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第一章
地下坑窟のモグラたち
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『準備はいいか? コード8032――いや、ハチミツ』
暗闇の中で相棒がささやく。
「いつでもいいさ、ラック」
ぼくは強く頷いた。
試験の最終科目「単独採掘」。
これさえクリアできれば念願の採掘師になれるんだ。
ここは地下坑窟の一角、坑道ナンバーF-056、通称『竜の巣』。
かつてはたくさんの採掘師が行き来していた廃坑はいま、耳鳴りがしそうな静寂と分厚い闇に包まれている。
――ピチャン。
岩の亀裂からしたたり落ちた水が鼻先ではじけた。
巨大な岩盤がぼくを見下ろしていた。ツルハシによる採掘の痕跡がある。
地下坑窟の多くは泥や土ではなく、巨大な岩盤によって支えられている。そのバランスはとても絶妙で、鉱脈を正しく見極めて採掘しなければたちまち崩落を招き、採掘師たちはまとめてぺちゃんこだ。
正しい手順で、正しい方法で、正しい鉱脈を掘り進める。
それが採掘師。ぼくが目指している者だ。
採掘師のほとんどは高額の報酬に引かれた志願者だけど、物心ついたときから地下にいたぼくにとって地上に出るためにはそれしか選択肢がない。
採掘師になってお金や知識を蓄え、地上を旅する。
それがぼくの夢だ。
十四歳。
やっと試験を受けられる年齢になったよ、父さん。
『なんだよ、緊張してんのか?』
ラックがからかうように顔に張りついてきた。
「悪かったな。初めてなんだから緊張するのは当たり前だろ。ラックだっておとなしく主人の合図を待てよ、微光虫(びこうちゅう)のくせに」
『ンだとぉ』
途端にブブブン、とうなり声をあげた。
『おまえなんか手足合わせて四本しかない人間のくせに。みろ、オレさまは二本も多いんだぞ』
「ラックなんてぼくの手のひらにも満たないちっぽけな虫のくせに」
『言ったなてめぇー』
握りこぶしを繰り出してペチペチとパンチしてきた。ふふん、手足が六本あったとしても所詮は微光虫の触覚。弱い、弱すぎる。
「甘いな、そんなんじゃ百年経ってもぼくには――」
手をついた刹那、ヴンッと赤い火花が散った。
「『あ』」
しまった!
起動スイッチを押してしまった。
ボッ!
ぼくの心臓から発した魔力は火となって導火線を伝っていく。その先に仕込んであるのはルトラをつなげた連結鉱石──ダイナマイトだ。
『どうすんだよ、すげー勢いじゃねぇか! 設計間違ったんじゃねぇの!?』
確かに予想よりも火が速い。走ってももう止められない。
「そんなの、覚悟決めるしかないだろ!」
やるしかない。
これは最終試験なんだ。この機会を逃したら次の挑戦は一年後になる。そんなに待っていられない。
「……よし」
まずは深呼吸。わずかな酸素を肺いっぱいに取り込む。
額をぬぐうとすでにびっしょりと汗をかいていた。
低く腰を落とし、目を閉じて集中する。導火線を走る火のわずかな音がぼくの耳にピシッピシッと響く。
冷静になれ。
周囲のあらゆる情報を五感で察知する。それが採掘師の基本だ。
「カウント……五、六、七……」
ジジジ、と火の粉を散らしながら暗闇を切り裂くように導火線が奥へと進んでいく。三十きっかりで着火し、ダイナマイトが爆発する手はずになっていた。
『十一、十二、十三……』
そろそろだ、と耳栓を取り出した。
十分な距離をとってあるとは言え、じかに爆発音を聞いたら耳が使いものにならなくなる。
「十七、十八――……《だれか》……えっ?」
外から別の声が重なってくる。
だれだ。
声がした頭上――と言ってもえぐられた坑道の天井部分――に視線を向ける。
息を殺して注意深く耳をすます。なにも聞こえない。
気のせいだったのかな。
『二十五、二十六……オイなにしてんだ、さっさと耳をふさげ』
「やばっ」
慌てて耳栓をつける。が、焦ったせいで片方を入れ損ねた。
「二十九――だめだ……」
坑道の奥で赤い閃光が広がる。
――――発破。
ふっと風がやんだ刹那、空気が塊になって押し寄せてきた。まるで坑道嵐だ。
「グギギギギ……」
頑丈な岩に必死にしがみついて歯を食いしばる。少しでも気を抜いたら体ごと持っていかれる。耐えるんだ。
これでもかと指先を食い込ませる。ぼくもラックも必死だ。
『んぎゃ~~ぁ~~……!』
ラックが飛ばされた!
「ラッ……」
バキッ!
しがみついていた岩に亀裂が走る。
「しまっ……!」
衝撃波をまともに受けたぼくは小石みたいに軽々と吹っ飛ばされる。
視覚も聴覚もすべてが暗闇に呑まれていった。
※ ※ ※
──地下坑窟(ちかこうくつ)。またの名をアンダーグラウンド。
数百年前、アレキサンドライト王国の地下に発見された巨大迷宮の総称だ。
そこには獰猛な魔物たちが跋扈している一方で、豊富な鉱物資源が眠っている。化石燃料、鉄などの金属、金などの貴金属、希少金属……特筆すべきは魔力を秘めた鉱石である魔法鉱石(ルトラ)の種類と産出量の多さである。
これの発見により、アレキサンドライト王国は世界最大の産出国として存在感を示していく。
地上の光が一切届かない過酷な環境において活躍するのは勇者でも剣士でもない。
片手には原始的なツルハシ、もう片手にはルトラを手に、相棒の微光虫(びこうちゅう)とともにひたすら岩盤を削り続ける男たち――採掘師(マイナー)である。
高額の報酬を目当てに地下にもぐり、つねに汗と泥にまみれてめったに地上に現れることのない彼らを、人々は【モグラ】と揶揄する。彼らの真の実力を知るものは多くない。
暗闇の中で相棒がささやく。
「いつでもいいさ、ラック」
ぼくは強く頷いた。
試験の最終科目「単独採掘」。
これさえクリアできれば念願の採掘師になれるんだ。
ここは地下坑窟の一角、坑道ナンバーF-056、通称『竜の巣』。
かつてはたくさんの採掘師が行き来していた廃坑はいま、耳鳴りがしそうな静寂と分厚い闇に包まれている。
――ピチャン。
岩の亀裂からしたたり落ちた水が鼻先ではじけた。
巨大な岩盤がぼくを見下ろしていた。ツルハシによる採掘の痕跡がある。
地下坑窟の多くは泥や土ではなく、巨大な岩盤によって支えられている。そのバランスはとても絶妙で、鉱脈を正しく見極めて採掘しなければたちまち崩落を招き、採掘師たちはまとめてぺちゃんこだ。
正しい手順で、正しい方法で、正しい鉱脈を掘り進める。
それが採掘師。ぼくが目指している者だ。
採掘師のほとんどは高額の報酬に引かれた志願者だけど、物心ついたときから地下にいたぼくにとって地上に出るためにはそれしか選択肢がない。
採掘師になってお金や知識を蓄え、地上を旅する。
それがぼくの夢だ。
十四歳。
やっと試験を受けられる年齢になったよ、父さん。
『なんだよ、緊張してんのか?』
ラックがからかうように顔に張りついてきた。
「悪かったな。初めてなんだから緊張するのは当たり前だろ。ラックだっておとなしく主人の合図を待てよ、微光虫(びこうちゅう)のくせに」
『ンだとぉ』
途端にブブブン、とうなり声をあげた。
『おまえなんか手足合わせて四本しかない人間のくせに。みろ、オレさまは二本も多いんだぞ』
「ラックなんてぼくの手のひらにも満たないちっぽけな虫のくせに」
『言ったなてめぇー』
握りこぶしを繰り出してペチペチとパンチしてきた。ふふん、手足が六本あったとしても所詮は微光虫の触覚。弱い、弱すぎる。
「甘いな、そんなんじゃ百年経ってもぼくには――」
手をついた刹那、ヴンッと赤い火花が散った。
「『あ』」
しまった!
起動スイッチを押してしまった。
ボッ!
ぼくの心臓から発した魔力は火となって導火線を伝っていく。その先に仕込んであるのはルトラをつなげた連結鉱石──ダイナマイトだ。
『どうすんだよ、すげー勢いじゃねぇか! 設計間違ったんじゃねぇの!?』
確かに予想よりも火が速い。走ってももう止められない。
「そんなの、覚悟決めるしかないだろ!」
やるしかない。
これは最終試験なんだ。この機会を逃したら次の挑戦は一年後になる。そんなに待っていられない。
「……よし」
まずは深呼吸。わずかな酸素を肺いっぱいに取り込む。
額をぬぐうとすでにびっしょりと汗をかいていた。
低く腰を落とし、目を閉じて集中する。導火線を走る火のわずかな音がぼくの耳にピシッピシッと響く。
冷静になれ。
周囲のあらゆる情報を五感で察知する。それが採掘師の基本だ。
「カウント……五、六、七……」
ジジジ、と火の粉を散らしながら暗闇を切り裂くように導火線が奥へと進んでいく。三十きっかりで着火し、ダイナマイトが爆発する手はずになっていた。
『十一、十二、十三……』
そろそろだ、と耳栓を取り出した。
十分な距離をとってあるとは言え、じかに爆発音を聞いたら耳が使いものにならなくなる。
「十七、十八――……《だれか》……えっ?」
外から別の声が重なってくる。
だれだ。
声がした頭上――と言ってもえぐられた坑道の天井部分――に視線を向ける。
息を殺して注意深く耳をすます。なにも聞こえない。
気のせいだったのかな。
『二十五、二十六……オイなにしてんだ、さっさと耳をふさげ』
「やばっ」
慌てて耳栓をつける。が、焦ったせいで片方を入れ損ねた。
「二十九――だめだ……」
坑道の奥で赤い閃光が広がる。
――――発破。
ふっと風がやんだ刹那、空気が塊になって押し寄せてきた。まるで坑道嵐だ。
「グギギギギ……」
頑丈な岩に必死にしがみついて歯を食いしばる。少しでも気を抜いたら体ごと持っていかれる。耐えるんだ。
これでもかと指先を食い込ませる。ぼくもラックも必死だ。
『んぎゃ~~ぁ~~……!』
ラックが飛ばされた!
「ラッ……」
バキッ!
しがみついていた岩に亀裂が走る。
「しまっ……!」
衝撃波をまともに受けたぼくは小石みたいに軽々と吹っ飛ばされる。
視覚も聴覚もすべてが暗闇に呑まれていった。
※ ※ ※
──地下坑窟(ちかこうくつ)。またの名をアンダーグラウンド。
数百年前、アレキサンドライト王国の地下に発見された巨大迷宮の総称だ。
そこには獰猛な魔物たちが跋扈している一方で、豊富な鉱物資源が眠っている。化石燃料、鉄などの金属、金などの貴金属、希少金属……特筆すべきは魔力を秘めた鉱石である魔法鉱石(ルトラ)の種類と産出量の多さである。
これの発見により、アレキサンドライト王国は世界最大の産出国として存在感を示していく。
地上の光が一切届かない過酷な環境において活躍するのは勇者でも剣士でもない。
片手には原始的なツルハシ、もう片手にはルトラを手に、相棒の微光虫(びこうちゅう)とともにひたすら岩盤を削り続ける男たち――採掘師(マイナー)である。
高額の報酬を目当てに地下にもぐり、つねに汗と泥にまみれてめったに地上に現れることのない彼らを、人々は【モグラ】と揶揄する。彼らの真の実力を知るものは多くない。
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