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第二章

親玉とのバトル②

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 クモに操られたシオンが飛び込んだのは森の中にたたずむ屋敷だった。

 外壁には蔓が生い茂り、石垣のほとんどが崩れている。屋根の一部が落ちて木材がむき出しになっていた。廃墟になってから相当な歳月が経過しているんだろう。不気味なほどの沈黙に包まれていた。

『ここはどうやら没落した貴族の屋敷らしい。あ、貴族っつーのは女王様から領土を与えられた国のお偉いさんのことな』

「王女殿下とは違うの?」

『あれは貴族の中でも上の上、次期女王候補だろ。貴族の中にも面倒くさい階級があるんだよ』

 ラックは時々妙なことに詳しい。

「ふぅん。で、ここが親玉のねぐらなんだね」

『話を聞け。だが間違いねぇ。ここを拠点にメルカを襲ってるんだ』

「よし、いこう」

 半分朽ちた扉を押し開けた途端、全身が粟立った。

 お客さんを出迎えるエントランスみたいなところだ。一見だれもいないように静かだけど、ひとたび耳に神経を集中させれば、おびただしい足音が聞こえる。壁、床、天井……ありとあらゆるところにクモたちが蠢いている。遠巻きにしてぼくらを警戒しているみたいだ。

 シオンの姿は見えない。

「ラック、このフロアにシオンの熱源はある?」

『いや、いないな。もっと奥だ。大事な後継者なら親玉と一緒にいるんじゃないか』

 エントランスの突き当たりに大きな扉がある。
 あの向こうか。

 待っててシオン。

 さっと一歩踏み出した瞬間、一斉にクモたちが襲いかかってきた。

 ズゾゾゾゾゾゾ……!!
 カーペットの隙間や天井に吊るされたシャンデリアからわらわらと現れる。

 ぼくはポーチから複数のルトラを取り出した。

「ここにシオンはいない。──なら、手加減しなくていいんだね」

 こんなにたくさん使ったらまたナナフシに怒られるだろうけど、シオンを助けた上で怒られるなら本望だ。

「爆弾(ボム)!」

 集団の先頭めがけて火鉱石を投げつけた。

 ドンッ!

 派手な火柱が天井まで上がる。
 クモたちひるんだところへ、青い氷鉱石をぶつける。

「氷結(フリーズ)」

 冷気が走り、数十体のクモたちが氷漬けになった。ぼくはそれを土台にジャンプする。

「氷結(フリーズ)、そして氷結(フリーズ)」

 ひしめきあっていたクモたちが次々と凍りつく。さながら飛び石みたいだ。ぼくはそこを渡っていく。
 上から降ってくるクモは右拳の炎で容赦なく焼きはらった。

 ようやく扉までたどり着いた。でもまだ大量のクモたちが追いかけてくる。

 ──こうなったら。
 ぼくはくるっと振り向いてひときわ大きな石を掲げた。

「忠告しておく。こいつはめちゃくちゃ強力なルトラだ。発火したらきみたちは木っ端みじん。いいんだね」

 そこそこ知能の高い生き物だ。ぼくの言うことは分かるはず。
 先頭集団は「どうする?」とばかりに囁きあっている。でも後ろから来た一回り大きなクモが小さいクモたちを突き飛ばした。さっさといけ、ということらしい。

 なんとなくハイゼルのことを思い出した。
 弱くて小さいものはいつだって強者にいじめられる運命だ。

「……残念だよ」

 ぼくは大きく振りかぶって投げた。これでもコントロールには自信がある。石は一回り大きなクモに直撃、シュウウウ、と白い煙があがって周囲は騒然としはじめた。

「じゃあね」

 クモたちがパニックに陥っている隙にバタンと扉を閉めた。
 奥へと続く廊下を走っているとラックがぼそり。

『おまえ性格悪いな』

「ひどい言い方だな、気づいていたくせに」

 奴らに投げた石──あればルトラでもなんでもない。ぼくが道中拾った石ころだ。
 魔力を流し込むとわずかに発熱して煙があがる程度の石を「危険だぞー」と警戒させてから投げたのだ。つまりハッタリ。

 いまごろ一回り大きなクモは目を回して失神し、周りのクモたちに笑われているだろう。



 長い長い廊下をひた走る。
 待ち構えていたクモたちが襲ってくるのを右手で薙ぎ払い、奥へと突き進んだ。

『見えたぞ、あの扉の向こうに嬢ちゃんと親玉がいる!』

「わかった!」

 時間がない。一発で決める。先手必勝だ。
 ぼくは右手に意識を集中した。赤からオレンジへと変化した炎がゆらめく。

「──てぃ!」

 扉を蹴破りながら高くジャンプした。
 大広間のようなところだ。親玉が脚を伸ばしてシオンになにか差し出している。不気味な艶を帯びた赤黒い珠だ。


 本能が叫ぶ。
 ──止めなくちゃ。あれを呑んだらシオンは死ぬ。


「だめだシオン!!」

 ぼくは渾身の力で拳を叩きつける。

『ッ!』

 一瞬早く親玉が飛びずさった。
 床板を砕いたぼくの拳からはモウモウと白煙が上がっている。

 仕留め損なった。
 ……でも、あの赤黒い球は弾き飛ばすことができた。

 見れば、カーテンのところに転がっていった球には亀裂が入り、いかにもって感じの液体が流れでていた。毒に触れたカーテンの先端からみるみるうちに染みが広がり、まるで焼けこげるように消失した。

 もしアレをシオンが呑んだら体が溶けてしまうところだった。間一髪だ。

『つぎ! 上から来るぞ!』

 ハッと我に返るとシャンデリアにぶら下がっていた親玉と目が合った。
 口から白い糸を吐き出してくる。慌てて回避し、走りながら火鉱石に魔力を込めた。狙うはシャンデリアの根元。

「手りゅう弾(レイ・ボム)!」

 着弾する寸前、親玉が跳んだのが見えた。

 ガララララガッシャァアン!

 床に叩きつけられたシャンデリアは粉々。古い建物のせいか砂埃が舞い上がり、周囲がまっしろに塗りつぶされた。何も見えない。

『グフッ』

 形勢逆転。
 どこからか、くぐもった笑い声が聞こえてきた。ぼくを狙っている。
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