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二章
変わらぬ日常
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リノリウム張りの廊下が藤宮レクを反射させる。
凹みがあるロッカーを窓から差し込む朝日が光らせる。壁にかけられたポスターはセロハンテープが一箇所剥がれていた。生徒の笑い声が反響し、後方ではドアを閉める音が聞こえる。
レクは自分のクラスに入ると全体を見渡す。
扉の近くの席に座る友人に声を掛けられるも、どこか上の空で返事をした。
まだ来ていないのか。
レクは一通り、教室にいる面々を見やってから窓際の席に向かう。
背もたれには自分のリュックが掛けられていた。
昨日、さよが学校に来ていないと聞いてから、急いでそのまま学校を飛び出してしまった為、荷物はそのままだった。
学校側から家には何度も電話があったらしい。しかし誰も不在だった為、父さんの携帯に連絡があった。家に帰ると両親は心配しており、なんと言い訳をしようか焦っていると隣のさよが口を開いた。「お父さん、お母さん。えっと、さよは思うの。きっとお兄ちゃんはそういう時期なの。わかるでしょ? 衝動的に学校とかを飛び出したくなるの……」、その一言で何かを察したように「そうか」と納得したようだった。
「さよ、お前は自慢の娘だ。お兄ちゃんのことをよろしく頼んだぞ」とまで付け加えていた。そのあと学校関係に従事している父はカバンから「一人で なやまないで そうだんしてね」と書かれた名刺サイズのカードと、千円札数枚を一緒に渡してきた。「レク、ごめんなお父さん達忙しくて、すまないな」と申し訳なさそうにしており、後ろに立っていた母のすすり泣く声が漏れ聞こえた。
レクとしては父の謝罪も母の涙も全く理解できなかったが、思わぬ形でお小遣いを手に入れられたのでとりあえず妹には感謝するべきだろう。
ちなみに父からもらったカードは自分には必要なかったので部屋のゴミ箱に捨てた。
どこか見覚えのあるカードだなと思っていたが、教室に入って思い出した。
高校初日のレクリエーションの日に、様々な配布物の中に混ざっていたのだ。
両親はなんとか切り抜けられたが、お昼休みに教員室へ呼び出しをくらうかもな。
レクはため息を吐いた。
そしたらなんと言い訳をしよう。妹の言うように「衝動的に学校を飛び出したくなる時期なんです」と説明したら理解を得られるのだろうか……。
レクは悩ましげな表情を浮かべ、自分の席に着席しても未だ思考を巡らせていた。
その為、後ろからの視線にしばらく気がつかなかった。
「―ああ、ごめんごめん薫子。おはよう」
「…………」
「いやいやごめんって、無視してたわけじゃねーよ」
「…………」
「ほんとほんと、ぼーっとしてただけ」
「…………」
「心配かけてごめんな、いや、実は……」
実は、と言いかけたところで、レクは先ほどの思いつきを試してみようと思った。
「実は、俺、そういう時期なんだ。衝動的に学校を飛び出したくなるっていうか……」
すると心なしか薫子の表情が少し柔らかくなった気がする。
その眼差しはどこか慈愛に満ちていた。
「…………」
「へ? あ、そうだな今日も一緒に昼飯食べような。え? あ、そうだな俺にはいっぱい良いところがあるな。オンリーワンでナンバーワンだな。俺の代わりはいないな。うん、分かってるよ、心配事はないし、悩み事もないぞ? 薫子、どうした急に」
「…………」
薫子は引き出しから、「一人で なやまないで そうだんしてね」と書かれた名刺サイズのカードを取り出す。
「いや、お前もかよ! なんだよ流行ってんのか!? 保健室に若いセラピーの先生がいるって? そんなことは知ってるぞ……」
薫子は何回か頷き、レクの頭を優しく撫でた。
「ガキじゃねぇんだからやめろよ!」
その手を払いのけ、レクは薫子との会話を中断し首を前に戻す。
すると、レクの机を中心にクラスメイト達が集まっていた。
みんなどこか優しい眼差しでレクを見つめる。
その手には高校初日に配られた「一人で なやまないで そうだんしてね」のカードが握られていた。
「藤宮。俺でよければいつでも話聞くぞ」
「藤宮くん、今まで気持ち悪いって思っててごめんね。藤宮くんにも色々事情があるんだよね。……うぅっ、私、なんでそんなことも分からなかったんだろ……」
「なんだよお前ら! 俺にゴミを押し付けるな! 席に戻れ!」
レクは大声で叫びクラスメイト達を追い払う。
「みんな、行こうぜ。レクは今そっとしておいてほしいみたいだ」
一人の生徒がそう言うと、皆それぞれの席に戻っていった。
レクは改めて座り直し、怪訝な表情を浮かべる。
なんだかよく分からないが、とりあえず薫子は納得してくれたみたいだな。
それになぜかみんなの目が優しい……。
よし、これでなんとか藤田先生からの呼び出しを乗り越えよう!
レクの予想通り、そのあとの朝礼では藤田先生から「藤宮、後で職員室に来い」と呼び出された。
レクは拳を握りしめ、いざ昼休み。職員室へ。
客間に通され、レクと藤田先生は向かい合って座る。
「藤宮、説明してもらおうか。昨日は一体……」
「先生! 俺は今、そういう時期なんです! 衝動的に学校を飛び出したくなるのであります!」
レクは敬礼しながら用意していた台詞を教員室に聞こえ渡る声量で叫ぶと、藤田先生は哀愁のある面持ちを浮かべ
「来年の一年生に配ろうと思っていたんだが……」と一旦席を外し、戻っくると両手には三百枚ほど束になった「一人で なやまないで そうだんしてね」と書かれた名刺サイズのカードを抱えるように持っていた。
「藤宮、すまなんかったな。もう行って良いぞ」
先生は扉までレクを見送り、「保健室に若いセラピーの先生がいるからな」と、先ほど薫子から聞いたことを口にした。
レクは両手にずっしりと紙の束を抱え、廊下を歩く。
お、重い……。
窓から差し込む陽光が額の汗を輝かせる。
レクはふと視線を外に移す。
するとそこには制服を着た生徒が、遅れて登校してきたところだった。顔は分からないがその姿は下足室に消える。
そういえば。
昨日、昼に会った安西も、これから学校に行く道中だと言っていたな。なんだか体調が悪かったとかなんとか。まぁ数週間前まで入院していたのだから、それ自体は特におかしくない。
……ん。
レクの頭にある疑問が浮かぶ。
そういえばさよは、朝、坂本豪に連れ去られたと言っていたよな。確か……新聞を取ろうと玄関に出た時に、襲われたと。
けれど、それならおかしい。
確か、安西は……。
―これから遅刻して行く途中に、藤宮くんとよく似た女の子がさらわれて。
そう言っていた気がする。
すると、矛盾が生まれるような気がするのだけれど……。
「まぁ、本人に聞けば良いか」
それよりレクは、腕に抱えた三百枚のカードをどうやって処分するか考えた。
本日も欠席した樹梨のことは、ひとまず頭の隅に置いて。
レクは明日本人に確認しようという結論を下す。
しかし、結果的にそれは叶わない。
明日も、明後日も、その次の日も。
安西樹梨は学校に姿を現さなかった。
凹みがあるロッカーを窓から差し込む朝日が光らせる。壁にかけられたポスターはセロハンテープが一箇所剥がれていた。生徒の笑い声が反響し、後方ではドアを閉める音が聞こえる。
レクは自分のクラスに入ると全体を見渡す。
扉の近くの席に座る友人に声を掛けられるも、どこか上の空で返事をした。
まだ来ていないのか。
レクは一通り、教室にいる面々を見やってから窓際の席に向かう。
背もたれには自分のリュックが掛けられていた。
昨日、さよが学校に来ていないと聞いてから、急いでそのまま学校を飛び出してしまった為、荷物はそのままだった。
学校側から家には何度も電話があったらしい。しかし誰も不在だった為、父さんの携帯に連絡があった。家に帰ると両親は心配しており、なんと言い訳をしようか焦っていると隣のさよが口を開いた。「お父さん、お母さん。えっと、さよは思うの。きっとお兄ちゃんはそういう時期なの。わかるでしょ? 衝動的に学校とかを飛び出したくなるの……」、その一言で何かを察したように「そうか」と納得したようだった。
「さよ、お前は自慢の娘だ。お兄ちゃんのことをよろしく頼んだぞ」とまで付け加えていた。そのあと学校関係に従事している父はカバンから「一人で なやまないで そうだんしてね」と書かれた名刺サイズのカードと、千円札数枚を一緒に渡してきた。「レク、ごめんなお父さん達忙しくて、すまないな」と申し訳なさそうにしており、後ろに立っていた母のすすり泣く声が漏れ聞こえた。
レクとしては父の謝罪も母の涙も全く理解できなかったが、思わぬ形でお小遣いを手に入れられたのでとりあえず妹には感謝するべきだろう。
ちなみに父からもらったカードは自分には必要なかったので部屋のゴミ箱に捨てた。
どこか見覚えのあるカードだなと思っていたが、教室に入って思い出した。
高校初日のレクリエーションの日に、様々な配布物の中に混ざっていたのだ。
両親はなんとか切り抜けられたが、お昼休みに教員室へ呼び出しをくらうかもな。
レクはため息を吐いた。
そしたらなんと言い訳をしよう。妹の言うように「衝動的に学校を飛び出したくなる時期なんです」と説明したら理解を得られるのだろうか……。
レクは悩ましげな表情を浮かべ、自分の席に着席しても未だ思考を巡らせていた。
その為、後ろからの視線にしばらく気がつかなかった。
「―ああ、ごめんごめん薫子。おはよう」
「…………」
「いやいやごめんって、無視してたわけじゃねーよ」
「…………」
「ほんとほんと、ぼーっとしてただけ」
「…………」
「心配かけてごめんな、いや、実は……」
実は、と言いかけたところで、レクは先ほどの思いつきを試してみようと思った。
「実は、俺、そういう時期なんだ。衝動的に学校を飛び出したくなるっていうか……」
すると心なしか薫子の表情が少し柔らかくなった気がする。
その眼差しはどこか慈愛に満ちていた。
「…………」
「へ? あ、そうだな今日も一緒に昼飯食べような。え? あ、そうだな俺にはいっぱい良いところがあるな。オンリーワンでナンバーワンだな。俺の代わりはいないな。うん、分かってるよ、心配事はないし、悩み事もないぞ? 薫子、どうした急に」
「…………」
薫子は引き出しから、「一人で なやまないで そうだんしてね」と書かれた名刺サイズのカードを取り出す。
「いや、お前もかよ! なんだよ流行ってんのか!? 保健室に若いセラピーの先生がいるって? そんなことは知ってるぞ……」
薫子は何回か頷き、レクの頭を優しく撫でた。
「ガキじゃねぇんだからやめろよ!」
その手を払いのけ、レクは薫子との会話を中断し首を前に戻す。
すると、レクの机を中心にクラスメイト達が集まっていた。
みんなどこか優しい眼差しでレクを見つめる。
その手には高校初日に配られた「一人で なやまないで そうだんしてね」のカードが握られていた。
「藤宮。俺でよければいつでも話聞くぞ」
「藤宮くん、今まで気持ち悪いって思っててごめんね。藤宮くんにも色々事情があるんだよね。……うぅっ、私、なんでそんなことも分からなかったんだろ……」
「なんだよお前ら! 俺にゴミを押し付けるな! 席に戻れ!」
レクは大声で叫びクラスメイト達を追い払う。
「みんな、行こうぜ。レクは今そっとしておいてほしいみたいだ」
一人の生徒がそう言うと、皆それぞれの席に戻っていった。
レクは改めて座り直し、怪訝な表情を浮かべる。
なんだかよく分からないが、とりあえず薫子は納得してくれたみたいだな。
それになぜかみんなの目が優しい……。
よし、これでなんとか藤田先生からの呼び出しを乗り越えよう!
レクの予想通り、そのあとの朝礼では藤田先生から「藤宮、後で職員室に来い」と呼び出された。
レクは拳を握りしめ、いざ昼休み。職員室へ。
客間に通され、レクと藤田先生は向かい合って座る。
「藤宮、説明してもらおうか。昨日は一体……」
「先生! 俺は今、そういう時期なんです! 衝動的に学校を飛び出したくなるのであります!」
レクは敬礼しながら用意していた台詞を教員室に聞こえ渡る声量で叫ぶと、藤田先生は哀愁のある面持ちを浮かべ
「来年の一年生に配ろうと思っていたんだが……」と一旦席を外し、戻っくると両手には三百枚ほど束になった「一人で なやまないで そうだんしてね」と書かれた名刺サイズのカードを抱えるように持っていた。
「藤宮、すまなんかったな。もう行って良いぞ」
先生は扉までレクを見送り、「保健室に若いセラピーの先生がいるからな」と、先ほど薫子から聞いたことを口にした。
レクは両手にずっしりと紙の束を抱え、廊下を歩く。
お、重い……。
窓から差し込む陽光が額の汗を輝かせる。
レクはふと視線を外に移す。
するとそこには制服を着た生徒が、遅れて登校してきたところだった。顔は分からないがその姿は下足室に消える。
そういえば。
昨日、昼に会った安西も、これから学校に行く道中だと言っていたな。なんだか体調が悪かったとかなんとか。まぁ数週間前まで入院していたのだから、それ自体は特におかしくない。
……ん。
レクの頭にある疑問が浮かぶ。
そういえばさよは、朝、坂本豪に連れ去られたと言っていたよな。確か……新聞を取ろうと玄関に出た時に、襲われたと。
けれど、それならおかしい。
確か、安西は……。
―これから遅刻して行く途中に、藤宮くんとよく似た女の子がさらわれて。
そう言っていた気がする。
すると、矛盾が生まれるような気がするのだけれど……。
「まぁ、本人に聞けば良いか」
それよりレクは、腕に抱えた三百枚のカードをどうやって処分するか考えた。
本日も欠席した樹梨のことは、ひとまず頭の隅に置いて。
レクは明日本人に確認しようという結論を下す。
しかし、結果的にそれは叶わない。
明日も、明後日も、その次の日も。
安西樹梨は学校に姿を現さなかった。
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