私のバトルは見せられない〜清純派美少女が戦闘狂に豹変するわけがない〜

みやちゃき

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二章

欠席者

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 静寂のなか、車の警告音だけが鳴る。罪獣は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
 すると一瞬、兄妹を押し潰したはずの車が動くと、一直線に罪獣めがけて飛んできた。
 それを片手で払いのけた罪獣は、正面を見つめ目を丸くしていた。


 藤宮さよは覚醒した。


 鋼鉄のような筋肉の層を体に纏う。
 しなやかに引き締まった上半身。岩のように盛り上がった下半身。
 先ほどまでの小動物のような華奢な体型は面影もなくなっていた。


 身長は四〇センチほど伸び、一八〇センチをゆうに超えていた。身長と同じく、肩までだったボブカットも腰まで伸び、蛍光灯に照らされて艶やかな美しさを放つ。丸い瞳、柔らかそうな頬。それまでのあどけない童顔から、切れ長の瞳、シャープな輪郭と変化していた。
 夜の似合う、大人の女性がそこにはいた。


「な、な、な、な……」


 見えて動揺する罪獣は、さよの姿を震えた手で指差し、たじろいていた。


「てめえ! ただのクソババアじゃねーかよ! この化け物が!」 


 その場に唾を吐き散らしながら、それまでの不気味な声から低くドスの効いた低い声で叫ぶ。
 それはただでさえ腹が立っていたさよにとって火に油を注ぐ形になる。
 射抜くような鋭い眼光で、罪獣を捉える。


 紫のエナジーが色濃くさよの全身を纏う。
 その場で力んだだけで、地面にヒビが入り、衝撃波で周囲の車のガラスが割れた。ただならぬエナジーの量に、一瞬怯んだような表情を浮かべた罪獣だったがもう遅い。


 さよは一瞬で罪獣との距離を詰める。そして、大股を開いて膝を曲げ、低い体勢をとると、弓を引く弦のように胸を張り、矢を放つように罪獣の顎を捉えたアッパーを繰り出す。
 罪獣は二階の天井を突き破り、さらに二層のコンクリートに穴を開け漆黒の夜空に消えていく。
 その一撃で既に勝敗は喫していた。しかし、今日のさよの気はそれだけでは済まなかった。人の域を超えた跳躍力で後を追うように飛び立つ。そして空中で、罪獣に向け目にも留まらぬ速さでパンチを繰り出す。残像により腕が何本も生えたかと思うほど、高速で殴りつける。
 

 そして罪獣の頭を掴むと共に勢いよく落下し、先ほどとは違う地面の位置に巨大な穴を開ける。
 さよと罪獣は一階まで、コンクリートの層を突き破った。血を流し、総身ボロボロに傷ついた罪獣は最後に「どう……し……先に妹をやれと……あの、お方が……」と呟き、力尽きた。
 死に際の意味深な一言。
 しかし颯爽と立ち去るさよの耳には届いていなかった。



 ホームセンターからの帰り道、レクは一人駄々をこねていた。


「なぁ~さよ~教えてくれよ~今日の俺はどんな力に目覚めたんだよぉ~」
「…………」
「あれは今までで一番、壮絶な光景だったぞ! なーあー。教えてよぉ~教えてよぉ~、さーよーちゃあーん」
「…………」


 さよは無言で先を歩く。


「なんで怒ってんだよ~。あんな筋肉マッチョの気持ち悪い奴を、この俺がどうやってクールに倒したか教えてよぉ~」


 その言葉に歩調の早い足が止まる。肩は小刻みに震えている。


「お! 話す気になった?」


 さよは兄の方を向き直すと、その右頬に思い切りビンタをした。


「ぐへぇっ」レクはその場に倒れ込む。
「さよぉ~どうしたんだよ~!」と涙目になりながら妹の名を呼ぶ。


 しかしさよは、崩れる兄を一瞥もせず早足で立ち去って行った。


                   ☆   ☆   ☆


 翌朝。
 私立宮市学園高等部一年三組の教室。
 田中薫子は今日も変わらず一人、文庫本を手に持ち読書をしていた。


「…………」
 
 一つの章を読み終わり、区切りがつくとクラスを見渡す。
 

 ―レクきゅん、今日はまだ来てない……。
 

 窓際に座る薫子は視線を外へ移す。校門の方を見やるがレクの姿は見当たらない。
 

 ―レクきゅんが小学校、中学校の九年間で学校を休んだのは合計一八回。内、一〇回が喉の痛みから始まった発熱。四回がインフルエンザ。三回が腹痛。一回が親戚の不幸による忌引き。レクきゅんは、基本的には休まずに学校に来る良い子なのに……。


「…………」


 薫子は視線を戻し、目の前の無人の椅子を見つめ思いを馳せる。


 ―遅い、レクきゅん。遅い、レクきゅん。レクきゅん。レクきゅん、レクきゅん、レクきゅん、レクきゅん、レクきゅん……。


 朝礼開始のチャイムが鳴り響くまで一分を切っていた。クラスにはほとんどの生徒が到着している。後方で引き戸
の音がする度、薫子は振り返るがレクの姿は見当たらない。


「…………」


 ―しゅん。


 薫子は悲しそうに肩を落とす。もう自分も今日は帰ろう。そしてレクの家に行って様子を見に行こうかと考えた時。


「………………………………」


 クラスに、レクともう一人、未だ姿を現していない生徒を見つける。


 ―安西樹梨。


 彼女の不在に気づいた瞬間、薫子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。そして薫子の中で全てが繋がる。


 ―あの女。昨日も国語の問題だか知らないけどレクきゅんとイチャつきやがって。……そうか、すっかり騙された。あれはきっと偽の顔。レクきゅんに近寄るために偽っていたんだ。私としたことが、不覚。今この教室にレクきゅんと安西樹梨だけがいない。そんな偶然があるだろうか、いやない。小汚いメス犬め。発情期か知らないけど臭いフェロモン撒き散らしやがって。レクきゅんに匂いがついたらどうするの……。レクきゅんに色目を使うあいつだけ
は許さない。許さない。許さない。許さない。


「…………」


 表情一つ変えず、薫子は心の中で憎悪の炎を燃えたぎらせる。


「………………………………………………ッ!」


 そして薫子は、考えつく最悪の想像をしてしまう。


 ―まさか。二人だけで、逢瀬でも、デートでもしてるんじゃ……。そうだ、そうに違いない。あのアバズレの考えることだ。我慢できなくなってレクきゅんの家に行ったんだろう。どこで住所を調べたのかは分からないけど。きっとストーカーでもしたんだ。……ごめんね、ごめんねレクきゅん、私が守ってあげられなくて。今、助けに行くからね……。


 おもむろに立ち上がる薫子。抑えられない殺気を感じ取った隣の席の女の子が「ひっ」と悲鳴をあげる。


 ―待っててね、レク。


 薫子が、まずは包丁を調達しようと調理室に向かおうとした時。


「あっぶねぇー」


 勢いよく引き戸が開かれる音と同時に、愛しの少年の声が聞こえた。
 膝に手をつき、肩で息をするレクは、額の汗を腕で拭う。


「レク~アウトだろ~」と茶化す男子生徒に「セーフだろ」と息の切れた声で返す。


 ―レクきゅん! 来た! ちゅき! レクきゅん! 


 薫子にもしも尻尾が付いていたら、ちぎれるばかりに振っているだろう。
 彼女の心は愛おしさに締め付けられそうになる。


「はぁ~走った~」


レクは顔を手で仰ぎ、薫子の横を通って席に着く。


「…………」


 ―はぁ、はぁ、はぁ。レ、レクきゅんのほのかに香る汗の匂い……。やばいよぉ、おかしくなっちゃうよぉ……。


「おー薫子、おはよう」


 こちらを振り返るレクに、内心を知られぬよう、薫子は居住まいを正す。


「…………」


 ―おはようレクくん。どうしたの?


「ああ、さよが起こしてくれなかったんだよ」


 ―さよちゃんが?


「ああ。起きて見たらさよのやつ、もう学校に行ってるっぽいんだよ。連絡しようと思っても、今あいつのスマホ壊れてるし……。おかげで遅刻しそうになったぜ」


 レクはため息を吐く。


 ―そうなんだ。さよちゃんにしては珍しいね。


「そうなんだよ。昨日の夜からなぜか機嫌が悪いんだよなぁ……。昼休み、あいつの教室に行ってみるわ」


 ―でもさ、いつまでもさよちゃんに頼りっぱなしはダメだよ! そうだっ! これから毎日私がレクくんのお家まで起こしに……。

 行ってあげるね、と続く薫子の言葉は「起立」という大きな号令に遮られてしまった。
 薫子は心の中で舌打ちをする。
 チャイムが鳴ってだいぶ経ってから、目の下にクマを作った藤田先生がやってきた。


「休みは安西だけか」


 眠そうな声で欠席を確認した。
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