85 / 164
85. 夕食に、気を紛らわせる
しおりを挟む
鼻腔に取り込まれた夕食の香りが、沈んでいた気持ちを軽減させる。
代わりに空腹感が上ってくる。
とりあえず、落ち込む前に腹を満たそう。そしてまた何か考えよう。
リビングのテーブルに置かれた料理は、確かに豪勢だった。
普段家では食べなさそうな料理が並んでいるのを見ると、この人はとても料理が上手いんだろう…と月並な感想を浮かべる。
「先座っててね、奥原くん」
「あ、はい。…何か手伝えることはありますか」
「いいのいいの、客人に頼むほど大変なことはしてないから」
本音を言えば何か体を動かしておくことで気を紛らわせたかっただけなのだが、ここで好意を無碍にするのも違うので、俺は素直に座って料理を眺めることにした。
ほどなくして、白宮さんが廊下の奥から現れた。
胸出しのへそ出し丈Tシャツ一枚で、他はローター含めて何もつけていない。暖房の効いた室内では、こんな格好でも特に問題はない。
「いただきます」
俺は両手を合わせ、普段しない会釈までしてから箸を手に取った。
白宮さんも一拍遅れて席に座り、同じように手を合わせた。
「…うまっ」
「そう?よかった~」
白宮さんのお母さんはそう言って笑った。
肉だの野菜だの色々あるが、どれに手を伸ばしても美味しい。
それからも、図々しくもおかわりを要求したりして――その時間は、落ち込んだ気持ちなど嘘のようだった。
◆ ◆ ◆
満腹感と満足感に満たされながら、下げられていく食器を眺める。
自分で下げようとする前に、お母さんが自然に持っていってしまった。
「ありがとうございます」
「いいのいいの。ゆっくりしてってね」
ありがたくその言葉に従うことにして、俺はスマホを取り出す。
テレビで何か見ることも考えたが、相変わらず音楽番組が流れていたので遠慮した。
「…って、もうこんな時間なのか」
左上に表示された時計は、想像したよりも遅い時間を表示している。
夕食に時間をかけすぎたのかもしれない。
「そろそろお風呂湧くから、入ってね~」
「いいんですか、客人の俺が一番風呂で」
「いいのよいいのよ、君は美香の恩人だからねぇ」
美香、と言われて一瞬迷い、白宮さんの下の名前であることに気づいてショックを受けた。
…俺は、好きな相手の名前すら覚えていなかったのか。
もはやアプローチ以前の問題じゃないか。
「それとも…」
俺の落胆というか自責の念など知らないお母さんは、少々いたずらっぽい声を出して、白宮さんの後ろに回って彼女の肩に手を置いた。
「一緒に入る~?」
「えっ!?」
思考の外から意外な提案をされて、喉から変な声が出て返答に窮する。
俺が何か声を発する前に――
「…うん。入る」
――先に、白宮さんがそう言った。
代わりに空腹感が上ってくる。
とりあえず、落ち込む前に腹を満たそう。そしてまた何か考えよう。
リビングのテーブルに置かれた料理は、確かに豪勢だった。
普段家では食べなさそうな料理が並んでいるのを見ると、この人はとても料理が上手いんだろう…と月並な感想を浮かべる。
「先座っててね、奥原くん」
「あ、はい。…何か手伝えることはありますか」
「いいのいいの、客人に頼むほど大変なことはしてないから」
本音を言えば何か体を動かしておくことで気を紛らわせたかっただけなのだが、ここで好意を無碍にするのも違うので、俺は素直に座って料理を眺めることにした。
ほどなくして、白宮さんが廊下の奥から現れた。
胸出しのへそ出し丈Tシャツ一枚で、他はローター含めて何もつけていない。暖房の効いた室内では、こんな格好でも特に問題はない。
「いただきます」
俺は両手を合わせ、普段しない会釈までしてから箸を手に取った。
白宮さんも一拍遅れて席に座り、同じように手を合わせた。
「…うまっ」
「そう?よかった~」
白宮さんのお母さんはそう言って笑った。
肉だの野菜だの色々あるが、どれに手を伸ばしても美味しい。
それからも、図々しくもおかわりを要求したりして――その時間は、落ち込んだ気持ちなど嘘のようだった。
◆ ◆ ◆
満腹感と満足感に満たされながら、下げられていく食器を眺める。
自分で下げようとする前に、お母さんが自然に持っていってしまった。
「ありがとうございます」
「いいのいいの。ゆっくりしてってね」
ありがたくその言葉に従うことにして、俺はスマホを取り出す。
テレビで何か見ることも考えたが、相変わらず音楽番組が流れていたので遠慮した。
「…って、もうこんな時間なのか」
左上に表示された時計は、想像したよりも遅い時間を表示している。
夕食に時間をかけすぎたのかもしれない。
「そろそろお風呂湧くから、入ってね~」
「いいんですか、客人の俺が一番風呂で」
「いいのよいいのよ、君は美香の恩人だからねぇ」
美香、と言われて一瞬迷い、白宮さんの下の名前であることに気づいてショックを受けた。
…俺は、好きな相手の名前すら覚えていなかったのか。
もはやアプローチ以前の問題じゃないか。
「それとも…」
俺の落胆というか自責の念など知らないお母さんは、少々いたずらっぽい声を出して、白宮さんの後ろに回って彼女の肩に手を置いた。
「一緒に入る~?」
「えっ!?」
思考の外から意外な提案をされて、喉から変な声が出て返答に窮する。
俺が何か声を発する前に――
「…うん。入る」
――先に、白宮さんがそう言った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる