悪役令嬢をヒロインから守りたい!

あんこ

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一章

18話 王子は深追いしない

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「コウ、起きてください、コウ兄さん!」

昨日の疲れから熟睡していたエリオットを、同室のエヴァンが肩を揺さぶって起こした。
エリオットは目は開いたものの、身体を起こすのに一苦労した。筋肉痛だ。
ダニールの配慮なのか、2人部屋をあてがわれ、しかもエヴァンと同室だったのは嬉しい事だった。

既に着替えていたエヴァンに、詫びを入れてすぐに執事服に着替えて、瓶底眼鏡を装着する。

部屋を出ると、パンスが目の前に立っていた。寝癖がついており、まだ寝間着のままだ。2人が挨拶をすると、

「よう、真面目だなぁ。別に俺は、先に入ってきた人の風みたいやつは吹かせたくないけどよ、絶妙な力の抜き加減ってやつを覚えた方がいいぜ?ミディアムレアってやつだよ」

多分、先輩風を吹かせたくないと言いたかったのだろうと、2人とも笑って誤魔化した。
後、それは焼き加減だともツッコまない。

食堂に入ったパンスはなんだかんだメイド長に怒られ、部屋からやり直しを命じられた。勿論、寝癖直して執事服着てこいという初歩の初歩だったが。
出て行く時、エリオットとエヴァンに、
「まあ、平面教師にはなっただろ?」
と不敵に笑ったが、それは物理的にペラッペラなだけの先生だと食堂にいた全員が思った。

簡単な朝食を済ませた2人をダニールが呼んだ。

「コウ、ロギー、2人とも今日は私に付いてもらいます」

それだけ言うと、さぁ、行きますよと2人を引き連れて食堂を出た。後ろではパンスが執事長直々になんて、俺もまだなのに!とうるさかったが、《だから》まだなのだとは気づいていないようだった。

廊下を歩くダニールは、2人を連れながら、

「…レオン様は、根は優しい方です」

と独り言のようにつぶやいた。
流石にどうしようもなくてセバスに相談したらしいが、根は悪くないからやり過ぎないでやってくれと、そういいたいのだろうかと、エリオットは考えた。

一旦外に出て、今度は隣の屋敷に入る。
二階へ続く階段を上り、廊下を少し歩いたところで、ダニールは2人を止めた。
目の前の扉をノックしようとした時、

「母様にもしもの事があったらどうする!そんな事もわからないのかお前は!!」  

という、レオンの怒鳴り声が聞こえた。
微かに謝罪の言葉を口にする女性の声が聞こえる。
ダニールは息を一つはいて、ノックした。
はいれ、の声と同時に、ダニールだけ入って行く。その時、少しだけドアの隙間を開けてくれた。
「お早うございます、レオン様」

「ダニールか。…おい、こいつもクビだ」

「…理由をお聞きしても?」

「このメイドはなぁ、母様に熱湯のように熱い紅茶を差し出しやがった。火傷でもしたらどう責任取るつもりだ?あ?」

「わ、私は、ただ普通に紅茶をお入れしただけで…」

「口答えすんじゃねぇ!!クビだクビ!父上が遠征でいない間、この家を取り仕切るのは次期当主である俺だ。次期当主の言葉が聞けねぇっていうのか?」

隙間を一生懸命覗いていた2人は、音は聞こえやすくなったが全然見えねえとヤキモキしていた。しかし、まあ、実際にここまで聞こえているならば、見えているのと同じだろうと、エリオットはエヴァンに目配せした。

その後も、母様に、母様が、母様を、と従者たちに難癖をつけてはクビギリギリまで持っていこうとするレオン。最後の「母様がトゲで怪我をしたらどうする!」と、庭師が薔薇を育てていた事を怒ったレオンの姿はもう少しだけドアを開いて、しっかりと見た。

これまたダニールに連れられて、従者用の部屋に戻った2人。
ダニールが他の全員に屋敷での仕事を言いつけたため、短い時間だが、人払いは出来ていた。

「噂通り、というか、証言通りでしたね」

「ああ、そのまんまだったな」

病弱な母親に対し過保護になりすぎて、少しでも従者が失態、というかレオンの気にくわない事をするとクビにする。
セシリナ・マルグマ、それがレオンの母の名前だ。軍部の高官の妻にしては、儚げで、心優しく、そして昔から体が弱かったらしい。
セシリナはメイド達の好意を喜んでいたが、レオンは勝手にそれを危険と判断し、クビにしていたのだ。父親がいない分、自分が母親を守らなければとでも思ったのだろうか。

「つくづくあのマザコンは…」

と、吐き捨てるようにエヴァンが言うと、

「別にマザコンは悪い事ではないぞ?」

と、エリオットが返した。
え?と聞き返す。

「マザコンなんて、言ってみればただの母親孝行だろう。反抗期よりよほど良いじゃないか。…問題なのは、レオンの自己満足に付き合えないもの達を切り捨てるあいつ自身の頭の緩さだ、反抗期が従者に向いたってとこだな」

「…ああ、たしかに」

と言いながら、エヴァンはレオンが反抗期と考えると少し面白いような気がして口角が上がった。

「でも、どうするんです?」
これがわかったところで、自分達は見ていたぞ!改心しろ!と言っても一時的なものにしかならない。それが気になるのだろう。

「もう策は立ててある。んで、最後に頼りそうなのは…」

ニタっと笑うエリオットに、エヴァンは少しだけ悪夢が蘇る気がした。



その夜、寝室に向かったレオンは、あの従者共、今日も今日とて母様への気遣いがなってない!とイライラしながら、ベッドに入ろうとした。

しかし、


「…え?なんだ、これ」

レオンは驚きに目を見開いていた。
自身のベッドのシーツが血にまみれたように赤黒く染まっていたのだ。
暫く固まっていたが、すぐに部屋を飛び出し、おい!誰かいないか!と怒鳴る。

すぐにやってきたメイドに、
「お前らは掃除もできないのか!ベッドのシーツを見てみろ!」とこれまた怒鳴った。

私じゃないのに、と思いながらもメイドはシーツを確認するが、

「レオン様、真っ白ですが…」

汚れひとつないシーツを見て困惑した。
そんなはずは!とレオンも確認するも、

「な、何故、だ?」

お疲れなのでしょうと、メイドは部屋を出た。レオンはその通りかもしれない、と深く考えるのはやめて、ベッドに潜り込んだ。

暫くして、レオンの耳に何か人の声が聞こえてきた。最初はメイドや執事達が話しているのかと思ったが、そうではない。この時間帯は、交代制で、ほぼ寝静まっているのだ。

風だと思いたいが、段々その声は鮮明になってくる。
な…で、なん…、…し…て…、わ…し…

レオンは耳を塞ぐようにしてなんとか眠りについた。
次の日の夜も、その次の夜もその声は聞こえてきた。

そして、4日目の夜、彼が眠る暗い部屋に静寂が訪れた。
もう何も聞こえない。静かだ。
ああ、やっと、やっと終わった。

そう安堵した瞬間、


「なんで私が死ななければいけないの?」

女性の声がレオンの耳元で囁かれた。

「うわあああああああ!?」

叫び声をあげて、ベッドから転げ落ちる。
ふらふらの足腰で、なんとか立ち上がり、明かりをつけようとするが、まったくつかない。

周囲を見渡しても、気配がない。
聞き間違いな訳がない、はっきりと聞こえたのだ。そして、あれは、先日クビにしたメイドの声によく似ていた。特徴があったので、覚えていたのだ。そういえば、クビにされたら路頭に迷ってしまうと、そう言ってなかったか。…まさか、それを苦にして、自…殺…?レオンの顔色は真っ青になった。  
なら、これは、この正体は幽…れ…っ!

「ねぇなんで?」

「ひぃっ!?」

どこから聞こえてきたのだろう。
今度は耳元じゃない。人の声とは程遠い機械のような音も混じっていた。これが決め手となったのか、腰が抜けて立てなくなった。

「…悪かった!悪かったから!」

「ねぇ、こっちで仲間も待ってるわ?」

「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!」

「苦しんだの」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「お前も」

「う…ぁ…」

「苦しめ」

「やめてくれ、もうやめてくれ!」

「ローナも、マリザも、ケリーも、ランドも、アイリスも、レインも!」


「ローナ、マリザ、ケリー、ランド、アイリス、レイン悪かった!謝る謝るから!」


「お主は、罪を重ねすぎた」

「ひっ!?」

見知らぬ、しゃがれた老人の声が聞こえた。
どこから聞こえるのかもわからない。
既にレオンはパニックなのだ。

「彼女らの無念は」

「晴らされるのじゃ」

「お主の」
 
まるでカウントダウンのように区切り区切り話す老人の声。

「死によって」

《死》という言葉に耐えきれなくなったのか、ママー!という叫び声をあげながらレオンは部屋を飛び出した。向かった先は、自身の母親の部屋。
なるべく丁寧に扉を開き、母親に駆け寄る。

「マ…母様、母様…!」

「まあレオン?どうしたのこんな遅くに」

突然の来訪に、本を読んでいたらしいセシリナは目を丸くしていた。いつもなら、お体に触りますから、お休みくださいという息子が泣きながら自分に駆け寄ってきたのだ。
まるで幼少期の息子に戻ったようだと、セシリナは微笑んだ。

「俺は、死んでしまっ…!ローナとマリザとケリーとランドとアイリスとレインが!従者の魂が、きて」

半狂乱に陥る息子を優しく優しくなだめるセシリナ。落ち着いた息子から事の次第を聞いた。そして、

「大丈夫よ」

と、我が子を抱きしめるセシリナ。

「今日はお母様が守ってあげるわ」

でも、と続けた。

「明日から、使用人達に理不尽な態度を取るのをやめなさい。それで、ちゃんと謝ればいいのよ。間違えたら、それを繰り替えなければいいだけなのだから」

優しく優しく宥めた。
いつのまにか眠ってしまったレオンにセシリナは仕方ない子ね、と微笑んだ。

次の日、レオンは言いつけ通り、使用人達に謝り倒した。そしてその日から、あまりにもな理不尽な態度は取らないようになったらしい。母親への過保護は変わらないが。
その日を境に、何故だか、以前のようにアイリスをいびろうとすると、レオンは体の震えが止まらなくなってしまうようになったらしい。



「マタギさんの演技、迫真だったんだよ。お主の、死によって!つって」

「…殿下、結局何がしたかったんですか?」

後日、マルグマ家の従者問題が解決したとの連絡を受けたセバスは、またこの人お人好し発動したのか?と苦笑いを浮かべていた。
ある意味それに付き合わされたのが、自分じゃなくてエヴァンで良かったなんて思っていたが。

「詰まらなくはなかったぞ?」

笑顔を向けてくる主人に対し、ため息しか出ない。セバスは、頭をかきながら、ああ、そういえば、と

「ダニールから聞きましたけど、夜な夜なトイレからすすり泣く声が聞こえたって、なかなか手の込んだことしますね、殿下」
軽く誉めた。

しかし、エリオットの反応は、
「……え?」
全く身に覚えがないんだが、というものだった。

セバスは鳥肌が立つのを感じた。

「え?…仕掛けたの、殿下じゃ、無いんですか?」
と聞くと、エリオットは怯えながら、


「いや、俺だけど」

と答えた。

セバスチャンはわなわなと震えている。

「…なんなんですかさっきの意味深な……え?は!?」

「いや、雰囲気出ると思って」

「なんの雰囲気ですか!」

エヴァンは座って紅茶飲んで茶菓子食べてこう思った。
ああ、ツッコミいるってほんと楽、と。
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