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初めて出会ったあの子は
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今、この状況を説明しろと言われれば、それは数時間前に遡る必要がある。
だが、これまでの経緯すべてを割愛して事実だけを述べようとすれば、それは簡単だ。
そう、今俺は、言うなればアニメかなにかの敵に、拘束されているのだった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺はその日、部屋に引き込もっていた。絶賛鬱状態、精神科通いの俺は、その時も、精神不安定だった。
学校が嫌だ、勉強も嫌だ。人間関係なんてそんなグチャグチャでドロドロしたものも嫌だ。そして、嫌だ嫌だと言ってしまう自分も嫌だ。
部屋に、心配した母さんが入ってきた。が、俺は枕と教科書をぶん投げた。
人生なんて、何も楽しくない。死にたい。死にたい死にたい死にたい。
そんな気持ちを抑えることができなくって、俺は線路に身を投げた。
電車は止まらずに、俺の身体を空中に投げ出した。
再び線路に落ちた俺は、叫び声と緋色の鮮血と共に、やがて、意識を失っていった。
「ねぇ、目を覚まして。あなたのいるべき場所についたわ。それじゃあ、また、次のターンで、ね」
そんな声で、フッと目を覚ました。その場所は、ついさっき身を投げたはずの線路だった。
あれ、なんだ。俺、生きているのか――
不意に横を見る。なんでもないと思って見た。そして俺は驚愕した。そこには、“俺”がいたから。
周辺には、緋色の液体が飛び散っている。頭から流れ出るそれは、絵の具では表せないほど、赤黒かった。
背中が、ブルッと震える。鳥肌が立った。
――あぁ、俺、死んだんだなぁ。
俺の17年間の命は、終わったんだなぁ。
改めて、俺の“死体”を見る。その俺は、口角を上げ、笑っていた。そっか、俺、本気で死にたかったんだな。あーあ。
死んだら、どうなるんだろうか。あの、地獄に連れていかれるのかな。天国には、到底、行けないだろうから。
「待って。まだ、終わっていない。第2ターンの、はじまり」
「え?」
さっき聞いた声と同じ、女の声が聞こえた。第2ターン? どういうことだ?
女に質問を投げかけようとした。が、世界がぐにゃりと揺れた。俺の死体も、ぐにゃりと揺れている。
現実には、絶対にありえない光景だ。そう、ありえない。じゃあ、俺が今見ているのは······夢?
なんだ、死んだのも夢、女も夢。すべてが夢。そう考えれば、すべて辻褄が合うじゃないか。なんでこんなこと思いつかなかったんだろう。やっぱり俺はただの馬鹿だ。
世界が揺れるのが収まってきた。あぁ、夢の終わりか。
次の世界《ターン》は······もう現実かな。
次に俺がいた場所は、まぎれもない、“俺の部屋”だった。
「んにょっ」
壁に、虹色の穴が空いた。俺は思わず二度見た。二回目には、水色の髪をふたつにした女が、ロリボイスで出てきた。
はっきり言おう。やばいこいつかわいい。
明らかに人間じゃない髪色に、ロリボイス。何だ、とうとうアニメのキャラクターが具現化したか。そうかそうか。こうなるのか。んじゃあ、やっぱりこれも夢ってことで。
「こんにちは! って、ひょっとして君、私のことアニメのキャラクターか何かだと思ってる?」
俺はうんうんと頷いた。だってこれ、誰がどう見てもそうだろう。特に髪な。
「違うよ!! 私はミリア・ローランド。正真正銘、魔法使い、だよ!!」
「······は?」
「ミリアって呼んでね······ほら君も、自己紹介!」
魔法使い? 魔法使いってなんだ? あれか、あのステッキ振ると魔法が出るとか······
いやいや待てよ。いくら夢だからって、ちょっとこれはおかしくないか? というか勘違いされそうだ。俺がそういうの好きだって。
俺これ本当どうしたらいいんだよ。
目の前のミリア・ローランドとかいう奴はへらへらしながら俺に自己紹介をさせたがる。わけがわからない。
「あー、俺は八尾《やお》だ。どうぞよろしくお願いします~」
とりあえずそう述べておいた。めんどくさい。こいつのテンションにはついていけない。というかさっさと夢から覚めたいところなんだが。
そんな俺の思いは届かず、ミリアに、にたー、と笑われた。
「そうか、ヤオか······よし、ヤオ。ヤオも今日から、マジックワールドの一員だね!!」
「は?」
マジック·····なんだ? とにかく、そこらにありそうな単語を並べただけのよくわからないものの一員にされるのか? あ、そうか。地獄の正式名称はそう言うのか。それにしてははちゃめちゃな名前だな。
って、違う違う。っていうか俺は死んでない。これは全て夢で、そして······
――夢?
これは······本当に夢なのか? それとも、現実······
「······これは、現実。信じていないようね」
さっきのテンションとはまるで違う、ミリアの落ち着いた声が聞こえた。俺は驚いて振り返る。
ミリアを見ると、さっきとは違う瞳の色をしていた。澄んだ青い瞳から、人を見下すような、冷血な瞳に変わっていた。ふたつになっていたはずの水色の髪も、今は腰まである髪を、横に横に広げていた。
ゴーッというノイズが鳴る。ミリアは、俺から目を離さない。
もしかしなくとも、俺、声に出していたのか? だとしたら、不注意すぎた。くっそ、しくじった······
「私は、ミリア・ローランド。正真正銘、魔法使い。今、私は、ハート・リズムという魔法を使っている。相手の気持ちが、音楽でわかるもの。ヤオから聞こえる音楽を日本語に訳せば、ヤオの心の声が、聞こえる」
機械のように、目を伏せ、淡々と語るミリアは、まるで別人に見えた。
ってか、心の声が聞こえるとか······ただのプライバシーの侵害のような気がする。というか、そうとしか思えない。
あ、そうか、この声も聞こえているのか。
「えっと······ミリア? とりあえず、その魔法の発動、やめてもらえないか? こっちにもプライバシーなんてもんがあるんだよ。勝手に聞かれると困るものがある」
「活動停止」
「あと、そのキャラ······さっきまでのテンション高いキャラにもどしてくれ」
「······活動開始」
その途端、ふっとミリアの肩の力が抜けた。瞳の色や髪ももとに戻っていた。さっきのミリアだ、と俺は安堵の息を吐いた。
「わかった? あれが私の魔法······心《ハート》の音楽《リズム》。相手の心を読めるの」
「······」
信じられない。今、アニメキャラクター的な容姿の自称魔法使いが、俺に向かって魔法を使っている。俺の心を読むなんて、やっぱり現実にはありえないことで、二次元の世界にしか思えない。
そんな俺を無視し、ミリアはこう続けた。
「あと、私のキャラのことだけど、あれも一種の魔法だから。心の人格ね」
「あ、それは普通に日本語なんだ」
「まぁね。本名、ミリア・成田・ローランドだから。日本人の血も流れてるんだよ。パパが日本人なの」
つまり、ハーフってことか。うーん、絶対髪染めてんな。カラコンも入れてるだろ。
「ママは魔法使いだよ。というか天使かな。背中に羽が生えてるから」
痛い、痛いです。背中に羽とか、ただの廚二か。いや、実際そうか。
俺は半ば呆れてため息をついた。もうこいつ意味不明すぎる。というか待てよ、俺死んだんだよな? それで合ってるんだよな!?
「ミリア、ちょっと質問があるんだが······」
「なんだね? あっ、プライベートの質問はなしだぞ!!」
えっへん、というようにミリアは自分の胸を叩いた。そういえばあいつ、それなりに胸があるよな。しかも、やっぱり水色の、胸が強調されるような服着て······
そう思うと、俺の目は無意識に胸に釘付けになっていた。
ミリアは俺のそんな目線に気がついたのか、両手で胸をばっと隠すなり、怒鳴った。
「ヤオ! 今、私の胸、いやらしい目で見てなかったか!? 見てたよな!?」
「わ、悪ィ。いやでも、俺だって思春期真っ只中だし、そういうこと思うのは普通のことであって、つまり俺は健全な男子高······」
我に返った直後に頬を思い切り殴られる。あまりにも酷くないか。つか俺の理屈最後まで聞けよ。
俺はヒリヒリと痛む頬を片手で軽く押さえながら、ミリアに向き直った。
口をとがらせながらそっぽを向いているミリアに、俺は頭を軽くなでてやった。
「······私子供じゃないもん」
「見た目小学生だぞ。胸以外」
「私409歳だもん。身長伸びないだけだもん」
不貞腐れながらそうぼやいたように言うミリアには、もう怒りとか、そういうのはなくなっていた。俺はミリアの頭を、わしゃわしゃとなで続けた。
409歳っていうのに引っかかったが、ちょっとそれは触れないでおこう。
「······で、質問って、なに」
「あ」
そうだ。すっかり忘れていた。ミリアには色々聞きたいことがあったのに。
基本的には、俺の境遇について聞きたかったんだ。
「俺······死んだのか? 死んだんなら、なんで今、俺は俺の部屋にいるんだ?」
「······死んだよ。この部屋は、ヤオの創造によって造られた、言っちゃえば偽物《にせもの》の場所。ヤオは、死んだら人間がどうなるか、分かる?」
「······知るかよ」
第一、俺は生まれて初めて死んだんだ。死後のことなんざ、わからない。でも、普通に考えて、人間は死んだら焼かれて、骨になって、それで終わりだろう。
魂なんて、空想の世界のものでしかないのだから――
「知らないよね······教えてあげる。あのね、死んだら、生まれかわるんだよ」
「······?」
「何に生まれかわるのかは、その時によって私のパパが決めるんだ。パパは――――神様だから」
パパって、さっきの日本人ってやつか? どういうことだ? 日本で生まれた神様ってやつなのか······
なんてことだ。魔法使いの母親に、神様の父親。その間のミリア······
頭が追いつかない。
「私は、案内人として、こうやって、ヤオを迎えに来たんだよ。私は、人生の第2ターンへ、案内するように言われてるからね」
「待て。で、さっきの質問とどう繋がるんだ?」
「簡単だよ? 誰だって、生まれかわるのに抵抗があるでしょう? それは犬だろうが猫だろうが一緒なの。だから、落ち着いて話すには、相手が生前、落ち着いて生活していた環境が必要。ヤオにとっての落ち着けた環境は、実はここだったんだよ。気づいてなかったみたいだけど」
ミリアはにっこり笑いながら話した。なるほど、ミリアは案内人と······
うん、やっと理解した。それじゃあ、俺はこれから生まれかわりに行くんだな。どんな姿になるのか、楽しみだなぁ!!
「じゃあ、行こうか。すべてリセットした、次の人生へ!」
俺はミリアに向かって笑みを浮かべ、ミリアに手を差し出した。
ミリアはおずおずと俺の手をとり、遠慮がちに笑って、虹色の穴に入ろうとした······その時。
「······!?」
「ミリア、どうした!?」
「······レインボーコースが······駄目だよ、止めなきゃ······!!」
ミリアは穴の前で呆然と立ち尽くしていた。俺には何がなんだかさっぱりだった。
でも、大変なのは確かだ。
ミリアと繋いだ手をぎゅっと握りしめた。俺にできることは、祈ることしかない。無力を嘆いたって仕方がない。
「あっ······」
虹色の穴は、みるみるうちに小さくなって、やがて、消えていた。
俺は若干困惑していたが、すぐに理解した。
――俺が生まれかわりに行く手段が、なくなったってことに。
「ミリア! 穴、お前作れないのか!?」
「無理だよ!! 現実でも死後の世界でもない世界、亜空間では作れないの!!」
「えっ······」
ということは、帰れないってことか? いや、待てよ。向こうから作ったら、帰れるんじゃないか?
俺はそう思って尋ようとして気づいた。ミリアの指先が小刻みに震えている。よほど大変なことなんだと理解した。
「向こうからお前の親父さんとかが作るだろ? 流石に気づくだろ、帰ってこなかったらさ」
「······今回は、人間世界の偵察も頼まれてるから、遅くなるってわかってるから」
「それでも······っ! 流石にさ!!」
「そもそも、向こうはこっちよりも時間は遅く流れてるから。こっちの時間で動くとしたら、やっぱり時間がずれちゃうし、こっちの10日は向こうの1日なんだよ。そのことを知ってるのは、唯一向こうとこっちを行き来してる、私だけだから」
······もう問いただそうが無駄だってことがわかった。
ざっと計算して、こっちの一年はせいぜい向こうの1ヶ月くらいだ。きっとミリアの両親は、1ヶ月経たないと気づかないだろうな。いや、もしかしたら1ヶ月経っても気づかないかも。長かったねー、何してたのー、くらいの一声で終わりだろう。話を聞いたところ、色々雑でズボラなところがあるっぽいし。
つまり、少なくとも1年は帰ってこれないということだろう。
それまで、俺とミリアふたりだけってことか!? 待て待て待て待て! 二回目だが一応俺も思春期真っ只中のめっちゃ健全な男子高校生だぞ!! いやもう死んだし、今俺は魂? 的なものだけだから、高校生ではないんだろう。
いや、今はそんなのんきなこと言ってられないし。
どうしよう!?
だが、これまでの経緯すべてを割愛して事実だけを述べようとすれば、それは簡単だ。
そう、今俺は、言うなればアニメかなにかの敵に、拘束されているのだった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺はその日、部屋に引き込もっていた。絶賛鬱状態、精神科通いの俺は、その時も、精神不安定だった。
学校が嫌だ、勉強も嫌だ。人間関係なんてそんなグチャグチャでドロドロしたものも嫌だ。そして、嫌だ嫌だと言ってしまう自分も嫌だ。
部屋に、心配した母さんが入ってきた。が、俺は枕と教科書をぶん投げた。
人生なんて、何も楽しくない。死にたい。死にたい死にたい死にたい。
そんな気持ちを抑えることができなくって、俺は線路に身を投げた。
電車は止まらずに、俺の身体を空中に投げ出した。
再び線路に落ちた俺は、叫び声と緋色の鮮血と共に、やがて、意識を失っていった。
「ねぇ、目を覚まして。あなたのいるべき場所についたわ。それじゃあ、また、次のターンで、ね」
そんな声で、フッと目を覚ました。その場所は、ついさっき身を投げたはずの線路だった。
あれ、なんだ。俺、生きているのか――
不意に横を見る。なんでもないと思って見た。そして俺は驚愕した。そこには、“俺”がいたから。
周辺には、緋色の液体が飛び散っている。頭から流れ出るそれは、絵の具では表せないほど、赤黒かった。
背中が、ブルッと震える。鳥肌が立った。
――あぁ、俺、死んだんだなぁ。
俺の17年間の命は、終わったんだなぁ。
改めて、俺の“死体”を見る。その俺は、口角を上げ、笑っていた。そっか、俺、本気で死にたかったんだな。あーあ。
死んだら、どうなるんだろうか。あの、地獄に連れていかれるのかな。天国には、到底、行けないだろうから。
「待って。まだ、終わっていない。第2ターンの、はじまり」
「え?」
さっき聞いた声と同じ、女の声が聞こえた。第2ターン? どういうことだ?
女に質問を投げかけようとした。が、世界がぐにゃりと揺れた。俺の死体も、ぐにゃりと揺れている。
現実には、絶対にありえない光景だ。そう、ありえない。じゃあ、俺が今見ているのは······夢?
なんだ、死んだのも夢、女も夢。すべてが夢。そう考えれば、すべて辻褄が合うじゃないか。なんでこんなこと思いつかなかったんだろう。やっぱり俺はただの馬鹿だ。
世界が揺れるのが収まってきた。あぁ、夢の終わりか。
次の世界《ターン》は······もう現実かな。
次に俺がいた場所は、まぎれもない、“俺の部屋”だった。
「んにょっ」
壁に、虹色の穴が空いた。俺は思わず二度見た。二回目には、水色の髪をふたつにした女が、ロリボイスで出てきた。
はっきり言おう。やばいこいつかわいい。
明らかに人間じゃない髪色に、ロリボイス。何だ、とうとうアニメのキャラクターが具現化したか。そうかそうか。こうなるのか。んじゃあ、やっぱりこれも夢ってことで。
「こんにちは! って、ひょっとして君、私のことアニメのキャラクターか何かだと思ってる?」
俺はうんうんと頷いた。だってこれ、誰がどう見てもそうだろう。特に髪な。
「違うよ!! 私はミリア・ローランド。正真正銘、魔法使い、だよ!!」
「······は?」
「ミリアって呼んでね······ほら君も、自己紹介!」
魔法使い? 魔法使いってなんだ? あれか、あのステッキ振ると魔法が出るとか······
いやいや待てよ。いくら夢だからって、ちょっとこれはおかしくないか? というか勘違いされそうだ。俺がそういうの好きだって。
俺これ本当どうしたらいいんだよ。
目の前のミリア・ローランドとかいう奴はへらへらしながら俺に自己紹介をさせたがる。わけがわからない。
「あー、俺は八尾《やお》だ。どうぞよろしくお願いします~」
とりあえずそう述べておいた。めんどくさい。こいつのテンションにはついていけない。というかさっさと夢から覚めたいところなんだが。
そんな俺の思いは届かず、ミリアに、にたー、と笑われた。
「そうか、ヤオか······よし、ヤオ。ヤオも今日から、マジックワールドの一員だね!!」
「は?」
マジック·····なんだ? とにかく、そこらにありそうな単語を並べただけのよくわからないものの一員にされるのか? あ、そうか。地獄の正式名称はそう言うのか。それにしてははちゃめちゃな名前だな。
って、違う違う。っていうか俺は死んでない。これは全て夢で、そして······
――夢?
これは······本当に夢なのか? それとも、現実······
「······これは、現実。信じていないようね」
さっきのテンションとはまるで違う、ミリアの落ち着いた声が聞こえた。俺は驚いて振り返る。
ミリアを見ると、さっきとは違う瞳の色をしていた。澄んだ青い瞳から、人を見下すような、冷血な瞳に変わっていた。ふたつになっていたはずの水色の髪も、今は腰まである髪を、横に横に広げていた。
ゴーッというノイズが鳴る。ミリアは、俺から目を離さない。
もしかしなくとも、俺、声に出していたのか? だとしたら、不注意すぎた。くっそ、しくじった······
「私は、ミリア・ローランド。正真正銘、魔法使い。今、私は、ハート・リズムという魔法を使っている。相手の気持ちが、音楽でわかるもの。ヤオから聞こえる音楽を日本語に訳せば、ヤオの心の声が、聞こえる」
機械のように、目を伏せ、淡々と語るミリアは、まるで別人に見えた。
ってか、心の声が聞こえるとか······ただのプライバシーの侵害のような気がする。というか、そうとしか思えない。
あ、そうか、この声も聞こえているのか。
「えっと······ミリア? とりあえず、その魔法の発動、やめてもらえないか? こっちにもプライバシーなんてもんがあるんだよ。勝手に聞かれると困るものがある」
「活動停止」
「あと、そのキャラ······さっきまでのテンション高いキャラにもどしてくれ」
「······活動開始」
その途端、ふっとミリアの肩の力が抜けた。瞳の色や髪ももとに戻っていた。さっきのミリアだ、と俺は安堵の息を吐いた。
「わかった? あれが私の魔法······心《ハート》の音楽《リズム》。相手の心を読めるの」
「······」
信じられない。今、アニメキャラクター的な容姿の自称魔法使いが、俺に向かって魔法を使っている。俺の心を読むなんて、やっぱり現実にはありえないことで、二次元の世界にしか思えない。
そんな俺を無視し、ミリアはこう続けた。
「あと、私のキャラのことだけど、あれも一種の魔法だから。心の人格ね」
「あ、それは普通に日本語なんだ」
「まぁね。本名、ミリア・成田・ローランドだから。日本人の血も流れてるんだよ。パパが日本人なの」
つまり、ハーフってことか。うーん、絶対髪染めてんな。カラコンも入れてるだろ。
「ママは魔法使いだよ。というか天使かな。背中に羽が生えてるから」
痛い、痛いです。背中に羽とか、ただの廚二か。いや、実際そうか。
俺は半ば呆れてため息をついた。もうこいつ意味不明すぎる。というか待てよ、俺死んだんだよな? それで合ってるんだよな!?
「ミリア、ちょっと質問があるんだが······」
「なんだね? あっ、プライベートの質問はなしだぞ!!」
えっへん、というようにミリアは自分の胸を叩いた。そういえばあいつ、それなりに胸があるよな。しかも、やっぱり水色の、胸が強調されるような服着て······
そう思うと、俺の目は無意識に胸に釘付けになっていた。
ミリアは俺のそんな目線に気がついたのか、両手で胸をばっと隠すなり、怒鳴った。
「ヤオ! 今、私の胸、いやらしい目で見てなかったか!? 見てたよな!?」
「わ、悪ィ。いやでも、俺だって思春期真っ只中だし、そういうこと思うのは普通のことであって、つまり俺は健全な男子高······」
我に返った直後に頬を思い切り殴られる。あまりにも酷くないか。つか俺の理屈最後まで聞けよ。
俺はヒリヒリと痛む頬を片手で軽く押さえながら、ミリアに向き直った。
口をとがらせながらそっぽを向いているミリアに、俺は頭を軽くなでてやった。
「······私子供じゃないもん」
「見た目小学生だぞ。胸以外」
「私409歳だもん。身長伸びないだけだもん」
不貞腐れながらそうぼやいたように言うミリアには、もう怒りとか、そういうのはなくなっていた。俺はミリアの頭を、わしゃわしゃとなで続けた。
409歳っていうのに引っかかったが、ちょっとそれは触れないでおこう。
「······で、質問って、なに」
「あ」
そうだ。すっかり忘れていた。ミリアには色々聞きたいことがあったのに。
基本的には、俺の境遇について聞きたかったんだ。
「俺······死んだのか? 死んだんなら、なんで今、俺は俺の部屋にいるんだ?」
「······死んだよ。この部屋は、ヤオの創造によって造られた、言っちゃえば偽物《にせもの》の場所。ヤオは、死んだら人間がどうなるか、分かる?」
「······知るかよ」
第一、俺は生まれて初めて死んだんだ。死後のことなんざ、わからない。でも、普通に考えて、人間は死んだら焼かれて、骨になって、それで終わりだろう。
魂なんて、空想の世界のものでしかないのだから――
「知らないよね······教えてあげる。あのね、死んだら、生まれかわるんだよ」
「······?」
「何に生まれかわるのかは、その時によって私のパパが決めるんだ。パパは――――神様だから」
パパって、さっきの日本人ってやつか? どういうことだ? 日本で生まれた神様ってやつなのか······
なんてことだ。魔法使いの母親に、神様の父親。その間のミリア······
頭が追いつかない。
「私は、案内人として、こうやって、ヤオを迎えに来たんだよ。私は、人生の第2ターンへ、案内するように言われてるからね」
「待て。で、さっきの質問とどう繋がるんだ?」
「簡単だよ? 誰だって、生まれかわるのに抵抗があるでしょう? それは犬だろうが猫だろうが一緒なの。だから、落ち着いて話すには、相手が生前、落ち着いて生活していた環境が必要。ヤオにとっての落ち着けた環境は、実はここだったんだよ。気づいてなかったみたいだけど」
ミリアはにっこり笑いながら話した。なるほど、ミリアは案内人と······
うん、やっと理解した。それじゃあ、俺はこれから生まれかわりに行くんだな。どんな姿になるのか、楽しみだなぁ!!
「じゃあ、行こうか。すべてリセットした、次の人生へ!」
俺はミリアに向かって笑みを浮かべ、ミリアに手を差し出した。
ミリアはおずおずと俺の手をとり、遠慮がちに笑って、虹色の穴に入ろうとした······その時。
「······!?」
「ミリア、どうした!?」
「······レインボーコースが······駄目だよ、止めなきゃ······!!」
ミリアは穴の前で呆然と立ち尽くしていた。俺には何がなんだかさっぱりだった。
でも、大変なのは確かだ。
ミリアと繋いだ手をぎゅっと握りしめた。俺にできることは、祈ることしかない。無力を嘆いたって仕方がない。
「あっ······」
虹色の穴は、みるみるうちに小さくなって、やがて、消えていた。
俺は若干困惑していたが、すぐに理解した。
――俺が生まれかわりに行く手段が、なくなったってことに。
「ミリア! 穴、お前作れないのか!?」
「無理だよ!! 現実でも死後の世界でもない世界、亜空間では作れないの!!」
「えっ······」
ということは、帰れないってことか? いや、待てよ。向こうから作ったら、帰れるんじゃないか?
俺はそう思って尋ようとして気づいた。ミリアの指先が小刻みに震えている。よほど大変なことなんだと理解した。
「向こうからお前の親父さんとかが作るだろ? 流石に気づくだろ、帰ってこなかったらさ」
「······今回は、人間世界の偵察も頼まれてるから、遅くなるってわかってるから」
「それでも······っ! 流石にさ!!」
「そもそも、向こうはこっちよりも時間は遅く流れてるから。こっちの時間で動くとしたら、やっぱり時間がずれちゃうし、こっちの10日は向こうの1日なんだよ。そのことを知ってるのは、唯一向こうとこっちを行き来してる、私だけだから」
······もう問いただそうが無駄だってことがわかった。
ざっと計算して、こっちの一年はせいぜい向こうの1ヶ月くらいだ。きっとミリアの両親は、1ヶ月経たないと気づかないだろうな。いや、もしかしたら1ヶ月経っても気づかないかも。長かったねー、何してたのー、くらいの一声で終わりだろう。話を聞いたところ、色々雑でズボラなところがあるっぽいし。
つまり、少なくとも1年は帰ってこれないということだろう。
それまで、俺とミリアふたりだけってことか!? 待て待て待て待て! 二回目だが一応俺も思春期真っ只中のめっちゃ健全な男子高校生だぞ!! いやもう死んだし、今俺は魂? 的なものだけだから、高校生ではないんだろう。
いや、今はそんなのんきなこと言ってられないし。
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リアルお宅さん?素晴らしい、60のおばさんです。面白いと思います。ちょっとわからんけど頑張って読みますね。
ありがとうございます。
読者のみなさまにわかりやすいようにすることを心がけます。
ありがとうございました。