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義父1
しおりを挟む夜空と同質の闇の中、廊下に明かりが漏れ入っている。先刻入った寝室より手前の部屋だ。
義父は昼間着ていたのと同じ、夜空を薄めたような濃紺色のジャケットを脱いでいた。
書斎だろうか。壁際に本棚、机と椅子があり、寝室よりも少し狭い。
「入りなさい」
何よりも、奥に小振りのシングルベッドがひとつ置かれているのを目に留めてドキリとした。
「鍵を閉めて」
逆らわずに言われた通りにした。所在なげに立つ和馬の前で上着をベッドに放り、ネクタイを緩める輝一朗はようやく和馬の目を見る。そして爬虫類のように温度を感じない冷えた瞳で言った。
「お前も脱ぎなさい」
「……脱ぎません」
ベッドに座ってシャツの第一ボタンをはずす義父は表情を変えない。
「脱ぎなさい」
「…っお義父さん、俺と話をして下さい」
「ああ。お前が脱いだらな」
「………」
日本には「裸の付き合い」などという言葉があるけれど。義父の声には親しみというものが全く感じられない。
黙っていると輝一朗が立ち上がり、思わず身を竦めてしまった。怯えているのは気付いているだろうが、これでは対等に話をするどころではない。
和馬の脇を擦り抜けた輝一朗は重厚な造りの机からこれも重そうな木製の椅子を引き摺り、ベッドの側面と向かい合うように置いた。飴色に塗られたマホガニー材のアンティークチェアは見るからに高そうだ。そこで話をしてくれるということだろう。
もう一度マットレスに座る喜一郎は冷ややかに和馬を見る。それだけだ。何も言葉は発さない。
なのに凝視する和馬は無言の圧力に先刻の決意が揺らぎそうになった。
何千、何万という社員の人生を負い、世界の魑魅魍魎と渡り合う男の凄烈な存在感に呼吸も乱れる。
眼前の男は、和馬がこれまでに出会ってきた教師やバイト先の大人達とは人間の格が違うと、肌で感じる。新宿で擦れ違うチンピラなどとは比べものにならないほど恐ろしい男なのだ。
自分などが敵うはずはないと思い知った。
「……それも」
義父が放つ毒気にあてられたように、気がつけば命じられるままシャツを脱いでいた。
ズボンも、そして下着も。
「くっ。それもだ」
笑いを含む声に従い靴下も脱いで全裸になり、炯々と青い炎が燃え盛るような鋭い視線に裸身を晒す。
「お…義父、さん」
「喋らなくていい」
話を。脱いだら話してくれるという約束だ。――約束?そんなもの、していない。
恐い、恐ろしい。
虚ろな瞳に絶望を広げる和馬とは逆に、義父の声は冷静だった。
「肌は極上に美しいが、少し身体を作った方がいいな。最低でも週に二回はジムに通いなさい」
俯く和馬の耳に、「掛けて」と聞こえる。顔を上げると義父はベッドと向かい合う、目の前の椅子を指していた。
「その椅子へ」
言われるまま、何も身に付けずに義父と膝がぶつかるほど近い椅子に座ったが。
「両足を乗せて」
「……っ」
「乗せなさい」
「……膝、が」
「ああ」
腰を上げた義父が自身のベルトに手を掛けたのを見て、唇を噛む和馬は目を背ける。
「……ふむ」
覆い被さる義父の身体。思い切り目を閉じて恐怖心を押さえ込むと、ぎっ、と椅子を前に、更にベッドの傍へと移動させられた。そして。
「痛っ――ひ、ぃ!」
「駄目か」
左の足首を取り上げて椅子に上げようとした輝一朗だが、諦めたのかその脚を肘置きに乗せ、外したベルトで肘置きと和馬の膝上をきつく固定した。
痛みと驚きと恐怖で涙ぐむ和馬に義父は告げる。
「よろしい。始めて」
「……え…?」
「私にお前が自慰する様を見せなさい」
「――な、なんで、そんな」
「喋らなくていい。次に反駁したらペナルティを与えよう」
抑揚のない声、感情の見えない双眸に完全に気を呑まれた。
右脚も折り曲げて狭い椅子に上げられ、ベッドに座る輝一朗に恥部を見せつけるような格好のまま、和馬は言われた通り自分のものを扱き始める。
――何で。俺はお義父さんとただ話をするだけのつもりだった。俺の言葉なんか聞いてくれなくていい、慧の将来をどう考えているのか、それを聞くだけで良かった。
なのに、何で……
「ふ………く……」
いくら扱いても兆しを見せないそれに、輝一朗は顔を綻ばせる。
「いい根性をしている」
「ちが、これ、は」
ぎし。三度義父が立ち上がる。覆う影が恐ろしくて見上げられない。
「ごめんなさい、お義父さん、すぐ」
「喋らなくていい、と言ったな?」
顎を摘み上げる義父はまだ笑っていた。
「でも」
「ああ、分かっている」
膝を付いた輝一朗は目の前の和馬の中心に顔を近付ける。
「―――」
「可愛いお前は人の手がなくては兆しも見せないのだな。わがままな王子様だ」
「ひっ」
続く悲鳴は自身の手のひらで防いだ。
和馬の先端に舌を押し当てた義父は、亀頭を唇で濡らした後、呑み込むように一気に奥まで和馬のものを挿れてしまった。
「んんん――っ!」
ずり落ちる右脚と左の腿を押し上げられて、椅子が軋むほど激しく口淫されれば、恐怖に縮こまっていた和馬の若芽も半ば強制的に首を擡げ始める。
「んっ、んっ、ん!――…!?」
「声を抑えろ、とは言っていないな?」
「ご…ごめんな、さい」
「悪い子だ」
左手首を、脚と一緒にネクタイで結ばれ。
「こちらは自分で押さえていなさい」
右膝を自らの手で掬い上げ、和馬は義父の口淫に耐えた。
「ん、ふっ…んぅっ」
「……声を…」
「んんっ、ん」
「カズヤ」
声と同時に亀頭に噛み付かれ、その罠に掛かったような痛みで声と、僅かな精液を洩らしてしまう。
一度開いてしまった唇からは、あられもない嬌声と哀願が溢れ出した。
「あ、あ、ふぅんっ――ひ、そこ、は……だめで…す…だめ」
角度を変えてくびれを歯で責められ、縊り切られる恐怖の後に舌先で絶妙に精路を刺激されて、慧以外にはされたことのない激しい責めに、和馬は椅子をガタガタ鳴らして耐えるのだが。
「あ、あ、で…で、ちゃ…出る、お義父さ――うぁ」
「輝一朗、だ。カズヤ」
「ふ…ぅ…も、だめ、おとうさ」
瞬間温もりを外され、和馬のものを手折るような握力に容赦はない。
「っひぎ――っ!」
「輝一朗。言ってごらん。私の名だ」
「ぁ……ぁ……き、ちろ、さん」
刹那、下方から伸び上がった唇が音を立てて奪うように和馬の唇を覆い、乱暴に絡みついた舌を食む。冷静だった義父に獣のスイッチでも入ったかのような荒々しさで、ぢゅるぢゅると浅ましく和馬の唾液を吸い上げ、口腔内を犯すように歯列の裏まで下を這わせて蹂躙した。
キスとも言えないまるでレイプのような口付けに驚いたのか反応したのか、痛みに萎えかけた和馬のペニスがまた、息を吹き返してしまう。
「んぶ、ぁ…んふっ…んうぅ…」
「――輝一朗だ。もう一度」
「…っは……はっ……き、ち、ろう…」
俯く頬に涙が零れ、舐め取る輝一朗の頬は喜悦に上気していた。冷徹だった表情が不気味に歪んでいた。
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