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48.【本当は】
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………………。
……どうする?
これはなんて言うべきだ?
とりあえず東京にいるって言っておけばいいのか?
いや、こんなことで嘘なんかついても、
……と意を決してあまり周りが暗くならないようできるだけ声のトーンに気をつけて事実を伝えることにした。
雅臣「えっと………母さん死んでて、」
夕太「……へぇそうなんだ。雅臣が小さい頃に死んだの?」
眉を顰めた柊の質問に、それならその方が良かったなと思う。
雅臣「いや……、割と最近で…」
俺が中3の初めに亡くなったと呟いた。
昼下がりの大須商店街はとても賑わっていてアーケード下の買い物客は皆楽しそうな声を上げている。
クレープ食いながら男子高校生がこんなしんみりした話をするもんじゃないと笑みが奇妙に歪むと、
夕太「へぇー、じゃあ幾つで死んだの?」
……こいつは何度も死んだ死んだうるさいな。
こういう時は大変だなとか、可哀想、って言えばいいんだよ。
実にあっけらかんと、デリケートな話題でも全く気にせず尋ねてくる柊の能天気な顔を見ていたら段々と苛立つ。
一々俺が気を遣うのが馬鹿らしくなってハッキリ答えることにした。
雅臣「36だよ」
夕太 「えー!若いなー!」
驚く柊が今度こそ俺に何か優しい言葉でもかけるのかと思えば、
夕太「そっかぁ……まぁ、悲しいけど死は等しく平等だからな、30年生きたなら充分だよ」
軽く肩を竦めあっさりと吐き捨てた内容に俺は表情をなくした。
……こ、こいつ、今なんて言った?
動揺してしまい、開いた口が塞がらない。
顎が外れそうなくらいの衝撃で、手に持っていたクレープを地面に落としてしまう。
そこにはセオリー通りの慰めとか励ましなんて1つも存在しなかった。
こちらがあえて神妙な雰囲気にならないよう気を遣って話してやってるにも関わらず、とんでもない発言をされて胃の中がすっと冷える。
夕太「だってさ、未来ある子供が先に死ぬことの方が悲しくない?」
雅臣「…………え、いや……」
笑いながら唐突な補足をする柊の言葉に顔をしかめる。
こ、子供が先に死ぬことの方が悲しい?
そんな風に考えたことなんかなくて、どう受け止めていいのか分からずに混乱する。
柊は勿体ないなーと落とした俺のクレープを拾いあげ、自分の包み紙と一緒に捨ててくるねとその場を離れていった。
呆然とその背中を目でゆっくり追いかけながら、俺は頭の中でもう一度柊の言葉を反芻する。
〝子供が先に死ぬことの方が悲しい〟
……それは言い換えれば、俺が先に死ぬ方が悲しいってことか?
そんな風に言われたことなんて1度もなかった、と考え込んでしまう。
『まーくんは私のことが大好きね』
その刹那、また母親の声が脳裏に再生された。
母さんは……。
あの人は俺のことをそんな風に考えたことがあっただろうか?
そのまま立ち尽くす俺を異様に感じたのか、
蘭世「……なあ、あれお前じゃなくて良かったって言いたいんじゃねーの?」
梓蘭世が珍しく俺を気遣うように声をかけてきた。
蘭世 「この話が慰めになるか分かんねーけど…」
……慰め。
梓蘭世の言葉に、はっとした。
そうだよ。
柊のような図々しい物言いではなく、普通はそういう類の言葉を俺にかけてくれるものだと東京に思いを馳せる。
こんな時、東京の友達は俺に慰めの言葉を……。
………………。
あれ?と一瞬俺は誰からそんな言葉をもらったんだと記憶を呼び起こすが、誰も思い出せない。
母親を見舞いに行く度に医師は「大変だね」と俺を気遣い、周りの看護師が俺を見て影で「あの子可哀想ね」と言っていたのは覚えている。
学校の先生や父兄ですら遠巻きに「可哀想な雅臣くん」を見て、何度か優しい声をかけてくれた。
その人達の顔は思い出せるのに、学校の友達の誰が俺に声をかけたのかが思い出せない。
___そもそも、俺が1番仲の良かった友達って誰だ?
幼稚園、小学校、中学校と東京で俺は山王同じシステムのエスカレーター式の私立校に通っていて、普通に話すくらいの奴はいたが……。
ぐるぐると思考が落ち着かなくて嫌になる俺に、梓蘭世が何処か遠くを見るように話始めた。
蘭世 「……俺が5歳位ん時に小児癌の子が俺に会いたいって書いた手紙貰ったんだよ。しかもテレビ企画で見舞いに行かされて__」
突然、淡々と自分のヘビーな経験を語りだす梓蘭世に一体これは何の話だと瞬きする。
他人の不幸話が俺と何の関係が……と思うが、同時に幼い子に死ぬと分かってる子の見舞いに行かせる残酷な世界を知り強い不快感を覚えた。
梓蘭世はそのまま喋り続ける。
蘭世 「まぁ子供心にキツくてさ。しばらくしてその子の親が事務所までお礼に来たんだけど……発狂しそうに泣く親見てらんなくて」
……きっとその子は亡くなってしまったんだろう。
半分食べかけのクレープを残したまま、当時を思い出したのか梓蘭世が少しだけ顔を歪めた。
俺の母さんも癌だった……が、元々病弱で俺が物心がついた時は既に病院で入退院を繰り返してばかりいたから家にいた記憶なんて殆どない。
常に母親がいないのが当たり前の俺と親父の生活は実はそこまで悲壮なものでもなかった。
俺達2人はその時できる範囲で互いに協力しあい暮らしてきたのだ。
特に俺が小さい頃は家政婦さんが通いで来てくれていたので家事に困ることもなく、大きくなってからは互いに手が空いてる方が家事をして案外平和に暮らしてきた。
ぼんやりとそんな当時を思い出していると、
蘭世 「……そん時、俺めっちゃ泣いたんだよな。その子が死んで悲しいのはあるけど…酷い話、それよりもその親があんまり泣くから可哀想で泣いたんだ」
演技じゃない、哀しみが滲む声に意識が引き戻された。
蘭世「あれ見たら年功序列で死ぬほうがいいんだって思った。お前の母さんも、子供のお前が死ぬよりはいいって一度は思ったんじゃねーか?」
柊が言ったのって多分そんなとこじゃねーの?と梓蘭世は真っ直ぐ俺を見据えた。
……年功序列で死んだ方がいい?
あの人は俺のことをそんな風に考えたことがあっただろうか?
先程と同じ疑問が自分の中に渦巻き、酷く煮詰まっていく。
考えたくないのに考えさせられてしまう、溜まった膿を吐き出したくなる感覚が止められない。
梅生「……大切な人が亡くなるのは悲しいことだよね」
一条先輩が労わるように呟くもっともな言葉が1番胸を苦しくさせる。
___俺にとって、
俺にとって母さんが死んだのは悲しいことだったのか?
本当は……。
本当は、そうじゃない。
母さんが死んだ日、俺は泣かなかった。
そんな感情よりもこれでやっと終わるんだなって正直ほっとしたんだ。
それがどうしてかなんて考えたくもなかったし、薄情だと思われたくなくてこんな事誰にも言ったことがない。
だからこそ、俺は柊の言う事に苛立つ筋合いなんてなくないか?
梓蘭世が他人のために流した涙の方がよっぽど価値あるものじゃないのか?
自問自答の思考は止まらず纏まらない。
酷い息苦しさに学ランの胸を掴んで堪えると、
梅生「…そ、そうだ!俺あれも食べたいな」
何も言わない俺の様子を訝しんだ一条先輩が、無理やり暗い話題を変えようと他の店を指さした。
蘭世「げ、台湾カステラ…まって梅ちゃん!!クリームはもうだめだから!!梅ちゃん!!」
2人が台湾カステラに向かうのを見ても自問が止まらず苦しいままだ。
夕太「……大変だなー、でんちゃん見てるみたいで俺は蘭世先輩の気持ちが分かるよ。な、雅臣もあっち行こ」
戻ってきた柊が動かない俺の背中を行こうと押したが、足は動いても気持ちが色々追いつかない。
……俺は、今まで何を考えて生きてきた?
何を思って、日常を過ごしてきた?
……どうする?
これはなんて言うべきだ?
とりあえず東京にいるって言っておけばいいのか?
いや、こんなことで嘘なんかついても、
……と意を決してあまり周りが暗くならないようできるだけ声のトーンに気をつけて事実を伝えることにした。
雅臣「えっと………母さん死んでて、」
夕太「……へぇそうなんだ。雅臣が小さい頃に死んだの?」
眉を顰めた柊の質問に、それならその方が良かったなと思う。
雅臣「いや……、割と最近で…」
俺が中3の初めに亡くなったと呟いた。
昼下がりの大須商店街はとても賑わっていてアーケード下の買い物客は皆楽しそうな声を上げている。
クレープ食いながら男子高校生がこんなしんみりした話をするもんじゃないと笑みが奇妙に歪むと、
夕太「へぇー、じゃあ幾つで死んだの?」
……こいつは何度も死んだ死んだうるさいな。
こういう時は大変だなとか、可哀想、って言えばいいんだよ。
実にあっけらかんと、デリケートな話題でも全く気にせず尋ねてくる柊の能天気な顔を見ていたら段々と苛立つ。
一々俺が気を遣うのが馬鹿らしくなってハッキリ答えることにした。
雅臣「36だよ」
夕太 「えー!若いなー!」
驚く柊が今度こそ俺に何か優しい言葉でもかけるのかと思えば、
夕太「そっかぁ……まぁ、悲しいけど死は等しく平等だからな、30年生きたなら充分だよ」
軽く肩を竦めあっさりと吐き捨てた内容に俺は表情をなくした。
……こ、こいつ、今なんて言った?
動揺してしまい、開いた口が塞がらない。
顎が外れそうなくらいの衝撃で、手に持っていたクレープを地面に落としてしまう。
そこにはセオリー通りの慰めとか励ましなんて1つも存在しなかった。
こちらがあえて神妙な雰囲気にならないよう気を遣って話してやってるにも関わらず、とんでもない発言をされて胃の中がすっと冷える。
夕太「だってさ、未来ある子供が先に死ぬことの方が悲しくない?」
雅臣「…………え、いや……」
笑いながら唐突な補足をする柊の言葉に顔をしかめる。
こ、子供が先に死ぬことの方が悲しい?
そんな風に考えたことなんかなくて、どう受け止めていいのか分からずに混乱する。
柊は勿体ないなーと落とした俺のクレープを拾いあげ、自分の包み紙と一緒に捨ててくるねとその場を離れていった。
呆然とその背中を目でゆっくり追いかけながら、俺は頭の中でもう一度柊の言葉を反芻する。
〝子供が先に死ぬことの方が悲しい〟
……それは言い換えれば、俺が先に死ぬ方が悲しいってことか?
そんな風に言われたことなんて1度もなかった、と考え込んでしまう。
『まーくんは私のことが大好きね』
その刹那、また母親の声が脳裏に再生された。
母さんは……。
あの人は俺のことをそんな風に考えたことがあっただろうか?
そのまま立ち尽くす俺を異様に感じたのか、
蘭世「……なあ、あれお前じゃなくて良かったって言いたいんじゃねーの?」
梓蘭世が珍しく俺を気遣うように声をかけてきた。
蘭世 「この話が慰めになるか分かんねーけど…」
……慰め。
梓蘭世の言葉に、はっとした。
そうだよ。
柊のような図々しい物言いではなく、普通はそういう類の言葉を俺にかけてくれるものだと東京に思いを馳せる。
こんな時、東京の友達は俺に慰めの言葉を……。
………………。
あれ?と一瞬俺は誰からそんな言葉をもらったんだと記憶を呼び起こすが、誰も思い出せない。
母親を見舞いに行く度に医師は「大変だね」と俺を気遣い、周りの看護師が俺を見て影で「あの子可哀想ね」と言っていたのは覚えている。
学校の先生や父兄ですら遠巻きに「可哀想な雅臣くん」を見て、何度か優しい声をかけてくれた。
その人達の顔は思い出せるのに、学校の友達の誰が俺に声をかけたのかが思い出せない。
___そもそも、俺が1番仲の良かった友達って誰だ?
幼稚園、小学校、中学校と東京で俺は山王同じシステムのエスカレーター式の私立校に通っていて、普通に話すくらいの奴はいたが……。
ぐるぐると思考が落ち着かなくて嫌になる俺に、梓蘭世が何処か遠くを見るように話始めた。
蘭世 「……俺が5歳位ん時に小児癌の子が俺に会いたいって書いた手紙貰ったんだよ。しかもテレビ企画で見舞いに行かされて__」
突然、淡々と自分のヘビーな経験を語りだす梓蘭世に一体これは何の話だと瞬きする。
他人の不幸話が俺と何の関係が……と思うが、同時に幼い子に死ぬと分かってる子の見舞いに行かせる残酷な世界を知り強い不快感を覚えた。
梓蘭世はそのまま喋り続ける。
蘭世 「まぁ子供心にキツくてさ。しばらくしてその子の親が事務所までお礼に来たんだけど……発狂しそうに泣く親見てらんなくて」
……きっとその子は亡くなってしまったんだろう。
半分食べかけのクレープを残したまま、当時を思い出したのか梓蘭世が少しだけ顔を歪めた。
俺の母さんも癌だった……が、元々病弱で俺が物心がついた時は既に病院で入退院を繰り返してばかりいたから家にいた記憶なんて殆どない。
常に母親がいないのが当たり前の俺と親父の生活は実はそこまで悲壮なものでもなかった。
俺達2人はその時できる範囲で互いに協力しあい暮らしてきたのだ。
特に俺が小さい頃は家政婦さんが通いで来てくれていたので家事に困ることもなく、大きくなってからは互いに手が空いてる方が家事をして案外平和に暮らしてきた。
ぼんやりとそんな当時を思い出していると、
蘭世 「……そん時、俺めっちゃ泣いたんだよな。その子が死んで悲しいのはあるけど…酷い話、それよりもその親があんまり泣くから可哀想で泣いたんだ」
演技じゃない、哀しみが滲む声に意識が引き戻された。
蘭世「あれ見たら年功序列で死ぬほうがいいんだって思った。お前の母さんも、子供のお前が死ぬよりはいいって一度は思ったんじゃねーか?」
柊が言ったのって多分そんなとこじゃねーの?と梓蘭世は真っ直ぐ俺を見据えた。
……年功序列で死んだ方がいい?
あの人は俺のことをそんな風に考えたことがあっただろうか?
先程と同じ疑問が自分の中に渦巻き、酷く煮詰まっていく。
考えたくないのに考えさせられてしまう、溜まった膿を吐き出したくなる感覚が止められない。
梅生「……大切な人が亡くなるのは悲しいことだよね」
一条先輩が労わるように呟くもっともな言葉が1番胸を苦しくさせる。
___俺にとって、
俺にとって母さんが死んだのは悲しいことだったのか?
本当は……。
本当は、そうじゃない。
母さんが死んだ日、俺は泣かなかった。
そんな感情よりもこれでやっと終わるんだなって正直ほっとしたんだ。
それがどうしてかなんて考えたくもなかったし、薄情だと思われたくなくてこんな事誰にも言ったことがない。
だからこそ、俺は柊の言う事に苛立つ筋合いなんてなくないか?
梓蘭世が他人のために流した涙の方がよっぽど価値あるものじゃないのか?
自問自答の思考は止まらず纏まらない。
酷い息苦しさに学ランの胸を掴んで堪えると、
梅生「…そ、そうだ!俺あれも食べたいな」
何も言わない俺の様子を訝しんだ一条先輩が、無理やり暗い話題を変えようと他の店を指さした。
蘭世「げ、台湾カステラ…まって梅ちゃん!!クリームはもうだめだから!!梅ちゃん!!」
2人が台湾カステラに向かうのを見ても自問が止まらず苦しいままだ。
夕太「……大変だなー、でんちゃん見てるみたいで俺は蘭世先輩の気持ちが分かるよ。な、雅臣もあっち行こ」
戻ってきた柊が動かない俺の背中を行こうと押したが、足は動いても気持ちが色々追いつかない。
……俺は、今まで何を考えて生きてきた?
何を思って、日常を過ごしてきた?
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