60 / 164
60. その感覚は、毒か薬か
しおりを挟む
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
テンプレな受け答えが、なんだかこそばゆい。
俺は少し早足で食器を片付け、シンクで洗い始めた。
といっても食器は少ない。すぐに片付いた。
「ふぅ…んじゃ、あとは寝るだけだな」
「え、帰らなくて大丈夫なの…?」
「ん?俺ならもう泊まること伝えてあるから大丈夫だよ」
「泊まる!?っ、げほっ…」
「大声出さない、無理しないで。てか、そんなに驚くことか?ちゃんとメモに書いてあるのに」
「メモ…?」
怪訝そうな顔をする白宮さんに、ダイニングテーブルに置かれていたメモを見せる。
「『奥原くんへ ご迷惑をおかけします 食事は冷蔵庫のものを適当に使って構いません お風呂とかも遠慮しないでください 奥原くんさえよかったら泊まって面倒を見ていただけると本当に助かります お礼は後日いたしますのでどうか娘のそばにいてあげてください』…お母さんの、字だ…」
内容が内容なので白宮さんは頬を赤く染めながらつぶやいた。
「まあ、白宮さんが嫌だって言うなら俺は素直に帰るよ。いきなり異性と同じ家で寝ろなんて無茶があるもんな」
「…べ、別に、嫌じゃない、けど…」
「マジ?助かるわ。実は俺も今日親帰ってこないから家帰ってもヒマだったんだよね」
俺としては願ったり叶ったりなのだ。ここから帰るのもめんどくさいし。
「それじゃ、まだ早いけどもう寝ちゃう?明日は休みだけど…ま、たまにはいいだろうし」
「うん。そうだね」
「んじゃ俺も風呂沸かしてくるか…あ、寝る前にやりたいことがあったら手伝うよ」
「ほんと?…それじゃあ」
少し考えるそぶりを見せてから、白宮さんは言った。
「…体、拭いてもらえる?」
俺は一瞬固まった。
◆ ◆ ◆
『お風呂が沸きました』
電子音声に告げられて、俺は風呂場に向かった。
プラスチックの桶に、半分くらいお湯を汲んで、それから洗面所でタオルを一枚取る。
「パジャマ変えるだろ?どこ?」
「そっちの部屋の箪笥の、下から二番目の引き出しに入ってるよ」
「おっけ」
白宮さんのパジャマも用意して、これで準備完了だ。
俺は白宮さんのベッドの頭の方に腰を下ろした。
「自分で脱げるか?」
「うん…大丈夫」
白宮さんはゆっくりと、ボタンを一つずつ外していった。
そのたびに、鎖骨が、胸元が、へそが、順に顕になっていく。
…どうしてだろう。裸など散々見ているはずなのに、どうも扇情的に見えてしまう。
勝手に気まずくなって、俺は目をそらした。
やがて白宮さんはゆっくりと上体を起こして、腕を後ろにやって服を脱いだ。
「まず…背中からお願い」
「任された。痛かったら言ってくれ」
お湯をこぼさないようタオルを丁寧に浸して、丁寧に絞る。
そして、向けられた白宮さんの背中にそっとあてがう。
ゆっくりと、力を入れすぎず抜きすぎずといった塩梅を保つよう気をつけながら、タオルを下に滑らせる。
規則正しい呼吸の音、それに合わせて僅かに動く背中、皮膚の下にある骨の感触。
聴覚が、視覚が、触覚が全力で白宮さんという存在を伝えてくるような、解像度の高い感覚に脳が晒される。
ごくり、と唾を飲み込んだ。喉は想像以上に乾いていた。
この音は、彼女の耳に入っただろうか?そんな些細なことが気になってしまう。
…あまりにも変なことを考えていたら、失礼だというのに。
「背中、終わったよ」
「ありがとう…次は、前もお願い」
俺は雑念を振り払って、「わかった」と一言小さくつぶやいた。
「お粗末様でした」
テンプレな受け答えが、なんだかこそばゆい。
俺は少し早足で食器を片付け、シンクで洗い始めた。
といっても食器は少ない。すぐに片付いた。
「ふぅ…んじゃ、あとは寝るだけだな」
「え、帰らなくて大丈夫なの…?」
「ん?俺ならもう泊まること伝えてあるから大丈夫だよ」
「泊まる!?っ、げほっ…」
「大声出さない、無理しないで。てか、そんなに驚くことか?ちゃんとメモに書いてあるのに」
「メモ…?」
怪訝そうな顔をする白宮さんに、ダイニングテーブルに置かれていたメモを見せる。
「『奥原くんへ ご迷惑をおかけします 食事は冷蔵庫のものを適当に使って構いません お風呂とかも遠慮しないでください 奥原くんさえよかったら泊まって面倒を見ていただけると本当に助かります お礼は後日いたしますのでどうか娘のそばにいてあげてください』…お母さんの、字だ…」
内容が内容なので白宮さんは頬を赤く染めながらつぶやいた。
「まあ、白宮さんが嫌だって言うなら俺は素直に帰るよ。いきなり異性と同じ家で寝ろなんて無茶があるもんな」
「…べ、別に、嫌じゃない、けど…」
「マジ?助かるわ。実は俺も今日親帰ってこないから家帰ってもヒマだったんだよね」
俺としては願ったり叶ったりなのだ。ここから帰るのもめんどくさいし。
「それじゃ、まだ早いけどもう寝ちゃう?明日は休みだけど…ま、たまにはいいだろうし」
「うん。そうだね」
「んじゃ俺も風呂沸かしてくるか…あ、寝る前にやりたいことがあったら手伝うよ」
「ほんと?…それじゃあ」
少し考えるそぶりを見せてから、白宮さんは言った。
「…体、拭いてもらえる?」
俺は一瞬固まった。
◆ ◆ ◆
『お風呂が沸きました』
電子音声に告げられて、俺は風呂場に向かった。
プラスチックの桶に、半分くらいお湯を汲んで、それから洗面所でタオルを一枚取る。
「パジャマ変えるだろ?どこ?」
「そっちの部屋の箪笥の、下から二番目の引き出しに入ってるよ」
「おっけ」
白宮さんのパジャマも用意して、これで準備完了だ。
俺は白宮さんのベッドの頭の方に腰を下ろした。
「自分で脱げるか?」
「うん…大丈夫」
白宮さんはゆっくりと、ボタンを一つずつ外していった。
そのたびに、鎖骨が、胸元が、へそが、順に顕になっていく。
…どうしてだろう。裸など散々見ているはずなのに、どうも扇情的に見えてしまう。
勝手に気まずくなって、俺は目をそらした。
やがて白宮さんはゆっくりと上体を起こして、腕を後ろにやって服を脱いだ。
「まず…背中からお願い」
「任された。痛かったら言ってくれ」
お湯をこぼさないようタオルを丁寧に浸して、丁寧に絞る。
そして、向けられた白宮さんの背中にそっとあてがう。
ゆっくりと、力を入れすぎず抜きすぎずといった塩梅を保つよう気をつけながら、タオルを下に滑らせる。
規則正しい呼吸の音、それに合わせて僅かに動く背中、皮膚の下にある骨の感触。
聴覚が、視覚が、触覚が全力で白宮さんという存在を伝えてくるような、解像度の高い感覚に脳が晒される。
ごくり、と唾を飲み込んだ。喉は想像以上に乾いていた。
この音は、彼女の耳に入っただろうか?そんな些細なことが気になってしまう。
…あまりにも変なことを考えていたら、失礼だというのに。
「背中、終わったよ」
「ありがとう…次は、前もお願い」
俺は雑念を振り払って、「わかった」と一言小さくつぶやいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる