雪の残響 ~エラリア帝国の終焉~

Dragonfly

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エピローグ

終わりと始まり

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北の空は透き通り、月は白く、鋭い光を雪原に落としていた。
雪片は静かに舞い、森と山と湖を覆い尽くし、足跡を白で隠す。

冷たい空気の中に、過去の記憶のざわめきが溶け込む。
たたずむヴェラの胸に去来するのは、愛に飲まれ滅びた者たちの影だった。

紅の妃ハーモニアの――美しく、冷たく、権力に囚われた孤独。
愛に翻弄され、手に入らぬものを追い続けたその魂は、雪に反射する月光の中で儚く揺れた。

翠の妃イレーネの――最後に神に殉じた痛ましさ。
凍てつく夜の空に溶け、静かに、しかし確かに消えぬ光を残す。

ヴェラの手は過去の痛みを抱えたまま、雪明かりに伸びた。

心は震え、胸は熱く、思い出の影に引き裂かれる痛みがあった。
それでも、雪の光がその痛みを柔らかく包み込み、冷たさは暖かさに変わる。

世界の破壊と死の中でも、わずかな光が未来への道を示すのだと、ヴェラは思う。

隣に立つミハイルの肩には、雪がうっすらと積もっていた。
彼の目は、遠くの山々や雪原に反射する月光のように、揺るぎなく暖かい。

「私たちは、もうこれ以上、何からも逃げなくていいのですね」

ヴェラは静かにささやいた。
その声は雪片に乗って、森の奥まで届く。

「そうだな。もう誰も――何も、私たちを縛るものはない」

ミハイルは微笑み、軽く首をかしげる。

「奇妙な気分だよ、ヴェラ」

彼は手を差し伸べ、ヴェラの指先と触れ合わせた。

多くのことが、あった。
多くの犠牲も、あった。

多くの想定外も起こり、強大な嵐や渦が彼らの周りを激しく吹き荒れた。

だが、ヴェラが思っていた以上に、自らに科していた枷を外した後のミハイルの動きが素早くかつ活動的であったこと、それに応じたセルゲイの反応がまた素晴らしかったこと……それらが大きく、革命の根底を支えた。

そして……今、ふたりはここに並んで立っている。

小さな雪の結晶が互いの肩を覆い、息遣いの白い霧が夜空に溶けていく。
言葉は少なくとも、心の中で交わされる約束は確かだ。

ふたりの足跡は雪に刻まれ、互いに重なり合う。
過去の帝国の残骸、権力と嫉妬に絡め取られた魂の影――すべてが白銀の世界に溶けて、静かに消えていった。
雪の光に照らされたヴェラの瞳は、凍てつく夜空にまっすぐ向けられている。

「ヴェラ」
「はい……?」
「ーー愛しているよ」

唐突なミハイルの告白に、ヴェラの目が驚きに見開かれた。

「よく考えてみたら、ちゃんと言ったことがなかった……と思って、な」

はにかむように小さく、ミハイルはほほえんだ。

「なんだか、今さら、当たり前すぎるが」
「ミハイル……」

ヴェラはぎゅっと、彼を抱きしめた。
ミハイルは、気が付いているのだろうか。常に彼女の想いに応える形で動き続けてきた彼が、はじめて自らの側から彼女に心の内を伝えたことを。

「私も、あなたを愛してます」

ミハイルの手がヴェラの手を取り、その甲に優しく唇を触れる。

この人の命を繋ぎ、この人と並んで生きる……それだけの願いを叶えるために、本当に長く辛く苦しい道を歩いてきた。

自分の行動が正しかったのかどうか、ヴェラには今もわからない。
けれど……少なくとも彼女は、望む未来を手に入れた。
そのことに、一切の後悔もない。

風が森を抜け、雪を舞い上げた。
雪明かりは過去の影を隠し、未来を照らす。

雪の世界に二つの魂は溶け込み、 凍てつく大地の上で寄り添い、未来を抱く――。

北の雪は、静かに降り続ける。
過去の悲しみを覆い、未来の誓いをそっと抱き上げるように。
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