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『魔法ナシ』のエマ
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はじめまして、わたしはエマ・ミスト。九歳と十一ヶ月の女の子。
カナリア島の街はずれにおばあちゃんとふたりで住んでいるの。――って言っても、これだけじゃわたしがどんな子なのか分からないよね。
髪はね、生まれてから一度も切ったことがないの。わたしの身長と一緒にぐんぐん伸びて、いまでは太ももに届くくらい。乾くとくしゃくしゃになるから友だちからはワカメみたいって言われるけど、おばあちゃんは黒珊瑚だって褒めてくれた。
眼の色は緑。コガネムシの甲羅みたいって笑われたけど、ちがうもん、エメラルド。おばあちゃんは宝石みたいにキラキラしてきれいだよって言ってくれたもん。
頭の方は、まぁまぁ。机にじっと座っているのは苦手だけど頑張れば起きていられる。逆に動き回るのが大好きで、じっとしているのが苦手なの。走るのも転げまわるのも大好き。かけっこをすれば教室のだれよりも速いんだから。
そんなわたしだけど、ちょっぴり苦手な授業があるの。それはね――。
「はい、集合してください」
パンパン、とリズミカルに手を叩いたのは四年四組の担任マティアス先生だ。いつもニコニコしている優しい男の先生で、みんなの人気者。中庭に整列したわたしたちを見回して、とびっきり強く手をたたく。
「はい、ではこれから『魔法』の授業をはじめます。ふだん我慢している分、自分の魔法を思いっきり解放してください。それではカウント。三、二、一――はいっ」
パンッと響いた音を合図に、何人かがびゅっと空に飛び上がった。ロケットみたいにぐんぐん昇っていった子もいれば、両手を翼のように広げて横切る子もいる。制服の白いシャツが太陽の光にきらっと反射して本当に気持ち良さそうだった。
「いいなぁ。あんなに高く飛べるなら天気が悪い日も雲の上でひなたぼっこができるわね。ハンナもそう思わない?」
となりにいる親友のハンナを見ると、赤毛の前髪をいじりながら目を閉じていた。
「ハンナ?」
「し、しずかにして。いま動物たちの心の声を聴いているの。お腹がすいたお腹がすいたって、必死に地面を掘っているわ。これはなんの動物かしら」
「ネズミじゃないの?」
「ちがう。もっとやわらかくて、ぶよぶよしているの――」
「あ、ハンナの足元にいるミミズのこと?」
ぱっと目を開けたハンナはスニーカーの下にいたにょろにょろを見て「ぎゃっ」と飛び上がった。あんまりに高く飛んだので、すぐ上を飛んでいたエドガーの頭にごつんとぶつかってしまう。
「いってぇ、なにすんだよ!」
「なによ、わざとじゃないのに!」
気持ちよく飛んでいたところにぶつかられたエドガーは目を吊り上げてカンカン。ハンナも悪気があったわけじゃないけれど急に怒鳴られたので言い返してしまう。
「ハンナやめなよ」
わたしはあわてて間に入ったけど、
「エマはだまってて!」
「そうだ、引っ込んでろ!」
強い剣幕で言い返されて悲しくなる。するとパンパン、と手が叩かれた。
「はい、そこまでにしてください」
地面がぼこっと盛り上がって木の根が何本も突き出してくる。いまにも殴りかかりそうだったハンナとエドガーをそれぞれぐるぐる巻きにして引き離した。マティアス先生だ。
ニコニコ顔で近づいてきた先生は、わたし、ハンナ、エドガー、そしてクラスのみんなをゆっくりと見回して言った。
「いいですか。みなさんが使う、空を飛んだり、生き物の声が聞こえたり、植物を操ったりする『魔法』は神様からの贈り物です。ズルをしたり、迷惑をかけたり、人や物を傷つけてはいけません。せっかくの贈り物を台無しにされたと思って神様が悲しむからです。自分の友だちだと思って、大事にしなくてはいけません。分かりましたね」
「「「はーい」」」
と一斉に手を挙げた。
そうなの。カナリア島の住民はみんな「ちょっとした魔法」が使える。
この魔法っていうのは二種類あって、『ギフト』と呼ばれる生まれつきの魔法と、学校の授業や本を読んで身につける『ふつうの魔法』があるの。その力を使ってテストでカンニングしたり体力測定でズルしたりしないように、力を抑える魔法が学校全体に敷いてあるんだけれど、「魔法」の授業のときだけは思う存分、力を使うことができるのよ。
「でも先生、この国の魔法の力はどんどん弱まっているって聞きましたー」
エドガーが空を飛びながら手を挙げた。
「ほう、だれがそんなことを?」
「じーちゃん。カナリア島には元々魔法を使える子どもはひとりもいなかったけど、魔法使いがたくさんいるレイクウッド王国から移ってきた人たちと結婚して子どもを産むようになったから魔法が使えるんだって。じーちゃんのじーちゃんはレイクウッド王国の貴族に名を連ねる由緒正しい魔法使いだったから間違いないって言ってました」
ちょっぴり鼻を膨らませるのはエドガーが自慢したいときの癖。エドガーは自分が正統な魔法使いの血を継いでいることを自慢したくて仕方ないの。
「現にもう『魔法ナシ』がいるじゃないですか」
鼻先に指を突きつけられたとき、わたしの心臓がぎゅっと縮こまった。
「知ってるぞ、エマ。おまえ今まで一度も魔法を使ったことがないだろう」
「つ、使えないんじゃなくて、使わないだけだもん」
「うそつけ。授業中は目立たないようにしているみたいだけどオレの目はごまかせない。ちゃんと観察しているんだからな」
どうしよう。
だって、ずっと隠してきたのよ。うまく隠し通してきたつもりだったのよ。
クラスの中でわたしひとりだけ「魔法が使えない」ってこと。
「知ってるか? どんな出来そこないでも十歳までには魔法が使えるようになるってじーちゃんが言ってた。もし十歳の誕生日までに魔法が使えないと、そいつは――『魔法ナシ』。神様からの贈り物をもらえなかったダメなやつだ、はっはっはー」
「ちがうわ! わたしだってちゃんと魔法が使えるもん!」
大笑いするエドガーの指先を思いっきりたたいてやりたかった。体の奥が熱くて、怒りで頭から湯気が出そう。
「へぇ、じゃあやってみせろよ」
「それは……そう、道具。道具が必要なの。今日授業があることを忘れて大事な道具を持ってこなかったの。だから見せられない」
あぁ、悔しまぎれに変なこと言っちゃった。でも仕方ないじゃない。エドガーがあんまりにも意地悪だから。
「ふぅん。じゃあ放課後、エマの家に行くよ」
「えぇっ!?」
「家なら道具あるんだろ? 見せろよ。すンごい魔法なんだろうな?」
あぁどうしよう、魔法も道具もなにもかもウソよ。でまかせよ。今のうちに本当のこと言った方がいいんじゃないかしら? ね、そうしよう。
「いいわ、見せてあげる。でも今日はダメ。おばあちゃんの手伝いをする約束だから」
「じゃあ明日だな」
「明日なら、いいわ。とっておきの魔法、見せてあげる」
あぁ神様。うそつきなエマをお許しください……。
カナリア島の街はずれにおばあちゃんとふたりで住んでいるの。――って言っても、これだけじゃわたしがどんな子なのか分からないよね。
髪はね、生まれてから一度も切ったことがないの。わたしの身長と一緒にぐんぐん伸びて、いまでは太ももに届くくらい。乾くとくしゃくしゃになるから友だちからはワカメみたいって言われるけど、おばあちゃんは黒珊瑚だって褒めてくれた。
眼の色は緑。コガネムシの甲羅みたいって笑われたけど、ちがうもん、エメラルド。おばあちゃんは宝石みたいにキラキラしてきれいだよって言ってくれたもん。
頭の方は、まぁまぁ。机にじっと座っているのは苦手だけど頑張れば起きていられる。逆に動き回るのが大好きで、じっとしているのが苦手なの。走るのも転げまわるのも大好き。かけっこをすれば教室のだれよりも速いんだから。
そんなわたしだけど、ちょっぴり苦手な授業があるの。それはね――。
「はい、集合してください」
パンパン、とリズミカルに手を叩いたのは四年四組の担任マティアス先生だ。いつもニコニコしている優しい男の先生で、みんなの人気者。中庭に整列したわたしたちを見回して、とびっきり強く手をたたく。
「はい、ではこれから『魔法』の授業をはじめます。ふだん我慢している分、自分の魔法を思いっきり解放してください。それではカウント。三、二、一――はいっ」
パンッと響いた音を合図に、何人かがびゅっと空に飛び上がった。ロケットみたいにぐんぐん昇っていった子もいれば、両手を翼のように広げて横切る子もいる。制服の白いシャツが太陽の光にきらっと反射して本当に気持ち良さそうだった。
「いいなぁ。あんなに高く飛べるなら天気が悪い日も雲の上でひなたぼっこができるわね。ハンナもそう思わない?」
となりにいる親友のハンナを見ると、赤毛の前髪をいじりながら目を閉じていた。
「ハンナ?」
「し、しずかにして。いま動物たちの心の声を聴いているの。お腹がすいたお腹がすいたって、必死に地面を掘っているわ。これはなんの動物かしら」
「ネズミじゃないの?」
「ちがう。もっとやわらかくて、ぶよぶよしているの――」
「あ、ハンナの足元にいるミミズのこと?」
ぱっと目を開けたハンナはスニーカーの下にいたにょろにょろを見て「ぎゃっ」と飛び上がった。あんまりに高く飛んだので、すぐ上を飛んでいたエドガーの頭にごつんとぶつかってしまう。
「いってぇ、なにすんだよ!」
「なによ、わざとじゃないのに!」
気持ちよく飛んでいたところにぶつかられたエドガーは目を吊り上げてカンカン。ハンナも悪気があったわけじゃないけれど急に怒鳴られたので言い返してしまう。
「ハンナやめなよ」
わたしはあわてて間に入ったけど、
「エマはだまってて!」
「そうだ、引っ込んでろ!」
強い剣幕で言い返されて悲しくなる。するとパンパン、と手が叩かれた。
「はい、そこまでにしてください」
地面がぼこっと盛り上がって木の根が何本も突き出してくる。いまにも殴りかかりそうだったハンナとエドガーをそれぞれぐるぐる巻きにして引き離した。マティアス先生だ。
ニコニコ顔で近づいてきた先生は、わたし、ハンナ、エドガー、そしてクラスのみんなをゆっくりと見回して言った。
「いいですか。みなさんが使う、空を飛んだり、生き物の声が聞こえたり、植物を操ったりする『魔法』は神様からの贈り物です。ズルをしたり、迷惑をかけたり、人や物を傷つけてはいけません。せっかくの贈り物を台無しにされたと思って神様が悲しむからです。自分の友だちだと思って、大事にしなくてはいけません。分かりましたね」
「「「はーい」」」
と一斉に手を挙げた。
そうなの。カナリア島の住民はみんな「ちょっとした魔法」が使える。
この魔法っていうのは二種類あって、『ギフト』と呼ばれる生まれつきの魔法と、学校の授業や本を読んで身につける『ふつうの魔法』があるの。その力を使ってテストでカンニングしたり体力測定でズルしたりしないように、力を抑える魔法が学校全体に敷いてあるんだけれど、「魔法」の授業のときだけは思う存分、力を使うことができるのよ。
「でも先生、この国の魔法の力はどんどん弱まっているって聞きましたー」
エドガーが空を飛びながら手を挙げた。
「ほう、だれがそんなことを?」
「じーちゃん。カナリア島には元々魔法を使える子どもはひとりもいなかったけど、魔法使いがたくさんいるレイクウッド王国から移ってきた人たちと結婚して子どもを産むようになったから魔法が使えるんだって。じーちゃんのじーちゃんはレイクウッド王国の貴族に名を連ねる由緒正しい魔法使いだったから間違いないって言ってました」
ちょっぴり鼻を膨らませるのはエドガーが自慢したいときの癖。エドガーは自分が正統な魔法使いの血を継いでいることを自慢したくて仕方ないの。
「現にもう『魔法ナシ』がいるじゃないですか」
鼻先に指を突きつけられたとき、わたしの心臓がぎゅっと縮こまった。
「知ってるぞ、エマ。おまえ今まで一度も魔法を使ったことがないだろう」
「つ、使えないんじゃなくて、使わないだけだもん」
「うそつけ。授業中は目立たないようにしているみたいだけどオレの目はごまかせない。ちゃんと観察しているんだからな」
どうしよう。
だって、ずっと隠してきたのよ。うまく隠し通してきたつもりだったのよ。
クラスの中でわたしひとりだけ「魔法が使えない」ってこと。
「知ってるか? どんな出来そこないでも十歳までには魔法が使えるようになるってじーちゃんが言ってた。もし十歳の誕生日までに魔法が使えないと、そいつは――『魔法ナシ』。神様からの贈り物をもらえなかったダメなやつだ、はっはっはー」
「ちがうわ! わたしだってちゃんと魔法が使えるもん!」
大笑いするエドガーの指先を思いっきりたたいてやりたかった。体の奥が熱くて、怒りで頭から湯気が出そう。
「へぇ、じゃあやってみせろよ」
「それは……そう、道具。道具が必要なの。今日授業があることを忘れて大事な道具を持ってこなかったの。だから見せられない」
あぁ、悔しまぎれに変なこと言っちゃった。でも仕方ないじゃない。エドガーがあんまりにも意地悪だから。
「ふぅん。じゃあ放課後、エマの家に行くよ」
「えぇっ!?」
「家なら道具あるんだろ? 見せろよ。すンごい魔法なんだろうな?」
あぁどうしよう、魔法も道具もなにもかもウソよ。でまかせよ。今のうちに本当のこと言った方がいいんじゃないかしら? ね、そうしよう。
「いいわ、見せてあげる。でも今日はダメ。おばあちゃんの手伝いをする約束だから」
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