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第三章

偽者の勇者

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 古井戸の地下に来るのはこれで何度目だろう。

『さて、ここまでのルートにハイゼルの手がかりはなかったな。微振動にヴィンセントも反応しねぇし、こうなるとやっぱり地上に──おいおい、いつまで落ち込んでんだよ相棒』

 ぼくの気持ちは沈んでいた。地下坑窟の最下層くらいまで沈んでいた。

 ナナフシが許嫁……うそだろ、信じられない。父さんのばか。
 落ち込むぼくを慰めてくれたのはラックだ。

『別に決定したことじゃないだろ? ナナフシがそう思っていたってだけで、大事なのはおまえの気持ちだ。違うか?』

「ぼくの気持ち……」

 ナナフシのことは尊敬している。リーダーとして。
 父さんへの憧れも嘘じゃない。

 そしていま、ぼくがやるべきことは……。

「……ラック、取り乱してごめん。もしハイゼルが地上に行ったならなぜ戻ってこないのか確認しないといけないね」

『お、やる気になったか。だな、見つけ出して無理やりにでも引きずって帰らないといけないな。じゃないとナナフシの雷が落ちるぜ』

 許嫁の件は一旦置いといて。
 リーダーであるナナフシは誰にでも平等に怖い。めちゃくゃ怖い。とにかく怖い。

 井戸から差し込む光はあたたかく、まだ日が高いようだ。
 例によって目隠しの勇者として上がるのがいいだろう。

 シオンからもらった布を引き出して顔にあてがっていると、地上から声がした。

「たすけて勇者様ー!!」

 呼ばれた!?
 すごいタイミングだ。

 急いでゴンドラに飛び乗った刹那、ラックが『待て!』と飛びついてきた。

『ちょっと待て、なんか様子が変だ』

「変? なにが……」

 じっと耳をすますと、はげしく乱れた女性の息遣いと、彼女を追いたてる獣のような唸り声が聞えてきた。

 そこに混ざりこむのは、パタパタ、パタパタ。微光虫の羽音だ。ラックはぼくの肩に留まっているから別の微光虫だ。

「爆弾(ボム)っ!」

 どどんっ!と爆音が響いた。
 これは火鉱石による爆破だ。
 
 一体何が起きている?

 ぼくは慎重にロープを手繰り、できるだけ音をさせないように地上へとあがった。

 古井戸の縁に到達し、おそるおそる外を確認する。
 木の陰に隠れて震えている女性と、唸り声をあげているオオカミ型の魔物。そして、ルトラを手に双方の間に佇む男の姿があった。

(目隠しをしている……!?)

 男は黒いフードパーカーに身を包み、目を布で覆っている。肩では黒い微光虫が翅を震わせている。ぼくそっくりだ。

「このオレ、『目隠しの勇者』が来たからには安心してください。──爆弾(ボム)!」

 『目隠しの勇者』を名乗る男は魔物たちに向かって次々と火鉱石を投げつける。
 ぼん、ぼぼん、と不安定な光を放ち、中には不発のものもあるが、数が数なので魔物たちは初めて見るものにおどろいて逃げていく。

 男は額の汗をぬぐった。

「ふぅ、余裕だったな。お嬢さんケガはありませんか?」

「はい。あなたが噂の勇者様なのですね。助けていただきありがとうございました」

「なんのなんの。大したことありませんよ。お礼は五千ペルカで結構です」

 お礼、と聞いて女性もぼくたちも目が点になった。

「えと、あの、お礼……とは」

「当然、命を助けてやったお礼ですよ。安いもんじゃないですか。ルトラだってタダじゃないんです」

「すみませんがいまは持ち合わせが……」

「ちっ、じゃあいいですよ。次からは助けませんから。さっさと行ってください、オレの気が変わってあなたの顔を焼いてしまう前に」

「ひぃっ……!」

 女性は魔物から逃げるように足早に走り去っていく。

 ……ぼくは一体なにを見させられたんだ。
 ぼくの偽者。アイツはだれだ。しかも人助けに金を要求するなんて最低だ。

『あの黒い微光虫はヴィセントだ。つーことは』
「ハイゼルか……」

 一言いってやらないと。
 反動をつけてぴょんっと外に飛び出した。

「ハイゼル、なにやってるんだ」

 びくっと体を震わせたハイゼルはぼくたちの姿を見、ほっと息を吐いた。

「なんだおまえか。リーダーかと思ったじゃねぇか」

「ぼくはリーダーのかわりに来たんだよ。仕事をサボって何してるんだ、コロニーに戻れ」

『あとなぁ、だれの許可で目隠しの勇者を名乗ってるんだよ、ニセモノが!』

「ちょ、ラック!」

 自爆した。当のラックも小声で『やべっ』と慌てている。

「あ゛?」

 ハイゼルは首を傾げていたが、なにか理解したらしく「ふぅん」と腕を組んだ。

「……ニセモノだと知っている、ってことは、おまえが『目隠しの勇者』だったのか。8032」

 ほら~バレちゃったじゃないか。
 でもこうなったら仕方ない。もうすぐこの地を離れるんだから隠しても意味のないことだ。

「そうだよ、確かにぼくが『目隠しの勇者』……」



『なるほど、彼が目隠しの勇者ですか。思いのほか早く見つかりましたね』



 凛、とした声がした。
 いや声じゃない。頭の中に直接響く声……魔力だ。

 一体だれが。どこから。

 必死周りの気配を探ったけど木々のこすれる音に紛れて辿れない。
 ラックもだ。しきりに翅をうごかして熱源を辿っているけど正体を見つけられずに焦っている。

 戸惑うぼくらとは対照的にハイゼルは落ち着き払っている。

「んで、どうしますか?」

『捕獲してください。生きてさえいれば脚や手が一本折れても構いません』

「りょうかい! そうこなくっちゃ! なぁ8032」

 ニヤリと笑ったかと思うと跳躍した。
 その手にはS級の火鉱石が握られている。

 どうしてそんな稀少なものを!?

「おらよっ」

 無造作に投げつけくる。
 とっさを右へ回避したけど着弾した瞬間、すさまじい轟音が響いた。

「うわあっ」
『んぎゃー』

 爆風に押され、ころころ、と石ころみたいに転がされる。
 
 熱い。
 古井戸の周りに生い茂っていた木々が劫火に見舞われていた。

 燃えている。
 森が。

「ぼーっとしてるんじゃねぇよ!」

 ハイゼルの手には第二、第三のS級火鉱石が握られている。
 あれを全部着火されたら森だけじゃなくメルカの街にまで被害が及ぶ。

「やめろハイゼル!──発火!」

 ぼくの右腕に白い炎が宿る。

「はは、またそれかよ」

 笑いながら再び火鉱石を投げてきた。
 今度は逃げずに立ち向かう。大きく右手を振り払い、着火するよりも先に火鉱石を丸ごと焼き尽くした。

 どんなルトラも同じだ。
 流し込んだ魔力に反応する前に焼いてしまえばただの石ころ。

 幸いにしてハイゼルの魔力はあまり強くない。時間差がある。

「ちっ、尖晶石!」

 分裂した刃が襲う。
 ぼくは白い炎の爆風を利用しながら変幻自在に動き回り、すべての刃を避けた。そのままハイゼルの背後に飛んで白い炎を首に突きつける。

「ここまでだ。あきらめて降伏しろ」

 これで勝負は決した……はずなのに。

「降伏だと? くっ……ははははは……」

 肩を震わせ、不気味に笑うハイゼル。
 なんだ。なにがあるんだ。
 言い知れない不安に襲われる。

「オレはなぁ、おまえのそういう甘っちょろいところが大嫌いだったんだ」

 振り向いたハイゼルは目隠しをはずしていた。
 ぎらぎらと目を血走らせ、狂気に満ちている。
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