71 / 161
72.謝ればいいという訳ではない
「何事だっ!?リュカッ!?」
ヴェルシスがグレンを突き飛ばし、リュカと私の元へ駆け寄った。
「ち…ちちう…え………」
「頬が赤いな…打たれたのか?」
「う…ん……」
「リュカ、もう大丈夫だ。リルアを護ってくれたのだな?」
「あの人が…母上を叩こうとしました。」
「分かった。少し待っていろ。すぐに片付ける。ロイドとレオンは、リルアとリュカを見てあげてくれ。」
「「 はい、父上!」」
個室の隅に私達を導き、ヴェルシスはグレンに向き直る。
たった今まで優しく微笑んでいたヴェルシスの背中は、抜き身の剣のような鋭さを漂わせていた。
「貴様は、リーヴェンス侯爵家の二男のグレンだな?他人を騙って惚けるなよ?俺は記憶力もいいんだ。」
グレンはヴェルシスが個室に入って来た時に気付いていた。
皇族特有の黒髪と深い海のような碧眼、帝国の盾と言われたヴェルシスに。
そして、子どもの姿を見て、それに気付かなかった愚かな自分を。
「も、申し訳ございません!よっ、酔っ払っておりまして、夫人とご子息だとは気付きませんでした!!」
土下座で謝罪をするグレンを、ヴェルシスは冷たく見下ろしていた。
「どっ、どうか、どうかお許しください!」
一瞬で酔いも覚める程に震え上がったグレンを、ヴェルシスは鼻で笑う。
「ふっ、酔っていれば許されるとでも?」
「い、いえ、決してそのようなことは…申し訳ございません…」
「息子の頬を叩いた手は右か?左か?」
「み、右手でございます…」
ヴェルシスは無言でグレンの襟首を掴み、無理矢理立たせた。
大男のヴェルシス相手では、ひょろひょろなグレンは正に風前の灯だった。
「リルア、三つ子と耳を塞げ。」
「っ!?……はい!」
リルアが三つ子の耳を塞ぎ、目を閉じさせ、覆うように抱き締めた瞬間、ヴェルシスはグレンの右肩を捻り上げ、バキッと音がした。
「ーーーっ!?あっ、あ゙あ゙あ゙あ゙ーーっ!!」
次に顔を上げた時、グレンの右腕はだらりと垂れ下がり、悲鳴を上げていた。
「痛いっ、頼む!医者を!!」
「リルア、少し待ってくれ。三つ子を頼む。」
そのままグレンを担ぎ上げ、ヴェルシスは個室を出て行った。
個室には私や三つ子の他に、グレンに同行していた令嬢達が腰を抜かした状態で残っていた。
その中で、一人の令嬢がよろよろと立ち上がり、私と三つ子の傍にやって来た。
「私は、グレン・リーヴェンス侯爵令息の婚約者でネレイド侯爵家のカレナと申します。
このようなことになり、申し訳ございません。
私がグレン様を止めていれば…」
「カレナ嬢の所為ではありませんよ。あのグレンという方はいつもあんな感じなのかしら?」
「はい…」
「婚約者と言ったけど、政略結婚でしょう?
あのような短慮な令息で大丈夫?」
カレナは、一瞬戸惑ったような顔をしたが、何か吹っ切れたような顔付きに変わった。
「今日の振る舞いで、婚約を続けるのは難しいと思いました。」
その時、レオンが叫んだ。
「あんな人、やめなよ!僕の父上は怒ったら怖いけど、僕達や母上は叩かないよ!
弱い人を虐める奴なんて、やめた方がいいよ!!」
カレナはレオンを見つめ、微笑んできっぱりと言った。
「そうね、やめた方がいいわね!お父様に断ってもらうわ!!」
「お坊ちゃまの勇気ある行動に、私も目が覚めました。
失礼ですが、お歳やお名前を伺っても?」
「三歳です。叩かれたのはリュカで、この子がレオン、こちらがロイドです。」
「リュカ様、痛かったでしょう…小さな体で、でも勇敢なお姿でしたわ。
レオン様もロイド様も、お父様のお言い付けを守って、お母様とリュカ様を護るお姿が素敵でした。
奥様は辺境伯様だけでなく、小さな騎士様もいらっしゃるのですね。」
「ええ、優しく愛おしい最強の騎士団ですわ。」
「こんなお小さいお子様達に、私はたくさんのことを教えていただきました。
私も勇気を持って、婚約破棄を目指します。
ありがとうございます。」
カレナは三つ子一人一人の手を優しく握った。
「お姉さん、頑張って!」
「もっとお姉さんに似合う人が居るよ。」
「父上と母上みたいになれるといいね!」
リュカは笑顔を取り戻し、ロイドとレオンはきりりとした表情でカレナに言った。
「三歳のお坊ちゃま達の方が素敵でしたわ。
是非、お詫びとお礼に伺わせてください。」
すっきりとした顔のカレナは、その婚約に迷いがあったのだろう。
気付けばカレナ以外の令嬢は、名乗ることもなく逃げ去っていた。
しばらくしてヴェルシスが個室に戻ると、カレナは丁寧にお辞儀をし、再び後日謝罪させて欲しいと告げて去って行った。
「リュカ、あの者は縛り上げて馬車に放り込んだから、もう大丈夫だ。さあ、皆で家に帰ろう。」
たくさんのスイーツを土産に馬車に乗り込むと、リュカはヴェルシスにしがみ付いたまま眠っていた。
「父上、リュカが母上を護ったのですね!」
「カッコよかったんだよ、リュカ!さっきのお姉さんも褒めてたよ。」
ロイドもレオンもリュカを労り褒めちぎるが、私は複雑な思いだった。
それは、ヴェルシスも同じであろう。
未だ消えぬ怒りのオーラがヴェルシスを包んでいた。
あなたにおすすめの小説
幼馴染を囲う夫に、破滅を贈ります
たると
恋愛
結婚式当日。
幸せの絶頂で教会へ向かう途中、見知らぬ女に平手打ちされたエリアーナ。
「あなたさえいなければ」と叫んだのは、夫の最愛の幼馴染だという女。
それでも経済的に困窮する実家を救うため、エリアーナは泣き寝入りするしかなかった。
虐げられ王女のアタシは最強竜王様の運命の番(一人称)
重田いの
恋愛
二十人の愛妾を持つヴァルデス王の宮廷で、第三側妃の娘・ビューティーは虐げられていた。
母は早世し、きょうだいたちの輪の中で孤立していたのだ。
そんな彼女の元に、天空城テシェンを統べる竜王ジルヴェストが王宮に現れる。彼は三百年間追い求めた「番」を見つけたと告げ、ビューティーを天空へと連れ去った。
雲の上の城で、誠実な竜王に愛され、ビューティーはようやく自分にふさわしい場所を手に入れたと確信するのだった。
……まあ愛されてるならいいんじゃないの?
『逃げられ皇帝と代用品の私〜愛を求めず我が道を往いたら、なぜか不器用な陛下と奇妙な共存関係になりました〜』
シマセイ
恋愛
完璧な姉の陰で「地味で陰気」と冷遇されてきた公爵令嬢ルシエラ。ある日、姉が輿入れ直前に駆け落ちしたことで、急遽その身代わりとして、覇竜帝国で「氷の暴君」と恐れられる若き皇帝アレクサンドルに嫁ぐことになってしまう。
過去に二度も婚約者に逃げられたトラウマから極度の女性不信に陥っている皇帝から下されたのは、「一生愛することはない。ボロボロの離宮で息を潜めて生きろ」という冷酷な宣告だった。しかし、魔法オタクで引きこもり気質のルシエラにとって、社交も公務も免除されるその条件は、まさに理想的な環境!
「愛されないなら、思う存分引きこもらせていただきますわ」
誰にも邪魔されない平穏な生活を手に入れるため、ルシエラは隠し持っていた規格外の『古代魔法』をあっけなく発動。嫌がらせをしてくる傲慢な侍女たちを実力でわからせ、廃墟同然だった離宮を快適なスローライフ空間へと大改造していく。
愛も権力も一切求めず、ただ己の平穏のために我が道を往く身代わり皇妃。その媚びないドライな姿勢と隠しきれない有能さは、やがて頑なに心を閉ざしていた不器用な皇帝の興味を強く惹きつけていく。
決して交わるはずのなかった二人が、すれ違いながらもやがて唯一無二の「奇妙な共存関係」を築き上げていく、痛快で少し心温まる逆転ファンタジー。
悪役令嬢に転生したので破滅回避したら、攻略対象が全員おかしくなりました
すみひろ
恋愛
目を開けた瞬間、私は絶望した。
天蓋付きのベッド。豪華すぎるシャンデリア。絹のカーテン。
そして鏡に映る、自分とは違う顔。
「……うそ、でしょ」
淡い銀髪に紫の瞳。人形みたいに整った美貌。
見覚えがあった。
というより、見覚えしかない。
乙女ゲーム『聖花学園の誓約』に登場する悪役令嬢――リリアーナ・エヴァンスその人だった。
「君を愛することはない」と言われて三年、そろそろ白い結婚をやめようと思います
千乃
恋愛
伯爵家の娘・セシリアには、幼い頃からの許婚がいた。
公爵家当主にして王国宰相、ユーリス・シルヴェイン――初恋の相手でもある彼と、セシリアはついに結婚する。
しかし結婚初夜、彼は静かに告げた。
「君を愛することはない」と――。
ユーリスはほとんど帰宅せず、聞こえてくるのは他の女性との浮いた話ばかり。
没落寸前だった伯爵家の借金を肩代わりしてもらった身では、反論する術もない。
セシリアに求められるのは、ただ"完璧な公爵夫人"でいることだけだった。
しかし"ある夜"をきっかけに、ふたりの関係はより歪になる。
彼が稀に邸へ戻る夜――ユーリスは決まって、セシリアの隣で眠るのだ。
理由も、意味も、分からない。でも、怖くて聞けない。
そんな折、社交界である噂が囁かれ始めた。
他国の王女との縁談、そして「本命の女性がいる」という声。
結婚して三年。愛されなくとも、傍にいられればそれで良かった。
けれど、もう――潮時なのかもしれない。セシリアは静かに、離婚を決意する。
旦那様からお前なんて出て行ってほしいと言われたのでその通りにしたら、今になって後悔の手紙が届きました
睡蓮
恋愛
レオン第一王子と婚約者の関係にあったルミナス。しかし彼女はある日、レオンが自分の家出を望んでいる事を知ってしまう。ルミナスはそれを叶える形で、静かに屋敷を去って家出をしてしまう…。レオンは最初こそその状況に喜ぶのだったが、ルミナスの事を可愛がっていた国王の逆鱗に触れるところとなり、急いでルミナスを呼び戻すべく行動するのであったが…。