魅了体質な鬼のあやかしは、隠れ陰陽師にご執心。

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 ***



 更衣室のロッカーから制服を取り出し、髪や体についたジュースをシャワー室で洗い流す。
 身支度を整えて廊下に出ると、壁に背を預けて待っていた天王先輩がこちらを向いた。


「すみません、お待たせしてしまって」
「そんなに待ってないから。というより、むしろ早くない? ほら、髪もまだ濡れているよ」

 天王先輩は私の耳の横にそっと手を添え、前のように妖術を使って髪の湿りをとってくれた。

「……。余計なことしたかな」
「え?」
「さっきからイトちゃん、静かだから。俺が食堂に来てまずかったかと」
「……っ、違います! むしろ、天王先輩が来てくれてほっとしました。お礼が遅くなってごめんなさい、ありがとうございます……」


 食堂でのことを思い出し、自分が情けなくなってくる。
 それでも感謝を伝えようと俯きがちにお礼を言うと、頭上でふっと笑う声が聞こえた。

「場所を変えようか。ここから外に出られる」

 天王先輩と外に出て、誰もいない学園の小さな並木道を歩く。
 しばらく黙り込んでいた天王先輩は立ち止まると、半歩後ろを歩いていた私に向き直った。


「不快にさせること、言ってもいいかな」
「なん、ですか?」

 思わず身が強ばった。
 食堂であんなに情けない姿を見られたんだ。それについてなにかを言われるのかと構えていると、

「やっぱり俺と、番契約を結ばない?」
「ええ?」

 素っ頓狂な声が出る。
 このタイミングでまた言われるとは思ってもみなかった。

 だけど、この前のときとは表情が違う。
 天王先輩は、本気だった。


「正直に言うと、初めから番契約のことは頭にあって、君をお昼に誘っていたんだ」
「私が、天王先輩といても魅了されないからですか?」
「そう。だけどそのうち、この子と番になれたらいいだろうなって、自分の体質を抜きにして考えるようになってた」

 そう言って、天王先輩は再び歩き出す。
 今度は彼の隣に並んで私も一緒に歩を進めた。

「で、もう少し君のことを知りたくなって、調べてみたんだ」
「調べた!?」
「そう、調べた。ごめんね」
「い、いえ」

 私が不快に思わないかと心配そうにしている天王先輩だけど、それよりも一体どんなふうに調べたのかが気になる。
 顔に出ていたらしく、天王先輩は眉尻を下げながら言った。


「小鬼に頼んで、いろいろと」  
「いろいろと」
「うちの小鬼は優秀だから、君が家でどんな扱いを受けているのか、学園でのこととか、事細かに教えてくれたんだ」
「え、と……それは」

 一体どこまで、この人は知っているんだろう。
 私が家でお義母さんや亜美から嫌がらせをされていること?

 食事を抜きにされたり、使用人たちから衣服で見えないところを蹴られたり、突かれたりして体罰を受けていること?

 教えてくれたって……まさか、本当に?


「シートに寝転んだときのこと、覚えてる? 本当に偶然だったんだ。スカートが捲れて太腿にいくつも痣があるのが見えた。それから君の言動を注意してみれば、少しずつ違和感があった」
「違和感……?」
「いつからかな、俺が今日も校舎には近づいていないって言ったら、あからさまにほっとしてたり」

 そういえば、会うたびに「今日も校舎には入っていないんですか?」と聞くようになった。
 ……私が学園でどんな扱いを、影で色々と言われていることを、知られたくなかったから。

「香りが強くなったのも、その頃からかな」

 湿布だらけの身体は、服の上からでも独特の臭いがした。
 距離感がおかしい天王先輩に近づかれたら気づかれてしまうと思った。

 だから、柔軟剤を多めに入れて隠していた。

 家族から嫌われて、使用人から雑に扱われる、惨めな自分を知られるのが恥ずかしかったから。


「あの、えっと……」

 小鬼ちゃん、どうやって調べたんだろう。
 天王先輩の表情を見れば、それがハッタリではないことくらいわかる。

 この人は、知っている。
 そう思うと、どう話せばいいのか、急にわからなくなってきた。


「いや……ははっ、びっくりしました。まさか、本当に知られているなんて」


 どうしよう、恥ずかしい。
 天王先輩の前ではなんでもないように振る舞っていたのに、全部調べているなんて。

 だって、嫌だった。
 もし、もしも……亜美が自分の都合のいいように言った私のことを、天王先輩が耳にしてしまったとき。

 万が一にも、この人が鵜呑みにしてしまったら。

 せっかく仲良くなれたのに。
 この不思議な関係を手放したくないと、無意識に取り繕うとしていたことが恥ずかしい。

 そう考えたら天王先輩の顔を見るのが躊躇われ、立ち止まって地面ばかりに視線がいってしまう。


「イトちゃん」
「……はい」
「どうして俯いているのかな」
「なんとなく、です」

 いやだな、いやだ。 
 いつの間にか、彼に執着していたのは私のほうで。
 天王先輩は、女子からのそういう感情も煩わしいと感じているのに。

「イトちゃんがなにを考えているのか、当ててあげようか」
「いやです」
「そう言わずに」
「……」
「ねえ、イトちゃん。そういうわけで俺は、君と番になりたいんだけど」
「どういうわけっ……」

 いつもの軽い調子に流されて、つい上を向いてしまった。ほとんど向かされたと言っても過言ではない。
 目と鼻の先には天王先輩の綺麗な顔があって、一気に鼓動が早くなった。
 視線が交われば、彼のひたむきな感情が伝わってくるようで、息が止まる。

「依十羽。もっと早くに君を見つけられなくて、ごめんね」
「へ……」

 温かな手のひらが、そっと私の頭に触れる。
 ゆっくりと撫でる手つきは、まるで子どもをあやすように優しい。

「痛かっただろう、辛かっただろう。一人で、たくさん悲しかったね」

 どうしてそんなこと……私が欲しかった言葉を、言ってくれるの?
 呆然とその顔を見つめる。ふと、瞬きをすれば、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「なに、これ……」

 そこで思った。
 最後に泣いたのは、いつだっただろうって。

 そうだ、おじいちゃんが死んでしまった日。
 あのときが最後だったんだ。

 おじいちゃんが死んだ瞬間、悲しさのあまり引き千切られるような感覚が体中を駆け巡って、呪力が溢れ出した。

 そのせいで院内のあやかしの多くが失神したと聞いて、必死になって抑え込んだ。

 感情が激しく乱れると、呪力が暴走して私が陰陽師だということが明るみになってしまう。

 お母さんが死んだとき、悲しくて悲しくて自分ではどうしようもなくて、おじいちゃんに泣きついた。
 おじいちゃんは陰陽師だったから、同じ呪力で調和して暴走を止めてくれた。

 でも、もうそんな存在はいない。
 受け止めてくれる人はいない。

 だからこそ、心の深い部分まで感情が引き摺られないように気をつけていた。

 いつも、いつも、いつも。
 気をつけていたら、いつの間にか泣くことがなくなっていて。
 それなのに天王先輩の言葉を聞いたら、我慢がきかなくなってしまう。

 あの頃も、今も。
 私はずっと悲しくて、誰かに縋りたかった。


「うっ、ひっ……うえええんっ」

 自分でも恥ずかしくなるくらい幼子おさなごのように泣き声をあげていた。
 目の前の胸に縋りついて、今までのすべてを吐き出すように泣き続けた。

 呪力の暴走は感じなかった。
 天王先輩の妖力が包み込んでくれているのに気づいて、この人のおかげなんだと理解する。


「君が泣きたいとき、いつでも俺に寄りかかったらいい」

 泣き止み方も忘れてしまった私は、それからしばらくの間、天王先輩の腕に抱かれていた。



 ***



「ずびっ」

 泣き過ぎたせいで、頭も鼻も痛い。
 目元もひりりと熱を帯びている。

「あの、すみません。胸を貸してくれ……て……!?」

 ようやく落ち着いてきたので胸から顔を離そうと身じろぐ。
 しかし、天王先輩のシャツやブレザーが私の涙で汚れているのに気づき再び顔をくっつける。

 まずい、まずい。
 なんかめちゃくちゃ汚い。涙だけじゃない、もうなんか……汚い!


「イトちゃん、どうかした?」

 あ、イトちゃん呼びに戻っている。
 それが少し寂しくもあって、だけどすごく照れくさい。


「って、そうじゃない!」
「イトちゃん?」
「せ、先輩……ごめんなさい。私、その、制服をありえないくらい汚してしまって」
「こんなの、気にしないよ。そもそも、君の涙は汚れてなんかいないから」
「いや、涙だけじゃないですから!」

 新手のナンパみたいな台詞に小っ恥ずかしくなる。私の顔は夕立に打たれたあとのように大惨事なのに、いつだって天王先輩は爽やかだ。

 どうしようどうしようと焦って天王先輩にくっついていると、なにを思ったのか彼は腰に腕を回してくる。

 泣いているときはそれどころじゃなかったけれど、正気に戻った今は密着しすぎて体中の血液が沸騰しそうなくらい熱い。


「なら、もう少しこうしていよう。役得だなー」


 頭上から呑気な声が聞こえ、私の心臓はさらに強く鼓動を刻んでいた。



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