30 / 30
エピローグ
終わりと始まり
しおりを挟む
北の空は透き通り、月は白く、鋭い光を雪原に落としていた。
雪片は静かに舞い、森と山と湖を覆い尽くし、足跡を白で隠す。
冷たい空気の中に、過去の記憶のざわめきが溶け込む。
たたずむヴェラの胸に去来するのは、愛に飲まれ滅びた者たちの影だった。
紅の妃ハーモニアの――美しく、冷たく、権力に囚われた孤独。
愛に翻弄され、手に入らぬものを追い続けたその魂は、雪に反射する月光の中で儚く揺れた。
翠の妃イレーネの――最後に神に殉じた痛ましさ。
凍てつく夜の空に溶け、静かに、しかし確かに消えぬ光を残す。
ヴェラの手は過去の痛みを抱えたまま、雪明かりに伸びた。
心は震え、胸は熱く、思い出の影に引き裂かれる痛みがあった。
それでも、雪の光がその痛みを柔らかく包み込み、冷たさは暖かさに変わる。
世界の破壊と死の中でも、わずかな光が未来への道を示すのだと、ヴェラは思う。
隣に立つミハイルの肩には、雪がうっすらと積もっていた。
彼の目は、遠くの山々や雪原に反射する月光のように、揺るぎなく暖かい。
「私たちは、もうこれ以上、何からも逃げなくていいのですね」
ヴェラは静かにささやいた。
その声は雪片に乗って、森の奥まで届く。
「そうだな。もう誰も――何も、私たちを縛るものはない」
ミハイルは微笑み、軽く首をかしげる。
「奇妙な気分だよ、ヴェラ」
彼は手を差し伸べ、ヴェラの指先と触れ合わせた。
多くのことが、あった。
多くの犠牲も、あった。
多くの想定外も起こり、強大な嵐や渦が彼らの周りを激しく吹き荒れた。
だが、ヴェラが思っていた以上に、自らに科していた枷を外した後のミハイルの動きが素早くかつ活動的であったこと、それに応じたセルゲイの反応がまた素晴らしかったこと……それらが大きく、革命の根底を支えた。
そして……今、ふたりはここに並んで立っている。
小さな雪の結晶が互いの肩を覆い、息遣いの白い霧が夜空に溶けていく。
言葉は少なくとも、心の中で交わされる約束は確かだ。
ふたりの足跡は雪に刻まれ、互いに重なり合う。
過去の帝国の残骸、権力と嫉妬に絡め取られた魂の影――すべてが白銀の世界に溶けて、静かに消えていった。
雪の光に照らされたヴェラの瞳は、凍てつく夜空にまっすぐ向けられている。
「ヴェラ」
「はい……?」
「ーー愛しているよ」
唐突なミハイルの告白に、ヴェラの目が驚きに見開かれた。
「よく考えてみたら、ちゃんと言ったことがなかった……と思って、な」
はにかむように小さく、ミハイルはほほえんだ。
「なんだか、今さら、当たり前すぎるが」
「ミハイル……」
ヴェラはぎゅっと、彼を抱きしめた。
ミハイルは、気が付いているのだろうか。常に彼女の想いに応える形で動き続けてきた彼が、はじめて自らの側から彼女に心の内を伝えたことを。
「私も、あなたを愛してます」
ミハイルの手がヴェラの手を取り、その甲に優しく唇を触れる。
この人の命を繋ぎ、この人と並んで生きる……それだけの願いを叶えるために、本当に長く辛く苦しい道を歩いてきた。
自分の行動が正しかったのかどうか、ヴェラには今もわからない。
けれど……少なくとも彼女は、望む未来を手に入れた。
そのことに、一切の後悔もない。
風が森を抜け、雪を舞い上げた。
雪明かりは過去の影を隠し、未来を照らす。
雪の世界に二つの魂は溶け込み、 凍てつく大地の上で寄り添い、未来を抱く――。
北の雪は、静かに降り続ける。
過去の悲しみを覆い、未来の誓いをそっと抱き上げるように。
雪片は静かに舞い、森と山と湖を覆い尽くし、足跡を白で隠す。
冷たい空気の中に、過去の記憶のざわめきが溶け込む。
たたずむヴェラの胸に去来するのは、愛に飲まれ滅びた者たちの影だった。
紅の妃ハーモニアの――美しく、冷たく、権力に囚われた孤独。
愛に翻弄され、手に入らぬものを追い続けたその魂は、雪に反射する月光の中で儚く揺れた。
翠の妃イレーネの――最後に神に殉じた痛ましさ。
凍てつく夜の空に溶け、静かに、しかし確かに消えぬ光を残す。
ヴェラの手は過去の痛みを抱えたまま、雪明かりに伸びた。
心は震え、胸は熱く、思い出の影に引き裂かれる痛みがあった。
それでも、雪の光がその痛みを柔らかく包み込み、冷たさは暖かさに変わる。
世界の破壊と死の中でも、わずかな光が未来への道を示すのだと、ヴェラは思う。
隣に立つミハイルの肩には、雪がうっすらと積もっていた。
彼の目は、遠くの山々や雪原に反射する月光のように、揺るぎなく暖かい。
「私たちは、もうこれ以上、何からも逃げなくていいのですね」
ヴェラは静かにささやいた。
その声は雪片に乗って、森の奥まで届く。
「そうだな。もう誰も――何も、私たちを縛るものはない」
ミハイルは微笑み、軽く首をかしげる。
「奇妙な気分だよ、ヴェラ」
彼は手を差し伸べ、ヴェラの指先と触れ合わせた。
多くのことが、あった。
多くの犠牲も、あった。
多くの想定外も起こり、強大な嵐や渦が彼らの周りを激しく吹き荒れた。
だが、ヴェラが思っていた以上に、自らに科していた枷を外した後のミハイルの動きが素早くかつ活動的であったこと、それに応じたセルゲイの反応がまた素晴らしかったこと……それらが大きく、革命の根底を支えた。
そして……今、ふたりはここに並んで立っている。
小さな雪の結晶が互いの肩を覆い、息遣いの白い霧が夜空に溶けていく。
言葉は少なくとも、心の中で交わされる約束は確かだ。
ふたりの足跡は雪に刻まれ、互いに重なり合う。
過去の帝国の残骸、権力と嫉妬に絡め取られた魂の影――すべてが白銀の世界に溶けて、静かに消えていった。
雪の光に照らされたヴェラの瞳は、凍てつく夜空にまっすぐ向けられている。
「ヴェラ」
「はい……?」
「ーー愛しているよ」
唐突なミハイルの告白に、ヴェラの目が驚きに見開かれた。
「よく考えてみたら、ちゃんと言ったことがなかった……と思って、な」
はにかむように小さく、ミハイルはほほえんだ。
「なんだか、今さら、当たり前すぎるが」
「ミハイル……」
ヴェラはぎゅっと、彼を抱きしめた。
ミハイルは、気が付いているのだろうか。常に彼女の想いに応える形で動き続けてきた彼が、はじめて自らの側から彼女に心の内を伝えたことを。
「私も、あなたを愛してます」
ミハイルの手がヴェラの手を取り、その甲に優しく唇を触れる。
この人の命を繋ぎ、この人と並んで生きる……それだけの願いを叶えるために、本当に長く辛く苦しい道を歩いてきた。
自分の行動が正しかったのかどうか、ヴェラには今もわからない。
けれど……少なくとも彼女は、望む未来を手に入れた。
そのことに、一切の後悔もない。
風が森を抜け、雪を舞い上げた。
雪明かりは過去の影を隠し、未来を照らす。
雪の世界に二つの魂は溶け込み、 凍てつく大地の上で寄り添い、未来を抱く――。
北の雪は、静かに降り続ける。
過去の悲しみを覆い、未来の誓いをそっと抱き上げるように。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした
鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました
幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。
心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。
しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。
そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた!
周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――?
「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」
これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。
夫と婚姻してから三年という長い時間。
その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
廃城の泣き虫アデリー
今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって…
表紙はフリー素材です
【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない
miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。
断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。
家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。
いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。
「僕の心は君だけの物だ」
あれ? どうしてこうなった!?
※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。
※ご都合主義の展開があるかもです。
※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる