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第三章

迷い

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 硬い岩盤の奥にあるルトラを採掘するため、ぼくはひとりで作業を進めていた。

「おいCランクがなにかやってるぜ」
「あんなにたくさんの屑石をつなげてなにする気だ」

 同じ班のハイゼルたちだけでなく、チーム・アルダに所属する採掘師の半分以上が集まってきていた。

「それは何をやっているんだ? 本当に大丈夫なのか?」

 種類の異なるルトラを導火線で結ぶぼくを心配そうに見守っているご苦労班長。
 無理もない。ルトラは同種──火鉱石なら火鉱石、雷光石なら雷光石同士を繋げるのが常識だからだ。

「大丈夫ですから、班長たちは休んでてください」

「だが……」

 班長の微光虫がやさしく何事か囁いたらしく、ようやく「では任せる」とその場を後にしていった。
 
『おーいハチミツ、設置終わったぜ。これが先っぽだ』

「ありがとうラック。じゃあぼくたちも引き上げよう。不測の事態があるかもしれないから」

 ラックが持ってきた導火線をぼくの腕輪に巻きつけ、ぼくたちも坑道の外の避難スペースまで歩いてきた。

 集まっていた採掘師たちはみんな胡乱げな目つき。

「じゃあ始めます」

 ぼくはにっこり笑ってみせてから、坑道の方に向き直った。

 ちょっと緊張する。でもきっと大丈夫なはずだ。

「……ふぅ」

 深呼吸を一回。

 イメージするのは人体だ。
 強すぎても弱すぎてもいけない。適切な量の魔力。繊細なコントロール。

 ゆっくりと右腕を掲げ、静かに魔力を流し込んだ。


 ──ボッ。


 まずは腕輪に火が灯り、それが導火線を伝って岩盤のあちこちに埋め込んだルトラへと流れていく。

 着火音がした。

 まずは尖晶石。
 針のように分かれて岩盤に食い込む。

 次に氷鉱石。
 割れ目に入り込んだ状態で膨張し、隙間を押し広げていく。

 十分に膨らんだところで雷光石で電気を走らせ、間髪入れず火鉱石を灯す。

 電気と熱の相乗効果で岩盤は大爆発──!……するんだけど。

 シン、と静まり返っている。

「班長、終わりました」

「終わった、だと?……爆発音が聞こえなかったが」

 耳をふさいでいた班長は半信半疑。

 そう、四種類のルトラによる連鎖反応でたしかに大爆発が起きた……のだけど、音も衝撃波もほぼなかった。

 これが正解。

 ぼくは「五つ目のルトラ」がちゃんと反応することが分かっていたので耳栓もしていなかった。

「とりあえず見に行きましょうか」

 ぼくと班長を筆頭にぞろぞろと坑道の中へ。砕けた石ひとつない。班長は木っ端みじんに砕けた岩盤を前に、ぱかっと口を開けた。

 ざっと3000等分かな。初めてだったけど拾いやすいサイズに砕けた。

「い……一体どうやったんだ? 爆発……したにもかかわらず爆音も衝撃波もなかった! なぜ!?」

 これまでは硬い岩盤を破壊するために強力な火鉱石をいくつも用いて爆発させてきた。
 でも衝撃が大きすぎて天井が崩れたり、石礫でケガをしたり、衝撃波によって採掘師の鼓膜が破れたりする弊害もたくさんあった。

 だからぼくなりに考えた。

「白水晶で爆発を内側から抑え込んだんですよ」

 要約すると、こうだ。
 岩盤が爆発した瞬間に五つ目の白水晶が発動し、幕を作るようにして衝撃を抑え込んだ。少し前にシオンが親玉からぼくを守ろうとして白水晶で幕を張ってくれたことを思いだしたのだ。

「できるだけ衝撃が小さくなるよう工夫してみたんです。使っているのは屑石同然のルトラばかり、魔力もさほど必要ありません。名付けて、複合連結鉱石(マルチ・ダイナマイト)です。これなら安全・簡単に岩盤を破壊できるでしょう?」

 班長もみんなもポカンとしている。
 だれも何も言わない。怖いくらいの沈黙だ。

「……ラック、ぼくなにかやらかしちゃったかな?」
『オレ様に聞くなよ』

 もしかしたら怒られる? とびくびくしていると班長が歩み寄ってきた。

「8032」

「あ、はい」

「──すごいじゃないか!!」

 ぎゅうっと手荒く抱きしめられる。

「すごいぞ、すごすぎる! 感動した! 感激した! おまえたちは最高だ!!」 

 背骨が砕けるのではないかと思うほどの力だ。

「あだだだ、班長、いだい」
『やめろ死ぬー!』

「おっと、すまない」

 なんとか解放されたけどダメージが大きすぎてしばらく立ち上がれそうにない。

「ふむ、砕けた残骸を運び出してもうしばらく進めば目的のルトラにたどり着きそうだな。ふたりのことはおれからリーダーに報告しておこう。もしかして一気にSランクまでアップするかもしれないぞ?」

「Sランクですか!?」
『美味いものいっぱい食えるか!?』

「もちろんだ。新しい採掘方法として認められれば国からの褒賞や特別な配給を受けられるかもしれない。一代限りだが貴族になることも夢じゃないぞ。事実、8032の父である2966……アルダさんは男爵の位を授かり、王都に招かれたこともあったんだ」

 ……そうだ。
 父さんは功績が認められて男爵になり、王都に向かっている途中で母さんと出会った。
 もしぼくも王都に行くことになれば、だれにも気兼ねなく地上を旅できる。もちろんラックとシオンも一緒だ。

 夢でしかなかったものが確実に近づいている。

 やった……。

 なんだか急に目の前がチカチカしてきた。
 地下坑窟だというのにまるで太陽があるみたいだ。


   ※   ※   ※


「へぇ、そんなことがあったの。おめでとうハチミツ」

 仕事がおわり、診察室にいるシオンに一部始終を報告すると手をたたいてお祝いしてくれた。

「でも私ははじめから分かっていたわよ、ハチミツがとても強くて勇敢な男の子だってこと。みんな気づくのが遅いのね」

「ぼ、ぼくは別に……」

 なんだか照れる。

「王都に向かうときは私も連れてってね、きっとよ、約束」

「うん。約束」

 小指を絡ませ合う。
 重ねた指の上にラックが飛び乗り『オレ様も混ぜろ』と翅を震わせた。

「もちろんだよ、ラックはぼくの大事な相棒だからね」
「ええ、一緒に行きましょう」

 と笑いあう。
 幸せな時間だった。

「ハチミツ、ちょっと来い。話がある」

 ナナフシに手招きされ、ぼくはラックを残して診察室を出た。

 ランクアップの話かな? と一瞬期待したけどさすがに早すぎる。

 やけにひんやりとした空気の中でナナフシの眼差しが冷たい。いやな予感がした。

「もしかして今日のこと怒ってるの? 勝手なことをしたって……」

「いいや、おまえの成長には正直驚きを隠せない。これからもチーム・アルダのために尽力してもらいたいと思っている」

「ならどうして……、心臓の音がそんなに速いの?」

 緊張しているのだろうか。ナナフシが? なぜ? 分からない。

「……シオンはほぼ完治した。明日は仕事を休んで彼女を古井戸の地下まで送っていくといい。わたしから班長に伝えておく」

「送るのは古井戸の地下まで? 地上に出るのはだめってこと?」

「おまえは目立ちすぎた。これ以上は許容できない。シオンに会うのはこれが最後だ」

「……」

 いつか、そう言われる日が来ると思っていた。
 でも、地上を旅する夢がぐんと近づいた直後に突き落とされるとは思わなかった。

「酷な言い方だろうが、ハチミツが硬い岩盤を砕いてくれたお陰で、一週間以内に奥のルトラを回収できる見込みがついたんだ。そうなればこの地に用はない。チーム・アルダは別の地へと赴く。……ならば、別れは早い方がいい」

 ぽん、と肩をたたき、ナナフシは去っていった。

 忘れていたわけじゃない。

 チームの目的は国の委託を受けてルトラを採掘すること。
 目的を果たした場合は次の任に就く。

 あたりまえのことだ。
 ずっとそうしてきた。この地に滞在したのは半年くらいと比較的長かったけど、ルトラが自然に生えてくるわけじゃない以上、別の場所に採りに行くしかない。

 それを受け入れられないならば。

(とうさん……)

 ぼくは耳に嵌めた銀のイヤーカフに触れた。コード8032と刻まれている。採掘師の証だ。

 受け入れないならば。
 採掘師をやめ、チームから追放されるしか道はない。
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