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第14話:ちょっと強引な『お節介』。
しおりを挟むお風呂から上がったミアを、私はふかふかの大きなバスタオルで包み込み、食堂へと運んだ。
暖炉には薪がくべられ、パチパチとはぜる音が心地よく響いている。雨の冷たさが嘘のような、黄金色の空間。
「……アルテミス、ルナ。用意はできていますか?」
私が声をかけると、エプロン姿の二人が厨房から顔を出した。その手には、湯気を立てるスープボウル。
「もちろんです! 一番栄養があって、消化にいい特製ポタージュです!」
「パンも焼きたての、一番柔らかいところを用意したわ。……この子、本当にちっちゃいのね……」
二人はミアの角を見て、少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに慈しむような目に変わった。彼女たちもまた、ボロボロの状態からこの宿に救われた身だ。ミアの震えが、他人事ではないのだろう。
「……妾を、椅子に座らせよ。……一人で、食べられる……」
ミアが強がって足をバタつかせるが、その力はあまりにも弱々しい。私は構わず、彼女を自分の膝の上に座らせた。
「無駄な体力を使わない。……今は、私の『管理』に従いなさい」
「……っ、うぅ……。……お主、本当に……強引なのじゃ……」
不満げに頬を膨らませるが、目の前に運ばれてきたスープの香りを嗅いだ瞬間、ミアの瞳が大きく揺れた。
野菜の甘みと肉の旨みが凝縮された、黄金色のポタージュ。
「さあ、口を開けて。……熱いので、気をつけなさい」
私がスプーンで一口分を運び、ふーふーと息を吹きかけてから彼女の唇に寄せる。 ミアは恐る恐る、小さな口を開けてスープを啜った。
「…………っ!」
瞬間、彼女の身体がビクリと震えた。
「……あ……ま……い。……温かくて……喉を通る時、お腹が……じんわりするのじゃ……」
それからは、もう言葉にならなかった。
ミアは、まるで飢えた子獣のように、次々と差し出されるスプーンに食らいついた。
上品に、ゆっくりと教えたいところだが、今は彼女の細胞一つ一つが栄養を求めて叫んでいるのがわかる。私は彼女のペースに合わせて、スープを運び、柔らかいパンを小さく千切って口に入れていく。
「ゆっくり。……逃げたりしませんから」
「……う、む…………。……妾は……ずっと、一人じゃった。……父上も、母上も……妾を残して、消えてしまった……。……誰も、妾に……こんなものを……作ってなどは……」
ミアは咀嚼しながら、ポロポロと涙を溢れさせた。
スープに涙が混じるのも構わず、彼女は食べ続けた。
魔族の子供。そんな肩書きの下に隠されていたのは、両親を失い、行くあてもなく、たった一人で孤独な死の影に怯えていた、小さな女の子の素顔だった。
「……美味しいですか?」
「……美味い。……美味すぎるのじゃ……っ。……うぅ……あぁ……」
最後の一滴までスープを飲み干し、パンの欠片を全て胃に収めた時、ミアの顔にはようやく赤みが戻っていた。
満腹感と、お風呂の温かさ。急激に押し寄せる眠気に、彼女の瞼が重そうに垂れ下がる。
「……さて。次は睡眠という名の『回復プロセス』です。……二階の部屋を用意してあります」
私は彼女を抱き上げ、階段を上がった。
アルテミスとルナが、いつになく空気を読んで、遠くから見守ってくれている。今日は彼女たちの「なでなで」の時間はなさそうだ。その代わり、彼女たちは静かに頷き、私とミアを二人きりにしてくれた。
案内したのは、この宿で最も寝心地の良いベッドがある客室だ。
シーツは太陽の匂いがし、枕は雲のように柔らかい。
そこにミアをそっと横たえ、毛布を首元まで掛け直す。
「……ここで、寝なさい。……目が覚めても、私は逃げませんよ」
「……う、む…………。……感謝……する……。……おやすみ……善き人間……」
ミアは私の指をぎゅっと握ったまま、深い眠りに落ちていった。
◆
それから数時間後。
私は宿の片付けを終え、ようやく自分の部屋で眠りにつこうとしていた。
雨はいつの間にか止み、窓の外には静寂が広がっている。
シーツに身を沈め、目を閉じる。
コン、コン。
静寂を破る、微かなノックの音。
「……はい、起きていますよ」
扉を開けると、そこには、先ほど着替えさせたばかりの大きすぎるパジャマの裾を引きずり、枕を抱えたミアが立っていた。
その瞳は不安げに揺れ、先ほどまでの「妾」という威厳はどこにもない。
「……どうしましたか。……何かのトラブルですか?」
「……寝れぬのじゃ」
ミアは俯き、消え入りそうな声で言った。
「……目を閉じると……また、あの泥の中に一人でいるような気がして……。……目が覚めた時、お主がいなくなっているのではないかと……怖いのじゃ……」
私は、何も言わずに自分のベッドの端を叩いた。言葉で説明するよりも、それが今の彼女にとって最大の「回答」だと判断したからだ。
ミアの顔が、ぱあっと明るくなった。
彼女は小走りでベッドに潜り込み、私のすぐ隣にピタリと体を寄せてきた。
小さな、温かい体温。
「……善き人間」
「何ですか」
「……妾を、拾ってくれて……ありがとう」
彼女は私の腕に自分の腕を絡め、今度こそ本当に、安らかな寝息を立て始めた。
……前世の私なら、こんな「非合理的」なことはしなかっただろう。
一人の子供のために、ここまで振り回されるなんて。
けれど、腕の中で眠るこの小さな重みが、今の私にはどんな利益よりも大切に思えた。
私は彼女の銀髪を、優しく、一度だけ撫でた。
窓から差し込む月光が、眠る少女の顔を、清らかに照らしていた。
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