俺の超常バトルは毎回夢オチ

みやちゃき

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第一部 二章

可愛い子には旅をさせよ

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兄の心妹知らず。先日の大人げな姿も何処へ。ベッドの淵に腰かけ俺の寝癖をぴょーんと伸ばして遊んでいた。

「お兄ちゃんはいつからニワトリになったの?」
「はじめからだよ、はじめちゃん。お兄ちゃんはニワトリちゃんだから」
「そっかー」

 ぴょーん、ぶみょーんと俺の髪を明後日の方向へと引っ張る初。自然と距離が縮まる。

 なまじ女の子である初と、ここまで接近しても全くドキドキしないのは、俺がシスコンでもロリコンでもない証だ。ん、いや待て。シスコンでもロリコンでもないけど初と余裕でキスもできるしお風呂だって一緒に入れるし下着だって共有できる。

 それに物理的距離にとらわれず態度も変わらず平常心で居られる、この関係こそ真実の愛なのでは? ここにいる美少女こそが俺のパートナーなのかもしれん。

 よし、初、家族になろうよ。って既になってたわ。

 相変わらず、はにょーんと髪で遊んでいる姿は、好奇心旺盛に新しいもので遊ぶ幼女そっくりだ。「あ、これ懐かしいねー!」と興味が二転三転変わりゆくところも。

 俺の寝癖から今度は本棚へと関心が移ったらしい。
 とことこ部屋の隅へと向かい、手にかけたのは俺の愛読書であるカントやヘーゲルの哲学書––––ではなく銀色の人形だった。
 てかすまん、哲学書なんて持ってないわ。

 置いてあったのは昔に放送していたバトルアニメのフィギュアだった。多分分あいつは主人公のヒーロー。そいつを初は両手の中で関節を曲げアメコミとかによく出てくるスーパーマンのポーズをさせて空を飛ばしている。

 彼女の瞳はそこにはないものを写しているのだろう。

 例えば崩れたビル。舞う砂埃。行きつけのハンバーガーショップにはドイツ製の車が前から突っ込んでいて、看板娘の金髪少女が悲鳴をあげながら店を飛び出す。キッチンには作りかけのチーズバーガーがあって、ボケたおじいちゃんはまだコーラを平然と飲んでいる。金髪看板娘が外に出ると、そこはまさに地獄絵図だった。

 ところどころから火が上がり、煙がたつ。子供達に風船を配っていた犬のマスコットは、いつもの一つしか表情のない笑顔ではなく慄く人間の男の顔になって逃げていた。泣き叫ぶ子供。上空にはヘリコプター。逃げ惑う人々の中、彼女は動けずに人波が向かう逆の方向をただ見つめていた。

 その先には緑色の体で腕が六本生えたビルより大きい化け物が暴れているのだ。阿鼻叫喚の光景に、彼女は店の制服である赤いタイトスカートの端をぎゅっと握りしめて、綺麗な青空に向かって叫ぶんだ。「助けてスーパーマーーン!」と。

 そんなニューヨークの街並みを、きっと初はこの六畳の一室で見ているんだ。頭の中で描いているはずだ。「ぶーんキキィーー、ぶーん」と言いながらヒーローを飛ばす我が妹。

 え、てか今のキキィーーってなに? 旋回? 回れ右しちゃったの? え、助けてよ、引き返さないでスーパーマン!

「昔はよく一緒にごっこ遊びしたね」
 腕に握るおもちゃを懐かしそうな目で見ている。
 昔。妹の言う昔とは、一体どれくらい前のことなのだろう。
「……んーそうだっけか」

「なっ! 忘れたの! 薄情者! 妹との大切な思い出を!」
「ニワトリちゃんだから三歩歩いたら忘れるの! そんな昔のこと覚えてないしその人形も忘れちまったよ」
「えーーお兄ちゃん昔はこれのことヴェルティモン・ティアモルモーゼって呼んでたじゃん」

「なんだよその名前! 知りません、お兄ちゃんはそんな痛い名前つけた覚えありません!」

「またまた~~なんだっけ、ほら必殺技は確か……『白狼はくろううめく夜、月が見つめる密室、聖典・傀儡くぐつ・人を堕とす魔道具 穿うがてて十三番街 死屍累々ししるいるい!』だよ」

「ぎゃああああああお前なんで詠唱段階から覚えてんだよ!」

「だってさ、これどう考えてもブリーチからパクったでしょ? 完全に劣化版だよ。しかもこれ、要するに夜こたつに入って漫画と人形で遊ぶお兄ちゃんのことだよね? うち十三丁目だし。おまけに肝心の技名はただの四字熟語だし……」  

「ぐはっ……うるせぇ! それっぽければなんでもいいの! 大体ずるいぞそんな大昔のことを持ち出すのは!」

「大昔っていうか去年の話だよ?」

 …………。
 ……………………。
 ………………………………ちょ、ちょっと何を言ってるのか分かりませんねぇ。

 きょ、去年? あは、あははは。 

「はじめぇ、お、おま、お前、なかなか面白い冗談言うようになったじゃない」
「はぁぁ、もういつまで過去から逃げてんの! この元中二病患者!」

 ぐさり。そんな音が胸のあたりで鳴った気がした。
 もういい、こうなったら仕返しだ。倍返しだ馬鹿野郎め。

 そっちがそうやって昔のことを掘り返してくるのなら、こっちだっておんなじ手段を取るまでよ! しかも一年前なんて比べ物にならない。もぎたてホカホカ昨日の話をしてやる。

 ざまーみろ初のばーか。お前のイタい行動も晒してやる。

 雲が低い昼下がりだった。

「今日おとーさんとおかーさん遅いんだって」

 リビングで据え置きのゲーム機を起動していると、マグカップ片手に背後のキッチンから初がひょこひょこ隣に来て話しかけて来た。うちの両親は共働きのため、こういったことがままある。

「だからはじめが作ってあげるね。なにがいい? おにーちゃん」
 そういう時は決まって初が作るのが恒例になっていた。妹に押し付けているわけではない。別に俺が作ってもいいのだけれど。
「んー、じゃあカレーで」
「好きだねぇ。おっけー」

 ぱたぱたと大きめのスリッパを鳴らしながら、「じゃあ買い物行ってくるね」夕食の買い出しをしに行った初のくりくりとした瞳に、嫌々やらされている感はなかった。ない、と信じたい。

 彼女はクッキー作りだの、ケーキ作りだの、そういう類のことが好きなのだ。まぁ基本、全ての物事に対し楽しく、積極的に取り組める女の子である。

 大きいスリッパを脱ぎ、はやりのスニーカーに履き替えて「行ってきまーす」とふざけて敬礼する初。屈託のないその笑顔は見ている人間まで笑顔にさせる。

「行ってらっしゃい」

 こちらも敬礼で返して。にこり曇りのない瞳の妹。背中を向け、金属製のドアノブに手を掛ける。
 かわいいなぁ。デレデレの兄。平和な昼下がりに、突然の胸騒ぎ。
 そういや最近、交通事故多いよな。

 嫌な予感がして。近くに「あいつの予感は当たるんだよ。悪い時に限ってな」とフラグを立てる解説キャラはいなかったが、いらぬ老婆心か。当然の親切心か。

「初、一緒に行こう」と、喉元まで出かかった言葉。本当はゲームしたかったけど。新発売の。各サイトで軒並み高評価の。ゲームを、したかったのだけど。

 妹を失うことに比べれば、そんなことどうでも、いい、はずだ。うおおおおおおお。

 そんな兄を察してか、「あ」と言い、扉を開けようとしていた初の手が止まる。振り返って立ったまま靴を脱ぎ、ぱたぱたとこちらに近寄る。

 ゲーム! じゃない初、いま、一緒にお兄ちゃんが……。

「おにーちゃん、」
 満点の笑顔。ちいさな両手を前に差し出して。
「お金ちょーだい」

 こくり、小首を傾けて。おねだりのポーズ。
 ……どこが曇りのない瞳だ。
 やっぱゲームしよ。

 英夫を数枚、剥奪された俺はリビングに戻りコントローラーを強く握りしめて一人、呟く。

「可愛い子には旅をさせよ」
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