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二章
忍び寄る影
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夜の繁華街。
雑居ビルに入った店の看板が色とりどりに光る。
空き缶が転がり、タバコのフィルターが散乱していた。
今日は火曜日。週の前半の夜、ということもあってか、先ほどまでは賑わいを見せていた通りからは人が散り、寂しさが漂う。
スーツを着たキャッチーも暇そうにスマホをいじっていた。
ネオンに灯された大通りを一人の少女が歩く。
生ぬるい風が彼女の黒髪をなびかせる。立ち並ぶ居酒屋やファーストフード店から漂ってくる、アルコールやニコチンや油の混ざった嫌な匂いにも顔一つ歪めていない。
涼しい表情で周囲をチラリと見渡す。水晶のように澄んだ瞳、すらりとした鼻筋、赤みを帯びた唇。どこか幼さを残した顔立ちと、スタイルのいい体つき。
顔を赤くし、千鳥足で歩く中年男性は、颯爽と歩く彼女を見つけると口笛を吹いた。
制服姿の美少女は、この時間と場所に合っていなかった。
白いワイシャツは第二ボタンまで開けられ、プリーツスカートは白い足を強調させるために短く折られていた。
家出少女、という言葉が似合う。警察官が近くを通れば間違いなく声をかけるだろう。
少女が歩く前方から、ブランド物のアクセサリーを身につけた二十代前半の男数名が、やってくる。そしてわざとらしく彼女に肩をぶつける。
「お~いどこ見てんの、お姉さん」
金髪の男がニタニタと笑みを浮かべながら話しかける。
「こんな時間に高校生が歩いてちゃダメでしょ」
そばにいたホスト風の男が続く。
「お姉さん、優しい俺らがお家まで送ってあげるよ」
また別の男が、クチャクチャとガムを噛みながら、耳につく声で少女に提案する。
優しい、という部分に強いアクセントを置いて。
少女は男たちの方を振り向き、それぞれに強い眼光を向ける。その眼差しは、まるで値踏みをしているようだった。
そして少女は柔らかく微笑みを浮かべると、温かい声で「お願いしてもいいですか?」と尋ねる。
その言葉を聞いた男たちはいやらしく笑い、お互いの顔を見合っている。
「こっちです」少女は男たちの数歩先を歩く。
そして明るい大通りから裏道を進んでいく。
ビルとビルの間の細い道は通りの光が微かに差し込むだけ。換気扇が臭い風を出しながら回り、ダンボールをはじめとしたゴミが目立つ。
世界から隔離されたように静かだった。
男たちは顔をしかめ「おい、どこ連れて行くんだよ」と刺々しく少女の背中に放つ。「もういいよ、ここでやっちまおうぜ」と別の男が口を開いた時、少女の足が止まった。
びくりと男たちは肩を動かし、目の前の少女を注視する。
しかし次の瞬間に、その姿は闇に消えた。
「どこいった」
男たちが辺りを見渡すが見当たらない。
そして顔を上げた一人の男が「あ」と呟く。
上空から現れたのは、先ほどの少女とはかけ離れた存在。
鋭い爪で、男の首元を斬り裂き、そばにいたもう一人の胸を貫く。
「バ、バケモノ!」
最初に彼女にぶつかった男は尻餅をついて叫ぶ。
しかしその声は他の人間には届かない。
数分後。
少女だったものは、ふき取るように爪に付着した血を舐め、残った男を見下ろすと、怪しげに微笑んだ。
四人が入っていった裏路地から、少女一人だけが姿を現す。
少女は先ほどと違い、制服のシャツを一番上まで閉めて、スカートを膝下に戻していた。
下ろしていた髪をゴムで一つにまとめ、黒縁のメガネをかける。
そして深いため息を吐き出すと、「こんな格好するのも、あと少しの我慢……」そう静かに呟いた。
「あと少し、あと少しで時が満ちる……」
彼女は虚空を見つめ、夜の繁華街に姿を消した。
☆ ☆ ☆
救急車のサイレンが遠くで響いている。
インターホンを鳴らすと、数秒おいてから電子錠が自動で開く。
豪と絃歩は門をくぐると、背後で施錠する音が聞こえる。
二人は月明かりに照らされた庭園を抜け、正門の前に着くと、タキシードを着た男が扉を開ける。
赤い絨毯を歩くとそこは、ホテルのエントランスのようなロビー。
「おかえりなさいませ、豪様、絃歩様」
「海馬、ついさっき、凶悪なエナジーの気配を一瞬感じたんだが」
海馬と呼ばれた、ロマンスグレーの男は、言いづらそうに顔をしかめる。
「ええ、他の方々からも報告がありました。特に強く察知した杉本、南組が現場に向かったのですが……」
海馬は一つ咳払いをする。
「行方不明です」
「……やられたのか」
「ええ。恐らくは。そして先ほど、三人の一般男性が病院へ搬送されたと情報が入りました。襲撃されたと思われます、現場は三丁目の大通りです。杉本様も南様もその付近の担当ですので、罪獣の仕業だと見て間違いありません」
三丁目と、豪と絃歩がいた場所とは相当な距離があった。
「それでもあんな強力なエナジーを感じるとは……」
豪はため息を吐き、頭を搔く。
「手がかりはナシか?」
「最後に杉本様からは『片翼の罪獣が』とだけ連絡が入っています」
「片翼の罪獣か……」
反芻するように豪は呟いた。
雑居ビルに入った店の看板が色とりどりに光る。
空き缶が転がり、タバコのフィルターが散乱していた。
今日は火曜日。週の前半の夜、ということもあってか、先ほどまでは賑わいを見せていた通りからは人が散り、寂しさが漂う。
スーツを着たキャッチーも暇そうにスマホをいじっていた。
ネオンに灯された大通りを一人の少女が歩く。
生ぬるい風が彼女の黒髪をなびかせる。立ち並ぶ居酒屋やファーストフード店から漂ってくる、アルコールやニコチンや油の混ざった嫌な匂いにも顔一つ歪めていない。
涼しい表情で周囲をチラリと見渡す。水晶のように澄んだ瞳、すらりとした鼻筋、赤みを帯びた唇。どこか幼さを残した顔立ちと、スタイルのいい体つき。
顔を赤くし、千鳥足で歩く中年男性は、颯爽と歩く彼女を見つけると口笛を吹いた。
制服姿の美少女は、この時間と場所に合っていなかった。
白いワイシャツは第二ボタンまで開けられ、プリーツスカートは白い足を強調させるために短く折られていた。
家出少女、という言葉が似合う。警察官が近くを通れば間違いなく声をかけるだろう。
少女が歩く前方から、ブランド物のアクセサリーを身につけた二十代前半の男数名が、やってくる。そしてわざとらしく彼女に肩をぶつける。
「お~いどこ見てんの、お姉さん」
金髪の男がニタニタと笑みを浮かべながら話しかける。
「こんな時間に高校生が歩いてちゃダメでしょ」
そばにいたホスト風の男が続く。
「お姉さん、優しい俺らがお家まで送ってあげるよ」
また別の男が、クチャクチャとガムを噛みながら、耳につく声で少女に提案する。
優しい、という部分に強いアクセントを置いて。
少女は男たちの方を振り向き、それぞれに強い眼光を向ける。その眼差しは、まるで値踏みをしているようだった。
そして少女は柔らかく微笑みを浮かべると、温かい声で「お願いしてもいいですか?」と尋ねる。
その言葉を聞いた男たちはいやらしく笑い、お互いの顔を見合っている。
「こっちです」少女は男たちの数歩先を歩く。
そして明るい大通りから裏道を進んでいく。
ビルとビルの間の細い道は通りの光が微かに差し込むだけ。換気扇が臭い風を出しながら回り、ダンボールをはじめとしたゴミが目立つ。
世界から隔離されたように静かだった。
男たちは顔をしかめ「おい、どこ連れて行くんだよ」と刺々しく少女の背中に放つ。「もういいよ、ここでやっちまおうぜ」と別の男が口を開いた時、少女の足が止まった。
びくりと男たちは肩を動かし、目の前の少女を注視する。
しかし次の瞬間に、その姿は闇に消えた。
「どこいった」
男たちが辺りを見渡すが見当たらない。
そして顔を上げた一人の男が「あ」と呟く。
上空から現れたのは、先ほどの少女とはかけ離れた存在。
鋭い爪で、男の首元を斬り裂き、そばにいたもう一人の胸を貫く。
「バ、バケモノ!」
最初に彼女にぶつかった男は尻餅をついて叫ぶ。
しかしその声は他の人間には届かない。
数分後。
少女だったものは、ふき取るように爪に付着した血を舐め、残った男を見下ろすと、怪しげに微笑んだ。
四人が入っていった裏路地から、少女一人だけが姿を現す。
少女は先ほどと違い、制服のシャツを一番上まで閉めて、スカートを膝下に戻していた。
下ろしていた髪をゴムで一つにまとめ、黒縁のメガネをかける。
そして深いため息を吐き出すと、「こんな格好するのも、あと少しの我慢……」そう静かに呟いた。
「あと少し、あと少しで時が満ちる……」
彼女は虚空を見つめ、夜の繁華街に姿を消した。
☆ ☆ ☆
救急車のサイレンが遠くで響いている。
インターホンを鳴らすと、数秒おいてから電子錠が自動で開く。
豪と絃歩は門をくぐると、背後で施錠する音が聞こえる。
二人は月明かりに照らされた庭園を抜け、正門の前に着くと、タキシードを着た男が扉を開ける。
赤い絨毯を歩くとそこは、ホテルのエントランスのようなロビー。
「おかえりなさいませ、豪様、絃歩様」
「海馬、ついさっき、凶悪なエナジーの気配を一瞬感じたんだが」
海馬と呼ばれた、ロマンスグレーの男は、言いづらそうに顔をしかめる。
「ええ、他の方々からも報告がありました。特に強く察知した杉本、南組が現場に向かったのですが……」
海馬は一つ咳払いをする。
「行方不明です」
「……やられたのか」
「ええ。恐らくは。そして先ほど、三人の一般男性が病院へ搬送されたと情報が入りました。襲撃されたと思われます、現場は三丁目の大通りです。杉本様も南様もその付近の担当ですので、罪獣の仕業だと見て間違いありません」
三丁目と、豪と絃歩がいた場所とは相当な距離があった。
「それでもあんな強力なエナジーを感じるとは……」
豪はため息を吐き、頭を搔く。
「手がかりはナシか?」
「最後に杉本様からは『片翼の罪獣が』とだけ連絡が入っています」
「片翼の罪獣か……」
反芻するように豪は呟いた。
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