妹に婚約者を奪われた公爵令嬢は只今辺境伯に溺愛されています

紬あおい

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93.出陣




そして当日を迎え、私は朝から旧邸の怪我人の様子を見て、収容施設の領民に食事を手配した。
怪我人の中には、背後から突然斬られ、重傷患者も居たが、騒ぎ立てる者は一人も居なかった。

「皆さん、凄いわね。こんなに落ち着いた状態を保てるなんて。」

私が見渡しながら呟くと、家令のエリオンは自慢げに言った。

「ここに居る者だけでなく、アルカロイド辺境地に住む者は、皆、君主様を尊敬しております。
寝食に困らぬようご配慮いただき、感謝しているのですよ。」

「そうなのね。不足があったら、すぐに教えてね。」

私は備蓄品のリストを確認しながら、あちこちを見て回った。
そして驚いたのは、食料品だけでなく、薬や包帯まで様々な物が倉庫に整然と保管されていた。

「エリオン、本当に凄い量ね!」

「はい、アルカロイドは皇都から離れておりますので、食料の備蓄は特に厳しく管理しています。
定期的に確認し、古くならないように領民に無償提供し、新たに補充します。」

「なるほど…廃棄などの無駄がないのね!」

「そうです。領民は喜んで受け取ります。」

「ヴェルシスは、俺はケチだからなって笑ってたけど、実は太っ腹ね!ふふっ!!」

「ケチだなんて、とんでもない!照れていらっしゃるだけですな。ククッ!」

エリオンと私は、一頻り笑い、また邸内を見て歩いた。

そうしているうちに、いよいよヴェルシス率いる漆黒のカラスが動き出す時間がやって来た。

アルカロイド辺境伯邸を囲むように聳え立つ障壁障壁を前に整列した騎士団は、家族や仲間とのしばしの別れを済ませていた。

その時、ハルトがシェリーヌを伴い、突然現れた。

「間に合いましたね!」

「「「ハルト!!!」」」

皇都から馬で駆け抜けてきたハルトは、ヴェルシスの予想よりも少し早く到着した。

「どうやって邸内に入ろうかと思案していたのですが、山の北側からはすんなり通れました。
奴らは邸内の備蓄品の量など知らないでしょうから、兵糧攻めを狙っているのか、邸の正面の少し離れた場所を拠点にしているようです。」

「なるほどな、だからリルアを連れて南側から入れた訳だ。
しかし、このアルカロイド辺境領で兵糧攻めを狙うとは馬鹿な奴らだ。
一年戦争でもやるつもりか?」

ヴェルシスの不敵な笑いが皆に伝染する。

「奴らの方が兵糧攻めになっちまうな!」

ハルトの言葉に私も納得した。
それを裏付けるかのように、この邸内の備蓄品は潤沢だったのだ。
朝から確認しただけでも、驚くべき量だった。

「ハルトの報告を聞いても、昨日の作戦で問題ないな。
邸を囲む障壁しょうへきは高くて、丈夫だし、乗り越えて邸内に侵入するのは、まず不可能だ。
左右回り込み、後ろからじりじり追い詰めてしまえば、今居る奴らは一網打尽だ。
しかし、如何なる時も万が一の事態は想定しなければならない。
一瞬の気の緩みが命取りになることは忘れぬように!」

ヴェルシスは、もう一度皆を見渡し、一人一人の顔を見た。

そして、最後に皆に背中を向けたヴェルシスは、私を見つめ耳元で囁いた。

「リルア、邸内だからと油断するな。寝室にファルシオンと短剣ダガーがある。
短剣ダガーは常時身に付けていろ。
ファルシオンは、一見杖のように鞘を加工してある。
手元のボタンを押すと、鞘の先端のカバーだけが外れて太い針のようになる。
よく刺さるように、先端を磨き上げてあるから、不穏な空気を感じたら、相手が誰だろうと躊躇わず刺せ!
致命傷にはならないが時間稼ぎにはなる。」

「分かったわ。なるべく使いたくないけど、自分の身は自分で護る。
ヴェルシスも無事に戻って来てね!」

「もちろんだ。愛してるよ。」

顎を掬い、一瞬だけ私に微笑んで口付けたヴェルシスは、碧いオーラを纏うかのような背中で、皆を引き連れ門を出て行った。

「どうか、ご無事で…」

初めて目の当たりにする戦場が、私の終の住処となるアルカロイド辺境地であること。
愛する夫は、その先頭に立つ者であること。
どちらも私の胸に重くのし掛かる。

(弱気になっちゃダメ!)

「シェリーヌ、到着して早々に申し訳ないけど、一緒に来て?」

「はい、そのつもりです!」

私はその足で寝室に行き、ドレスに短剣ダガーを潜ませ、杖代わりにファルシオンを手にした後、シェリーヌを連れて旧邸の怪我人の元へと向かった。



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