悪役令嬢をヒロインから守りたい!

あんこ

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一章

19話 王子は振り回される 前編

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その日は、雲ひとつない晴天だった。
夏特有のうだるような暑さも、そよ風が緩和してくれるようなカラッとした日。
エリオットは、自室で読書をしながら、そんな心地よさを楽しんでいた。
窓辺では小鳥が歌うようにさえずっている。
今日は朝から丸一日休み。
たまには、こんな平穏も悪くない。
アイリスが隣にいたら尚いいが、3日後に約束しているので、穏やかな待ち時間も楽しむ事にするか、と本の続きに興味を向けた。

そんな静かな部屋にドアをノックする音が響いた。エリオットの返事を聞き、入ってきたのはセバスチャンと、もう1人の男。セバスはその男に、新しい主人に挨拶をするようにと促した。


「お初にお目に入ってます!エリオット・クラウ・オールハイン王太子殿下!新しくここで執事として働くことになりました!パンスと申します!宜しくお願いします!!」

エリオットの優雅な休日は音を立てて崩れ去った。いや目に入るとか怖いなんて事よりも、彼が王城で働くという部分に目眩がした。

「セバスチャン。パンス先…んん、彼はマルグマ家の執事ではなかったか?」

「で、殿下に知っていただいてるなんて!」

今そこじゃない。

「クビになったそうで、困っていたので」

セバスは可哀想じゃないですか、急にクビなんてと付け加えた。
しかし、

「レオンはもう改心したんだよな?だったら何故?」

パンスはエリオットの言葉に恥ずかしそうに後頭部をかいた。

「お恥ずかしい話なんですが、転んだ拍子に液体の洗剤をその、レオン様にぶちまけちゃって」

「…ああ、それでレオンに?」

「いえ、レオン様は許してくれたんですけど、その後手が滑って熱い紅茶をレオン様の膝の上に…」

「それは、」

「それもレオン様は許してくれたんですけど、今度はレオン様の夕食のステーキにナイフとフォークじゃなくて、凡ミスでスプーンを出してしまって」

「へ、へぇ」

「それも気にするなって言ってくれたんですけど、湯浴みの時に洗濯物と勘違いしてレオン様の着替えも片付けてしまって、裸で放置してしまったんですね」

「そ、それでレオンに…」

「いえ、メイド長にクビにされました」

エリオットは未知の生物を見るような目でパンスをみた。このタイプはやばいと思っていたが、想像以上にやばい。世界天然ヤバイ人選手権があったとしたら、優勝候補筆頭だろう。というか、もう天然ヤバイ人七段くらいは持っていそうだ。
セバスは、それを既に聞いていたのか、

「不運が重なりましたよね」

と、パンスを慰めている。
エリオットは思った。

(え?これ不運だと思えんの?不運買いかぶりすぎじゃね?)

寧ろこうなってくるとレオンの方が不運で不憫だ。よく耐えたとエリオットも脳内で賞賛を送った。というか、この男が何故名門マルグマ家の執事見習いになれたのかすら疑問だった。相当人手不足だったとしか思えない。

「セバス、セバス」

エリオットはセバスを近くに呼ぶと、耳元で、
「なんで雇った馬鹿か」
とドストレートを打ち込んだ。
セバスはその言葉に、
「いい子ですよ?彼」
と、何かを隠している笑みをこぼす。

「パンス、でよかったか?えっと、どういった経緯でセバスチャンと?」

その質問待ってました!と言わんばかりにパンスは、

「クビにされて途方にくれてたら、ダニールさんが憧れのセバスチャンさんを紹介してくれたんです!!それで、執事術を一から学ぼうと、弟子入りを頼んだら、だったら王城で働きながら学びませんかと提案してくださって!ほんと、お噂に違わぬすごいお人で!全執事の頂点ですよ!あの、握手もしていただきました!」

自慢気に語った。

「あ、うん、よかったね」

エリオットは察した。
セバスの野郎純粋に褒められたのが嬉しくて、魔獣を王城に迎え入れやがったと。
苦労人の彼にとって、憧れのセバスチャン、全執事の頂点という言葉はどうも甘い蜜だったらしく、加えて、良くも悪くもまっすぐなパンスの言葉は意外と響いたらしい。

「ほら、いい子でしょう?」

とニコニコしながらパンスを見ているセバス。その目はまるで可愛いペットを眺めているかのようなものだった。

ここでパンスが、セバスに習った紅茶をエリオットに飲んでいただきたいと提案した。エリオットが断ろうと思った時には、セバスが熱湯とカップ、ティーポット、紅茶の茶葉を用意していた。

意外にも、その手つきは危なげなく、熱湯がエリオットにかかる心配はなさそうだった。
警戒していたエリオットの心とは裏腹に、何事もなく、紅茶のカップが差し出された。

ああ、色眼鏡で見すぎたか、少し反省しなければ、とエリオットは紅茶に口をつけた。


「ど、どうでしょうか!」

「ああ、匂いのするお湯だ」

紅茶の味が殆どでていなかった。
色もかなり薄い、どうやったら紅茶風味のお湯が出来上がるのか、不思議でしかたなかった。

「う、薄いですか!?すみません!」

「ああ、その、そうだな。いつものより少し、…いや、10倍は薄い気がする」

少し言い淀んだがはっきりいった方が彼のためになると、正直に意見を言った。
その意見を聞いて、入れ直します!と意気込むパンス。

そして、もう一度差し出された紅茶は、明らかに色が濃かった。パンスの目線に、仕方なく口につけ、カップを傾ける。

「どうでしょうか!?」


「…うぉぉ…にっがい、しっぶい」

とてつもなく苦くて渋い。
頭が痛くなるような苦さだとエリオットは顔を歪ませた。後すごい濃かった。

「10倍薄いと言われましたので、先ほどの10倍の茶葉を入れさせていただきました!」

ティーポットはふやけてかさが増えた茶葉で蓋が閉まっていなかった。

(なぁ、馬鹿って言葉の由来はお前なのか?)

もはや言葉も出ないエリオットに、多少不安を感じたのか、パンスは俯きながら、恐る恐る彼に目を向けた。

「お気に召しませんでしたか…申し訳ありません」

「…いやその、多分、伸び代はあるんだから、これから学んでいけばいいんじゃないか?」

「え!!伸び代ですか!?ほんとですか!いつ伸びますかね?!」

お前ネガティブの比率もうちょい上げろ、とエリオットは思った。話の通じない変人に、エリオットは気遣いのない言葉でトドメを刺そうとしたが、

「いつ…まあ、少なく見積もって来世じゃないか?」

「え、来世ですか!嬉しいです!!なんか、エリオット殿下ってロマンチストっすね!!」

褒め言葉として受け取られた。
流石に、エリオットは気分転換に部屋を出ることにした。去り際、セバスに、「責任持ってどうにかしろ」と言い残して。

セバスはその言葉に、ああ、城に置くのは認めるんですね?ツンデレ殿下。と微笑んだ。

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

部屋を出たエリオットは、平穏な今日を取り戻すために、ゆったりと散歩をする事にした。廊下を歩きながら、向かいから歩いてくる使用人達に、ご苦労様と声をかけていく。
ふと、廊下を掃除していたメイドが目に入った。エリオットは先日雑巾掛けの辛さを体験したばかりだったので、

「いつもありがとう。君達のお陰で城はいつも美しく保たれているよ」

とメイドに微笑んだ。美形の王太子が立ち止まって、労いの言葉をかけられる。そんなシュチュエーションに当てられたメイドは、より一層仕事に精を出した。
それを角から覗いていた人影に、エリオットはまだ気づいていない。

エリオットはふと思いたち、パティシエの元に向かった。未だに専属で働いているカインツがちょうど焼きたてのビスケットをオーブンから出したところだった。

「殿下、タイミングバッチリですね。新作ですよ、おひとついかがですか?熱いんで、気をつけてくださいね」

焼き菓子の匂いがしたと思ったのは、どうやら当たっていたらしいと、エリオットは一つつまんだ。コオロギチョコの生みの親であるカインツは手先だけでなく、菓子の味も格別だった。

エリオットは上機嫌で散歩を再開する。
外に出なくとも、広い王城を歩いていれば気分転換にはなるし、こういうイベントも起こる。段々と、穏やかな1日を取り戻しているような気がしていた。
もうそろそろ、庭に出てみるかとエリオットが考えた時、また、誰かが廊下を掃除している事に気がついた。
今度は執事か、やけに熱心に床を磨いている。

近づいて、声をかけようとした瞬間。
それが誰だか、気がついた。


「あの、何をなさっているんですか…?
サウス男爵」

「え!?ああ、いえ!そ、そ、その、ゆ、床を磨いておりました!!」

雑巾を持った手を激しくふって、偶々です!偶然です!とサウスは言い訳を繰り返している。

偶然男爵が床を磨いていたってどんなシチュエーションだよ、とエリオット顔を引きつらせた。
それを疑いと勘違いしたのか、サウスはこれでもかと縮こまり、

「じ、実は、そ、そ、その、」

言いづらそうに、上目遣いでエリオットを見つめながら、


「さ、先程、その、掃除していたメイドを褒めていたのを見て、そ、そ、それで…」

嫌な予感がしながらも、エリオットは、それで?と先を促す。

「…うっ、…う、羨ましいと思ってしまいました!」

「あ、なるほど」

エリオットはもう笑顔になるしかなかった。
惚れ薬の効果はまだ切れていないのだ。


「さ、最近は殿下も、お忙しくて、、そ、それは分かっていました!でも、でも、こんな事で、こんな事でも、気が引きたいって、そう、思ってしまって、本当に、」

その姿はさながら嫉妬がバレて恥ずかしがる付き合いたての彼女だ。
エリオットは思った、早く特効薬を見つけないと、この人の名誉に関わると。もう取り返しのつかないところまで行っているかもしれないが。だが、何故だか、リリスより可愛らしい気もしていた。恥じらいだろうか。


「私からピアニストに誘っておいて、最近は会いに行けず、すみません。宜しければ今からお聞かせ願えますか?」

願っても無い言葉に、サウスはパァァと効果音がつきそうなほど表情を明るくした。効果音の無駄遣いである。

「えっ!?そんな、わ、わた!私でよければ何曲でも!難曲でも!」

親父の部分はちょっぴり残っているらしい。
エリオットは、それでもこの人の曲が久し振りに聞けると、その足取りは重くなかった。
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