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第一章:視点はだいたい橘礼人
諦めと怒りと期待
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「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
突如館中に響き渡った叫び声に、リビングにいた橘らは顔を見合わせると、すぐにホールへと飛び出した。
叫び声は今も聞こえ続けている。音の発生源はどこだと周りを見回していると、二階の一室から、一糸まとわぬ姿で藤里が四つん這いになりながら出てくるのが見えた。
叫び声を聞きつけて、各部屋から人が飛び出してくる。中でも一番早く藤里のもとまで行ったのは、今回も浜田だった。
浜田が藤里に近寄り、何があったのかを聞こうと身をかがめる。が、次の瞬間には藤里を無理やり自分の後ろに放り投げ、藤里に続いて部屋から出てきた人物を睨み付けた。
部屋から出てきたのは、相変わらず翁の仮面をかぶったオオカミ使いだ。手にはいわゆる銃剣と呼ばれる、先端に銀色に輝く剣の付いた銃を持っている。
オオカミ使いが銃口を、目の前に立っている浜田に向けようとしたところで、浜田が動いた。
一歩でオオカミ使いの懐まで潜り込み、全体重を乗せた拳をたたき込む。オオカミ使いはその拳を軽く受け流すと、浜田の足を払い、そのまま逆方向へと蹴飛ばした。蹴飛ばされた浜田は、うまく受け身を取り、再びオオカミ使いへと殴りかかろうとする。が、オオカミ使いの銃口が藤里に向いているのを見て、動きを止めた。
数瞬の間、浜田とオオカミ使いは互いに睨み合う。しかし、徐々に人が集まってくるのを察知したオオカミ使いは、身を翻して再び部屋の中へと引き返した。
急いで浜田が扉を開けにかかるが、中から鍵を閉められたらしく、一向に開く気配がない。そうこうしているうちに、橘を含め、館中のほぼ全員がその部屋の前に集結した。
がくがくと体を震わせてうずくまっている藤里に、同情のかけらもこもっていない声で李が聞く。
「一体中で何があった。なぜ部屋から出てきたのがお前ひとりで、白石がいないんだ」
李の態度に一層怯えた表情を取りながら、震える声で藤里が答える。
「て、天さんは、オオカミ使いに、や、やられて。その、寝てたら、突然オオカミ使いが出てきて。そ、それで、私何とか逃げようと」
パニック状態に陥り、全く容量の得ない返答をする藤里。ふと、藤里が必死に握りしめているものが目に入り、橘が尋ねる。
「落ち着いて藤里さん。それと、今右手に握りしめてるものって、もしかしてこの部屋の鍵じゃないかな?」
全員が驚いた表情で、藤里の手を見つめる。藤里自身も驚いた様子で、自分が強く握りしめているものを見つめた。
「ほ、ほんとだ……。なんで私鍵なんて握りしめてるのかしら?」
「いいからよこせ」
呆然と自分が握っている鍵を見つめる藤里にしびれを切らし、浜田が無理やりその手から鍵を奪い取る。
「念のため少し下がっとけ」
中でオオカミ使いが銃を構えている可能性を考え、浜田が全員に警告する。わが身可愛さに、ほとんどの人が言われた通り扉から距離を取る中、李と伊吹は相変わらず扉のすぐ横に立って、早く開けるようにとせかした。
鍵穴に鍵を差し込むと、一瞬のためらいの後、一気に鍵を解錠して部屋の扉を開けた。
開けた途端に銃声の音がするとかと思いきや、部屋の中にはオオカミ使いはおらず、静寂だけがそこにあった。オオカミ使いがどこかに隠れている可能性を考慮しつつ、浜田らが慎重に中へと歩みを進める。
どうやらそこまで危険はなさそうだと感じた橘も、彼らの後に続いて中に入って行った。
続々と部屋に人が集まってくる中、何人かが、ひぃ、と悲鳴を上げる。
藤里一人が部屋の外に出てきたことから、すでに予想はついていたことではあったが、ベッドの上に背中から血を流した白石が倒れていた。部屋自体はほとんど荒らされた形跡もなく、不意を突かれた形で白石が死んだことを窺わせた。ただし、白石が倒れているベッドの近くには、藤里が逃げるときに弾き飛ばしたのだろう掛け布団が、床にぐしゃぐしゃになって落ちていた。
李が冷徹な表情を変えずに白石に近づき、脈を調べる。
「……間違いなく死んでるな」
李の一言に、誰からともなく、諦めたようなため息が聞こえる。はたから見ているだけでも、白石が死んでいることは明らかに見えたが、実際にその事実を告げられると、また別の重みを感じる。
李に次いで、伊吹が白石に近づき、その体をまさぐり始めた。
この時点で、一刻も早くこの部屋から出たくなったのか、それとも単にこの場にいても何もすることはないと考えたのか、パラパラと人が部屋を去っていった。
他にも、自分自身で本当に白石が死んでいるのかを確かめたいと考えたやつらが、白石の死体に寄って行っては、吐き気をこらえつつ部屋から出て行く。
およそ十分後には、橘と如月、そして天童の三人だけが取り残された状態でたたずんでいた。
ようやく人もいなくなり、自分でも少し調べてみようかと橘がベッドに近づく。と、真っ青な顔でいまだに立ち尽くしている天童が目に入り、気になって話しかけた。
「どうしたの天童さん? 気分が悪いなら、自室……じゃなくてリビングに戻ったら? あまり人と話したくはないかもしれないけど、一人でいると危険だし」
だが、その声が全く聞こえていないかのように、天童は青ざめた表情のまま一切動こうとしない。これまでの天童とのあまりのギャップに、如月も気になったのか不審げに声をかけた。
「あなた、どうかしたの? 今までは誰が死のうとも構わないみたいな態度をとっていたのに。実際に死体を前にして、ようやく自分の置かれている状況を理解したのかしら」
やや辛辣な言葉を浴びせかける如月。だが、相変わらず固まったまま、天童は何も答えようとしない。しばらくは話しかけても無駄かと思い、二人が顔を見合わせたところで、突然天童が小さな声で呟いた。
「こんなの、聞いてない……。あくまで、ただのゲームだって……」
「天童さん?」
心配顔で橘が近づこうとする。そこで、ようやく周りに人がいることに気づいたかのように、天童は驚いた表情を橘に向けた。次に、自分の周りをきょろきょろと見まわすと、天童は怯えた様子で部屋の外に一目散に逃げだした。
「……結局、なんだったの?」
唖然としてその姿を見送る二人。
数秒間そうして固まっていたが、ふと我に返ると、橘はようやく白石の死体へと近づいていった。
とりあえず白石の死因が何かを調べるために、まだ死後硬直の起こっていない体を動かして外傷を探していく。
橘が白石の死体を調べているのを見つめながら、如月が独り言のような声量で質問した。
「彼の死体はこのまま放置しておくしかないのかしらね」
「そうだね。病院に行けない以上、このままにしておく以外の選択肢はないかな」
「そうね……。それに、悪いとは思うけど死んでしまった人のことまでかまってあげる余裕はないわよね」
私たちもこの後殺されるかもしれないのだし。如月の呟きには答えず、橘は黙々と死体を調べる。
死体を調べ終わった橘は、今度は落ちている掛布団に目をやった。
「死因は分かったのかしら?」
さすがに気分が悪くなってきたのか、部屋の外へと視線を向けて聞く。
如月の問いに、掛布団を広げたり畳んだりしながら橘は答える。
「うん。死因は背中をナイフのようなもので刺されたことによるショック死かな。他に外傷らしき外傷はないからそれであってると思う」
「そう……」
疲れたように如月がため息をつく。ちらりと白石の死体に目を向けると、諦めた様子で口を開いた。
「ねぇ橘君。やっぱり私、お爺様と話し合いをしたほうがいいのではないかしら。彼の死体が出た以上、やはりお爺様は本気でこのゲームを――私たちを殺すつもりなんでしょう。だったら、私も死を覚悟して」
「その必要はないよ」
橘は立ち上がると、如月の方を向いて言う。
「家族として責任を感じる気持ちは分かるけど、相手がそれで止まるとは思えない。場合によっては、如月さんは無駄死にすることになる。僕は絶対に如月さんに死んでほしくないから、それだけは認められない」
「橘君……」
二人の視線が交差する。どれくらいの間お互いに見つめあっていたのか、不意に橘が二ヘリと笑い、弛緩した声で言った。
「そろそろ僕たちもリビングに戻ろうか。手に血がついちゃったから洗いたいし、少し気になることもできたから」
「気になることって?」
橘はいたずらっ子のような、どこかわくわくしたような笑みを浮かべて言う。
「うん。床に落ちてた掛布団なんだけど、複数個所にナイフで刺したような跡があったんだよ」
突如館中に響き渡った叫び声に、リビングにいた橘らは顔を見合わせると、すぐにホールへと飛び出した。
叫び声は今も聞こえ続けている。音の発生源はどこだと周りを見回していると、二階の一室から、一糸まとわぬ姿で藤里が四つん這いになりながら出てくるのが見えた。
叫び声を聞きつけて、各部屋から人が飛び出してくる。中でも一番早く藤里のもとまで行ったのは、今回も浜田だった。
浜田が藤里に近寄り、何があったのかを聞こうと身をかがめる。が、次の瞬間には藤里を無理やり自分の後ろに放り投げ、藤里に続いて部屋から出てきた人物を睨み付けた。
部屋から出てきたのは、相変わらず翁の仮面をかぶったオオカミ使いだ。手にはいわゆる銃剣と呼ばれる、先端に銀色に輝く剣の付いた銃を持っている。
オオカミ使いが銃口を、目の前に立っている浜田に向けようとしたところで、浜田が動いた。
一歩でオオカミ使いの懐まで潜り込み、全体重を乗せた拳をたたき込む。オオカミ使いはその拳を軽く受け流すと、浜田の足を払い、そのまま逆方向へと蹴飛ばした。蹴飛ばされた浜田は、うまく受け身を取り、再びオオカミ使いへと殴りかかろうとする。が、オオカミ使いの銃口が藤里に向いているのを見て、動きを止めた。
数瞬の間、浜田とオオカミ使いは互いに睨み合う。しかし、徐々に人が集まってくるのを察知したオオカミ使いは、身を翻して再び部屋の中へと引き返した。
急いで浜田が扉を開けにかかるが、中から鍵を閉められたらしく、一向に開く気配がない。そうこうしているうちに、橘を含め、館中のほぼ全員がその部屋の前に集結した。
がくがくと体を震わせてうずくまっている藤里に、同情のかけらもこもっていない声で李が聞く。
「一体中で何があった。なぜ部屋から出てきたのがお前ひとりで、白石がいないんだ」
李の態度に一層怯えた表情を取りながら、震える声で藤里が答える。
「て、天さんは、オオカミ使いに、や、やられて。その、寝てたら、突然オオカミ使いが出てきて。そ、それで、私何とか逃げようと」
パニック状態に陥り、全く容量の得ない返答をする藤里。ふと、藤里が必死に握りしめているものが目に入り、橘が尋ねる。
「落ち着いて藤里さん。それと、今右手に握りしめてるものって、もしかしてこの部屋の鍵じゃないかな?」
全員が驚いた表情で、藤里の手を見つめる。藤里自身も驚いた様子で、自分が強く握りしめているものを見つめた。
「ほ、ほんとだ……。なんで私鍵なんて握りしめてるのかしら?」
「いいからよこせ」
呆然と自分が握っている鍵を見つめる藤里にしびれを切らし、浜田が無理やりその手から鍵を奪い取る。
「念のため少し下がっとけ」
中でオオカミ使いが銃を構えている可能性を考え、浜田が全員に警告する。わが身可愛さに、ほとんどの人が言われた通り扉から距離を取る中、李と伊吹は相変わらず扉のすぐ横に立って、早く開けるようにとせかした。
鍵穴に鍵を差し込むと、一瞬のためらいの後、一気に鍵を解錠して部屋の扉を開けた。
開けた途端に銃声の音がするとかと思いきや、部屋の中にはオオカミ使いはおらず、静寂だけがそこにあった。オオカミ使いがどこかに隠れている可能性を考慮しつつ、浜田らが慎重に中へと歩みを進める。
どうやらそこまで危険はなさそうだと感じた橘も、彼らの後に続いて中に入って行った。
続々と部屋に人が集まってくる中、何人かが、ひぃ、と悲鳴を上げる。
藤里一人が部屋の外に出てきたことから、すでに予想はついていたことではあったが、ベッドの上に背中から血を流した白石が倒れていた。部屋自体はほとんど荒らされた形跡もなく、不意を突かれた形で白石が死んだことを窺わせた。ただし、白石が倒れているベッドの近くには、藤里が逃げるときに弾き飛ばしたのだろう掛け布団が、床にぐしゃぐしゃになって落ちていた。
李が冷徹な表情を変えずに白石に近づき、脈を調べる。
「……間違いなく死んでるな」
李の一言に、誰からともなく、諦めたようなため息が聞こえる。はたから見ているだけでも、白石が死んでいることは明らかに見えたが、実際にその事実を告げられると、また別の重みを感じる。
李に次いで、伊吹が白石に近づき、その体をまさぐり始めた。
この時点で、一刻も早くこの部屋から出たくなったのか、それとも単にこの場にいても何もすることはないと考えたのか、パラパラと人が部屋を去っていった。
他にも、自分自身で本当に白石が死んでいるのかを確かめたいと考えたやつらが、白石の死体に寄って行っては、吐き気をこらえつつ部屋から出て行く。
およそ十分後には、橘と如月、そして天童の三人だけが取り残された状態でたたずんでいた。
ようやく人もいなくなり、自分でも少し調べてみようかと橘がベッドに近づく。と、真っ青な顔でいまだに立ち尽くしている天童が目に入り、気になって話しかけた。
「どうしたの天童さん? 気分が悪いなら、自室……じゃなくてリビングに戻ったら? あまり人と話したくはないかもしれないけど、一人でいると危険だし」
だが、その声が全く聞こえていないかのように、天童は青ざめた表情のまま一切動こうとしない。これまでの天童とのあまりのギャップに、如月も気になったのか不審げに声をかけた。
「あなた、どうかしたの? 今までは誰が死のうとも構わないみたいな態度をとっていたのに。実際に死体を前にして、ようやく自分の置かれている状況を理解したのかしら」
やや辛辣な言葉を浴びせかける如月。だが、相変わらず固まったまま、天童は何も答えようとしない。しばらくは話しかけても無駄かと思い、二人が顔を見合わせたところで、突然天童が小さな声で呟いた。
「こんなの、聞いてない……。あくまで、ただのゲームだって……」
「天童さん?」
心配顔で橘が近づこうとする。そこで、ようやく周りに人がいることに気づいたかのように、天童は驚いた表情を橘に向けた。次に、自分の周りをきょろきょろと見まわすと、天童は怯えた様子で部屋の外に一目散に逃げだした。
「……結局、なんだったの?」
唖然としてその姿を見送る二人。
数秒間そうして固まっていたが、ふと我に返ると、橘はようやく白石の死体へと近づいていった。
とりあえず白石の死因が何かを調べるために、まだ死後硬直の起こっていない体を動かして外傷を探していく。
橘が白石の死体を調べているのを見つめながら、如月が独り言のような声量で質問した。
「彼の死体はこのまま放置しておくしかないのかしらね」
「そうだね。病院に行けない以上、このままにしておく以外の選択肢はないかな」
「そうね……。それに、悪いとは思うけど死んでしまった人のことまでかまってあげる余裕はないわよね」
私たちもこの後殺されるかもしれないのだし。如月の呟きには答えず、橘は黙々と死体を調べる。
死体を調べ終わった橘は、今度は落ちている掛布団に目をやった。
「死因は分かったのかしら?」
さすがに気分が悪くなってきたのか、部屋の外へと視線を向けて聞く。
如月の問いに、掛布団を広げたり畳んだりしながら橘は答える。
「うん。死因は背中をナイフのようなもので刺されたことによるショック死かな。他に外傷らしき外傷はないからそれであってると思う」
「そう……」
疲れたように如月がため息をつく。ちらりと白石の死体に目を向けると、諦めた様子で口を開いた。
「ねぇ橘君。やっぱり私、お爺様と話し合いをしたほうがいいのではないかしら。彼の死体が出た以上、やはりお爺様は本気でこのゲームを――私たちを殺すつもりなんでしょう。だったら、私も死を覚悟して」
「その必要はないよ」
橘は立ち上がると、如月の方を向いて言う。
「家族として責任を感じる気持ちは分かるけど、相手がそれで止まるとは思えない。場合によっては、如月さんは無駄死にすることになる。僕は絶対に如月さんに死んでほしくないから、それだけは認められない」
「橘君……」
二人の視線が交差する。どれくらいの間お互いに見つめあっていたのか、不意に橘が二ヘリと笑い、弛緩した声で言った。
「そろそろ僕たちもリビングに戻ろうか。手に血がついちゃったから洗いたいし、少し気になることもできたから」
「気になることって?」
橘はいたずらっ子のような、どこかわくわくしたような笑みを浮かべて言う。
「うん。床に落ちてた掛布団なんだけど、複数個所にナイフで刺したような跡があったんだよ」
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