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柊夕太の放課後1
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鬼まんじゅうのたくさん詰まった袋をお土産に抱え、でんちゃんの家に向かう。
スー、ラー、タン、元気かな。
3羽のインコたちに分けてあげようとほくそ笑む。
いい具合に鳥達が肥えてきたんだよな。
ぷくぷくして可愛いでんちゃん家のインコは俺が貰ってきた子達だ。
引越し先では飼えないと泣く幼稚園の同級生から譲り受けたものの、その時我が家には既に猫が5匹いた。
食べられちゃうとでんちゃんに泣きついたら本当に嫌そうに、仕方なくまとめて全部引き取ってくれたのだ。
お喋り上手なあの子達はでんちゃんに向かって覚えたての悪口を言う度に、まとめて丸焼きにしてやると中指を立てて怒鳴られている。
でもね、本当はでんちゃんって根が優しいからそんなことできる訳ないんだよな。
文句垂れながらだけど、毎日餌やりも温度も気をつけてるのを知っている。
小さい頃のでんちゃんもインコみたいに丸々と肥えて可愛かったのにな。
インコに思いを馳せ、昔を懐かしみながらでんちゃん家を目ざしてずんずん歩く。
梅ちゃん先輩と雅臣に合わせて覚王山の駅まで来たけど、でんちゃん家は学校から100m位の並びに建っていて来た坂道を戻っている最中だ。
途中で別れても良かったけど、元々一緒に帰ろうと誘った手前途中離脱というのも気が引けた。
それに何となく梅ちゃん先輩と雅臣の2人きりだと気まずそうだったしな。
まあ最後はなんか丸く収まってたし、松花堂にも寄れたからよかったけど。
夕焼けを背にでんちゃん家の長い塀越しに植わってる楓を眺めていると突然風が吹く。
夕太「うぉ、」
視線を上げると、楓の木の葉がさざめいていた。
___あの頃のままいられたら良かったのにね。
あの日を境に、瀬戸も覚王山もでんちゃんの家から全ての高木が切り倒された。
残る切り株を見ると今でも思い出す。
今更何を言ったところで何も変わらない。
変わって欲しくない。
小さく息を吐いても、胸の蟠りは消えなかった。
夕太「……ん?」
そんな取り留めもない気持ちを断ち切るように、スマホがものすごい勢いで震えだす。
なんだなんだと開けば、
〝鬼まんじゅう〟
〝鬼まんじゅう〟
〝鬼まんじゅう〟
このタイミングの連続通知はマジでちょっとうざい。
夕太「……でんちゃんって人使い荒いよね」
でんちゃんは今日は覚王山の家でお仕事。
これを届けてまた来た道を戻り更に瀬戸まで帰るのは面倒だから泊めてくれないかな。
立派な日本家屋の門を潜ると、入った先の生け花教室用の玄関では人集りができていて、
楓「また来週、はい、はいそうですね」
張り付いた胡散臭い笑顔でおば様軍団相手に優雅に手を振るでんちゃんがちょうど見えた。
アテレコすると、早く帰れババア…かな?
それとも香水臭ぇからどっか行けよってとこかな?
でんちゃんの心を探りながらおば様軍団に会釈して、でんちゃんと並んで一緒に見送りをする。
全員が蓮池家の敷地からしっかり見えなくなったのを確認して数秒後、でんちゃんの表情は消え去り一気にいつものテンションに戻った。
楓「遅いよ、夕太くん」
それまでの営業モードから一瞬でオフになったでんちゃんが、俺の持ってきた鬼まんじゅうの袋を奪う。
隣に並ぶでんちゃんは相変わらず変な髪型をしている。
でも着物を着てる時は生まれか育ちがそう見せるのか、これが絶妙にしっくりきてかっこいい感じになる。着物に感謝した方がいいね。
夕太「お稽古だったんだろ。早く来たって暇だからわざと時間稼ぎしながら来たんだよ」
俺の言い分を全く聞かないでんちゃんの口が、袋の中を見ると更に歪んだ。
楓「何これ、8個しかないじゃん」
夕太「お店行ったら数がもう無かったの。あ、お金返してね」
……本当はね。
雅臣と話してる時に腹が減って2個食べたんだよ。これは言うと怒るから内緒。
だって10個全部渡したらお稽古後でストレスマックスのでんちゃんはきっと全部平らげてしまうだろう。
こんなの簡単に想像がつく程、俺とでんちゃんとの付き合いは長い。
…例えばね、
楓「ほら、足代含めてこれで足りるだろ」
でんちゃんは直ぐに袖から綺麗に3つ折りに畳まれた5000円札を俺に渡した。
このお金はお小遣いでも何でもなく、さっきいたおば様軍団の中の1人がでんちゃんにこっそり袖の下から渡したって事も簡単にわかるんだ。
夕太「はーいよ、ありがたく全部貰うね」
汚いお金。
でんちゃんには言わないけど、黙って心で舌打ちしながら財布にしまう。
どうせこれを寄越したのはさっきいた無駄にグロスを塗りたくったあの人に決まってる。
でんちゃんが中学生にもなると、背も高く見栄えも良い若く才能溢れる男前を前に発情した下心丸出しの女が後を絶たなくなった。
しかもこの幼馴染みは頭の悪さと引き換えたのか、華道の才能に全振りした男なので無駄にカリスマ性がある。
でんちゃん華だけは本当に上手なんだよ。
蓮池流の生徒数はでんちゃんが成長するにつれてうなぎ登りで、この家がなんだかんだで跡継ぎに甘く強く出れないのには理由があるのだ。
若い女や年寄り受けが良くて、その扱いの機知に富んだ次世代の当主は俺の横で顔に疲労を滲ませているけども。
楓「夕太くん泊まってくの?」
夕太「もち、おばさんに挨拶してくる!」
俺の肩に頭を乗せようとしたでんちゃんを、重い、デブと言ってからするりと避け、家の中に入っていく。
でんちゃん家は小さい頃から何回も来てるのでもう半分俺の家みたいなもんだった。
年代物の廊下を歩きながら相変わらずすごい庭と日本庭園に設置された石灯籠を眺める。
太った池の鯉に挨拶したくなって置いてあるスリッパを拝借して庭に降りる。
飛び石をぴょんぴょん1個飛ばしで歩いてると、
「あらあら夕太くんいらっしゃい」
廊下から柔らかで温かい声が聞こえた。
淡い色した着物を纏ったでんちゃんママがいる。
奥の部屋で1人、生徒さんが使った花器や鋏を片付けているから、鯉は今度にして慌てておばさんのいる廊下に上がって手伝う事にした。
夕太「おばさんこんにちは!俺がやるよ」
足元には切り落とされた茎や葉っぱが集められた袋が2つ。
これは裏に持ってくやつだな。
袋の結び目を掴むとおばさんはその手を制止する。
「いいんですよ夕太くん。そんなに気を遣わず…」
夕太「いいのいいの!俺がやりたいの」
膝に手を当て立ち上がるおばさんを今度は俺が制止して袋を持とうとしたその時、
楓「茶入れて」
鬼まんじゅうを食べ歩きしながらやってきたでんちゃんが行儀悪く足で襖を開け、残りの鬼まんじゅうの入った袋をおばさんに手渡す。
「楓さんお疲れ様、片付けてから…」
楓「さっさと茶を入れてこいよノロマなんだから」
そう言ってでんちゃんは俺が持とうとしたゴミ袋を全部奪い取って軽々持ち上げ、
楓「次世代の当主が疲れてんだよ茶が先だろ」
とおばさんを急かした。
……本当はいい所もあるんだよね。
そこ触んなよ!と怒鳴りながらスタスタ廊下を歩き、ゴミを裏庭に持っていくでんちゃんの背中が見えなくなったのを確認しておばさんに耳打ちする。
夕太「でんちゃんはおばさんが重たいゴミ持つの嫌なんだよね。片付けもゴミ捨てと俺がやるからお茶を飲んでゆっくりしてねって言いたかったんだ」
にこっと俺が笑うと、おばさんも一緒に微笑んだ。
「……ふふ。夕太くんの気遣いできる所はお母さんそっくりね。あらあら鬼まんじゅう…松花堂の?」
夕太「そう!でんちゃんが全部食べない内におばさんとおじさんとおじいちゃんの分よけてきて!」
そう伝えると、おばさんは鬼まんじゅうを手に台所にお茶を入れに行った。
……緑茶かな、ほうじ茶かな。
でんちゃんが味にうるさいから、おばさんお茶入れるの本当に上手なんだよね。
お茶を楽しみに待っていると、ティラノサウルスのようなドスドスとした大きな足音が聞こえてきた。
……これはどうやらおじいちゃんと喧嘩した音だな。
近づいてくるでんちゃんの足音に耳を澄ませながら、さてどうやって宥めようと片眉を上げた。
_______________
【後書き】
こちらは夕太の放課後!
また放課後シリーズ以外にも小話載せますのでお楽しみに!
スー、ラー、タン、元気かな。
3羽のインコたちに分けてあげようとほくそ笑む。
いい具合に鳥達が肥えてきたんだよな。
ぷくぷくして可愛いでんちゃん家のインコは俺が貰ってきた子達だ。
引越し先では飼えないと泣く幼稚園の同級生から譲り受けたものの、その時我が家には既に猫が5匹いた。
食べられちゃうとでんちゃんに泣きついたら本当に嫌そうに、仕方なくまとめて全部引き取ってくれたのだ。
お喋り上手なあの子達はでんちゃんに向かって覚えたての悪口を言う度に、まとめて丸焼きにしてやると中指を立てて怒鳴られている。
でもね、本当はでんちゃんって根が優しいからそんなことできる訳ないんだよな。
文句垂れながらだけど、毎日餌やりも温度も気をつけてるのを知っている。
小さい頃のでんちゃんもインコみたいに丸々と肥えて可愛かったのにな。
インコに思いを馳せ、昔を懐かしみながらでんちゃん家を目ざしてずんずん歩く。
梅ちゃん先輩と雅臣に合わせて覚王山の駅まで来たけど、でんちゃん家は学校から100m位の並びに建っていて来た坂道を戻っている最中だ。
途中で別れても良かったけど、元々一緒に帰ろうと誘った手前途中離脱というのも気が引けた。
それに何となく梅ちゃん先輩と雅臣の2人きりだと気まずそうだったしな。
まあ最後はなんか丸く収まってたし、松花堂にも寄れたからよかったけど。
夕焼けを背にでんちゃん家の長い塀越しに植わってる楓を眺めていると突然風が吹く。
夕太「うぉ、」
視線を上げると、楓の木の葉がさざめいていた。
___あの頃のままいられたら良かったのにね。
あの日を境に、瀬戸も覚王山もでんちゃんの家から全ての高木が切り倒された。
残る切り株を見ると今でも思い出す。
今更何を言ったところで何も変わらない。
変わって欲しくない。
小さく息を吐いても、胸の蟠りは消えなかった。
夕太「……ん?」
そんな取り留めもない気持ちを断ち切るように、スマホがものすごい勢いで震えだす。
なんだなんだと開けば、
〝鬼まんじゅう〟
〝鬼まんじゅう〟
〝鬼まんじゅう〟
このタイミングの連続通知はマジでちょっとうざい。
夕太「……でんちゃんって人使い荒いよね」
でんちゃんは今日は覚王山の家でお仕事。
これを届けてまた来た道を戻り更に瀬戸まで帰るのは面倒だから泊めてくれないかな。
立派な日本家屋の門を潜ると、入った先の生け花教室用の玄関では人集りができていて、
楓「また来週、はい、はいそうですね」
張り付いた胡散臭い笑顔でおば様軍団相手に優雅に手を振るでんちゃんがちょうど見えた。
アテレコすると、早く帰れババア…かな?
それとも香水臭ぇからどっか行けよってとこかな?
でんちゃんの心を探りながらおば様軍団に会釈して、でんちゃんと並んで一緒に見送りをする。
全員が蓮池家の敷地からしっかり見えなくなったのを確認して数秒後、でんちゃんの表情は消え去り一気にいつものテンションに戻った。
楓「遅いよ、夕太くん」
それまでの営業モードから一瞬でオフになったでんちゃんが、俺の持ってきた鬼まんじゅうの袋を奪う。
隣に並ぶでんちゃんは相変わらず変な髪型をしている。
でも着物を着てる時は生まれか育ちがそう見せるのか、これが絶妙にしっくりきてかっこいい感じになる。着物に感謝した方がいいね。
夕太「お稽古だったんだろ。早く来たって暇だからわざと時間稼ぎしながら来たんだよ」
俺の言い分を全く聞かないでんちゃんの口が、袋の中を見ると更に歪んだ。
楓「何これ、8個しかないじゃん」
夕太「お店行ったら数がもう無かったの。あ、お金返してね」
……本当はね。
雅臣と話してる時に腹が減って2個食べたんだよ。これは言うと怒るから内緒。
だって10個全部渡したらお稽古後でストレスマックスのでんちゃんはきっと全部平らげてしまうだろう。
こんなの簡単に想像がつく程、俺とでんちゃんとの付き合いは長い。
…例えばね、
楓「ほら、足代含めてこれで足りるだろ」
でんちゃんは直ぐに袖から綺麗に3つ折りに畳まれた5000円札を俺に渡した。
このお金はお小遣いでも何でもなく、さっきいたおば様軍団の中の1人がでんちゃんにこっそり袖の下から渡したって事も簡単にわかるんだ。
夕太「はーいよ、ありがたく全部貰うね」
汚いお金。
でんちゃんには言わないけど、黙って心で舌打ちしながら財布にしまう。
どうせこれを寄越したのはさっきいた無駄にグロスを塗りたくったあの人に決まってる。
でんちゃんが中学生にもなると、背も高く見栄えも良い若く才能溢れる男前を前に発情した下心丸出しの女が後を絶たなくなった。
しかもこの幼馴染みは頭の悪さと引き換えたのか、華道の才能に全振りした男なので無駄にカリスマ性がある。
でんちゃん華だけは本当に上手なんだよ。
蓮池流の生徒数はでんちゃんが成長するにつれてうなぎ登りで、この家がなんだかんだで跡継ぎに甘く強く出れないのには理由があるのだ。
若い女や年寄り受けが良くて、その扱いの機知に富んだ次世代の当主は俺の横で顔に疲労を滲ませているけども。
楓「夕太くん泊まってくの?」
夕太「もち、おばさんに挨拶してくる!」
俺の肩に頭を乗せようとしたでんちゃんを、重い、デブと言ってからするりと避け、家の中に入っていく。
でんちゃん家は小さい頃から何回も来てるのでもう半分俺の家みたいなもんだった。
年代物の廊下を歩きながら相変わらずすごい庭と日本庭園に設置された石灯籠を眺める。
太った池の鯉に挨拶したくなって置いてあるスリッパを拝借して庭に降りる。
飛び石をぴょんぴょん1個飛ばしで歩いてると、
「あらあら夕太くんいらっしゃい」
廊下から柔らかで温かい声が聞こえた。
淡い色した着物を纏ったでんちゃんママがいる。
奥の部屋で1人、生徒さんが使った花器や鋏を片付けているから、鯉は今度にして慌てておばさんのいる廊下に上がって手伝う事にした。
夕太「おばさんこんにちは!俺がやるよ」
足元には切り落とされた茎や葉っぱが集められた袋が2つ。
これは裏に持ってくやつだな。
袋の結び目を掴むとおばさんはその手を制止する。
「いいんですよ夕太くん。そんなに気を遣わず…」
夕太「いいのいいの!俺がやりたいの」
膝に手を当て立ち上がるおばさんを今度は俺が制止して袋を持とうとしたその時、
楓「茶入れて」
鬼まんじゅうを食べ歩きしながらやってきたでんちゃんが行儀悪く足で襖を開け、残りの鬼まんじゅうの入った袋をおばさんに手渡す。
「楓さんお疲れ様、片付けてから…」
楓「さっさと茶を入れてこいよノロマなんだから」
そう言ってでんちゃんは俺が持とうとしたゴミ袋を全部奪い取って軽々持ち上げ、
楓「次世代の当主が疲れてんだよ茶が先だろ」
とおばさんを急かした。
……本当はいい所もあるんだよね。
そこ触んなよ!と怒鳴りながらスタスタ廊下を歩き、ゴミを裏庭に持っていくでんちゃんの背中が見えなくなったのを確認しておばさんに耳打ちする。
夕太「でんちゃんはおばさんが重たいゴミ持つの嫌なんだよね。片付けもゴミ捨てと俺がやるからお茶を飲んでゆっくりしてねって言いたかったんだ」
にこっと俺が笑うと、おばさんも一緒に微笑んだ。
「……ふふ。夕太くんの気遣いできる所はお母さんそっくりね。あらあら鬼まんじゅう…松花堂の?」
夕太「そう!でんちゃんが全部食べない内におばさんとおじさんとおじいちゃんの分よけてきて!」
そう伝えると、おばさんは鬼まんじゅうを手に台所にお茶を入れに行った。
……緑茶かな、ほうじ茶かな。
でんちゃんが味にうるさいから、おばさんお茶入れるの本当に上手なんだよね。
お茶を楽しみに待っていると、ティラノサウルスのようなドスドスとした大きな足音が聞こえてきた。
……これはどうやらおじいちゃんと喧嘩した音だな。
近づいてくるでんちゃんの足音に耳を澄ませながら、さてどうやって宥めようと片眉を上げた。
_______________
【後書き】
こちらは夕太の放課後!
また放課後シリーズ以外にも小話載せますのでお楽しみに!
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