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第6話:騎士へ『制服』を支給します。

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新人の教育において、最も重要なのは「帰属意識」の向上である。

前世のブラック企業時代、私は数多くの新人たちを見てきた。中には、あまりにも有能すぎて、自分の居場所を見出せずにすぐに離職してしまう者もいた。組織というものは、ただ「働かせる」だけでは機能しない。彼らに「自分はこの組織の歯車であり、欠かせない部品なのだ」という自覚……つまりは制服や役職といった、外的な記号を与える必要があるのだ。

かつて私が教育した一人の後輩は、支給された社章を毎日ピカピカに磨いていた。彼はその小さな金属片を、自分の存在を証明する唯一の盾にしていたのだ。皮肉なことに、その盾は最終的に過労死という名の槍に貫かれてしまったが。

……さて。私の宿屋『木漏れ日』においても、新たな備品……もとい、従業員が一名加わった。

元・聖騎士アルテミス。彼女を「従業員」として正しく運用するために、私はまず、彼女に相応しい「記号」を与えることにした。

「……シ、シエル。これは一体、何の儀式だ?」

朝の清々しい光が差し込む厨房で、アルテミスが困惑の声を上げた。

彼女の目の前には、私が用意した宿屋の従業員用エプロンが置かれている。

清楚な白のフリルがこれでもかとあしらわれ、腰元には大きなリボンが付いた、私の趣味……ではなく、前世の「メイド喫茶」のデータを参考にした、顧客満足度を最大化するための機能的な制服だ。

「儀式ではなく、備品登録です。今日からあなたは従業員なのですから、その泥まみれの鎧の代わりに、当宿の『ユニフォーム』を着用していただきます」

「ユニフォーム……。だが、これはあまりにも防御力が低すぎないか? この腰のヒラヒラには、矢を弾く効果も、魔法抵抗力を高めるエンチャントも感じられない。むしろ、戦闘においては障害物になるだけでは……」

アルテミスは、まるで未知の魔道具を警戒する猫のように、指先でエプロンのフリルをツンツンと突いた。

最強の盾と謳われた彼女にとって、防御力のない衣類は不安の種でしかないらしい。

「アルテミス様。あなたの現在の主戦場は、戦場ではなく『おもてなしの現場』です。敵は魔獣ではなく、床の埃や、お客様の不満です。……このフリルには『親しみやすさ』という名のデバフ効果があり、お客様の警戒心を解く戦略的価値があります。さあ、着用してください。業務開始まであと十分です」

「くっ……。主人の命令ならば、やむを得まい。……少し、奥で着替えてくる」

彼女は、まるで死地に向かう戦士のような悲壮な決意を顔に浮かべ、客室へと戻っていった。

私はその背中を見送りながら、事務的に厨房の温度を確認した。

有能なユニットは、形から入ることでそのポテンシャルを爆発させる。彼女の騎士としての「守る」という本能を、この宿を守ることに転換させる。それが私のマネジメント術だ。

十分後。

着替えが終わったはずのアルテミスが、なかなか戻ってこない。

……不審。

時間管理の乱れは、サービスの質の低下に直結する。私は無機質な足取りで、彼女のいる二階へと向かった。

二一三号室。扉はわずかに開いていた。

中から、小さな、本当に小さな声が漏れてくる。

「……ふふっ。……あ、意外と……悪くない、かも……?」

私は、扉の隙間から無感情に中を覗き込んだ。

そこには、鏡の前で自分の姿に陶酔……あるいは困惑しながら、奇妙な動きをしている最強騎士がいた。

彼女は、私の貸し出したフリル付きエプロンを完璧に着こなしていた。

白銀の髪と、清楚な白のエプロン。

オーバーサイズのシャツの上から重ねられたそれは、彼女の引き締まった腰のラインを強調し、それでいて少女のような可憐さを引き出している。

アルテミスは、鏡の前でスカートの裾を両手でつまみ、少しだけ膝を折って、

「……おかえりなさいませ。……ふふ、こういう感じか……? えいっ」

あろうことか、鏡に向かって「えいっ」と、スカートを翻してくるりと一回転したのだ。

さらに、彼女は自分の腰の大きなリボンに満足したのか、

「……よし。これで私も、シエルの立派な備品だ。……あ、でも……ここ、やっぱり少し落ち着かないな……」

と呟きながら、朝の寝ぼけ癖が抜けていないのか、無意識のうちにエプロンの上からお腹のあたりを「ポリポリ」と掻き始めた。

鏡の中の彼女は、フリフリの美少女メイドのような姿をしながら、仕草だけはだらしない受験生のまま。

この「高貴な騎士」と「だらしない少女」の二律背反な光景。

……一万ゴールド。

この光景の観覧料として、そのくらいの価値はあると私は判定した。

恋愛系の造語で言うところの「あざとい」の極致だが、本人は至って真剣なのが、さらに付加価値を高めている。

しかし、私はシエル。業務効率の番人だ。

「お客様……いえ、従業員。自分の可愛さに酔いしれるのは、休憩時間中にお願いできますか?」

「ふぎゃあああああああッ!?」

アルテミスが、本日二度目の奇声を上げた。

彼女はバネ仕掛けの玩具のように鏡の前から跳び退き、顔を沸騰した薬草湯のように真っ赤に染めて、私を凝視した。

「シ、シシシ、シエル!? いつから、いつからそこに……!」

「『えいっ』の三秒前からです。……リボンは左に二ミリずれています。修正してください。あと、お腹を掻くのは接客業として不適切です」

「見、見ていたのか……。死にたい。今すぐこのエプロンで首を吊って死にたい……。騎士の誇りが、今、粉々に砕け散った……!」

アルテミスは鏡の前にうずくまり、両手で顔を覆って震え始めた。

……どうやら、羞恥心という名の過剰な刺激を与えすぎたようだ。

新人のメンタルがここでポッキリ折れては、今日の清掃業務に支障が出る。

「……安心してください。当宿の機密保持契約に基づき、今の『えいっ』については記録に留めるのみで、他言は致しません。……それよりも、よく似合っていますよ。当宿の看板を背負うのに、十分な美しさです」

私は無表情のまま、淡々と事実を述べた。

アルテミスは、指の間から恐る恐る私を見上げた。

「……似合って、いるか? 本当に、変ではないか?」

「はい。顧客があなたを一目見れば、追加のチップを支払う確率が三四%向上すると推測されます。……自信を持ってください。あなたはもう、使い捨ての盾ではなく、私の宿の『顔』なのですから」

「……シエル……」

アルテミスは、顔を真っ赤にしたまま、それでもどこか嬉しそうに立ち上がった。

彼女の瞳には、かつて勇者の元にいた時にはなかった、小さな「希望」が灯っていた。

「……分かった。私はシエルの看板だ。……なら、全力でやってみせる。この宿を、世界一清潔で安全な場所にしてみせる!」

彼女はぐっと拳を握り、鼻先に少しだけフリルの埃をつけたまま、私に微笑みかけた。

……よし。帰属意識の向上、成功です。

しかし、私はこの時、まだ気づいていなかった。

昼間のこの過剰なまでの「張り切り」が、夜の静寂において、どれほど反動となって彼女の精神を揺さぶることになるのかを。


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