キラースペルゲーム

天草一樹

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終焉の銃声響く五日目

一目惚れ

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「証拠は……何か証拠はあるんですか?」

 言葉の割には、もはや自身が悪人であることを隠そうとしないような、獰猛な瞳で神楽耶が言う。
 そんな発言、表情をしている時点で否定することに意味などないだろうに。最後まで抗おうとするのは一体どんなわけか。やはり正体がばれたら殺されるとでも考えているのだろうか。まあ、それはあながち間違いではないのだけれど。
 鬼道院はどこか憐憫を含んだ眼差しを向けつつ、口を開いた。

「今あなたを納得させるような証拠はありません。しかし喜多嶋さんに聞けばすぐに分かる話でしょう。こうして策がばれてしまった以上、東郷さんを殺すのは実質不可能なわけですし。彼があなたのため、嘘の証言をしてくれるとは思えませんからね」

 おそらく鬼道院の言葉が正しいと考えたためか、神楽耶はそれ以上証拠については聞かず、今度は動機を尋ねてきた。

「……でも、私が運営にお願いしてまで東郷さんを殺す理由は何ですか? 鬼道院さんの話が正しければ、もうゲームは終わるんですよね。私にはリスクを冒してまで東郷さんを殺すメリットがないはずです」
「まあ、結果としてはそうなりますね。ですが、残り四人になった時点で、すぐさま他のプレイヤーを殺すことができていなかったら。あなたは東郷さんを殺すことで、ゲームを終わりに導けたでしょう。また、当然東郷さんがあなたを裏切って殺そうとしてくることもあり得た話です。その際の自衛手段としても、この仕掛けは有効に働きます。さらにゲーム終了後の待遇にも影響するかもしれませんね。いわばゲームの裏道を突いてクリアするわけですし、そもそもあなたは容姿が優れていますから。この方法で勝利することができれば、かなりの好待遇を得られることも予想できます。
 しかしまあ。あなたの一番の動機は『殺人を行ってみたかった』、ということではないでしょうか。このゲームに法律は適用されませんし、普段の生活では決して行えない殺人という遊戯を、ノーリスクで楽しむことができる。悪人であるあなたには、それが何よりの魅力だったことでしょう」

 そこまで一息に喋りとおすと、鬼道院は小さく息を吐き肩の力を抜いた。
 神楽耶の本性を明らかにするため、普段の東郷を見習って挑発メインの語りを行ってみた。しかしなかなかどうして、挑発しながら会話するというのは、精神的にとても疲れる。
 いつ相手が怒りだし、自身の体に危険が及ぶのか。まるでロシアンルーレットを行っているような感覚が常に付きまとう。
 こんなことを日常的に行っている東郷や架城は、一体どんな強心臓の持ち主なのだろうかと、鬼道院は無意味に感心することになった。
 神楽耶はしばらくの間じっと黙っていたが、ふと顔を俯けた。が、すぐに顔を上げ――これまでとは違うふてぶてしい笑みを浮かべ、鬼道院を見つめてきた。

「ああ、ざーんねん。ここまで来たら清廉潔白純情少女を貫けるかと思ったのに。まさか最後の最後でばれちゃうなんて。よりにもよって東郷さんがあなたと手を組むなんて予想してなかったからなあ。彼ならきっと私以外の仲間は作らない。そう思ったからこそチームを組んだのに。どこでミスっちゃったのかしら?」
 
 当たり前だが、表情と口調以外に彼女の姿に変化はない。依然として人形じみた美しさを持ち、細くて白い腕や足にも何一つ変わりはない。しかし、そこにいるのは数秒前までここにいた神楽耶とは明らかに別人だった。
 今の一瞬の間に宇宙人に乗っ取られたと言われても納得できてしまほど、雰囲気や迫力が異なっている。
 そのあまりの変わりように脳内処理が間に合わないものの、ここで呆然としていては逆にこちらの仮面が暴かれてしまう。鬼道院は夢を見ているようなぼんやりとした思考のまま、何とか言葉を発した。

「……それがあなたの素顔ですか。見た目は変わっていないはずなのに、随分と雰囲気が違いますね。大学生というのは嘘で、女優だったりしたのでしょうか?」
「あはは、それは嬉しいことを言ってくれますね。でも学生だっていうのは本当ですよ。まあ演劇サークルに所属してるんで、演技するのは得意分野ですけど。ところで鬼道院さんは私のことを殺しに来たわけじゃないんですよね? 立ってるのも疲れたので、ベッドに座らせてもらってもいいですか?」
「……ええ、どうぞ」
「じゃあ遠慮なく」

 鬼道院のプレッシャーが全く通じていない様子で、神楽耶は気軽にベッドまで移動すると、腰を下ろした。
 足を組み、うんと背伸びをして体から力を抜く。そして今までの彼女からは想像もできないような悪戯な笑みを浮かべ、楽しそうに問いかけてきた。

「それで、鬼道院さんは結局何しに来たんですか? 私の素顔を暴くだけ暴いて殺さないなんて。もしかして六道さんが死ぬまでの暇つぶしに正体暴かれちゃったんですかね?」
「いえ、そういうわけではないのですが……。それより、少し確認させてもらっても宜しいでしょうか。先ほどまでのあなたは、本当に演技された姿、だったのですか?」

 まだ思考が回復していない鬼道院は、時間稼ぎも兼ねて質問返しを行う。
 神楽耶はさもおかしそうにくすくすと笑うと、躊躇いなく肯定した。

「やだなあ鬼道院さん。それ以外に今の状況をどう説明するんですか。大体私が演技していると思ったから、あなたはここに来たんですよね」
「それはそうなのですが……、あまりに印象が変わってしまったもので。それに私と相対しても、全く動揺している様子も見られませんし……」
「ああ、別に鬼道院さんからのプレッシャーを感じてないわけじゃないですよ。でも演劇の中では、あなたほどでなくとも強烈なプレッシャーを持った役者ともお芝居をしてましたから。耐性がついちゃってるみたいですね」
「ああ、そうなのですか……」
「それにしても皆さん、ちっとも私の演技に気づかないのでとても楽しかったです。たぶん感づいていたのは真貴ちゃんくらいかな? 真貴ちゃんも私と同じく猫かぶり属性だったし。もし東郷さんとチームを組めてなかったら、きっと彼女とチームを組んでただろうなあ。二人で他の男プレイヤーを虜にしながら、裏で情報交換して一人ずつ殺していく、みたいな。きっといいお友達になれたのに。死んじゃったのはとっても残念です」

 物憂げな顔つきになり、神楽耶は小さく息を吐き出す。
 ころころと変わる彼女の表情に、改めて彼女が演技していたのだということを悟り、鬼道院は必死に頭の中で情報を整理していた。この状況は予想通りの展開と言えばそうなのだが、あまりの豹変ぶりに全く思考が追い付いていない。仮に本性を現しても、自身の性質もあることだしここまで大胆に居直られるとは思っていなかったというのも、一つの要因であった。
 しばらく沈黙が続いたため、その間に頭の中を整理しきる。そして結局やることに変更はないことに気づいた鬼道院はいくらかの落ち着きを取り戻し、ようやく今の神楽耶を受け入れることができた。
 神楽耶はそんな鬼道院の困惑を見抜いていたのか、こちらが落ち着きを取り戻すのとほぼ同時に口を開いた。

「さて、あなたの質問には答えたので、今度こそ私の質問ターンですね。そもそもなんで鬼道院さんは私が演技していると気づいたんですか? 男性の、それも演劇未経験者にばれたことって今まで一度もなかったんですけど。どこでぼろ出しちゃってました?」

 鬼道院は通常運行し始めた思考を巡らせ、用意していた考えを思い起こした。

「そうですね。まず一つは、あなたの、自身は善人であるという設定でしょうか。実際多くの方が疑っていたと思いますが、こんな超常的な力を持ち、しかも四大財閥が関与しているにも関わらず、人選を間違えることなどあるだろうかという話です」
「ああ、やっぱりまずはそこですか。キラースペルが本物だなんて思っていなかったので、この設定でもそこまで疑われないと高を括っていたんですよね。でも結果として全プレイヤーの前で殺人を否定できたのもあったから、まあ問題ないかと思ってたんですけど」

 首を傾げながら聞いてくる神楽耶に、鬼道院は言葉を選びながら、ゆっくり答えを返す。

「殺人を犯していたプレイヤーは、あなたが殺人を否定できたことで、疑うことを止めたかもしれません。しかし私もあなたと同じく、少なくとも意識的に誰かを殺した記憶などありませんでした。ですから、運営が選んだ基準が、喜多嶋さんが言っていたように殺人を犯した者でないことは知っていたのです」
「そういえば、鬼道院さんとか秋華さんの告白していた罪は殺人じゃありませんでしたね。やっぱり適当にそれっぽい人を選んだんですかね」
「いえ、それは違うでしょう。それでは本当にただの一般人が紛れ込むかもしれませんし、ゲームとしても実験としても、満足のいく結果にはならないでしょうから」
「じゃあなんだと考えてるんですか?」

 鬼道院は首元の数珠をそっと掴むと、言った。

「人を殺すことに躊躇いのない人物。それがスペルを使って探し出した人材ではないでしょうか。その上で、私やあなたのように、ゲームを盛り上げられそうな能力を持った人材を厳選した。このキラースペルゲームにおいて最もつまらない展開は、人を殺すことに抵抗のある人物ばかりが集まり、最後まで駆け引きも何もなくゲームが進行することでしょう。そして殺人を犯したことのある人物が、必ずしも人を殺すことに躊躇いがないわけではない」

 鬼道院の考えに納得したのか、神楽耶はこくりと首を縦に振る。

「確かにその通りですね。重要なのは人を殺せるかどうか。そこを許容している人といない人たちではゲーム進行に天と地ほどの差がつくでしょうし、面白いスペルの使い方ができるかどうかにも差が出そうです。ああ、そういうふうに考えていたから『虚言致死』中の私の発言に違和感を持ったわけですか」
「ええ。ですから、私はあなたのことを早くから疑ってはいたのです。そして、その疑いをさらに強めることになったのは、東郷さんがあなたのことを異様に信頼していたことです」
「東郷さんが私のことを信頼……。まあそれはそうなるように仕向けていたわけですけど――あ、そういうことですか。私、うまくやり過ぎてたんですね」

 自身の犯していた失態に気づき、神楽耶はくすくすと笑い声を上げる。そして鬼道院が話し出す前に、自らその失態について語り出した。

「こうしたゲームで仲間から信頼を得るには、相手よりも自身のことを少し馬鹿に見せかけるのが一番ですからね。相手よりも賢く振る舞ってしまえば警戒され、信頼は築きにくくなる。かといって馬鹿に徹しきってしまうとそれはそれで怪しまれたり、軽んじられて裏切られたりする。だからその中庸を狙ったわけですけど――」
「傍から聞けば完璧過ぎました。基本的にはやや思慮が足りないように振る舞いつつ、時には東郷さんが思いつかなかったような考えを言って、しっかりとサポートもこなす。正直、そんな都合のいい人物が紛れているとは、到底思えませんでした。そして逆に、そんな人を演じられる方ならば、他にも何か策を打っているだろうと考え――」
「東郷さん殺しの策。運営との秘密の関係にも思い至ったわけですね」

 まるでよく練られた寸劇のように、トントン拍子に会話が進んでいく。
 もちろん鬼道院にそんな会話のセンスはないため、神楽耶がうまく流れを作ってくれているようだ。
 軽んじていたわけではないが、自分や東郷よりも彼女の方が遥かに賢いのではないかという気分に陥ってくる。
 とはいえ、そんな彼女も決して隙や油断がないわけじゃない。何せ、最初の最初に一瞬見せてしまった隙こそが、この状況を生み出しているのだから。
 余裕の笑みを浮かべる神楽耶にしっかりと視線を合わせ、鬼道院は厳かに口を開いた。

「ですが、そもそものきっかけは私ではないのですよ」

 神楽耶は笑顔を収めると、訝し気に眉をひそめた。

「これ以外にもまだ疑われる余地を残してましたか? それも気づいたのは鬼道院さんじゃない? もしかしてまた藤城ですか?」
「いえ、藤城さんではありません」
「じゃあ、一体誰が?」
「勿論、東郷さんです」
「東郷さんが? 本当に?」

 どこか疑わしげな瞳で神楽耶が言う。彼女からしてみれば、東郷のことをほぼ思い通りに操れていた自信があったのだろう。まさかここで名前が登場するとは思わなかったらしく、どこか苛立ちのようなものさえ見せていた。
 しかし東郷が真っ先に彼女の本性に気づきかけていたのは事実。鬼道院は「ええ」と頷くと、彼女が犯した痛恨のミスを口にした。

「東郷さんは初日の、それも喜多嶋さんによるルール説明の段階であなたに対して疑惑を抱いていた。それはあなたの発言が信じられなかったからなどではなく、もっと決定的なものを見てしまったからです。
 東郷さんは、あなたを初めて見た時に、一目惚れしてしまったのですよ。だから、喜多嶋さんがルール説明をしている時も、ちらちらとあなたの顔を窺っていた。なので見てしまったんだそうです。あなたが『大脳爆発』によって頭が吹き飛んだ人を見た後、顔を俯かせ、肩を震わせ、笑い・・を堪えているところを」
「………………は?」

 神楽耶は一瞬思考停止した様子で固まったのち、口元に手を当てた。しかし堪えきれなかったのか、彼女の口からは徐々に驚喜の笑い声が漏れだした。

「くく、ふふふふふ。それ、本当ですか? 事実だとしたら東郷さんキモ過ぎです。ああ、やっぱり美人っていうのもメリットばかりじゃないですね。まさかあんな状況下で一目惚れされて顔を盗み見られてたなんて。突然見れた大好きなスプラッタ映像に、あの時は表情筋を抑えきれなかったんですよねえ。流石にあの瞬間なら誰も私に視線なんて向けてないだろうと思って油断してたのは事実ですし、これは完全に私のミスですね。うん。演技がばれた理由は、しっかり理解しました」

 笑いから溢れた涙を指で拭いな、神楽耶は「でもやっぱり悔しいなー」と呟いてベッドに倒れこんだ。
 数秒の静寂。
 しかしすぐに彼女は起き上がり、笑顔で一人大きく首肯した。

「でも、そんなシーンを見られながらも、私は東郷さんの信頼を勝ち取れてたわけですよね。ならむしろ、称賛されてしかるべき演技力のはず。さすが私、天才です」

 鬼道院ことを忘れたかのように、神楽耶はしばらくの間自画自賛を続ける。だが、ふと表情を真剣なものに変えると、彼女は鋭い視線を鬼道院に投げかけた。

「まあそれも、本当に鬼道院さんが私を殺さないのなら、ですけど」

 自身の威圧感にも勝るのではないかという、背筋が凍るような迫力。
 内心で彼女に対する恐怖が湧き上がってくる。しかしここまで来て、怯んだ姿など見せられない。
 心洗道の教祖として、最後まで凛とした振る舞いを続ける必要がある。
 鬼道院は目を極限まで細めると、穏やかな声で言った。

「本音を言うなら、私としては今ここで、あなたを殺したいと思っています」
「……」

 何も言い返さず、神楽耶は微かに肩を震わせる。
 鬼道院はじっと彼女の動きを観察してから、「しかし」と言葉を続けた。

「残念ながら、あなたを殺すことはできません。それが東郷さんとの約束ですから。
 そして……ああ、本当に女性というものは厄介ですね。こうしてあなたの裏の顔を暴いたというのに、この後私は彼と、殺し合い・・・・をしなくてはならないのですから」
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