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120.【今夜はカレー】
しおりを挟む夕太「でんちゃんちゃんとカレー温めてる?」
楓「温めてるってば」
キッチンから蓮池と柊の声が聞こえてくるが、あれから俺は1人だけ隣の広い別室に通された。
俺も夕飯の準備を手伝おうとしたのだが、柊がお客さんなんだから座ってろと許してくれず1人部屋を見渡す。
蓮池は普段ここで食事をしているんだろう。
リビング代わりにでもしているのか畳の真ん中には漆塗りが施された総檜の1枚板のローテーブルがあって、金具が芸術的な民芸家具の上にはテレビが置いてある。
座布団に座ると眼前には日本庭園が広がり、壁にはどこかの書道家の作品が飾ってあって実に風情がある。
この空間でカレーを食べるのは気が引けると思ったが、よく見れば高価な机に小さくバカと彫られていたり傷があったりで少し安心した。
夕太「ほい、雅臣」
戻ってきた柊がカレーのスプーンを俺の前に置いて、コップに冷たい麦茶を注いでくれている。
手際よく机の上にカトラリーを並べる柊を見てやはり俺も手伝おうと立ち上がるが、
楓「落ち着かねぇな、黙って座ってろよ」
苛立った家主が足で雑に半開きの襖を開けて目の前にカレーを置いてくれた。
蓮池の言い方にも随分慣れてきて、都合の良い捉え方かもしれないがきっと俺が客だからもてなしてくれているんだと思う。
目の前に自分の家で作るカレーとは全く違うTheお家カレーが置かれて俺は静かにテンションが上がった。
どう見ても骨董品のような気がする白磁の色絵皿にこんもりと盛られた米、その上にはたっぷりとルーがかかっていて中にはゴロゴロと大きな具材が見える。
夕太「雅臣米こんくらいでいい?」
雅臣「ちょうどいいよ。ありがとう」
夕太「あ!漬物忘れた!」
カレーにはやっぱ漬物だと柊はキッチンに戻ろうとするが、ついでに箸!と叫ぶ蓮池の声の大きさに近所迷惑ではと狼狽えてしまう。
………いや、こんなに広い家で迷惑も何も無いか。
ぼんやりと2人を眺めながら、それにしても柊はまるで自宅のように振る舞うなぁとある意味感心した。
この家のどこに何があるのか熟知していて、すぐに漬物と箸を3膳お盆に乗せて持ってくると俺の対面に蓮池と並んで座る。
夕太「美味しそー、早く食べよ食べよ!!」
楓「いただきます」
蓮池だけ皿のサイズが違うカレーを見て流石だなと思いつつ、早速俺も手を合わせてカレーを1口スプーンで運べば程よい辛さで濃厚だ。
じゃがいもや人参はワザと大きく切られていて、牛肉はステーキ肉みたいで……。
雅臣「美味い!」
夕太「だろ!?でんちゃんの家のカレーはほんとに美味いから」
胸を張る柊に頷いてこれぞ理想のカレーだよなともう1口頬張ると、クーラーが効いた部屋なのに辛さで額から汗が出始める。
夏に食べるカレーがこんなに美味しいとは知らずつい食が進むが、友達の家で一緒に食べることが効果を倍増させているのだろう。
雅臣「俺の家のカレーと全然違うから新鮮だよ」
夕太「カレーって家によって全然違うよなー、俺の家はチキン」
ツナの日もあるよと柊は自宅のレシピを教えてくれるが、
楓「どーせお前の家はサフランライスにスパイスかなんかで煮込んだオリジナルカレーだろ」
蓮池が俺の家のカレーのレシピをズバリ言い当てたので目を見開く。
………な、何で分かるんだ!?
今まで様々な事を言い当てられてきたが絶対に話したことのない俺の家のカレー事情まで当てられるとさすがに怖い。
俺が密かにこういうゴロゴロカレーに憧れていたのは理由があって、親父がカレーだけは変にこだわって作っていたのだ。
それはそれで美味しくて当然俺も同じ作り方をしていたのだが蓮池が目ざとすぎる。
楓「おかわり行ってくる」
雅臣「早いな!?」
俺が自分の家のカレーを思い出してる間に異常な程早く食べ終えた蓮池は米をよそいに立ち上がるが、隣に座る柊が着物の裾を引っ張って止めた。
楓「何、夕太くん」
夕太「でんちゃん食べ過ぎだって、デブ!!」
雅臣「い、いいじゃないかこんなに美味いんだからら。な?俺も後でおかわりくれよ?」
いつものように始まった柊の罵りに、せっかくの楽しい時間を台無しにされたくない俺は慌てて間に入っで止めた。
柊なりに怒らせたい理由があるのかもしれないが、それは今じゃなくもっとタイミングを見た方がいいと思う。
じっと見つめると何となく伝わったのか柊は蓮池の裾から手を離してくれた。
夕太「米ちょっとにするんだよ!!食べたら明日のプールの水着姿が大変なことになるよ!!」
楓「はいはい」
足取り軽くおかわりに向かう蓮池を不満気に見ながらもどこかズレた忠告をする柊に一安心した。
我ながら上手く回避できたとカレーを食べ進めると、ふと棚の上の写真立てが目に入る。
___あれ?
もしかしてあの子……柊か?
目の前で福神漬けを山盛り頬張る柊の髪を見て、写真立ての中で笑う子供と瓜二つだと気づく。
柊と思われる子供はどちらかというと今より金髪に近くもっとくるくるの巻き毛だった。
雅臣「柊って本当に地毛だったんだな」
夕太「え、信じてなかったの?俺地毛ってちゃんと言ったじゃん!!」
思わず呟くと柊は大きな目をひん剥い頬を膨らませているが、怒っているのか詰め込みすぎなのか分からない。
それでも上手い具合に蓮池から気も逸れたようでホッとした。
雅臣「ちなみに、この横の子って……」
しかし俺は柊の隣でムスッと不機嫌な顔をして写る子供が気になった。
その子はよく言えばひどく個性的な髪型をしていて、はっきり言えばとても変だった。
丸々と肥えに肥えた超健康優良児は頬は風船みたいにパンパンで、額の形に沿った酷いくらいのオン眉のマッシュルームカットは全く似合っていない。
親が栄養を与えすぎたのかと目を細めてみると、
夕太「え、これ?でんちゃんだよ」
雅臣「えっ!?」
衝撃の事実に思わず立ち上がって見に行ってしまう。
近くで見ても蓮池とは信じ難いフォルムの子供はあまりにも大きくて、果たして前に写る柊が小柄すぎるのか背後の蓮池が大きすぎるのかおかしな遠近法みたいな写りになっている。
夕太「…でんちゃんっていつまでこのままなんだろ」
スプーンを置いて不満げに呟く柊に蓮池はこの頃に比べればもう十分痩せているじゃないかと思うが、幼少期の感覚が抜けないままなんだろう。
このままだと蓮池が戻ってきたらまた体型に口出ししそうでかなわない。
雅臣「……そうだ、柊は水着新しく買ったのか?」
夕太「買ったよ、去年のは黒でイマイチ地味だったから今年は柄のやつ!!」
両眉を上げ明日までお楽しみにと柊はまた大きくカレーを1口頬張った。
いいぞ、そのまま一旦体型から離れてくれと俺も元いた場所に戻って座る。
しかし、危なかった………。
ネットで購入したシンプルな黒の水着が一昨日届いたが、蓮池も柊も水着を新調したのに俺だけスクール水着だったら絶対笑われるとこだった。
胸を撫で下ろしながら我ながらいいことを思いつく。
雅臣「柊、明日一緒にスマホで写真撮ろうな」
夕太「……写真?」
雅臣「俺さ、お前達みたいに友達との写真がないから皆で撮りたいんだ」
夕太「__それ、すごくいいね!!雅臣、俺とでんちゃんも撮ってよ!!」
満面の笑みでとても嬉しそうな柊に提案して良かったと頷いた。
夕太「俺とでんちゃん2人の写真って、あんまないんだよね」
雅臣「一緒に撮ってきてないのか?」
夕太「でんちゃん写真嫌いなんだよ、小さい頃のだけ」
柊はアレくらいとさっきの写真を指差すので、意外すぎると驚いた。
ずっと一緒にいたから敢えて今更撮るようなこともないのかもしれないが、それも本当かどうか俺には友達がいないから全く分からない。
ただ単に蓮池が自撮りしたり写真を撮る習慣がないだけなのではとも思う。
どちらかといえば華道家なんて公式に取材や仕事で撮られるイメージで自ら撮る側の感じもしない。
まあ学校でボッチの俺も誰かと写った写真があるはずもなく、せいぜい集合写真くらいしか残っていないのでこれを機にプールで友達らしく写真を撮れたらいいよな。
楓「てか、明日何時名駅だっけ」
蓮池が柊の忠告をガン無視して山盛りの米にこれでもかとカレーをかけて戻ってきた。
ドカッと座り込む蓮池の着物の裾ははだけて足が丸見えだ。
言ったら殺されるので言わないがさすがに行儀が悪く、例のおじいさんが見たら怒り狂うだろうと黙って麦茶を飲む。
夕太「明日は9時名駅!」
楓「金時計だよね、……あぁ、そういうこと」
蓮池はチラとこちらを見るが、蓮池も俺が金時計を知らないと思ってるのだろうか。
夕太「だろ?雅臣絶対合流できないと思って……あ、でんちゃん人参あげるよ」
楓「はぁ?そんな小さいのなら食べなよ」
柊の器はよく見ると人参が1つも入っていなくて、避けたつもりなのだろうけど底に潜んでたんだな。
というか……。
雅臣「柊って人参苦手だったのか?」
俺の作る肉巻きや人参のガレットは食べたのにと不思議に思う。
夕太「いや、タレとかがっつりの味感じないやつはいいんだけど……ほらカレーの人参って何か甘いじゃん?ちっちゃい頃からダメなんだよなぁ」
俺に苦手な理由を説明しながら柊は蓮池の器から肉を取って人参と交換しているが、人参とステーキ肉では対価に見合わないだろう。
そんなことを毎回されて黙って受け入れる蓮池もどうかと思う。
俺の許可なく弁当のおかずを勝手に食べてしまうところがある柊だが、俺はそれを想定して作ってきているからいい。
どうも柊が末っ子でお姉さんに甘やかされてるのもあるが、やっぱりそもそも蓮池が甘やかしすぎな気がする。
蓮池くらい意思がある奴がいくら仲がいい幼馴染だからって柊の言うことを聞きすぎじゃないか?
しかしこれも言ったら蓮池に殺されるので俺は黙っているしかないが、2人の関係性に違和感を感じて麦茶と一緒に飲み込んだ。
____________
【後書き】
ついに120話!!
ここまで読んでくださりありがとうございます!
まだまだ続きますのでよろしくお願いいたします✨✨
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