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EP1_序章
序章_2 悲劇の海戦
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先頭船団が交戦海域に入ろうとしたその時だった。
突如として空が赤黒く滾り、ごうごうと爆音が広がった。
轟音の彼方、遥か北方で噴煙が空に立ち上っている。
噴煙の中に幾重にも稲光が走る。
周囲はひとたび夜のように暗くなり、
噴火の轟音と雲間の雷鳴で、すべての声が恐怖に変わる。
遠くに聞こえた敵軍の勢いも悲鳴に変わり、
一矢報いるべく気炎を上げていたメルヴィア海軍の統制も崩れていく。
天命とは、こういうものか。
噴煙を吹き上げる遥か北方の火山を見て、
肌が冷え固まったような恐れを抱いたのを感じた。
急ぎ船団を止める。噴煙の奥から、
恐ろしい大きさの火山弾が飛んでいるのが見えた。
こちらに攻めよせていたノルドラントの船の慌てようは望鏡の向こうで、
もはや演劇のようにすら見えた。
不運ないくつかの敵船に火山弾が直撃し、轟沈していく。
岩礁に座礁し、マストをへし折られた船もあり、
航行不能に陥っているようだった。
ノルドラントはそう大きな島ではないというから、
この大噴火にあっては壊滅は免れないだろう。
望鏡の向こうの悲劇に心を奪われていると、
劇場の外からの声に引き戻された。
「船団を海軍工廠へ戻せ!火山弾が落ち着くまでに、救助船の十字架の帆に張り替えろ!」
公子ラムサスの声だった。
「これではもう戦争どころではない。
相手が亡国の民になるのならば、救助して然るべきだ。」
この男は、このように裁下するのか。
つい先ほどまで死に場所へ向かっていた、
敵を目の前にしていたとは思えない男の言葉に、カナートは驚きを隠せなかった。
それからは、天災の恐ろしさを思い知るには十分な光景が眼前に広がった。
あれほどあった敵船が、もうまともに動いているほうが少なくなっている。
降り注ぐ火山弾に沈められ、
または船体を損傷し、一部逃げ去ったものを除き、
動ける船はマストに白旗を掲げ、救助活動を行っていた。
その渦中、救護の十字旗を広げて向かった我らが船団は、
彼らにはさながら神の救済にも見えた事だろう。
公子ラムサスはその独断で、
敵国ノルドラントの人民を救える限り救助した。
戦火に焼かれて荒廃したいくつかの海岸都市を急造ながら再建し、
ノルドラントの民をそこに住まわせ、十分には足りなくとも食料や物資の支給も行った。
避難していた領民とのいざこざは頻発したが、
あの天災を見た後では、止む無しという肯定的世論感情になっていた事も幸いし、
亡国の悲劇以上の惨劇は起きなかった。
メルヴィア公カッセルはこのラムサスの行いを握り潰し、
中央宮廷に対しては、天運を味方につけノルドラント軍を撃滅したと報告した。
報告に気をよくしたのか、宮廷はいくつかの所領をメルヴィア公家に与えるとした。
どれも辺境で人口は少なく、豊かな土地とは言えなかったが、
匿ったノルドラント人を移住させるには都合がよかった。
「なぜ、わざわざ助けてやったのだ。放っておいても海に消えていったはずだろう。」
メルヴィア公カッセルは、息子ラムサスに詰め寄る。
不要な問題を持って帰ってくるとはどうした了見なのか、ということだ。
「奴らは、我々より強かったのです。圧倒的に。
より強い兵器を作る力があり、技術があるということです。
本当なら負けるところだった。
それを、命の恩まで乗せて我が物にする絶好の機会だったのです。
救わないという手こそ論外であります。」
なるほど確かに、敵対していたメルヴィアに命を救われ、
住まう土地まで与えられたノルドラント人達は、
恩義を感じることはあっても、怨恨が育つ道理はなかった。
それでも、これが正しい選択だったのかは、
後世の歴史家に答えが委ねられるところだろう。
「新たに中央から得た辺境地については、
ノルドラントのかつての町の名をつけることを許し、与えましょう。
彼らの心を得ることで、先進的な技能を学ぶのです。」
事実、天変地異に滅びた祖国を憂いていたノルドラントの民は、
このラムサスの提案を喜んで受け入れ、移住を承諾した。
加えて彼らはメルヴィア領各地で技術者として職を与えられ、
戦争で荒廃したメルヴィアの土地の復興に大きく貢献したのだった。
一方、このノルドラント人の領民化政策は、
やはり元来のメルヴィア領民との軋轢の発生源にもなっており、
メルヴィア公カッセルの頭痛のタネだった。
カッセル公は、その後領地の安定のため奔走するが、過労のため早世となった。
戦禍と復興を短い期間で経験したメルヴィアは、
もはや以前のような旧帝国の一領地ではなく、
革新を国是とするような気運に包まれていた。
そして、このメルヴィア公国は、
新鋭のラムサス公に委ねられるかに思われたが、
当のラムサスは、第一公女のエンヴィの継承権を認め、
自身は新領の総督に就任した。
ここから、先代カッセル公の方針とは大きく舵を回した、
新しいメルヴィア公国として動きを見せていくこととなる。
中央宮廷を擁する帝都トルトゥーザでは、
北方メルヴィア戦役で目立っていたラムサスは、
多くの権力者達から目をつけられていた。
しかし、褒美に与えられた辺境の新領地へ引っ込んでからというもの、
その名を聞く機会も少なくなり、次第に中央での権力闘争の日常へと立ち返っていったのだった。
突如として空が赤黒く滾り、ごうごうと爆音が広がった。
轟音の彼方、遥か北方で噴煙が空に立ち上っている。
噴煙の中に幾重にも稲光が走る。
周囲はひとたび夜のように暗くなり、
噴火の轟音と雲間の雷鳴で、すべての声が恐怖に変わる。
遠くに聞こえた敵軍の勢いも悲鳴に変わり、
一矢報いるべく気炎を上げていたメルヴィア海軍の統制も崩れていく。
天命とは、こういうものか。
噴煙を吹き上げる遥か北方の火山を見て、
肌が冷え固まったような恐れを抱いたのを感じた。
急ぎ船団を止める。噴煙の奥から、
恐ろしい大きさの火山弾が飛んでいるのが見えた。
こちらに攻めよせていたノルドラントの船の慌てようは望鏡の向こうで、
もはや演劇のようにすら見えた。
不運ないくつかの敵船に火山弾が直撃し、轟沈していく。
岩礁に座礁し、マストをへし折られた船もあり、
航行不能に陥っているようだった。
ノルドラントはそう大きな島ではないというから、
この大噴火にあっては壊滅は免れないだろう。
望鏡の向こうの悲劇に心を奪われていると、
劇場の外からの声に引き戻された。
「船団を海軍工廠へ戻せ!火山弾が落ち着くまでに、救助船の十字架の帆に張り替えろ!」
公子ラムサスの声だった。
「これではもう戦争どころではない。
相手が亡国の民になるのならば、救助して然るべきだ。」
この男は、このように裁下するのか。
つい先ほどまで死に場所へ向かっていた、
敵を目の前にしていたとは思えない男の言葉に、カナートは驚きを隠せなかった。
それからは、天災の恐ろしさを思い知るには十分な光景が眼前に広がった。
あれほどあった敵船が、もうまともに動いているほうが少なくなっている。
降り注ぐ火山弾に沈められ、
または船体を損傷し、一部逃げ去ったものを除き、
動ける船はマストに白旗を掲げ、救助活動を行っていた。
その渦中、救護の十字旗を広げて向かった我らが船団は、
彼らにはさながら神の救済にも見えた事だろう。
公子ラムサスはその独断で、
敵国ノルドラントの人民を救える限り救助した。
戦火に焼かれて荒廃したいくつかの海岸都市を急造ながら再建し、
ノルドラントの民をそこに住まわせ、十分には足りなくとも食料や物資の支給も行った。
避難していた領民とのいざこざは頻発したが、
あの天災を見た後では、止む無しという肯定的世論感情になっていた事も幸いし、
亡国の悲劇以上の惨劇は起きなかった。
メルヴィア公カッセルはこのラムサスの行いを握り潰し、
中央宮廷に対しては、天運を味方につけノルドラント軍を撃滅したと報告した。
報告に気をよくしたのか、宮廷はいくつかの所領をメルヴィア公家に与えるとした。
どれも辺境で人口は少なく、豊かな土地とは言えなかったが、
匿ったノルドラント人を移住させるには都合がよかった。
「なぜ、わざわざ助けてやったのだ。放っておいても海に消えていったはずだろう。」
メルヴィア公カッセルは、息子ラムサスに詰め寄る。
不要な問題を持って帰ってくるとはどうした了見なのか、ということだ。
「奴らは、我々より強かったのです。圧倒的に。
より強い兵器を作る力があり、技術があるということです。
本当なら負けるところだった。
それを、命の恩まで乗せて我が物にする絶好の機会だったのです。
救わないという手こそ論外であります。」
なるほど確かに、敵対していたメルヴィアに命を救われ、
住まう土地まで与えられたノルドラント人達は、
恩義を感じることはあっても、怨恨が育つ道理はなかった。
それでも、これが正しい選択だったのかは、
後世の歴史家に答えが委ねられるところだろう。
「新たに中央から得た辺境地については、
ノルドラントのかつての町の名をつけることを許し、与えましょう。
彼らの心を得ることで、先進的な技能を学ぶのです。」
事実、天変地異に滅びた祖国を憂いていたノルドラントの民は、
このラムサスの提案を喜んで受け入れ、移住を承諾した。
加えて彼らはメルヴィア領各地で技術者として職を与えられ、
戦争で荒廃したメルヴィアの土地の復興に大きく貢献したのだった。
一方、このノルドラント人の領民化政策は、
やはり元来のメルヴィア領民との軋轢の発生源にもなっており、
メルヴィア公カッセルの頭痛のタネだった。
カッセル公は、その後領地の安定のため奔走するが、過労のため早世となった。
戦禍と復興を短い期間で経験したメルヴィアは、
もはや以前のような旧帝国の一領地ではなく、
革新を国是とするような気運に包まれていた。
そして、このメルヴィア公国は、
新鋭のラムサス公に委ねられるかに思われたが、
当のラムサスは、第一公女のエンヴィの継承権を認め、
自身は新領の総督に就任した。
ここから、先代カッセル公の方針とは大きく舵を回した、
新しいメルヴィア公国として動きを見せていくこととなる。
中央宮廷を擁する帝都トルトゥーザでは、
北方メルヴィア戦役で目立っていたラムサスは、
多くの権力者達から目をつけられていた。
しかし、褒美に与えられた辺境の新領地へ引っ込んでからというもの、
その名を聞く機会も少なくなり、次第に中央での権力闘争の日常へと立ち返っていったのだった。
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