雪の残響 ~エラリア帝国の終焉~

Dragonfly

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黄金の翼

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真っ白な光が薄れてゆく中、気が付けばヴェラは宮廷の一角と思われる、背高い塔の中の部屋の上空に浮いていた。

円蓋の天井には、初代皇帝と神の契約を描いた壁画。
中央の石床には“黄金の鷹”の紋章。

眼下には、4人の若者と5人の貴婦人の姿がある。

高い窓から差し込む白い夜明けが石壁を金色に染め、5人の貴婦人がまとう5つの一族の色の鮮やかさを映えさせていた。

――これは、〈神の間〉……?――

ヴェラですら、入ったことはない。

宮殿内で最も古く、最も沈黙に満ち……そして、次の皇帝を選定するその時に、先帝の妃達と次の皇帝の候補者たちにしか、開かれない空間。

紅い色が、衣の裾を翻した。

見覚えのある顔——先代の皇帝が死去した時に、紅の妃だった皇太后エレナだ。

ということは、他の4人の貴婦人は、それぞれ先の皇帝の黄・蒼・翠・白の妃達。

五人の妃たちは円環を描くように立ち、その内側でさらに、4人の若者が円環を描いて立っている。

若者たちは、頭上の光窓から射す一筋の朝光を仰ぎ、思い思いに祈りを捧げているように見えた。

その中に、ひときわ若いーー赤い上着をまとった、アルセニイの姿がある。

その灰色の瞳の奥は既にうっすらと淀んでいて、この儀式にも皇帝の座にもさほど興味がないようにも見える。

誰も、何も言わない。

一番年長の若者が、うやうやしく頭を垂れた。白い礼服をまとった、第一皇子ーー彼はアルセニイが皇帝の座についた数年後、国中で流行した熱病に罹患して、若くして命を落とした。

続いて、二番目の若者も静かに頭を下げる。蒼いケープの、第二皇子ーー彼はアルセニイが皇帝の座につくと間もなく、専任の神官となって政治の表舞台からは引いた。

そして、豪奢な金糸に縁取られた上着の第三皇子が、ひときわ深々と頭を下げるーー彼はこの十年ほど後にアルセニイに叛意を起こし、南海の孤島〈海の果て〉に幽閉され、それ以降の去就は誰の知るところでもなくなった。後にその行方を確認したところ、幽閉先で亡くなっていたらしい。

最後にアルセニイが、無造作に頭を下げる。

だが、その瞬間ーー室内の空気が一変した。
天窓から差す光がアルセニイの足元に集まり、“黄金の鷹”の紋章の上で反射する。

神殿の高窓から、一枚の羽根が舞い降りてきた。

妃達は誰も動かず、誰も息を吐かず、ただその羽根の行方を見守る。

羽根は、ゆっくりと旋回しながら降りていく。

候補者たちの背をかすめ、風に乗って揺れ、 そして――ただ一人の背の上で留まった。

次の瞬間、沈黙の中に幻影が立ち上がった。

光がアルセニイの背後で裂け――双つの翼を形作る。

黄金の翼。

それは実体ではなく、光でもなく、 ただ「見えた」。

紅の妃エレナが、大きく息を飲む。

4人の候補者たちは顔を上げ、末弟の背に広がる徴を認めた。

黄金の輝きはアルセニイの背と肩から溢れ出し、天蓋の鷹の壁画と重なっている。

誰もが言葉を発さず、ただその幻影を見つめた。

彼らの顔に浮かんだのは、静かな理解。

紅の妃エレナが目を閉じ、静かに、息子に向かってひざまずいた。

「皇帝、アルセニイ一世……」

他の4人の妃達が、3人の兄達が、それに続く。

アルセニイは無関心な瞳で、彼らを見渡した。

その瞬間、鐘が鳴った。
どこか遠くで、まだ夜の名残を閉じ込めた塔の鐘が。
それは祝福とも、葬送ともつかぬ音だった。

アルセニイはうつむき、掌を握った。
背の翼が静かに消えていく――その掌に残ったものは、なんだったのか。

その日、帝国は新たな皇帝を得た。

彼の背には、誰も触れられぬ黄金の翼が宿っていた。

それは沈黙の中で選ばれた者の証。語られぬ神託、神の声の証だった。

――神はなぜこの時……陛下を……アルセニイ一世を、選ばれたの……?――

ヴェラの心に自然に浮かんだ疑問に、答える声は、もちろんない。

全てを見届けたヴェラの視界を、真っ白な光が覆いつくしてゆく。


 

光は――全てを、包み込んだ。
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