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87.次は初恋から
しおりを挟むヴェリティとエミリオンが結婚して十年。
エヴァンス公爵家は、相変わらずグラナードとファビオラは健在で、孫は二男三女の五人となっていた。
シェノンとリアンの下に女の子が生まれ、リエルと名付けられた。
エミリオンは、ヴェリティの年齢や体への負担を考慮し、リエルを最後の子とし、家族の結び付きを更に強くするようにと付けられた名前だった。
とは言え、今更言うまでもない位に穏やかで仲の良い家族だ。
「「「お父様が、また!!お母様を独り占めしてます!」」」
「俺は、ヴェリティが大好きだからな!」
「あなた、子ども達と張り合うのはおやめください?
私はあなたも子ども達も、みーんな愛していますわ!」
「「「へへへっ!」」」
シェノンやリアン、リエルからの抗議の声さえ、エミリオンにとってはどこ吹く風の日常の微笑ましいひとコマである。
そして、リディアはエルドランド殿下と正式に結婚し、皇太子妃としての役割りをしっかり熟している。
今では、二人の皇子の母となったが、見目麗しく穏やかなエルドランドとリディアは、貴族の令嬢達の憧れの的だ。
また、リオラは近衛騎士団の副団長、ジオルグは団長を務めるまでに活躍したが、五年を区切りにエヴァンス公爵家の私設騎士団を結成した。
最初から、ヴェリティや家族を護ることが目的だったリオラは、清々しい気持ちで近衛騎士団を辞した。
ジオルグも、自分はリオラを守る為に存在するときっぱり言い、ジェスティン陛下からこれまでの活躍を認められ、伯爵を叙爵しリオラと夫婦になった。
グレイシアは王太子妃として、ニ男一女を授かり、サイファとも仲睦まじく過ごしている。
外交の切り札として、ヴェリティから学んだ人たらしと天性の話術で、相手を取り込む天才グレイシアと化していた。
サイファは、そんな妃を見て、やっぱりグレイシアは素晴らしいと自慢するのだった。
こうして、様々な環境に居ながらも、家族の結束は緩むことすらなく、いつも心は繋がっている。
ヴェリティは、訓練所の見習い達の卒業を幾度も見送り、我が子を育てるように接してきたので、未だに卒業後も遊びに来る。
そういう子達に限って、皇宮で出世したりしているのが不思議だとヴェリティは思っていたのだが、そこにはちゃんとした理由があった。
それは、ヴェリティの教え子達が他者と比べて比較にならない位に優秀であったからだ。
様々な知識を蓄え、臨機応変に対処出来、しかも皆、人柄の良い人たらし。
貴族の邸だけでなく、皇宮内でもヴェリティの教え子達は大活躍していた。
ある時、一人の貴族が侍女長に聞いた。
「どうしたら、そなたのように気の利く者に育つのだ?」
「ヴェリティ様のようになりたいので、未だに日々頑張っています。
心の引き出しは、しまう場所がたくさんあって、そこに一つずつ詰め込んでいけばいいと。
人は、ないものは出せないけれど、引き出しにしまった知識は、いつでもどこでも取り出せる。
豊かな知識は、心も豊かにするし、他人からの差別や軽蔑から身を守る武器にもなると。
親には見捨てられ、自分で生きていかねばと思っていた私に、ヴェリティ様は学びの大切さを教えてくださったのです。」
そう答えたのは、ヴェリティの初めての教え子であり、当時最年少だったアンナだった。
頑張り屋さんのアンナは、礼儀作法・読み書き・算術・歴史、刺繍・ダンス・美しい文字と、ヴェリティが教えるものは全て学んできた。
その知識と経験を活かし、今では筆頭侯爵家の侍女長をしている。
個人契約に切り替えた方が収入は増えるが、ヴェリティと繋がって居たいというたっての希望で、エヴァンス公爵家からの派遣契約は維持したままだ。
この話が密かに広まり、エヴァンス公爵家の派遣事業は、跡取りになれない若い子息令嬢だけでなく、平民にも人気がある。
ジェスティン皇帝陛下の思惑通り、身分より実力が重視される世の中になってきたのだ。
その中でも、アンナ達が学んだ訓練所は、今では厳しい試験に合格した者しか入所出来なくなり、将来皇宮で働く為の登竜門となっている。
「ヴェリティ、そろそろ訓練所はクロードとナージェルに任せないか?」
ある日、エミリオンが言い出した。
「えっ…どうしてでしょう?私、育児と両立出来ていないのでしょうか…?」
不安な気持ちでエミリオンに聞き返すと、エミリオンは即座に首を振った。
「いや、そんなことはない。ただ、そろそろ父上が公爵を引退したがっている気がしてな。
母上とゆっくり過ごしたいようだ。
孫の面倒を見たり、グレイシアに会いに行ったり、旅行もしたいみたいだよ。」
「それは賛成ですわ。でも、公爵のままでもよろしいじゃないですか。
私とエミリオン様でエヴァンス公爵家の執務を引き受けて、お義父様とお義母様には、もっとのんびりしていただきたいですわ。」
「ヴェリティは、本当に権力とか地位に興味がないのだな。」
ヴェリティは、ジェスティン皇帝陛下に、優秀な人材を育てている褒美として爵位を授けると言われたが辞退したことがあるのだ。
「その爵位は、若くて有能な方に差し上げてください。
その人材に学びの機会を与えてくださったのは、エヴァンス公爵家で、私は自分の分かる範囲のことを教えただけですので。
私は『エミリオン・エヴァンスの妻』という肩書きがあれば満足です。」
きっぱり言い切ったヴェリティに、貴族からは称賛の声が上がり、ジェスティン皇帝陛下は代わりに訓練所の建屋を私費で増築したのだった。
「エヴァンス公爵家の一員として、やるべきことはやらせていただきますが、私はまだまだお義父様とお義母様のような威厳は持ち合わせておりません。
きっと死ぬまで無理ですわ。ふふふっ!」
「ヴェリティに威厳は無理だろう。人たらしだからな。親しみやすさならあるが。
まあ、俺達も先はまだ長い。執務は引き受けつつ、これからも仲良く暮らそう。」
「はい、エミリオン様。」
夫婦喧嘩もしたことがなく、エミリオンはいつもヴェリティを尊重し、ヴェリティもまたエミリオンを尊重してきた。
歳の差は関係なく、時にはお互いの弱さも見せられる夫婦となった。
「ヴェリティを諦めなくて、本当に良かった。
俺の人生の不幸も幸せも、全てヴェリティだ。
今となれば、幸せしかないけどな。」
微笑むエミリオンの目元には、薄らと笑い皺が出来ている。
こうやって同じ時間を過ごし、笑い合って出来た美しい皺だ。
「あの迷子の男の子が、今は旦那様だなんて不思議です。
いろいろなことがありましたが、私はエミリオン様と出会えてからずっと幸せです。」
髪色も瞳も、笑顔さえ似てきたヴェリティとエミリオン。
不幸な境遇と、強引な結婚から始まったこの夫婦は、生涯お互いを大切に尊重し、愛し愛され幸せに暮らした。
そして、結婚生活四十年になる年、二人は数日違いで旅立った。
「ヴェリティ、すぐに追い付くから、少しだけ待っていてくれ。
流石の俺も、あの時みたいに十一年も耐えられない。
手を繋いで、一緒に逝こう。そして、生まれ変わったら、今度は一緒に初恋を始めよう。」
「エミリオン様と居ると、やっぱり心が騒がしいですわね。」
ヴェリティの最期は、エミリオンの腕に包まれ、微笑みを浮かべたまま、まるで初恋に頬を染める乙女のような表情で、穏やかに目を閉じた。
病に倒れたヴェリティの看病で無理をしたエミリオンは、ヴェリティの為の盛大な葬儀を取り仕切った後、眠るように後を追った。
「お前達の父親になれて、父さんは幸せな生涯だった。母さんと待ってる。またな。」
リオラやリディア、シェノン、リアン、リエルに向けた最後の言葉は、約束の言葉のように思えた。
ファーガソン、クレシア、グラナードやファビオラを気丈に見送ってきたリオラやリディアも、ヴェリティとエミリオンの時は、夫や弟妹達が支えなければならない程に泣き崩れた。
しかし、見回せばエヴァンス公爵家には、エミリオンが描いた家族の笑顔の肖像画で溢れている。
大好きだった祖父母や父母の笑顔。
エミリオンは、生涯一度もヴェリティの悲しげな泣き顔を描くことはなかった。
それは、エミリオンと結婚してからのヴェリティが、傷付き悲しむことがなかったからだと、リオラとリディアは気付いていた。
「お父様、お母様を幸せにしてくださってありがとうございます。
私達も、お二人の娘で幸せです。」
「来世も私とリオラ達を、あなた達の娘にしてください。」
「「今世も来世も愛しています!!」」
【完】
ーーーーーーー
次は、あとがきです
読まなくても問題ありません(〃ω〃)
スピンオフ『嫌われ悪女は俺の最愛~グレイシアとサイファの恋物語~』は、もうしばらく続きますが、不定期更新となります
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ここまでお読みくださいました皆様に感謝を!
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