5 / 21
5.侵食
しおりを挟むそれから、ローズは別邸に移り住み、私の世話を焼いてくれた。
酷い悪阻は三週間程で治まり、結婚式まで、あとふた月程になった。
「ジェスター、結婚式のドレス、ちょっとだけお直しした方がいいかしら…悪阻が酷かったから、そんなには食べられなかったし、大きめに仕立てたから、サイズはそんなに変わらないと思うんだけど?」
ジェスターは、私の腰回りを抱き締めて、ふむふむと唸っている。
「寧ろ、痩せたんじゃないか?この分だと直さなくて良さそうだ。」
「痩せてはいないわ。赤ちゃん、もう五ヶ月に入るもの。」
ジェスターはお腹に手を当てて、笑顔だ。
「全く…あなた達は本当に仲が良いわね。いつも、どこかしら触っているんだから。ふふふ。」
そんな私達をローズは微笑んで眺めている。
そんな何気ない日常を、私は幸せに感じていた。
(結婚式に出産かぁ。楽しみだな。)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
順調に過ごしていたある日、体調が良かったので、私は一人で庭園に出た。
付き添ってもらおうとしても、誰も傍にいなかったからだ。
(少しなら大丈夫よね?お天気も良いし、最近運動不足だし。お散歩しようかしら。)
ゆっくり歩き、庭園に出ると、咲き誇る白い薔薇の陰に、ジェスターとローズが立っていた。
(二人もお散歩かしら?)
何となく声を掛けずに立ち止まっていたら、会話が聞こえてきた。
「ジェス、どうして…?私とミラが似ているから?」
何の話だろうと、私は更に身を潜めて聞き入る。
「似てるよな、ローズとミラ。ミラは似ていないと言うけど、顔立ちや立ち姿はよく似ている…」
「ジェスは、ミラを私の代わりにしたの!?病気で、ジェスと結婚出来ない私を捨てて、似ているミラを?」
「あの頃、結婚は出来ないと、ローズが言ったんじゃないか!だから俺は君を諦めて… 俺から捨てたつもりはない!!」
「仕方ないじゃない!あの時は治る見込みがなかったんだから……でも、今は………今でも、私は…」
そう言って、ローズはジェスターに抱き付いた。
私は、もう、その場にいられなかった。
どうして?
何故あの二人が?
私はローズ叔母様の代わりだったの?
ジェスターが私を初めて抱いたのは、ローズが訪ねてきた日だった。
優しいジェスターが獣のように私を抱いたのは、ローズの代わりだったのだろうか。
ローズに対する溢れる想いを、私で発散したのだろうか。
先程の会話では、明らかに以前二人は恋人同士だった。
嫌いになって別れたのではない。
公爵家の後継ぎが、治るか分からない病気の女と結婚は出来ない。
だからジェスターは、ローズに似ている私、しかも健康で子が産める私を身代わりにしたのか。
ただの政略結婚なら、こんなに苦しくないだろう。
でも、私はジェスターと恋愛して結婚をするつもりだった。
いや、事実、恋愛だった。
苦しい。
胸がどうしようもなく苦しい。
信じてきたものが崩れていく。
愛した人は、別の女を愛している。
心に、また鉛のようなモノが詰まっていく。
吐き出せない想いは、徐々に私を侵食していった。
615
あなたにおすすめの小説
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない
たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。
あなたに相応しくあろうと努力をした。
あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。
なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。
そして聖女様はわたしを嵌めた。
わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。
大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。
その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。
知らずにわたしはまた王子様に恋をする。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
【完結】裏切られた私はあなたを捨てます。
たろ
恋愛
家族が亡くなり引き取られた家には優しい年上の兄様が二人いました。
いつもそばにいてくれた優しい兄様達。
わたしは上の兄様、アレックス兄様に恋をしました。
誰にも言わず心の中だけで想っていた恋心。
13歳の時に兄様は嬉しそうに言いました。
「レイン、俺、結婚が決まったよ」
「おめでとう」
わたしの恋心は簡単に砕けて失くなった。
幼い頃、助け出されて記憶をなくして迎えられた新しい家族との日々。
ずっとこの幸せが続くと思っていたのに。
でもそれは全て嘘で塗り固められたものだった。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
あの人のことを忘れたい
ララ愛
恋愛
リアは父を亡くして家族がいなくなった為父の遺言で婚約者が決まり明日結婚することになったが彼は会社を経営する若手の実業家で父が独り娘の今後を託し経営権も譲り全てを頼んだ相手だった。
独身を謳歌し華やかな噂ばかりの彼が私を託されて迷惑に違いないと思うリアとすれ違いながらも愛することを知り手放したくない夫の気持ちにリアは悩み苦しみ涙しながら本当の愛を知る。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる