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第三章
墓標②
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やがて広大な空間が現れた。見上げた天井部分ははるか彼方、横幅は百メートル以上あるだろう。千人以上の採掘師がゆうに寝泊まりできそうな空間に、ぼくの身の丈をはるかにしのぐ巨大な岩石が乱立している。壁にはヒカリカゴケが群生して真昼のような眩しさだ。
「すごいわ……、地下なのにこんなに眩しくて。まるで天国みたい」
「ここは『標(しるべ)の地』って呼ばれているんだ。出入口はさっきの一本道だけで大型の魔物は入れないし、ヒカリカゴケがつねに新鮮な空気を循環させて淡い光を放っているからすごく落ち着くんだ。来て」
呆気に取られているシオンの手を取り、さらに奥へと進んでいく。
「ぼくがこの場所を知ったのは四年前。十歳の時だよ。チーム・アルダがこの地域を訪れたとき父さんに連れられて来たんだ」
いまこうしてシオンの手を握っているように、十歳のぼくも父さんに手を引かれてこの場所を歩いていた。
「ハチミツのお父様も採掘師だったのよね?」
「うん。コード2966、本名はアルダ・アルトマイトって言って、大量のルトラを採掘した功績で一代限りの男爵になったんだ。褒賞は何が欲しいか聞かれて自分のチーム、って答えたからチーム・アルダが生まれたんだよ。他のチームから追放された採掘師やケガや病気で思うように動けない採掘師を受け入れている。ほかにも、やむをえず罪を犯した人や身寄りのない子どもに対して採掘師になるよう指導もしているんだ。チームのみんなが大事な家族だって言ってね」
「アルダさん……立派な方なのね」
「うん、自慢の父だった」
シオンは気づいただろうか。ヒカリカゴケに埋もれるようにして半分折れたツルハシや片方だけの靴、破れた作業服の切れ端があることに。
「四年前、ここには大規模な採掘場があったんだ。王国全土から一万人近い採掘師が集められ、陣頭指揮をとったのは父さんだった。一年がかりの大規模な採掘の末、ようやく目的の巨大ルトラの一部が露出した────その瞬間、災害級の崩落が起きた」
地響きとともに採掘場全体が揺れ、一トン以上の巨大な岩石が次々と落下。狭い出口に殺到していた採掘師や微光虫たちは次々と下敷きになった。
当時ぼくはまだ耳栓をしていなかったので人がぷちぷちと潰れていく否が応でも聞こえてしまい、恐怖で身動きが取れなかった。
「父さんはぼくを担いで必死に逃げようとしていたけど、立ち込める土煙と微光虫たちの翅の音、採掘師たちの悲鳴で現場は大混乱。壁際にたどり着いた父さんは火鉱石で子ども一人がやっと通れるくらいの小さな穴を空け、逃げるよう言ったんだ。生きろ、って。そのあと穴をふさいでしまったんだよ。当時のぼくはまだルトラを扱えなかったから自力で土壁を引っ掻いた。かろうじて覗き穴を空けたとき、父さんは目の前で──」
ぼくとシオンがたどり着いたのは最奥。氷柱のような岩石の前だ。
周りに比べてもひときわ大きな巨石に、びっしりとヒカリカゴケが貼りついている。
「ヒカリカゴケはより強い魔力の残滓(ざんし)に集まると言われているんだ。魔力の残滓っていうのは、人間や魔物が死んだあと体外に排出されると言われている成分のこと」
「もしかして……」
シオンが小さく息を呑む。
「そう、これが墓標。父さんは仲間の採掘師を助けようとして下敷きになったんだ。いまもこの下で眠っている。シオンはここにいて」
一歩進み出たぼくは右手を伸ばした。
表面を覆うヒカリカゴケはぼくの手をゆっくりと受け入れ、深みへと連れていく。たった四年でこんなに分厚くなるとは思わなかった。ちょっと植物臭いけどぬるぬるして気持ちいい。
やがてゴツゴツとした感触がある。これが本来の表面だ。
ルトラには発火点となる芯がある。そこを見極めて魔力を流し込めば発火する仕組みだけど、魔力の流し方を変えれば発火ではなく内側から砕くことができるのだ。
「見てよ、この岩の下にいくつか亀裂が入っているだろう。父さんが死ぬ間際に砕いたものだと思うんだ。最後まで生きようと必死だった」
事故のあと、何人もの採掘師がこの岩に挑んだ。でも、あまりにも巨大で強度が高いため芯がどこにあるのか見極められず、いくら魔力を流し込んでも手応えがなかった。
あのナナフシでさえお手上げだった。
「ふん」
今ならもしかして、と魔力を流し込んでみたけど案の定、虚無に飲み込まれていく。火鉱石は沈黙したまま。
右腕の炎の赤、オレンジ、白でも無反応。
まだダメなんだ。まだ父さんには及ばない。
「……シオン、ぼくには夢がふたつあるんだ。ひとつは地上を旅すること。もうひとつは父さんみたいな採掘師になること。ぼくはいつかこのルトラを砕きたい。下敷きになったままの父さんはすごく重いはずなんだ。でも乱暴に砕いたら痛いだろうから、できるだけ優しく、丁寧に砕いてやりたいんだ。もっと強くなりたい。魔力も知識も経験も技術も全部手に入れて、どんなルトラでも扱えるようになりたい。──だから、それまで地上で待っててほしい。必ず迎えに行くから」
「ハチミツ……」
なにかを察したのか、シオンの目に涙があふれた。
でもそれがこぼれる前にぐっと目尻を拭い、とびっきりの笑顔を浮かべる。
「うん、待つわ。いつまでもずっと待ってる」
もう一度かたく手をつないだ。
ありがとう。さよなら、シオン。
「すごいわ……、地下なのにこんなに眩しくて。まるで天国みたい」
「ここは『標(しるべ)の地』って呼ばれているんだ。出入口はさっきの一本道だけで大型の魔物は入れないし、ヒカリカゴケがつねに新鮮な空気を循環させて淡い光を放っているからすごく落ち着くんだ。来て」
呆気に取られているシオンの手を取り、さらに奥へと進んでいく。
「ぼくがこの場所を知ったのは四年前。十歳の時だよ。チーム・アルダがこの地域を訪れたとき父さんに連れられて来たんだ」
いまこうしてシオンの手を握っているように、十歳のぼくも父さんに手を引かれてこの場所を歩いていた。
「ハチミツのお父様も採掘師だったのよね?」
「うん。コード2966、本名はアルダ・アルトマイトって言って、大量のルトラを採掘した功績で一代限りの男爵になったんだ。褒賞は何が欲しいか聞かれて自分のチーム、って答えたからチーム・アルダが生まれたんだよ。他のチームから追放された採掘師やケガや病気で思うように動けない採掘師を受け入れている。ほかにも、やむをえず罪を犯した人や身寄りのない子どもに対して採掘師になるよう指導もしているんだ。チームのみんなが大事な家族だって言ってね」
「アルダさん……立派な方なのね」
「うん、自慢の父だった」
シオンは気づいただろうか。ヒカリカゴケに埋もれるようにして半分折れたツルハシや片方だけの靴、破れた作業服の切れ端があることに。
「四年前、ここには大規模な採掘場があったんだ。王国全土から一万人近い採掘師が集められ、陣頭指揮をとったのは父さんだった。一年がかりの大規模な採掘の末、ようやく目的の巨大ルトラの一部が露出した────その瞬間、災害級の崩落が起きた」
地響きとともに採掘場全体が揺れ、一トン以上の巨大な岩石が次々と落下。狭い出口に殺到していた採掘師や微光虫たちは次々と下敷きになった。
当時ぼくはまだ耳栓をしていなかったので人がぷちぷちと潰れていく否が応でも聞こえてしまい、恐怖で身動きが取れなかった。
「父さんはぼくを担いで必死に逃げようとしていたけど、立ち込める土煙と微光虫たちの翅の音、採掘師たちの悲鳴で現場は大混乱。壁際にたどり着いた父さんは火鉱石で子ども一人がやっと通れるくらいの小さな穴を空け、逃げるよう言ったんだ。生きろ、って。そのあと穴をふさいでしまったんだよ。当時のぼくはまだルトラを扱えなかったから自力で土壁を引っ掻いた。かろうじて覗き穴を空けたとき、父さんは目の前で──」
ぼくとシオンがたどり着いたのは最奥。氷柱のような岩石の前だ。
周りに比べてもひときわ大きな巨石に、びっしりとヒカリカゴケが貼りついている。
「ヒカリカゴケはより強い魔力の残滓(ざんし)に集まると言われているんだ。魔力の残滓っていうのは、人間や魔物が死んだあと体外に排出されると言われている成分のこと」
「もしかして……」
シオンが小さく息を呑む。
「そう、これが墓標。父さんは仲間の採掘師を助けようとして下敷きになったんだ。いまもこの下で眠っている。シオンはここにいて」
一歩進み出たぼくは右手を伸ばした。
表面を覆うヒカリカゴケはぼくの手をゆっくりと受け入れ、深みへと連れていく。たった四年でこんなに分厚くなるとは思わなかった。ちょっと植物臭いけどぬるぬるして気持ちいい。
やがてゴツゴツとした感触がある。これが本来の表面だ。
ルトラには発火点となる芯がある。そこを見極めて魔力を流し込めば発火する仕組みだけど、魔力の流し方を変えれば発火ではなく内側から砕くことができるのだ。
「見てよ、この岩の下にいくつか亀裂が入っているだろう。父さんが死ぬ間際に砕いたものだと思うんだ。最後まで生きようと必死だった」
事故のあと、何人もの採掘師がこの岩に挑んだ。でも、あまりにも巨大で強度が高いため芯がどこにあるのか見極められず、いくら魔力を流し込んでも手応えがなかった。
あのナナフシでさえお手上げだった。
「ふん」
今ならもしかして、と魔力を流し込んでみたけど案の定、虚無に飲み込まれていく。火鉱石は沈黙したまま。
右腕の炎の赤、オレンジ、白でも無反応。
まだダメなんだ。まだ父さんには及ばない。
「……シオン、ぼくには夢がふたつあるんだ。ひとつは地上を旅すること。もうひとつは父さんみたいな採掘師になること。ぼくはいつかこのルトラを砕きたい。下敷きになったままの父さんはすごく重いはずなんだ。でも乱暴に砕いたら痛いだろうから、できるだけ優しく、丁寧に砕いてやりたいんだ。もっと強くなりたい。魔力も知識も経験も技術も全部手に入れて、どんなルトラでも扱えるようになりたい。──だから、それまで地上で待っててほしい。必ず迎えに行くから」
「ハチミツ……」
なにかを察したのか、シオンの目に涙があふれた。
でもそれがこぼれる前にぐっと目尻を拭い、とびっきりの笑顔を浮かべる。
「うん、待つわ。いつまでもずっと待ってる」
もう一度かたく手をつないだ。
ありがとう。さよなら、シオン。
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