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114.【柊の友達】
しおりを挟む夕太「……」
寝室のドアを開けて柊は俺の言うままベッドに横になったが、まだ少し痛むのか腰の辺りをさすり続けている。
先程とは打って変わって静かな姿にますます心配になってしまう。
雅臣「大丈夫か?」
夕太「うん…いつもの…あ、」
しまったという感じで柊は口に手を当てた。
買い出しの時もそうだったが何となく定期的に同じ箇所が痛むように思えるが、その原因を聞くと柊が余計意識して痛むかもしれないとそうかとだけ呟いた。
夕太「映画見たかったのに…ごめん、もう少ししたら帰るから」
枕に顔を埋める姿に、その場の勢いで決まったことなのに柊も楽しみにしていてくれたのが伝わって余計に切なくなる。
それに帰るって言っても……柊の家は確か瀬戸だったよな?
以前通学にかなり時間がかかると言っていたのを思い出して、この状態でそんなに時間をかけて帰らせるのは気が引けた。
雅臣「痛みはしばらくしたら落ち着きそうか?」
夕太「え?あ、うん…多分そのうち落ち着くと思う」
どのくらいかかるか分からないけど、と体勢を変える柊に何も分からない俺は1つずつ質問していく。
雅臣「病院に行く方がいいか?」
夕太「いや、病院は大丈夫」
顔を見れば本当に病院に行く必要はなさそうで、落ち着くまでここにいた方がいい気がした。
雅臣「それなら…もし良ければゆっくり休んでいけよ。映画も見れそうならプロジェクター寝室に持ってくるから寝たまま見ればいい」
そう提案すると、柊はパチパチと大きな目を何度も瞬かせた。
夕太「俺、帰らなくていいの?」
雅臣「柊が自分の家の方が落ち着くとか、すぐに帰りたいなら一緒に瀬戸まで送ってくよ」
柊が横たわるベッドに俺も腰掛けて言うと柊は真顔でしばらく俺を見つめたままだった。
………な、何かおかしかったか?
雅臣「電車内で痛むかもしれないし、どうしても無理ならお姉さんか誰かに迎えをお願いした方が……」
柊はぶんぶん横に首を振るので、
雅臣「…なら俺の家でゆっくり様子見しながら映画鑑賞しようか」
何なら泊まっていってもいいと提案すると、柊は嬉しいと言わんばかりに何度も頷いた。
余程嬉しかったのか寝転がりながらアザラシのようにぶつかってくるので慌てて手で止める。
これが柊の嬉しい時の表現法とはいえ、痛みが酷くならないか心配になり慌てて落ち着けと両手で押さえつけた。
夕太「へへ、でんちゃんいなくて良かった…あ、」
柊はまたしまったという顔をして口を噤むが、確かに蓮池がいたらすごく心配してここで映画を見る選択肢にはならないよな。
展示会前で忙しい蓮池に心配をかけるのもなんだし、今は蓮池がいない方が柊にとっては都合がいいのかもしれない。
何か飲み物でも持ってくるかと立ち上がろうとした瞬間柊が俺の手首を掴んで止める。
夕太「…この事、でんちゃんには言わないで欲しい」
振り向くと柊の眼差しは鋭く真剣で手首を痛いくらい力強く握られるが、何故そんなに必死になっているのだろう。
戸惑いながら柊の指に触れると訝しげな俺に気がついたのか、パッと手を離す柊の顔はまた暗く落ち込んでしまった。
この表情を見たことがある気がして、糸を手繰るように思い返す。
____稽古をサボろうとした蓮池を蹴り飛ばした時と同じだ。
クレープを食べに行く時も物憂げな顔でいつもと違う柊に違和感を覚えたが、2人の間に何があるのか分からない。
雅臣「……言わないよ。蓮池も心配するもんな」
でも調子の悪い柊にこれ以上余計な考え事をさせたくなくて、何も聞かず安心するよう微笑んだ。
夕太「ありがとう…でんちゃんって心配症でさぁ…」
雅臣「……」
確かに柊が休みだと知った時もすぐに連絡していたよな。
柊は俺の枕を抱きしめ顔を隠すように埋めた。
夕太「大丈夫って言ってるのに、大丈夫じゃないとか言うんだよ」
その声が少し震えてる気がして、お前が大丈夫じゃないのではと気が気でない。
夕太「俺が大丈夫って言ってるのにさ、でんちゃんってほんと、バカ」
柊はそのままゴロンと仰向けになると枕も一緒に転がって、見ればどうやら泣いてるわけではないようだ。
急にどうしたんだと少し焦るが柊はとりとめもない会話をそのまま続ける。
夕太「自分勝手で図々しくて、色々ほんとに重くって……」
それはそうだが、重いって……?
いつものように体型を弄っている感じがせず話が見えないが、
夕太「でも、優しいんだ」
何かを掴むように手を上に伸ばして静かに笑う柊の言葉に頷くことしかできなかった。
雅臣「……そうだな、優しいよな蓮池は。いつだって柊再優先だもんな」
夕太「………そうだね」
そのまま柊は普段の明るさが嘘のように静かになり、部屋に静寂が訪れる。
ここまで暗く落ち込んだ顔をする柊を見るのは初めてなのに、なぜか家に見舞いに来た時の蓮池が思い浮かんだ。
蓮池も柊に対して思うことがあるように、きっと柊もそうなのだろう。
2人の間に感じる違和感は、やはり互いに言いたいことを言えずに溜め込んだ結果だと確信に変わる。
何故蓮池は柊最優先なのか。
それは____
雅臣「大事な友達だもんな」
夕太「……友達?」
柊は俺の言葉を繰り返し小さく呟いた。
雅臣「柊と蓮池は友達だろ?俺だって心配だけど…蓮池は昔からの友達だからより心配するのは当たりだよ」
願わくば俺も2人と友達になりたいが、歴が違うしこればかりは仕方がない。
蓮池にとっての柊のように俺も誰かの必然で大切な存在になりたいと今でも思っている。
その気持ちはずっと変わらないから2人がとても羨ましい。
夕太「………そう、そうなんだ雅臣。でんちゃんは俺にとって1番大事な友達なんだ」
柊はそう言うと花が咲いたように笑って布団にくるまった。
何だかさっきよりいつもの調子が出てきたように見える。
痛いから気持ちが少し暗くなっていただけで俺が想像するより大丈夫なのかもしれないと安堵した。
雅臣「明日のプールは大丈夫そうか?」
夕太「全然行ける!!超楽しみ!!」
目が合って満開の笑顔を見ると無理してるようには思えなかった。
雅臣「夏休み始まったばっかだもんな、それにもし痛くなってもビーチサイドで休めばいいし」
柊はやっといつもの海外アニメのカナリアみたいないたずらっ子の顔に戻って、
夕太「雅臣も優しいね」
と上目遣いで俺を見た。
雅臣「当たり前だろ、だって友だ__」
思わず出てしまった自分の言葉に手で口を塞いだ。
………これを言っていいのか?
俺と柊は本当にもう友達なのか?
俺は柊と友達がいいけどこんなこと一々言うのもあれか?
戸惑う俺に柊はグッと親指を立てて、
夕太「うん、友達だもんな!!」
太陽のように眩しい笑顔を向けてくれた。
それは俺が1番欲しかった言葉で、目頭が少し熱くなる。
ずっと柊と友達だなんて言い切れるほど自信がなくて、もっと互いを知ってからじゃないとそうは言えないと思っていた。
友達になるため努力してきたことがようやく報われた気がして柊から友達と言ってもらえたことが本当に嬉しい。
夕太「なぁ雅臣、痛いの少し落ち着いてきたしソファで映画見たい!あの大きいテレビなら迫力すごそう!」
感動の余韻に浸る暇もなく、早速立ち上がろうとする柊を慌てて止める。
雅臣「映画見ながら食べたいものあるか?買ってくるからその間まではもう少し寝てろ」
夕太「え、ほんと?じゃあポップコーンとオレンジジュースがいい!」
雅臣「了解、裏のコンビニで探してくる」
はやる心を抑えながらちゃんと寝てろよと念を押して、俺は鍵を持って玄関に向かう。
友達……、友達か。
俺についに友達が出来たんだ。
柊だけでなく蓮池も友達だと思ってくれたらもっと嬉しいよなと考えているとバタバタと走る音が聞こえてくる。
夕太「雅臣!」
雅臣「柊、寝てろって___」
痛みが酷くなると振り返れば、
夕太「ありがと!!」
初めての俺の友達から感謝の言葉に、口元が綻んだ。
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