19 / 59
一話完結物語
嘘が残した想いの残滓
しおりを挟む
一つの広告が、老いた男の目に留まった。
『貴方のコピーと言えるロボット、お作りします』
この手の広告を見るのは、初めてではない。
十年以上前に製品化されたその技術は、今や目新しくも何ともないものだ。
しかし浮かぬ顔をしていた男は、その宣伝文句に目を輝かせた。
(その手が、あったか……!)
男は妻に出かけることを伝えると、ロボット制作会社へ足を向けた。
目的地を聞かれたら嘘をつくつもりだったが、妻が行き先を気にした様子はない。
おおかた、趣味の仮想世界探索に出かけたとでも思われているのだろう。
異世界探索体験機を使った虚構の世界の探索は、男にとって昔からの趣味だ。
しかしこの日の男は、現実のことしか頭に無かった。
「広告を見て、自分のコピーを作りたいと思って来たんだが……」
「コピーロボット制作ですね。どうぞ、お座りになってください」
受付の男が説明を始める。
ロボットなんかで自分のコピーが作れるのだろうかと思っていた男だが、その心配は杞憂に終わった。
コピーロボットがあまりにも忠実に、一人の人間を再現するものだったからだ。
ロボットに必要ないと思える機能でさえ、人間にあるものは全て備えている。
思考回路や行動の再現も完璧だ。
「しかしそうなると、ロボットの方も自分のことを本物だと思ってしまうんじゃ……?」
「その辺はこちらの資料にあるように、あくまでコピーとして調整させて頂きますし、ご本人様の命令には従うようになっております。
犯罪行為は行えないようになっているので、反社会的な方のコピーは言動が変わってしまうこともありますが、ご了承頂ければと思います」
「幾分か善人になってしまうと言うわけか」
男は自嘲する。別に犯罪に手を染めようとは思わないが、それでもロボットの方が優秀であるような気がした。
「一人の人間として生活して欲しいと思ってるんだが、ロボットだと周りにバレることは無いだろうか?」
「病院へ行くと分かってしまいますね。
病気の再現率を調整したり、重大なケガを回避する機能をつけられますので、そこで調整して頂くことになります」
男は頷き、念入りに打ち合わせをして、一人の人間として生活出来る形を作っていく。
注文を済ませた後、ふと気になったことを男は口にした。
「このロボットに、心はあるのか?」
「最新の研究によって、主観的な意識は無いことが証明されました。
身体の情報や脳内の電気信号を再現しただけで、心を持たないという意味では自動掃除ロボットと変わりません」
「……そうか」
いっそ、心の存在まで再現されてくれれば良かったんだがな。
そう思いつつ、男は店を後にする。
この計画が、上手くいってくれることを願いながら。
数日後、完成したロボットを連れて男は帰路についた。
家の近くまで来たところで、ロボットに命令する。
「いいか、俺はこの家を去る。後はお前が俺としてこの家で過ごすんだ。
ロボットだとバレるなよ。定期メンテナンスへ行く時には嘘をつけ。
お前は、俺として生活するんだ」
ロボットは男と同じ顔で、にやりと笑う。
「任せておけ。俺は、お前なんだ。お前の考えていることなんて、全てわかってるさ」
男は頷き、家へと向かうロボットを見送る。
余命が少ないと知らされたのは、ひと月前のことだった。
覚悟は、していた。
生きられる限り生きて、死ぬ時は死んでいく、今さら生き物の摂理に異論はない。
気がかりなのは、残して行く妻との約束のことだ。
(結婚する時、ずっと一緒に居るって約束しちまったからなぁ……)
若気の至りだと、勢いで言った言葉だったと、反故にするのは簡単だ。
いつか必ず、別れの時は来る。
それくらいの分別は、男も持っていた。
しかし男自身のささやかで青臭いプライドが、それを良しとしない。
嘘をつくのが悪いことだなどと、綺麗ごとを言うつもりもないが。
それでも、強い気持ちを込めた自身の言葉を嘘にするのは、気分が悪かった。
――バレなければ、嘘にはならない。
頼むぞ、相棒。
俺の言葉を、嘘にしないように。俺の意志は、お前が継いでくれ。
それとも、やはり自分のこの行動は、嘘をついたことになるのだろうか。
別れも言わずにひっそりと去ることが、寂しくないと言えば嘘になるが。
住み慣れた家を後にする男の口元には、これで良いのだという微笑みが浮かんでいた。
数年後。
老いた女は医者から余命が残り少ないことを告げられ、憂鬱な日々を過ごしていた。
(ずっと一緒に居ると、誓ってしまった仲だものねぇ)
相手を残して、この世を去る自分は。
あの誓いを、嘘にするしかないのだろうか。
憂鬱な気持ちで過ごしていた女の目に、一つの広告が飛び込んでくる。
『貴方のコピーと言えるロボット、お作りします』
* * * *
男と女が、その家を去った後も。
その家からは時折、他愛のない会話や笑い声が聞こえる。
二人の嘘が残した、想いの残滓が。
いつまでも、穏やかに過ごしていた。
いつまでも、いつまでも、過ごしていた。
END
『貴方のコピーと言えるロボット、お作りします』
この手の広告を見るのは、初めてではない。
十年以上前に製品化されたその技術は、今や目新しくも何ともないものだ。
しかし浮かぬ顔をしていた男は、その宣伝文句に目を輝かせた。
(その手が、あったか……!)
男は妻に出かけることを伝えると、ロボット制作会社へ足を向けた。
目的地を聞かれたら嘘をつくつもりだったが、妻が行き先を気にした様子はない。
おおかた、趣味の仮想世界探索に出かけたとでも思われているのだろう。
異世界探索体験機を使った虚構の世界の探索は、男にとって昔からの趣味だ。
しかしこの日の男は、現実のことしか頭に無かった。
「広告を見て、自分のコピーを作りたいと思って来たんだが……」
「コピーロボット制作ですね。どうぞ、お座りになってください」
受付の男が説明を始める。
ロボットなんかで自分のコピーが作れるのだろうかと思っていた男だが、その心配は杞憂に終わった。
コピーロボットがあまりにも忠実に、一人の人間を再現するものだったからだ。
ロボットに必要ないと思える機能でさえ、人間にあるものは全て備えている。
思考回路や行動の再現も完璧だ。
「しかしそうなると、ロボットの方も自分のことを本物だと思ってしまうんじゃ……?」
「その辺はこちらの資料にあるように、あくまでコピーとして調整させて頂きますし、ご本人様の命令には従うようになっております。
犯罪行為は行えないようになっているので、反社会的な方のコピーは言動が変わってしまうこともありますが、ご了承頂ければと思います」
「幾分か善人になってしまうと言うわけか」
男は自嘲する。別に犯罪に手を染めようとは思わないが、それでもロボットの方が優秀であるような気がした。
「一人の人間として生活して欲しいと思ってるんだが、ロボットだと周りにバレることは無いだろうか?」
「病院へ行くと分かってしまいますね。
病気の再現率を調整したり、重大なケガを回避する機能をつけられますので、そこで調整して頂くことになります」
男は頷き、念入りに打ち合わせをして、一人の人間として生活出来る形を作っていく。
注文を済ませた後、ふと気になったことを男は口にした。
「このロボットに、心はあるのか?」
「最新の研究によって、主観的な意識は無いことが証明されました。
身体の情報や脳内の電気信号を再現しただけで、心を持たないという意味では自動掃除ロボットと変わりません」
「……そうか」
いっそ、心の存在まで再現されてくれれば良かったんだがな。
そう思いつつ、男は店を後にする。
この計画が、上手くいってくれることを願いながら。
数日後、完成したロボットを連れて男は帰路についた。
家の近くまで来たところで、ロボットに命令する。
「いいか、俺はこの家を去る。後はお前が俺としてこの家で過ごすんだ。
ロボットだとバレるなよ。定期メンテナンスへ行く時には嘘をつけ。
お前は、俺として生活するんだ」
ロボットは男と同じ顔で、にやりと笑う。
「任せておけ。俺は、お前なんだ。お前の考えていることなんて、全てわかってるさ」
男は頷き、家へと向かうロボットを見送る。
余命が少ないと知らされたのは、ひと月前のことだった。
覚悟は、していた。
生きられる限り生きて、死ぬ時は死んでいく、今さら生き物の摂理に異論はない。
気がかりなのは、残して行く妻との約束のことだ。
(結婚する時、ずっと一緒に居るって約束しちまったからなぁ……)
若気の至りだと、勢いで言った言葉だったと、反故にするのは簡単だ。
いつか必ず、別れの時は来る。
それくらいの分別は、男も持っていた。
しかし男自身のささやかで青臭いプライドが、それを良しとしない。
嘘をつくのが悪いことだなどと、綺麗ごとを言うつもりもないが。
それでも、強い気持ちを込めた自身の言葉を嘘にするのは、気分が悪かった。
――バレなければ、嘘にはならない。
頼むぞ、相棒。
俺の言葉を、嘘にしないように。俺の意志は、お前が継いでくれ。
それとも、やはり自分のこの行動は、嘘をついたことになるのだろうか。
別れも言わずにひっそりと去ることが、寂しくないと言えば嘘になるが。
住み慣れた家を後にする男の口元には、これで良いのだという微笑みが浮かんでいた。
数年後。
老いた女は医者から余命が残り少ないことを告げられ、憂鬱な日々を過ごしていた。
(ずっと一緒に居ると、誓ってしまった仲だものねぇ)
相手を残して、この世を去る自分は。
あの誓いを、嘘にするしかないのだろうか。
憂鬱な気持ちで過ごしていた女の目に、一つの広告が飛び込んでくる。
『貴方のコピーと言えるロボット、お作りします』
* * * *
男と女が、その家を去った後も。
その家からは時折、他愛のない会話や笑い声が聞こえる。
二人の嘘が残した、想いの残滓が。
いつまでも、穏やかに過ごしていた。
いつまでも、いつまでも、過ごしていた。
END
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル
ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。
しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。
甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。
2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる