魔法が使えない女の子

咲間 咲良

文字の大きさ
21 / 29

アレンのおかあさん

しおりを挟む
『昨夜の失態はなんです。わたくしの顔に泥を塗るつもりですか』


 ――ぴしゃりと叱るような声に、心臓がどきっと鳴った。

 スクリーンに映ったのは信じられないくらいきれいな女性。金色の髪をまとめあげ、真珠や宝石でまとめてある。肌は人形みたいに白くてまつ毛は金色、瞳は青い。着ている服にもたくさんの宝石が縫いつけられてキラキラしている。

 とっても美人だけれど、なぜかしら、冷たい感じがする。その人の周りには二、三人のおとながいるけれど、みんな無表情で人形みたいに怖い。

 みんなが見ている先に、まっしろなシャツを着たアレンが立っていた。いまよりずっと小さい。七歳くらいかしら。うつむいて唇を噛んでいる。

『聞いているのですか、アレクシス』

『……はい、おかあさん』

『なら返事をなさい。無礼にも程があるわ』

 まるで自分が怒られているみたいで心臓がドキドキする。

 この人がアレンのお母さん?――えっと、たしか新しいお母さんよね。となりのアレンをつついて小声で話しかけた。

「ねぇアレン。この人がお母さんなの? 本当に? どうしてこんなに怒っているの?」

「おれがミスしたからだよ」
 アレンはぎゅっと唇を噛みしめた。

「レイクウッド王国では七歳になると王様の前で自分の魔法を見せるんだけど、おれは周りのみんなを石にしちまったんだ。ほんとうは花びらを降らせるつもりだったけど緊張して、うまくいなかった」

「で、でも、元に戻ったんでしょう? だれかがケガしたわけでもないでしょう?」

「うん。ルシウスがすぐに戻してくれた。でも、失敗は失敗だから」

 でもでもでも、アレンはわざと悪いことをしたんじゃないのよね。石になって困った人がいるかもしれないけど、でも、アレンは、頑張ろうとしたのよね。

『せっかくのお披露目の機会だったというのに。わたくしがどれだけ恥ずかしい思いをしたか分かりますか? 子どもだからと甘えるんじゃありません。わたくしの息子なら完璧に魔法を使いこなしてみなさい』


「そ――そんなの無理に決まってるじゃない!」

 気がつくとわたしは、立ち上がって、叫んでいる。スクリーンの中の人に届くはずがないと気づいて、また変なことしちゃった、と思ったけれど、涙が止まらない。

「エマ、いいよ、こんな奴を相手にする必要ない。言わせておけばいいんだ」

 アレンに腕を引かれてイスに座ってからも、スクリーンの中でアレンに向けられる氷のような言葉にズキズキと胸が痛んだ。

 ねぇ、アレンが帰る家ってここなの? 氷のように冷たい目で接する人たちの中に、アレンは戻るの?――そんなのって、ない。


「うっ、ひっく……」

 泣きすぎてお腹がいたくなってきた。もしかしてこれが今回の試練なの?

「エマはほんとうに泣き虫だな」

 見かねたアレンが頭をなでてくれた。
 さっき、ルシウスさんもしていたわね。どうしてか分からないけど、安心する。
 だいじょうぶだよ、ありがとう、大好き。って言われている気がする。

「エマ、みてろ。もうすぐルシウスが助けてくれるはずだから。――ほら」

 アレンが部屋を出て行ったあと、スクリーンが動き、ルシウスさんが近づいていくのが分かった。

『なにか用ですか、宮廷魔法使いどの』

 メイドみたいな人に爪の手入れをさせていたアレンのお母さんが視線を上げる。宮廷魔法使いってなにかしら。

『失礼ながら申し上げます、陛下。彼はレイクウッド王国の始祖と呼ばれる竜と同じエメラルドの瞳をもち、稀にみる魔法の才能をお持ちです。しかし、まだ足りないものがある。知識と体力と経験です。この三つの要素を簡単に会得する方法がひとつだけあります』

『それは?』

『自らの足で異国を旅することですよ。当然体力がつくでしょうし、本でふれるよりも目で見た方が多くを得られることでしょう。いかがですか、この“オズワルド・ルシウス・ティンカーベル”に“アレクシス王子”を任せいただくというのは』



「アレクシス王子!?」
「オズワルド!?」
 わたしとアレンはほぼ同時に立ち上がり、同時に顔を見合わせて、同時に首をかしげた。

「え……と、ちょっと待って。アレンが、王子様?」

「ルシウスが賢者オズワルド? 魔法大学を首席で卒業したあと数年でこの世のすべての魔法を使えるようになった大天才?」

「もう、わたしが先よ! アレンは王子様なの?」

「おれが先だ。ルシウスが本当にオズワルドなのか確かめないと」

「わたしが聞いてるの!」

「おれが話してるんだよ!」

 ふたりともパニックになってぎゃーぎゃー騒いでしまった。


『ばふ、落ち着けわわんっ』

 スピンが後ろ足で立ち上がって必死になだめようとしている。アレンは「あぁそうだよ」と投げやりに言って乱暴に腰かけた。

「一回しか説明しないからな。――おれはレイクウッド王国の王子でアレクシス・リオン・テオ・レイクウッドって長い名前がある。本当の母さんは貴族じゃないただの薬師だったけど、王様に気に入られて第八王妃になったんだってさ。で、画面に映っていた嫌味なお母さんは第一王妃だけど、自分の子どもたちが全然魔法が使えないからおれを養子にしたんだ。王国では、王の血を引く子どもの中で一番魔法がうまい子が次の王様になる決まりだから目をつけたんだよ」

「待って、早い、早口すぎる!」

 なにを言っているのかほとんど理解できなかったわ。風船に穴を空けたらあっという間にしぼんでいくみたいに、アレンはさっさと終わらせようとしている。

 でも、王子様というのは事実なのよね。

「だから顔を変えていたんだよ。王子があちこち旅しているってバレたら面倒だろ」

「ふえー、わたし、生まれて初めて王子様を見たわ」
 なんだかため息が出ちゃう。

 とてもすごいことよね。たぶん。流れ星をキャッチするくらいの確率かもしれないわ。

「あ、どうしよう! わたし王子様に対していろいろ言ったけれど、罪に問われないかしら?」

 急に心配になってきた。もし明日にでもレイクウッド王国の警察の人たちが来て「王子様にひどいことをした罪で逮捕する」なんて言ったら……。


「ばーか」
 ぱちん、とおでこを弾かれる。

「おれが友だちのことを告げ口するわけないだろう。もしだれかがエマを捕まえようとしたら魔法で追い返してやる」

 自信満々に親指を立てるから、なんだかうれしくなってきた。


 ――あぁ、そうね。そうだわ。王子様が友だちを作っちゃいけないって法律はないはず。わたしはアレンにとっての友だちで、これからもアレンと友だちでいていいんだわ。

 そうと分かったら急に頬がゆるんで、気づくと笑っていた。

「エマは本当に泣いたり笑ったり忙しいヤツだな。めんどくせーの」
「ちょっと、そんな言い方ないでしょ!」
「あ、いま叩いたな。王子への暴力だぞ」
「えっ!? どうしよう」
「うそだよ」
「もー!!」

『ばふー。楽しんでいるようだけど、まだ続きがあるわわんっ』

 とりあえずアレンの疑問であるルシウスさんがオズワルドさん? 問題は置いといて、スクリーンを見上げた。

 いつの間にか画面が変わり、ルシウスさんが白い靄の中を飛んでいる。雲かしら。なんて速さなの。

『早く早く、いそがないと』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

カリンカの子メルヴェ

田原更
児童書・童話
地下に掘り進めた穴の中で、黒い油という可燃性の液体を採掘して生きる、カリンカという民がいた。 かつて迫害により追われたカリンカたちは、地下都市「ユヴァーシ」を作り上げ、豊かに暮らしていた。 彼らは合言葉を用いていた。それは……「ともに生き、ともに生かす」 十三歳の少女メルヴェは、不在の父や病弱な母に代わって、一家の父親役を務めていた。仕事に従事し、弟妹のまとめ役となり、時には厳しく叱ることもあった。そのせいで妹たちとの間に亀裂が走ったことに、メルヴェは気づいていなかった。 幼なじみのタリクはメルヴェを気遣い、きらきら輝く白い石をメルヴェに贈った。メルヴェは幼い頃のように喜んだ。タリクは次はもっと大きな石を掘り当てると約束した。 年に一度の祭にあわせ、父が帰郷した。祭当日、男だけが踊る舞台に妹の一人が上がった。メルヴェは妹を叱った。しかし、メルヴェも、最近みせた傲慢な態度を父から叱られてしまう。 そんな折に地下都市ユヴァーシで起きた事件により、メルヴェは生まれてはじめて外の世界に飛び出していく……。 ※本作はトルコのカッパドキアにある地下都市から着想を得ました。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

エマージェンシー!狂った異次元学校から脱出せよ!~エマとショウマの物語~

とらんぽりんまる
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞で奨励賞を頂きました。 ありがとうございました! 気付いたら、何もない教室にいた――。 少女エマと、少年ショウマ。 二人は幼馴染で、どうして自分達が此処にいるのか、わからない。 二人は学校の五階にいる事がわかり、校舎を出ようとするが階段がない。 そして二人の前に現れたのは恐ろしい怪異達!! 二人はこの学校から逃げることはできるのか? 二人がどうなるか最後まで見届けて!!

あなのあいた石

Anthony-Blue
絵本
ひとりぼっちだったボクは、みんなに助けられながら街を目指すことに。

処理中です...