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冒険の書0 『門を叩く』
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冒険者、それは誰もが憧れる仕事だ。
子供の頃に聞いた勇者の御伽噺。
かつてこの地が魔の物に支配され、人間が虐げられていた時代に勇者と呼ばれる一人の小さな子供が冒険者となり、聖なる神器を携え、仲間たちと魔から世界を救う冒険譚。
カッコいい伝説の鎧や幻の剣を携え、深い友情で結ばれた仲間たちと困難に立ち向かっていく。そんな冒険者に憧れを持たない子供は居なかった。俺もそうだった。
しかし実際は......
冬が終わり、雪解け水でドロドロになった泥濘溢れる森の中、自分の身長と同じデカさはあるであろう狼と向かい合っていた。
「グルルルル」
目に怒りの感情を露わにした狼と月光の下、俺は片手に握った短剣だけを頼りに対峙する。
互いに見つめあう、1秒、2秒、3秒。狼の銀の毛皮が月明りに照らされる。
「ワオーン‼」
先に痺れを切らしたのは狼だった。狼が頭を嚙み潰そうと飛び掛かる。俺はしゃがみ限界まで背を低くする。
数秒前まで俺の頭があった空間が狼の牙によって嚙み砕かれる。もし当たっていれば俺は間違いなく狼の夕食になっていただろう。
しかし、空ぶった狼の体は隙だらけだ。俺は体勢を低くしたまま敵の頭から尻尾を両断するようにナイフを縦に大きく降る。
数秒後、両断こそされなかったが腹からはドクドクと血を流れ、臓物すらも見えている狼の姿が転がっていた。泥臭い戦いを生き残り、勝利の証である返り血で赤く染まった俺の姿が月の光に照らされていた。
低級の獣である、はぐれ狼ですら手こずるのが盗賊であるカインの実力であった。
カインはギルドに報告する用の狼の右耳をナイフで綺麗に切り取り、ポーチに入れる。血の匂いが付いたままだと他の魔物に襲われる可能性もあるため、消臭の魔法だけ唱えると、足早にこの死闘の場である森を離れテフワト村へと向かっていった。
村に戻ると月は傾き、遥か遠くの空は僅かにだが明るくなりつつあった。あと少しで日が昇る。
静まり帰った田舎の村の中で不自然なほど大きく豪華な建物が一つ立っていた。これが俺が所属するギルドだ。
俺はギルドの扉を開けると、安っぽいアルコールの匂いが漂う。この匂いを嗅ぐと生きて帰ってきたとハッキリと感じるのだ。広いギルド内では筋肉粒々で強面の男が一人、バーカウンターの向こうで空いたグラスを拭いていた。
カウンターに座り、狼の耳が入ったポーチをその大男もといバッカスに渡す。
「マスター、依頼の魔物は倒してきたぜ」
「遅かったな」
バッカスはグラスを棚に綺麗に並ぶように戻すと、ポーチに狼の右耳が入ってることを確認してから、銀貨を一つカウンターの上に一つ置いた。
「報酬だ、受け取れ」
「リンゴ酒一つとゆでたテフワト豆も一つくれ。あぁ、もちろん出世払いでな」
「お前なぁ、いい年にもなって出世払いとか言ってるのお前だけだからな。その報酬の銀貨で支払いしてくれてもいいんだぞ」
「これは.....使うわけにはいかないんだ......」
天井に付いているライトに銀貨をかざす。表に王冠、裏には杖と国章が描かれている銀貨は、キラキラと光を反射している。泥や血に塗れて這いつくばって生きている俺とは大違いだ......
「あぁ、知ってるよ、冗談だ」
バッカスは呆れた顔をしながら、綺麗に並んだコップの一つを手に取ると棚から黄金色の輝く液体が並々と入ったボトルを取り出し注ぐ。そんな無駄の一つもない手馴れた作業を横目にしながら、財布に報酬の銀貨を一枚しまう。
チャリと先に入っていた僅かな銅貨とぶつかり小さく、心もとのない音が一つなった。
ここはギルド『異端の地』 ギルド業を営みつつもバーでもある王国内でも珍しい場所だ。
「いつも、こんな時間までギルド長兼バーのマスター様に待っていてもらって申し訳ないね」
「そう思うなら、さっさと出世してツケを返してもらおうか」
「永久Eランク冒険者シーフには難しい話だな」
「お前なら昇級試験にも受かるだろうに......」
ため息を一つついたバッカスはリンゴ酒が入ったコップと、緑色の豆が小山の様に盛られた皿をテーブルに並べる。
これが俺の泥臭くも平穏な毎日。村の近くに現れた低級な魔物や獣を狩って日銭を稼ぎ生きている、退屈だが嫌いではない。
その時だった。コンコンと扉を叩く音が聞こえたのは
それは軍靴の音。
それは世界が変わる音。
それは不義理と裏切りの音。
そして、これは『勇者なんかではない、一人の人間の物語』
子供の頃に聞いた勇者の御伽噺。
かつてこの地が魔の物に支配され、人間が虐げられていた時代に勇者と呼ばれる一人の小さな子供が冒険者となり、聖なる神器を携え、仲間たちと魔から世界を救う冒険譚。
カッコいい伝説の鎧や幻の剣を携え、深い友情で結ばれた仲間たちと困難に立ち向かっていく。そんな冒険者に憧れを持たない子供は居なかった。俺もそうだった。
しかし実際は......
冬が終わり、雪解け水でドロドロになった泥濘溢れる森の中、自分の身長と同じデカさはあるであろう狼と向かい合っていた。
「グルルルル」
目に怒りの感情を露わにした狼と月光の下、俺は片手に握った短剣だけを頼りに対峙する。
互いに見つめあう、1秒、2秒、3秒。狼の銀の毛皮が月明りに照らされる。
「ワオーン‼」
先に痺れを切らしたのは狼だった。狼が頭を嚙み潰そうと飛び掛かる。俺はしゃがみ限界まで背を低くする。
数秒前まで俺の頭があった空間が狼の牙によって嚙み砕かれる。もし当たっていれば俺は間違いなく狼の夕食になっていただろう。
しかし、空ぶった狼の体は隙だらけだ。俺は体勢を低くしたまま敵の頭から尻尾を両断するようにナイフを縦に大きく降る。
数秒後、両断こそされなかったが腹からはドクドクと血を流れ、臓物すらも見えている狼の姿が転がっていた。泥臭い戦いを生き残り、勝利の証である返り血で赤く染まった俺の姿が月の光に照らされていた。
低級の獣である、はぐれ狼ですら手こずるのが盗賊であるカインの実力であった。
カインはギルドに報告する用の狼の右耳をナイフで綺麗に切り取り、ポーチに入れる。血の匂いが付いたままだと他の魔物に襲われる可能性もあるため、消臭の魔法だけ唱えると、足早にこの死闘の場である森を離れテフワト村へと向かっていった。
村に戻ると月は傾き、遥か遠くの空は僅かにだが明るくなりつつあった。あと少しで日が昇る。
静まり帰った田舎の村の中で不自然なほど大きく豪華な建物が一つ立っていた。これが俺が所属するギルドだ。
俺はギルドの扉を開けると、安っぽいアルコールの匂いが漂う。この匂いを嗅ぐと生きて帰ってきたとハッキリと感じるのだ。広いギルド内では筋肉粒々で強面の男が一人、バーカウンターの向こうで空いたグラスを拭いていた。
カウンターに座り、狼の耳が入ったポーチをその大男もといバッカスに渡す。
「マスター、依頼の魔物は倒してきたぜ」
「遅かったな」
バッカスはグラスを棚に綺麗に並ぶように戻すと、ポーチに狼の右耳が入ってることを確認してから、銀貨を一つカウンターの上に一つ置いた。
「報酬だ、受け取れ」
「リンゴ酒一つとゆでたテフワト豆も一つくれ。あぁ、もちろん出世払いでな」
「お前なぁ、いい年にもなって出世払いとか言ってるのお前だけだからな。その報酬の銀貨で支払いしてくれてもいいんだぞ」
「これは.....使うわけにはいかないんだ......」
天井に付いているライトに銀貨をかざす。表に王冠、裏には杖と国章が描かれている銀貨は、キラキラと光を反射している。泥や血に塗れて這いつくばって生きている俺とは大違いだ......
「あぁ、知ってるよ、冗談だ」
バッカスは呆れた顔をしながら、綺麗に並んだコップの一つを手に取ると棚から黄金色の輝く液体が並々と入ったボトルを取り出し注ぐ。そんな無駄の一つもない手馴れた作業を横目にしながら、財布に報酬の銀貨を一枚しまう。
チャリと先に入っていた僅かな銅貨とぶつかり小さく、心もとのない音が一つなった。
ここはギルド『異端の地』 ギルド業を営みつつもバーでもある王国内でも珍しい場所だ。
「いつも、こんな時間までギルド長兼バーのマスター様に待っていてもらって申し訳ないね」
「そう思うなら、さっさと出世してツケを返してもらおうか」
「永久Eランク冒険者シーフには難しい話だな」
「お前なら昇級試験にも受かるだろうに......」
ため息を一つついたバッカスはリンゴ酒が入ったコップと、緑色の豆が小山の様に盛られた皿をテーブルに並べる。
これが俺の泥臭くも平穏な毎日。村の近くに現れた低級な魔物や獣を狩って日銭を稼ぎ生きている、退屈だが嫌いではない。
その時だった。コンコンと扉を叩く音が聞こえたのは
それは軍靴の音。
それは世界が変わる音。
それは不義理と裏切りの音。
そして、これは『勇者なんかではない、一人の人間の物語』
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