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59.侯爵夫人
しおりを挟む使用人を一新して三ヶ月。
オーレリアとの関係は、表面上は悪くない。
執務はクロードとアーサーがあっという間に片付けて、ブランフォード侯爵家は、以前のような落ち着きを取り戻していた。
(やっぱり、エヴァンス公爵家から派遣される者は有能だな。ヴェリティが特別有能だった訳じゃなかったのだな。)
その日レオリックは、珍しく休暇を取り、オーレリアとゆっくりお茶を飲んでいた。
「オーレリア、マテオはどうだ?」
「すくすくと良い子に育っていますわ。ミリアンヌとアリアよく面倒を見てくれますもの。
あの二人は赤子を亡くして、婚家を追い出されたみたいですわ。
夫がすぐに次の女性を娶ったみたいで、用済みになってしまったそうです。お可哀想に…
でも、お乳は出るので、女性の体は不思議ですね。」
「そうか。しかし、貴族には嫡男が必要だから、そういった女性が乳母をしてくれると助かるな。
オーレリアの母乳は止まってしまったし…
あれは、馴染まない使用人達に感じていたストレスかもしれないな。」
「そうですわ、きっとストレス。女性は精神的なストレスに弱いものですから。」
そう言いながら、オーレリアは内心レオリックを嘲笑っていた。
(何で母乳が出る乳母を雇ったのに、私がしなきゃならないのよ。
ミリアンヌとアリアが言ってたわ。お乳をあげると胸の形が崩れるって。
乳母が居るのだから、仕事は任せてって。
何て良い子達なのかしら、ミリアンヌとアリアは。
レオリック様、良い子達を雇ってくれたわ。)
そんなことを考えているとは露程も知らず、儚げに微笑むオーレリアを見て、レオリックは満足だった。
「ナージェルやローザは、問題ないか?」
「はい、良く仕えてくれますわ。今日の髪型、如何ですか?ローザは器用で、あっという間に仕上げてくれますの。
流行にも敏感で、いろいろ話してくれますわ。」
「ああ、綺麗だよ。そのドレスにも似合ってる。」
「良かった!嬉しいです。ねぇ、レオリック様、私、ドレスが欲しいですわ。それに、お茶会や夜会にも行きたいです。」
レオリックは、あのパーティから摘み出された夜を思い出し、一瞬躊躇した。
しかし、今目の前のオーレリアは、ブランフォード侯爵家に来た時よりも、所作が美しくなっている。
「大丈夫か?貴族の夫人達はマナーにうるさいぞ?」
オーレリアは、不快感を隠しもせず、レオリックを見つめた。
「ナージェル やローザが教えてくれましたの。侯爵夫人らしい振る舞いを。
ナージェルは侯爵家出身だし、ローザは伯爵家出身だそうですわ。
以前の家庭教師よりも、分かりやすく教えてくれましたの。
家庭教師は指摘するだけでしたけど、ナージェルもローザも丁寧に教えてくれるし、優しいわ。」
「そうなのか、そんなことまで侍女達が…まあ、確かに茶を飲む所作は美しくなったな。
なら、クロードに言って、良さげなパーティを選ぼう。
確か直近では、ハーネスト公爵家から夜会の招待状が来ていた筈だ。
ドレスは、フレデリック商会でも呼んで見繕うか。」
「イヴ・カルーレはどうでしょう?有名なデザイナーなのでしょう?」
レオリックは、オーレリアがデザイナーの名を知っていることに驚いた。
「何故、イヴ・カルーレの名を?」
「若い使用人達でも知っている、有名なデザイナーらしいですわ!帝国一の!!」
「ああ、そうらしいな。しかし、ブランフォード侯爵家とは縁がない。」
(ヴェリティはドレスになど興味がなかったし、双子の世話が忙しくて、パーティにも連れて行かなかったしな…)
「でも!侯爵夫人ならば、イヴ・カルーレのドレスは相応しいと思いませんか?」
「うーん…一応、遣いの者を送ってみる。」
「ありがとうございます!」
(確かに、ブランフォード侯爵家ならば有名デザイナーの衣装でもいいが…あのデザイナーは人気だから、果たして呼んでも来るだろうか…)
オーレリアは喜んでいるが、レオリックは内心厄介だと思っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後、イヴ・カルーレから返事が来た。
『只今、エヴァンス公爵家様のご依頼でいっぱいでございます。
またの機会にご用命いただけますと幸いです。』
その手紙を見たオーレリアは、即座に破り捨てた。
「またヴェリティ様なの!?あの方は私の邪魔ばかりするのですね!」
人が変わったように怒鳴るオーレリアに、レオリックは頭を抱えた。
「ヴェリティの名を気安く呼ぶな。以前、注意を受けただろう?
もうあの者に拘るな。別のデザイナーを手配するから、好きなドレスを作ればいい。」
「でも!またの機会っていつなんですか?私もイヴ・カルーレのドレスが着たいです!!」
「今から予約して、建国祭に間に合うようにすればいいだろう?
取り敢えず、今回は違うデザイナーにして、アクセサリーも買えばいい。」
「………分かりました…」
やっと落ち着いたオーレリアに、レオリックは胸を撫で下ろす。
(ヴェリティへの敵対心は、まだ捨てられなかったのだな。
何故、あんなに拘るのだろうか?厄介だな…)
儚げだと思っていたオーレリアが、だんだん我儘になっていく様を見て、レオリックは動揺していた。
(オーレリアをこのままにしていいのだろうか…
ヴェリティはこういう我儘を一切言わなかったな。
黙々と執務を熟し、それ以外は双子達といつも過ごしていた。
年一回の領地の視察を、旅行だと思って喜んで付いてきた。
扱いやすかったな、ヴェリティは。)
オーレリアに嫌気がさす度に、ヴェリティが少し懐かしくなるレオリックだった。
そして、多忙な仕事や、このもやもやを感じる日々に忙殺され、レオリックは肝心なことを失念していたのだった。
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