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267.【得手不得手】
三木「お疲れ」
事務所のMacBookで作業中の三木先輩と目が合い声をかけられるが、俺は口から魂が出そうなほど疲れていた。
雅臣「ありがとうございます………」
ライブは無事終了し他のスタッフとともに事務所まで戻ってきたが、今日1日でマネージャーにぼさっとするなと100回は怒鳴られた。
それ以外にも再三理不尽な暴言を浴びせられ、これまで誰にも叱られたことの無かった俺は何度もガツンと頭を殴られた思いがした。
極めつけはライブ終わりの特典会での失態だ。
ファンが貴重な金と時間を投じて手に入れたほんのわずかな交流の瞬間……なのだがそれを俺の段取りの悪さで台無しにしてしまった。
時計の針は無情に進み、剥がしと呼ばれる別のスタッフがその子の背中を押すと、
「ふざけんなよ!」
と、鋭い刃のような声が飛んできた。
金を返せ、無料でもう一度やり直せと無茶な要求を突きつけられてもどうすることもできず、結局それも俺の代わりにマネージャーが対応してくれたのだが裏で他のスタッフにめちゃくちゃ叱られた。
あの怖いマネージャーの言い分に苛立つこともあったが彼がいなければカオスな現場は全く収集がつかなかったのも事実。
物の道理が通らない世界はきっとこれからどこにでも転がっていて、改めて自分の要領の悪さを思い知らされた1日だった。
三木「……俺が良い大学に行けって言ったのはこういうことな?」
雅臣「え?」
三木先輩は苦笑しながら給料を手渡してくれるがこの顔は多分今日の失態をメールで事細かに報告されているんだろう。
雅臣「す、すみません……マネージャーさんから苦情入ってますよね……」
俺を送り出してくれた三木先輩の名誉を傷つけたと青ざめるが、先輩は大丈夫だと微笑むだけだ。
三木「今日の仕事は多少は慣れもあるからな。俺が言いたいのは体力系の仕事はどうしたって無茶ぶりを要求されることが多い。でもお前、そういうの向いてないって分かっただろ?」
雅臣「はい……俺、ほんとに要領悪くて……」
三木「機材の搬入やセッティングに入るなら重労働で身体を壊す場合もあるし、短時間であれもこれもとできるか?」
今日ですらパニックを起こして疲労困憊しているのにそんなのできるわけがない。
俯いて自分の無力さをかみ締めるしか出来なかった。
三木「つまりお前みたいな生真面目な奴はできるだけレベルの高い大学に行く方が楽ってことだ。当たり前にブラックじゃない会社を選択できて道が広げやすくなる」
そうしろとハッキリ言われて、今日の経験から俺の志望校は確定した。
雅臣「あの、俺、応慶に行こうと思って……」
三木「いいじゃないか。私大の最高峰でネームバリューもあって学費も他のとこより安い。あそこは奨学金制度も充実してるぞ」
三木先輩はあっさり話を受け入れてくれ、立ち上がって俺の肩を叩いてくれる。
三木「頑張れ、雅臣」
今の俺には厳しいとか、そんなことは一切言わずに応援してくれることが嬉しかった。
俺が元いた学校は誰もが知ってる名門だ。
自分でその看板を手放したとはいえ今度は何とか自分で掴み取らないと。
初めてのバイトは厳しいことの連続だったが、三木先輩の誘いがあったから自分の得手不得手をシビアに見ることができるようになった。
雅臣「三木先輩……あの、」
三木「どうした?」
雅臣「ここのバイト、続けることできますかね」
勉強はもちろんのことだが俺みたいな要領の悪いタイプは慣れが必要だ。
このバイトを続けて経験値を積む必要性を感じて俺は自然と三木先輩に話をもちかけていた。
______
____________
三木先輩に無事交渉も済んで、学業があるからと月2.3回短時間のバイトに入ることになった。
3日間やり切った達成感を覚えながら事務所を後にし、名古屋駅の新幹線口へ向かう。
帰りは地下鉄に乗るためそこから真っ直ぐ金時計の方へ向かうのだが……。
雅臣「もしやこれが銀時計か?」
何気なく通り過ぎていたが3日目にしてこの銀色の時計が銀時計だと気が付いた。
金時計と比べると随分こじんまりとしてるな……。
新幹線入口前ということもあり人混みは凄まじいが、思わず立ち止まって眺めていると突然後ろから肩を叩かれる。
雅臣「は、はい?」
「さっきのスタッフですよね?カラフルジュエリスト、何時に新幹線ですか?」
雅臣「え?」
「明日大阪でミニライブあるから新幹線乗るでしょ?入りいつなの?」
___か、カラフルジュエリストのファンだ。
完全に顔を覚えられていて、しかもいきなり5人の女の子に囲まれてしまった。
今日で一旦バイトは一区切りだからメンバーの明日からの予定なんて知らないし、ましてや知っていたとしても教えられるわけがない。
雅臣「すみません、お答えできません」
内心で焦りながらもできるだけ冷静に答えるが5人は明らかに剣のある顔つきになった。
「は?言えよ、さっきセクハラしてきただろ」
雅臣「していません」
「使えねぇな……何?いくらで教えてくれんの?」
毅然とした態度を取る俺に1人の子が鞄から封筒を取り出しその中の金を素早く数え始める。
ど、どうしてそんな大金を持ってるんだ!?
どう見ても50万近くあることに驚愕するが、今この場にはこの子たちを対処してくれる強面のマネージャーがいない。
ここでもし自分が下手なことを言ったら三木プロやカラフルジュエリストの皆さんに迷惑をかけることになる。
雅臣「あの、お金とかの問題じゃなくて……!!」
「じゃあ何?早く教えろよ」
絶対に知らないで貫き通すぞ、と心に決めるが彼女たちの表情でもう後数秒にぶちギレられるのが分かった。
こんなに人が多い名古屋駅でもしまた冤罪に追い込まれたらどう対処すればいいんだろう。
嫌な予感しかしなくて戸惑っていると、
「ねね、お姉さんたち何してるの?」
横から声を掛けてきた人の姿に俺はギョッとした。
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