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第一章:視点はだいたい橘礼人
思い人との出会い
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子供のころの記憶。
僕のいた町から少し離れた孤島。
親や学校の先生から禁止されていたにもかかわらず、友達を誘って何度も遊びに行った。何とか子供数人が乗れる小舟を作り、最後は小舟を乗り捨ててみんなで泳いでいく。
それだけでも十分に楽しくていい思い出になったけど、一番覚えているのはその島にいた同い年の女の子。
猫みたいな目をした、肌が透き通るように白い子で、基本的には無表情で海を眺めていた。
ほとんど会話することもなかったけれど、二人だけで海を眺めてただ黙って一緒に佇んだりはした。
たったそれだけ。でも、僕は何だかそれだけのことでも彼女のことが好きになって……。
「うん、ここは……」
目を覚ましてあたりを見回すと、普段橘が見慣れている自分の部屋ではなく、隅々まで掃除の行き届いた、高級ホテルの一室のような部屋にいた。
蛍光灯だけが置かれた、見るからに高そうな机。オレンジ色のすわり心地のよさそうなソファ、真っ白で汚れひとつないカーテン、木製の大きな箪笥、そしてついさっきまで橘自身が寝ていた何とも寝心地のいいベッド。
「……。もう一眠りしてから考えよう」
久しぶりに懐かしい夢も見ていた気がするし、もう少しこの布団のぬくもりをかみしめていよう。そう決意して再び目を閉じたところで、
『トントン』
扉からノックの音が聞こえた。
「ルームサービスかな」
もう少し寝てたいから朝食は後にしてもらおうと思い、半分意識を夢の中に送りながらゆっくりと立ち上がり、扉に手をかける。
「すみませんけど、朝食は後にしてもらえませんか」
橘はそう告げ扉を閉めようとする。
「朝食って何の話? それよりもようやく人に会えたわ、しかもずいぶん懐かしい顔」
その言葉を聞いて、橘は扉を閉めようとする手を止め、目の前にいる相手をしっかりと見た。
「えっ、綾花さん!」
しまった、驚いて下の名前で呼んでしまった、じゃなくてなんで如月さんがここに?
急速に覚めてくる眠気とともに、驚きが全身を駆け巡ってくる。
目の前にいる女性、如月綾花は、ついさっきまで夢で見ていた少女であり、橘にとって幼少時代の片思いの相手だった。
当時と変わらず、透き通るような白い肌が特徴的で、黒くて長い髪との対比が、その美しさをより際立たせているように思えた。
「久しぶりね、橘君。でもあなた、よく私のことがわかったわね。十年以上前に何度か会っただけなのに」
「いや、まあそれは……。それを言うなら如月さんこそよく僕のこと覚えてましたね」
内心の動揺を抑えながら、精一杯平静を保ち、橘は話を如月に振る。
「私は記憶力がいいから。それより今は、私たちの状況について聞きたいんだけど」
「状況?」
話が変わったことに安堵しつつ、如月の言葉に首をかしげる。
「なに、あなたはここに元から泊まってたの? 私はついさっき起きたらいつの間にかこの館にいて、驚いていたところだったのだけれど」
「へ? いや、僕もついさっき起きたらここにいたんですけど」
「あなた…、昔と変わってないわね」
如月はため息をついてから言う。
「ふつう、起きた時見知らぬ場所にいたらもっと驚くと思うんだけど。それに、あなたさっき私のことをルームサービスか何かと間違えてなかった?」
もちろん間違えていた。
「まあ、いくらあなたでも、そこまで危機感がないとは思わないけれど。それはそうと、あなたも要するに、今自分がどうしてここにいるのか、どうやってここに来たのかはわからないのね」
「ええ、まあ」
今更ながらに橘は、どうして自分がこの場所にいるのかと疑問にもち始めた。
「大学は今冬休み中だから問題ないですけど、洗濯物はベランダに干しっぱなしだった気がしますね。でも、ペットを飼ってなかったのは不幸中の幸いです。飢え死にさせる心配をしなくて済みますからね」
橘が陽気にそう締めくくると、如月は無表情のまましばらく固まった。
二人の間にしばらく沈黙が訪れたのち、如月が何事もなかったかのように、今後についての話を始める。
「まずは、ほかにも私たちのように運び込まれた人がいないか探してみましょう。この階にある部屋はもう調べたから、下の広間に人がいないか見に行くわよ」
そう言って、如月は下へと続く階段へ向けて歩き出した。橘は慌てて彼女のあとを追いかけ、如月の横に並び、いくつか質問を投げかける。
「ほかの部屋はもう調べたの?」
「ええ、あなたの部屋が最後だったから。その途中にあった部屋でも、扉を叩いて何度か呼びかけてみたわ。まあ、今私が一人でいることからわかるでしょうけど、どの部屋からも反応はなかったけど」
「そうなんだ。でもこれだけ部屋があるのに、僕と如月さんだけが連れてこられたっていうのは考えづらいし、部屋の中に人がいないわけじゃないんじゃないかな」
橘は、今自分が歩いてきた通路を振り返りつつ言う。
橘たちが歩いてきた通路には、ざっと見ではあるが、少なくとも十以上の部屋がついており、いかに今自分が連れてこられた館(?)が大きいのかを窺わせた。
「確かに、返事こそなかったけれど、部屋の中に人がいないかどうかはわからないわね。まだ眠らされているだけかもしれないわ」
「それにしても……」
橘は、広間に降りたところで周囲を見回し、今降りてきた階段が広間の中央にあるのを見て、ようやく一つのことを思い出した。
「ここって……、如月さんが住んでる家ですよね」
「そうね。まあ正確には、私が昔住んでた家だけどね。住んでたのはもう十年も前のことだし、ほとんど覚えてないと思ってたけれど、案外忘れてないものね」
橘は驚いて如月のほうを向いた。
「え、如月さん引っ越してたんですか?」
「もちろん引っ越したわ。あの島から大学に通おうとしたらどれだけ時間がかかると思ってるのよ」
「まあ不便な土地でしたからね」
通りで年賀状を送っても返信が来ないわけだ。長年の疑問が氷解して少し気分が楽になったところで、現状やることを考える。
「でも、ここに連れてこられたってことは如月さんに関する用事じゃないでしょうか?」
「さあね。少なくとも私にはこの家に連れ戻される理由はないんだけど。さて、ここが私が昔住んでた家であってるのなら、人が集まりそうな場所はあのリビングね」
「ああ、あそこですか……。あそこはとにかく広かったですし、テレビや電話もついてましたから、もし僕たち以外に人がいるなら、リビングにいる可能性は高いですね」
記憶が確かならリビングは広間の左手のほうだったなと思いだしつつ、二人でリビングと思われる場所に向かっていき、そこの扉を開けた。
僕のいた町から少し離れた孤島。
親や学校の先生から禁止されていたにもかかわらず、友達を誘って何度も遊びに行った。何とか子供数人が乗れる小舟を作り、最後は小舟を乗り捨ててみんなで泳いでいく。
それだけでも十分に楽しくていい思い出になったけど、一番覚えているのはその島にいた同い年の女の子。
猫みたいな目をした、肌が透き通るように白い子で、基本的には無表情で海を眺めていた。
ほとんど会話することもなかったけれど、二人だけで海を眺めてただ黙って一緒に佇んだりはした。
たったそれだけ。でも、僕は何だかそれだけのことでも彼女のことが好きになって……。
「うん、ここは……」
目を覚ましてあたりを見回すと、普段橘が見慣れている自分の部屋ではなく、隅々まで掃除の行き届いた、高級ホテルの一室のような部屋にいた。
蛍光灯だけが置かれた、見るからに高そうな机。オレンジ色のすわり心地のよさそうなソファ、真っ白で汚れひとつないカーテン、木製の大きな箪笥、そしてついさっきまで橘自身が寝ていた何とも寝心地のいいベッド。
「……。もう一眠りしてから考えよう」
久しぶりに懐かしい夢も見ていた気がするし、もう少しこの布団のぬくもりをかみしめていよう。そう決意して再び目を閉じたところで、
『トントン』
扉からノックの音が聞こえた。
「ルームサービスかな」
もう少し寝てたいから朝食は後にしてもらおうと思い、半分意識を夢の中に送りながらゆっくりと立ち上がり、扉に手をかける。
「すみませんけど、朝食は後にしてもらえませんか」
橘はそう告げ扉を閉めようとする。
「朝食って何の話? それよりもようやく人に会えたわ、しかもずいぶん懐かしい顔」
その言葉を聞いて、橘は扉を閉めようとする手を止め、目の前にいる相手をしっかりと見た。
「えっ、綾花さん!」
しまった、驚いて下の名前で呼んでしまった、じゃなくてなんで如月さんがここに?
急速に覚めてくる眠気とともに、驚きが全身を駆け巡ってくる。
目の前にいる女性、如月綾花は、ついさっきまで夢で見ていた少女であり、橘にとって幼少時代の片思いの相手だった。
当時と変わらず、透き通るような白い肌が特徴的で、黒くて長い髪との対比が、その美しさをより際立たせているように思えた。
「久しぶりね、橘君。でもあなた、よく私のことがわかったわね。十年以上前に何度か会っただけなのに」
「いや、まあそれは……。それを言うなら如月さんこそよく僕のこと覚えてましたね」
内心の動揺を抑えながら、精一杯平静を保ち、橘は話を如月に振る。
「私は記憶力がいいから。それより今は、私たちの状況について聞きたいんだけど」
「状況?」
話が変わったことに安堵しつつ、如月の言葉に首をかしげる。
「なに、あなたはここに元から泊まってたの? 私はついさっき起きたらいつの間にかこの館にいて、驚いていたところだったのだけれど」
「へ? いや、僕もついさっき起きたらここにいたんですけど」
「あなた…、昔と変わってないわね」
如月はため息をついてから言う。
「ふつう、起きた時見知らぬ場所にいたらもっと驚くと思うんだけど。それに、あなたさっき私のことをルームサービスか何かと間違えてなかった?」
もちろん間違えていた。
「まあ、いくらあなたでも、そこまで危機感がないとは思わないけれど。それはそうと、あなたも要するに、今自分がどうしてここにいるのか、どうやってここに来たのかはわからないのね」
「ええ、まあ」
今更ながらに橘は、どうして自分がこの場所にいるのかと疑問にもち始めた。
「大学は今冬休み中だから問題ないですけど、洗濯物はベランダに干しっぱなしだった気がしますね。でも、ペットを飼ってなかったのは不幸中の幸いです。飢え死にさせる心配をしなくて済みますからね」
橘が陽気にそう締めくくると、如月は無表情のまましばらく固まった。
二人の間にしばらく沈黙が訪れたのち、如月が何事もなかったかのように、今後についての話を始める。
「まずは、ほかにも私たちのように運び込まれた人がいないか探してみましょう。この階にある部屋はもう調べたから、下の広間に人がいないか見に行くわよ」
そう言って、如月は下へと続く階段へ向けて歩き出した。橘は慌てて彼女のあとを追いかけ、如月の横に並び、いくつか質問を投げかける。
「ほかの部屋はもう調べたの?」
「ええ、あなたの部屋が最後だったから。その途中にあった部屋でも、扉を叩いて何度か呼びかけてみたわ。まあ、今私が一人でいることからわかるでしょうけど、どの部屋からも反応はなかったけど」
「そうなんだ。でもこれだけ部屋があるのに、僕と如月さんだけが連れてこられたっていうのは考えづらいし、部屋の中に人がいないわけじゃないんじゃないかな」
橘は、今自分が歩いてきた通路を振り返りつつ言う。
橘たちが歩いてきた通路には、ざっと見ではあるが、少なくとも十以上の部屋がついており、いかに今自分が連れてこられた館(?)が大きいのかを窺わせた。
「確かに、返事こそなかったけれど、部屋の中に人がいないかどうかはわからないわね。まだ眠らされているだけかもしれないわ」
「それにしても……」
橘は、広間に降りたところで周囲を見回し、今降りてきた階段が広間の中央にあるのを見て、ようやく一つのことを思い出した。
「ここって……、如月さんが住んでる家ですよね」
「そうね。まあ正確には、私が昔住んでた家だけどね。住んでたのはもう十年も前のことだし、ほとんど覚えてないと思ってたけれど、案外忘れてないものね」
橘は驚いて如月のほうを向いた。
「え、如月さん引っ越してたんですか?」
「もちろん引っ越したわ。あの島から大学に通おうとしたらどれだけ時間がかかると思ってるのよ」
「まあ不便な土地でしたからね」
通りで年賀状を送っても返信が来ないわけだ。長年の疑問が氷解して少し気分が楽になったところで、現状やることを考える。
「でも、ここに連れてこられたってことは如月さんに関する用事じゃないでしょうか?」
「さあね。少なくとも私にはこの家に連れ戻される理由はないんだけど。さて、ここが私が昔住んでた家であってるのなら、人が集まりそうな場所はあのリビングね」
「ああ、あそこですか……。あそこはとにかく広かったですし、テレビや電話もついてましたから、もし僕たち以外に人がいるなら、リビングにいる可能性は高いですね」
記憶が確かならリビングは広間の左手のほうだったなと思いだしつつ、二人でリビングと思われる場所に向かっていき、そこの扉を開けた。
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