ねえ。なんであなた達が広間の中にいるの? わざわざ佐久間を使って大広間に呼び出したのは、他のプレイヤーをここに閉じ込めるためだったんじゃないのかしら? それは私の考えすぎだった? それとも、既に策が失敗した後ってことかしら」

 一方的に他者を糾弾するのが楽しいのか。架城は話せば話すほど歓喜の色をその瞳に宿していく。
 東郷同様、人の話を全く聞きそうにない彼女は鬼道院の苦手な部類の人種。彼女のようなタイプは反論しなければいつまでも貶してくるが、反論したらしたでその倍の量の罵声が飛んでくる。
 他人の話に口を挟むのが苦手な鬼道院は、教祖をやっていたときも彼女のような相手に対しては終始無言を貫いていた。そもそも話の転換が早すぎて、考えをまとめきる前に別の話題に移ってしまう。だから当時は友人に全て対応を委ねていたのだが――。
 今はその友人もいない。加えて架城の口は滑らかで淀みがなく、口を挟む隙が存在しなかった。

「それにしてもあなた達はなんでこんなちんたらとゲームを続けているわけ? 今のプレイヤー数を考えれば、三人チームが組めた時点で策を弄するまでもなくゲームを終わらせられると思うのだけど。そんなに使い勝手の悪い能力ばかりなのかしら? そうだ。どちらのチームでも構わないけど、いらない人と私をトレードしましょうよ。最初から金魚のフンのように男に引っ付いてるだけの奴とか、元運営人に媚び売って勝たせてもらおうと考えてる奴とか。そんなのより私の方が遥かに役に立つわ。というよりチームになる他二人のスペルを教えてもらえれば、すぐにでも残りのプレイヤーを皆殺しにしてあげるわよ。どう、悪い話ではないでしょう?」

 実に堂々とした口調でそう言い終えると、架城は再度全員を睥睨した。

 ――全員平等に貶すあたり、彼女は博愛精神を兼ねているのかもしれない。

 流れるような話しぶりに圧倒され、鬼道院は半ば思考停止気味にそんな馬鹿なことを考える。一方思考停止という言葉とは縁のない東郷は、ぼそりと「仲間いないアピールか」と呟いてから架城に問いかけた。

「さっきから随分と威勢よく話しているが、立場を理解してるのか? 今この場ではお前だけが全プレイヤーにとって共通の敵なんだぞ」

 冷たい視線と共に伝えられる脅迫めいた発言にも、架城の態度は揺るがない。それどころか余裕の笑みを浮かべて東郷を見返してきた。

「ええ、理解しているわよ。唯一仲間を持たない私は、この中で唯一狙われない存在だってことを。口ばかりで大した力を持たない私に、貴重なスペルを使うわけにはいかない。だってもっと厄介な相手がすぐ隣で見てるんだもの」

 彼女の言葉が真実であるからか、東郷の視線は鋭くなるだけで反論の言葉は出てこない。
 他のプレイヤーもそれを否定することができずに、苦々し気な視線を彼女へ向けている。
 力がない。それゆえに誰よりも安全。
 そんな歪さを持ちつつも事実優位に立った架城は、この状況を最大限楽しもうと加虐的な笑みを張り付かせ、再び毒を吐こうとする――

「やあやあ、皆さんお待たせいたしました! 主催者の思惑を覆し、全員生きてこの館を出る! そんな夢物語のような提案を聞くために、誰一人拒むことなく大広間に集まっていただけて、私佐久間喜一郎! 望外の喜びを噛みしめています!」

 が、扉を勢いよく開け登場した佐久間の前口上により、毒を吐くタイミングを奪われた。
 佐久間の後ろからは、ツキノワグマが描かれたTシャツを着た秋華がやって来る。真黒な体躯の中、胸元だけが白く月の形を描いたクマのプリント。肉食動物の描かれた服を着てくるとは、戦闘態勢になった証だろうか。
 佐久間の登場により一層カオスに陥った鬼道院は、またも現実逃避気味な思考を行う。
 一方皆をこの場に集めた張本人は、故意なのか、純粋に空気を読む能力が著しく欠如しているのか分からないが、殺伐とした雰囲気をぶち壊すような明るい声を響かせた。

「それでは皆様。さっそく私の考え付いた『みんな笑顔で生きて帰ろう作戦!』を実行するための準備に取り掛かりたいと思います。この血命館での生活もあと数分の話。曲がりなりにも優雅で快適な生活を与えてくれたこの館に、別れの挨拶をしておいてください!」
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