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一章
26話 王子は諦めたい
しおりを挟む「と、とということは、で、殿下は、こ、コオロギと泥水はお好きではない、ってことですか…?」
何故か少し残念そうなサウス。
効果がないとわかるや否や、セバスは実はチョコとそれを溶かした水であるとネタバラシした。ただ、少し驚かせたかったのだと。
このままではサウスがエリオットの前で本物のコオロギを貪り、泥水をがぶ飲みする危険性もあったので、それは忍びないとすぐに説明した。
普通ならここで安堵すべきところだが、何故か浮かない顔をしているサウスに、エリオットとセバスは疑問の表情を浮かべる。
「すみません、男爵、不快な思いをさせてしまいましたか?」
そうエリオットがいうと、サウスは首ふり人形も真っ青な程左右にブンブンと首を振った。
「い、いえ!!そ、その、」
「…?」
心なしどころか、頰が赤い。
エリオットを直視できないのか、チラチラと見ながら、息を吸った。
「そ、その、せ、せっかく、で、殿下のお好きなものが、知れたのにと思いまして…少し残念、だな、と…」
(…これアイリスが言ったら凄い可愛いだろうなあ。勿論アイリスは元々可愛いが、こう、いじめたくなるような時も。
いや待て、それなら逆もありなのではないか?…そうか、その発想はなかった!アイリスにいじめられ)
「殿下、妄想に逃げないでください」
「…今いいところだったのに」
エリオットはもう疲れていた。
が、ここで投げ出すわけにもいかず、セバスに作戦2の合図を出す。
すぐさまセバスは表情をつくり、
「ところで、あの件ですが」
「ん?ああ…あれか」
「いかが致しましょう」
「私がやろう。元々あのメイドは顔は悪くないから気に入っていたんだ。
あの強気な顔が苦痛に歪むのを想像しただけで、今から楽しみだからなぁ」
意味深な話にサウスはオドオドし始める。
(題して、殿下って女遊び酷いタイプだったのか、しかもディープな方だし!最低!作戦だ!流石にこれは効くだろう!)
セバスはわざとらしく息を吐き出し、
「殿下、止めはしませんが、くれぐれも前のメイド達のように壊さないようにお願いしますよ。補充するの大変なんですから」
いやらしい笑みを浮かべるエリオットを宥めた。
「あ、あの、なな何かあったのですか…」
ここでその事を聞いてくるあたり、実はメンタル強いんじゃないかなんてセバスは思ったが、ここも淡々と嘘をついた。
「先日、殿下に失礼を働いたメイドがいまして、その処遇を決めていたところです」
「そして、私自ら、そのメイドを躾けてやることに決めたんですよ」
「殿下は躾けというか、欲望をぶつけられているだけですけれど」
くっくと、エリオットは喉を鳴らした。
勿論メイドに手を出したことは無いし、そういう事は好きな人とだけ!と乙女なエリオットだったが。
次の言葉はサウスの口からは出てこなかった。
2人もやっと効いたか!と淡い期待を抱く程に重い雰囲気になる部屋。
2人の視線を集めるサウスは一度深呼吸をして、いきなりエリオットの右手を弱々しくつかんだ。
固まるエリオットだったが、すぐさまその手は離され、なんとも言えない空気になる。
「ええと、その、男爵。今のは…」
エリオットはそこで言葉に詰まった。
サウスの顔は耳まで、いや、触れた手まで真っ赤に染まり、心拍が聴こえてくるような気がするほど、呼吸も早かったのだ。
「も、申し訳ありま、せん!こ、こ、れは失礼に、あた、あたいしますよね、わ、私これで、で殿下にし、躾けていた、だけるんでしょうか…」
エリオット・クラウ・オールハインは考えるのをやめた。
ーーーーーーーーーーーーー
サウスに先程のは演劇の練習だと伝え、一旦帰らせたエリオットは、自分の従者を目の前に、ひとりブツブツと呟いていた。
「なあ、セバス」
「はい」
「例えば、青空を見て、綺麗だとか、美しいと感じる者は沢山いるだろう。
反面、道端の雑草は誰も気にする事がないが、それに対しても美しさを感じる者もいる。それは個人の感性であったり、好みであったり、咎められることのない権利だ。
犬が好きな者、猫が好きな者。
野菜が好きな者、肉が好きな者。
それは仮に対象が人間でも変わりはしないのではないか?」
「要するに、何がおっしゃりたいのでしょう」
「人に恋するって、悪いことなのかな」
「ああ、わかりました。一旦保留にしたいんですね、殿下」
「…うん」
机に突っ伏した体制のまま、返事をするエリオット。その従者は気苦労の息をたっぷりと吐き出した後、
「まぁ、あれだけやってこの結果ですと、わからなくもないですが…」
惚れ薬の効果は元々の感情の大きさに左右される。他人に対して畏怖や恐怖の感情が強いサウスに、ましてや、対象がエリオットとなると生半可な効果ではないだろう。
実際問題、全てポジティブな方向へ持っていかれてしまったら嫌われるなんて芸当出来るはずもない。
現時点では、時間を置くしか出来ないとの判断だった。
「アイリスが1人、アイリスが2人、アイリスが3人、ふふ」
少々壊れかけている主人の姿を見ながら、セバスは紅茶の箱に手を伸ばした。
今日は晴天のはずだが、部屋の主の姿はさながら曇天の空模様だった。
正直なところ、セバスチャンはこの作戦の内容に少々疑問を感じていた。嫌われるための作戦の割に、サウスを傷つけるようなものではない。
どちらかといえば、悪評がたって傷がつく恐れがあるのはエリオットの方だ。
嫌われるというか、幻滅させるこの作戦は、成功すれば作戦を立てた方が無傷で済まない諸刃の剣ともいえるものだった。
作戦を考えていた時にそれを指摘はしていたが、それは出来ないと頑なに断られていた。
「…本当に、お人好しというか、甘いというか、馬鹿というか、変に不器用というか、もはや気持ち悪いというか」
「なぁ、後半ただの悪口だよな。なぁ?」
茶葉を蒸らしながらすみませんつい本音が、と軽口を叩くセバス。
エリオットはもう、そっかぁと返すくらいしかできなかった。
病み上がりには少々荷が重かったかと、セバスはうなだれる主人をみて、これ以上はやめておこうと紅茶をカップに注いで差し出す。
その時、バン!と音を盛大に立ててエリオットの自室のドアが開かれた。
仮にも王子の部屋のドアをそんな開け方するような人間、1人しかいない。
「殿下!失礼です!!」
「…パンス、一体何事ですか。わかってるならやめなさい」
セバスは頭に手を当てながら、それに、失礼いたしますでしょうと訂正した。
「すいません!ですが、急ぎの連絡でして!」
「…殿下は見ての通りお疲れです。余程の事でなければ…」
「…いや、いい。聞くだけ聞こう、一体どうしたのだ」
エリオットが力のない声でそう促すと、パンスははい!と返事をして、握りしめていたメモを開いた。
「ニーベルン家のアイリス様がご登城なさいました!」
「そうか、パンス、報告ご苦労。さぁ、行くぞセバスチャン!」
先ほどの項垂れなんてまるで無かったかのような凄まじいスピードで立ち上がったエリオットは、素早く服と髪を直し、颯爽と自室を後にした。
セバスは呆れていたが、まあ、元気になったのならとすぐに後を追いかけた。
残されたパンスはしばらくぼーっと立ち尽くしていたが、
「…ん?セバスチャンだけに伝えてください…殿下には秘密です…あ」
メモの一番大事な部分を見落としていたことに今更気づき、急いで部屋から駆け出した。
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