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柊夕太の帰還log1
夕太「ふわあああ……ねみぃ……」
伸びをしながらそっと国帝ホテルの重厚なカーテンを開けると隙間から朝の光が柔らかく差し込んだ。
広々としたスイートルームが陽光に包まれてもでんちゃんはソファでぐっすり眠りこけている。
俺が1人で使わせてもらったキングサイズのベッドは何故かシーツが乱れに乱れ、たくさん重なってたふかふかの枕は床にほとんど落っこちていた。
夕太「よっ、と」
洗面所に向かうためにスリッパを履いてその枕を避けながら歩き出す。
昨日俺たちは渋谷の街を適当に歩いてどこかで晩飯を食べようってなったんだよね。
でも装着したカラコンが乾燥で限界なのとウィッグを止めるのに刺さったピンがどうにも痒いので我慢できなくて。
しかもいちねえの服は冬物の長袖、いくら名古屋より東京の方が涼しいからと言ってもまだ8月の終わりは暑くて死にそうだった。
楓『ねぇ、タクシー拾うから俺のホテルでルームサービス取ろうよ』
そんな俺を救ったのはもちろんでんちゃんで俺たちはタクシーで国帝ホテルに向かったんだ。
そのまま2人で景気よくルームサービスの和牛すき焼きを頼んで、でんちゃんはそれだけじゃ足りないからとヒレカツ重にデザートのアップルパイも添えて……。
俺も頼んだチョコレートサンデーを平らげたんだけど腹パンになった途端に急に眠気に襲われて。
とりあえずコンタクトを取ってでんちゃんが眠る予定のベッドに転がったんだよね。
夕太「起きれて良かったー…けど、ひでぇ顔」
目の前に広がるのはさすが国帝ホテルって感じの白い大理石のピカピカに磨き上げられたカウンター。
それからデカくて金縁の鏡が壁一面にドーンと構えてる。
メイクもそのままに寝落ちたせいで、その煌びやかな鏡に俺のバケモンみたいな顔が映っていてミスマッチすぎて笑ってしまった。
夕太「今何時だ?」
今日もポップアップの手伝いがあるから早く出ないといけないとスマホで時間を確認するといちねぇから連絡が入ってる。
どうやらでんちゃんが気を利かせて姉ちゃんたちに連絡を入れてくれたみたい。
もうそろ出ないとまずいけど……。
このバケモン顔のまま行ったらみー姉ちゃん怒るかな?
ついでに鏡に映る俺の髪は近来稀に見る芸術的な寝癖もついていて、これも怒られそうだけど直す時間はない。
とりあえず歯磨きだけ借りて部屋を出ていく準備をした。
夕太「んが……ふふ……」
がしゅがしゅと歯を磨きながら俺は昨日の話を思い出して思わずニヤニヤしてしまう。
本当にでんちゃんって冴えてるよなぁ……。
昨日のハイライトな話を思い出せば、さらに鏡の中の俺の口角は上がった。
まさか伝説のとっとと東京で出会うなんて思いもしなかった。
しかもでんちゃんの同業者ととっとが知り合いだなんて奇跡の繋がりにびっくり仰天。
でも直ぐにこの気取った紳士ヅラにどうにか泡を吹かせてやりたい気持ちに駆られたんだ。
だって雅臣は将来のことが不安すぎて体調も崩した上に俺たちの前で泣きだしちゃったんだよ?
息子が大変な思いをしているのを知ろうともせず愛人と暮らすことを選んだとっとを見て、俺は絶対に今後雅臣が言語化できないであろう不満を代わりにぶちまけてやるって決めた。
なんてったって、俺は雅臣の友達だからね。
ただでんちゃんは雅臣のことをまだ友達認定したわけじゃないし、そもそもそんな義理もない。
それに同業者もいる手前、蓮池流の看板背負ってるでんちゃんが騒ぎに乗ってくるのはむしろまずい訳で。
だからもし今後何か言われることがあっても全部俺の単独行動でしたって俺だけが責任を負うつもりでとっとを煽ってやったんだよね。
それなのにでんちゃんは迷わず俺の味方をしてくれるなんて……。
夕太「ふふ」
やっぱり優しいよね、でんちゃんは。
失うものが何もない、ある意味無敵な俺と違ってでんちゃんにはきちんと立場があるのにね。
俺の煽りに乗ってくれて、まるで自分のことみたいに一緒に怒ってくれたのが嬉しくて胸の奥が熱くなった。
俺の味方をしてくれて、俺の友達のことを思って一緒に怒ってくれたことが本当に嬉しかった。
俺は洗面所からリビングに戻りソファでまだぐっすり眠ってるでんちゃんの寝顔を静かに覗き込むと、でんちゃんはいつもの同じように直立不動で微動だにせず眠っていた。
その瞬間、幸せいっぱいな気持ちで怖いくらいに満たされる。
まつ毛が長くて、静かな寝息に合わせてほんの少し揺れるのが愛しい。
口元は少しだけ緩んでいて、子供みたいに無防備で。
俺が早起きになったのはこの為だなんて誰も知らないだろうな。
でんちゃん家に泊まる度に早く起きてこの寝顔を見るのが大好きで、いくら起こすのに難儀しても例えようもない幸せを感じるんだ。
夕太「大きくなったね……」
ふと、指が自然にでんちゃんの頬に触れそうになって慌てて引っ込めた。
昨日の渋谷のスクランブル交差点で10年ぶりにでんちゃんの手を握ってしまったのを思い出す。
俺は久しぶりにでんちゃんと気兼ねなく話せたのが嬉しくて転んだでんちゃんに気づかず慌てて手を伸ばしてしまったんだ。
触れなきゃよかったと後悔しても遅くて、硬くなった掌と温もりに震えそうになりながらもでんちゃんに気づかれないようにするのに必死だった。
もうあの頃とは違う、骨ばった指としっかりした感触。
ずっと触れさせないようにしてきたのに、なぜ自分から触れてしまったのか。
でんちゃんが何気なく俺に触れようとする度に俺はワザと冷たく跳ね除けてきたから多分でんちゃんもビックリしたと思う。
夕太「……ごめんね」
俺はあの時を思い出して、穏やかに眠るでんちゃんに謝った。
昨日のでんちゃんは俺の手を掴もうとして掴めなかったあの時と何となく同じ目をしていて悲しくなった。
あの日を境にでんちゃんは変わってしまって、まだずっと忘れられずに心の傷を引きずっているのかと思うと胸が抉られるように辛い。
ふと、クローゼットの全身鏡に映る自分を見ればでんちゃんよりも遥かに小さくて、不自然に時を止めたように思えた。
夕太「でんちゃん……」
いつまでも自分だけが小さいままなのが歯痒くてたまらない。
夕太「重くないよ」
1人だけ大きくなった幼馴染にそっと呟いてみるけど規則正しい寝息が聞こえるだけで俺の声は空気に溶けていく。
でんちゃんの寝顔をもう一度見ながら俺は小さく息を吐いた。
___大丈夫だよ、でんちゃん。
俺は二度と迂闊にでんちゃんに触れないし、でんちゃんは迷うことなく真っ直ぐに華の道を進めばいい。
それが1番で、そのためなら何だってする。
俺はタイミングを見計らっていつかでんちゃんの枷を外してやりたい。
それから俺は必ずでんちゃんと向き合って、あの日のことはもう忘れていいんだよと言ってあげるんだ。
そして……
夕太「俺たちは友達になろうね」
それが俺とでんちゃんの1番いい着地点だと思う。
きっと俺たちは友達になれるし、友達になれないなら一緒にいられなくなってしまうからね。
俺たちは変わらないといけないんだ。
俺はベッドサイドに置いてあったメモ用紙に走り書きをして分かりやすいようにでんちゃんの胸元に置いた。
『 でんちゃんへ
ポップアップ行ってくるね!!
今日は14時には終わるから、終わったら連絡する!
起きたらでんちゃんも連絡してね!
ゆーた』
部屋を出る前にもう一度振り返るとでんちゃんはまだ眠っていて、朝の光がその髪を優しく撫でているように見えた。
昨日でんちゃんが俺の味方になってくれたことが友達への第一歩を確実に踏み出している。
夕太「いってきます」
その事実だけでまだ頑張れると足取りが軽くなった。
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