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一話完結物語
殺意への復讐
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夜闇の中、ガーデンライトは侵入者を探し出すサーチライトのように、広い庭を照らしていた。
庭の片隅を、庭木の影を縫うようにして黒づくめの男が進む。
足音を忍ばせ、息を殺しながら、庭に囲まれた館に向かって。
暗がりの中、よほど夜目が利く者でなければ、気づくことは出来ないだろう。
闇に溶け込むような、男の存在にも。
その手には銃が、いつでも撃てるように構えられていることも。
――おかしい。
辺りを警戒しながら、館に侵入しようとしていた男は、激しい違和感に苛まれていた。
何故、下調べをした時には数人居たはずの見張りが、一人も居ないのか。
何故、庭をうろついていたはず番犬達が、一匹も居ないのか。
侵入が容易くなったと、喜ぶことは出来なかった。何か異常事態が起きていることは明らかだ。
より警戒を強めながら進む男の目に映ったのは……
館の前に倒れている、数人の男の姿だった。
血を流し絶命している、おそらくは館の見張りだったはずの男達。
それぞれに銃弾を受けた痕があり、その手には銃が握られていた。
銃撃戦の跡に、男は舌打ちを漏らし、館の中へと足を踏み入れる。
その警戒を、最大限に引き上げながら。
犯罪組織の、幹部の邸宅へと。
館の中は、静まり返っていた。
二階まで吹き抜けになっている広いエントランスホールには、死体がいくつか転がっている。
息は無いが、まだ温かい。戦いから、そう時間は経っていないようだ。
男の予定では、ここで銃撃戦を繰り広げるのは自分の役目であるはずだった。
しかし、すでに戦いは終わっている。
男は自分の前を、もう一人の自分が先に歩んでいるかのような、奇妙な錯覚に囚われた。
――馬鹿げた妄想だ。
現実感が失われる様なその感覚を振り払い、館の主の部屋を探す。
エントランスから階段を上り、館の奥へと歩みを進めると、開け放たれたままの扉があった。
部屋の前に倒れているのは、護衛だった男達だろうか。
男がそっと中をうかがうと、そこには館へ来て初めて、生きた人の姿があった。
「ごきげんよう? 別に隠れなくても、もうこの家の中で生きているのは私だけよ。
私に気づかれたくないというのなら……もう、気づかれている訳だしね?」
重厚な事務机に腰かけて足をぶらつかせている、ドレスを纏った一人の少女。
黒を基調としたドレスには、レースやフリル等の装飾があしらわれており、ある意味で豪奢な館に相応しい格好と言えた。
一見、血や硝煙とは無縁にも見える存在。
しかしその手の中で弄ばれている自動式拳銃は、一連の戦いが少女によるものであることを物語っている。
そのアンバランスさと、ギョロリとした爬虫類のような少女の目に、男は可憐さよりもむしろ不気味さを少女に感じていた。
「君は、誰だ? そこで頭から血を流しているのは、この館の主か?」
「ええ、そうよ。そして、貴方はこの人を殺しに来た、殺し屋さんでしょう?
私は貴方を返り討ちにした上で、敵対する組織の人を殺すようにと、この人に雇われた殺し屋なんだけどね」
傍らの死体を指しながら、淡々と語る少女。
自分がここに来ることが、知られていた。いや、それ以前に、なぜ自分と敵対するはずだった少女が、館の人間を全滅させているのか。
混乱する男の前で、少女はつまらなそうに言葉を続ける。
「貴方を殺すのは、やめておくわ。貴方からは、殺意の匂いがしない」
「殺意の、匂い?」
「人を殺したいという、意志の匂い。欲望の匂い、願望の匂い。貴方には、それが無い。
貴方から感じるのは、ただの仕事の匂い。それなら、殺すべきは貴方を道具として利用しようとした……殺意を持った、依頼主」
「いや、待て。何だ、その殺意の匂いっていうのは」
「わかるのよ」
少女はストンと机から降り、部屋の出口に向かって真っすぐ歩き始める。
まるでその瞳に男の姿など、もう映っていないかのように。
「だいたい、なんで君は館の人間を全滅させたんだ。君にとっては、依頼主だったんじゃないのか?」
「人を殺そうとするような人間なんて、死んで当然。そうは思わない?」
殺し屋である男を、そして少女自身の行為を、否定するかのような言葉。
絶句する男に背を向けたまま、少女はふと何かを思い出したように立ち止まる。
「そうそう、早くここを離れたほうがいいわよ。
応援を呼んでいたようだから、今に組織のお仲間が、たくさんここに来るんじゃないかしら」
その男達は、少女が思っていたよりもずっと早く到着した。
館の扉を開け放ちエントランスになだれ込む、十数人の男達。
階段の上に少女の姿を見つけ、男達は拳銃を構えながら口々に叫ぶ。
「てめぇか、仲間をやりやがったのは!」
「なめやがって!」
銃を向けられた少女の行動は、速かった。
男達が引き金を引くより速く、その身を躍らせ、手すりを乗り越える。
破裂音と共に放たれた銃弾は少女の頭上を通り過ぎ、少女の身体は一階へと降り立った。
「なっ……!?」
その行動に虚をつかれながらも、男達は再び狙いを定め、次々に銃を撃ち放つ。
標的の身体を貫くはずだったその弾丸は、しかし、少女に当たることは無かった。
引き金を引く瞬間、少女の身体が射線から外れる。
まるで射線を読み切った上で、引き金にかけた指が動く瞬間を、前もって知っているかのように。
絶妙なタイミングで身をかわしたその勢いを殺さず、クルクルと舞うように回りながら、少女は銃弾をかわし続ける。
銃弾を避けながらも、いつ狙いをつけたのかわからない一瞬のうちに、少女もまた拳銃を撃ち放つ。
その弾丸は無慈悲に、正確に、男達の命を奪っていった。
一人、また一人と仲間が倒れていく中、男達は引き金を引き続ける。
――ありえねぇ…!
この人数の銃を全てかわし続けることなど、出来るはずがない。
かわす隙間もないほどの弾幕なら、避けることなど出来ないはずだ。
そんな男達の思惑が当たっていたのか、少女はその場で銃弾をかわすのを止め、飛び出すように横に駆ける。
そうだろうと、男の一人は思った。
立て続けに、無数に放たれる銃弾を避け続けることなど、出来るはずがない。
逃げる他はないはずだ。
あとは追い詰めて、その体に銃弾を叩きこめば……
「え……?」
刹那。
少女の動きに合わせて、狙いを横にずらしていた男達の目の前で。
少女の身体が、唐突に飛び上がった。
階段の手すりを足場にした、人間離れした跳躍。
飛来する少女に即座に狙いを定められるほどの力は、男達には無い。
男達の銃弾が空を切る中、少女は空中から数人の男を射抜きながら着地する。
すでに半分以下になった男達の真ん中に降り立った少女は。
容赦なく、周囲の男に向けて凶弾を放った。
「凄いな……」
二階から様子をうかがっていた殺し屋の男は、思わず独り言を漏らしていた。
相手の攻撃を避けながら、舞うように立ち回る黒ドレスの少女の動きは、さながら舞踏のようであり。
無駄のない動きで、まっすぐに銃口をつきつけ、銃弾を叩きこんでいく様は、まるで武道のようだ。
最後の一人になった男が、恐怖に顔を強張らせながら後ずさる。
「何だ……何なんだ、てめぇは……!!」
数で優位に立っていたはずの男に、もはや勝機は無かった。
冷や汗を流している男とは対照的に、少女は汗一つかいていない。
息を切らす事さえなく、ただ淡々と。淡々と、男の言葉に答える。
「私が誰なのかは、貴方には関係がないわ。知っても、知らなくても、貴方はどうせ死ぬのだし。
よく言うでしょう? 人を殺そうとする時には、殺される覚悟もしておけって。
もっとも殺される覚悟があるからと言って、誰かを殺して良いとは限らないのだけれど」
言葉と裏腹に、少女は銃を男に向ける。
相手を殺す力を持った、武器を。
そんな少女の言葉が、男に届いたのかどうか。それは男自身にとってさえ、関係のないことだったのかもしれない。
「何なんだ、てめぇはよおぉ……!!」
やけくそで銃を撃とうとした、その男の銃口が少女に向けられるよりも速く。
少女の放った銃弾が、男の頭を貫いた。
「手伝って欲しいと、頼んだ覚えはないのだけれど?」
階段を下りてきた殺し屋の男に、少女は首を傾げながら不機嫌そうな目を向ける。
「確かに頼まれてはいないが、どのみち敵を全滅させないことには、俺もここを出られないからな」
「……なるほど、正論ね」
戦いの中、少女が銃口を向けた先。
一発しか撃っていないはずの銃の先で、二人、三人と男達が倒れるのを、少女は見た。
少女が撃ったように見せかけて、二階から放たれた弾丸。
倒れている男達の中に、それに気づいた者はいなかった。
「それにしても、君は一体、何者なんだ? さっきの動きは、なんと言うか……人間離れしすぎていると思うのだが」
「……とある組織に作られた、改造人間って言ったら、信じる?
人を殺すために生み出され、兵器として利用されるはずだった、異常に強化された改造人間」
「にわかには信じがたいが……さっきのを見た後では、信じるしか無い気がするよ。
それじゃあ、君はその、組織の仕事でここに?」
「いいえ。私を作った組織は、もう無いわ。私が滅ぼしたから」
爬虫類のような眼をした少女の瞳から、その感情はうかがい知れない。
けれど男は少女の口調から、わずかに感情の色を感じた。
「生きる喜びを感じる機能も、人類の繁栄を願う気持ちも、誰かの幸せを祈る心も無い。
あるのはただ、人を殺す能力だけ。
それがどれだけつまらないことか、貴方にわかる?」
淡々とした口調の中にこもる、静かな怒りの色。
「恋も、友情も。楽しさも哀しみもわからない。
知っている感情と言えば、無感情と、怒りと、退屈だけ。
それが、どれだけつまらないことか」
怒気がこもる。
「何のために、私は生まれてきたの?
どうして、こんなつまらない人生を、目的を、押し付けられることになってしまったの?
他の人は、喜んだり、悲しんだり、愛し合ったり競い合ったり。
あんなにも、楽しそうに過ごしているのに。
どうして私には、その心が、そのための欲望が備わっていないの?」
怒気がこもる。
「私が、誰かを殺すためだけに生み出されたというのなら。人の殺意が、私を生み出したというのなら。
私はそれを許さない。
だから、だから、だから……」
その言葉を境に、少女から感情の色が消えた。
怒りから、無感情に。
「私は、復讐する。こんなつまらないものを生み出した、人の『殺意』に」
そして退屈そうな、淡々とした口調に。
「だから、殺し屋をしているの。人を殺したいなんて依頼してくる人間を、殺意を持った人間を、手っ取り早く見つけるために。
人を殺そうとしている奴は、殺される。そんな噂が広まれば。誰も殺意なんて、抱かなくなるかもしれないでしょう?」
少女の語るその思想は、あまりにも稚拙で、矛盾に満ちた穴だらけのものだったが。
男は、それを否定しなかった。
同じようなことを、男もまた、考えたことがあったのだから。
「なるほどね、事情はわかった。
俺も事情は違えど、人の殺意ってやつがあまり好きではなくてね。
俺が仕事を請け負わなくても、他の誰かが仕事を頼まれるだけだから、あえて殺しの仕事を受けることにしているが……」
一呼吸の間をおいて、話すべき相手か見極める様に少女を見つめてから、男は言葉を続ける。
「人を殺したいなんて依頼してきた依頼主を、後で必ず殺すことにしている。
殺し屋としての名前とは、別の名前でね。
良ければ、手を組まないか? 俺と一緒に居れば、君の望む『殺意を持った人間』って奴に出会いやすいだろうし。
お互いに仕事がやりやすそうだ」
「……悪くないかもしれないわね。正直、難しい事を考えるのは苦手で、あまり依頼が来なくて困っていたところだし」
男は、思う。
自分が、少女が、本当に殺したいのは。殺さなくてはならないのは。
殺しに手を染めている、自分達自身だ。
けれど、その前に。やらなくてはならないことがある。
自分をこの世から消す前に、消さなくてはならない相手がいる。
その相手がいる限り……
自分達は、この道を生きていくのだろう。
その生き方が矛盾と間違いに満ちたものだと、百も知りながら。
「そうそう、殺し屋の仕事ではないかもしれないけれど。
とある国の首相が、戦争を起こしてたくさん人を殺そうとしているらしいのよ。
良ければその首相、一緒に殺しにいかないかしら?」
「それはまた、大仕事になりそうだな」
雑談のように、そんな会話を交わしながら。
二人の姿は、夜の闇の中に消えていった。
END
庭の片隅を、庭木の影を縫うようにして黒づくめの男が進む。
足音を忍ばせ、息を殺しながら、庭に囲まれた館に向かって。
暗がりの中、よほど夜目が利く者でなければ、気づくことは出来ないだろう。
闇に溶け込むような、男の存在にも。
その手には銃が、いつでも撃てるように構えられていることも。
――おかしい。
辺りを警戒しながら、館に侵入しようとしていた男は、激しい違和感に苛まれていた。
何故、下調べをした時には数人居たはずの見張りが、一人も居ないのか。
何故、庭をうろついていたはず番犬達が、一匹も居ないのか。
侵入が容易くなったと、喜ぶことは出来なかった。何か異常事態が起きていることは明らかだ。
より警戒を強めながら進む男の目に映ったのは……
館の前に倒れている、数人の男の姿だった。
血を流し絶命している、おそらくは館の見張りだったはずの男達。
それぞれに銃弾を受けた痕があり、その手には銃が握られていた。
銃撃戦の跡に、男は舌打ちを漏らし、館の中へと足を踏み入れる。
その警戒を、最大限に引き上げながら。
犯罪組織の、幹部の邸宅へと。
館の中は、静まり返っていた。
二階まで吹き抜けになっている広いエントランスホールには、死体がいくつか転がっている。
息は無いが、まだ温かい。戦いから、そう時間は経っていないようだ。
男の予定では、ここで銃撃戦を繰り広げるのは自分の役目であるはずだった。
しかし、すでに戦いは終わっている。
男は自分の前を、もう一人の自分が先に歩んでいるかのような、奇妙な錯覚に囚われた。
――馬鹿げた妄想だ。
現実感が失われる様なその感覚を振り払い、館の主の部屋を探す。
エントランスから階段を上り、館の奥へと歩みを進めると、開け放たれたままの扉があった。
部屋の前に倒れているのは、護衛だった男達だろうか。
男がそっと中をうかがうと、そこには館へ来て初めて、生きた人の姿があった。
「ごきげんよう? 別に隠れなくても、もうこの家の中で生きているのは私だけよ。
私に気づかれたくないというのなら……もう、気づかれている訳だしね?」
重厚な事務机に腰かけて足をぶらつかせている、ドレスを纏った一人の少女。
黒を基調としたドレスには、レースやフリル等の装飾があしらわれており、ある意味で豪奢な館に相応しい格好と言えた。
一見、血や硝煙とは無縁にも見える存在。
しかしその手の中で弄ばれている自動式拳銃は、一連の戦いが少女によるものであることを物語っている。
そのアンバランスさと、ギョロリとした爬虫類のような少女の目に、男は可憐さよりもむしろ不気味さを少女に感じていた。
「君は、誰だ? そこで頭から血を流しているのは、この館の主か?」
「ええ、そうよ。そして、貴方はこの人を殺しに来た、殺し屋さんでしょう?
私は貴方を返り討ちにした上で、敵対する組織の人を殺すようにと、この人に雇われた殺し屋なんだけどね」
傍らの死体を指しながら、淡々と語る少女。
自分がここに来ることが、知られていた。いや、それ以前に、なぜ自分と敵対するはずだった少女が、館の人間を全滅させているのか。
混乱する男の前で、少女はつまらなそうに言葉を続ける。
「貴方を殺すのは、やめておくわ。貴方からは、殺意の匂いがしない」
「殺意の、匂い?」
「人を殺したいという、意志の匂い。欲望の匂い、願望の匂い。貴方には、それが無い。
貴方から感じるのは、ただの仕事の匂い。それなら、殺すべきは貴方を道具として利用しようとした……殺意を持った、依頼主」
「いや、待て。何だ、その殺意の匂いっていうのは」
「わかるのよ」
少女はストンと机から降り、部屋の出口に向かって真っすぐ歩き始める。
まるでその瞳に男の姿など、もう映っていないかのように。
「だいたい、なんで君は館の人間を全滅させたんだ。君にとっては、依頼主だったんじゃないのか?」
「人を殺そうとするような人間なんて、死んで当然。そうは思わない?」
殺し屋である男を、そして少女自身の行為を、否定するかのような言葉。
絶句する男に背を向けたまま、少女はふと何かを思い出したように立ち止まる。
「そうそう、早くここを離れたほうがいいわよ。
応援を呼んでいたようだから、今に組織のお仲間が、たくさんここに来るんじゃないかしら」
その男達は、少女が思っていたよりもずっと早く到着した。
館の扉を開け放ちエントランスになだれ込む、十数人の男達。
階段の上に少女の姿を見つけ、男達は拳銃を構えながら口々に叫ぶ。
「てめぇか、仲間をやりやがったのは!」
「なめやがって!」
銃を向けられた少女の行動は、速かった。
男達が引き金を引くより速く、その身を躍らせ、手すりを乗り越える。
破裂音と共に放たれた銃弾は少女の頭上を通り過ぎ、少女の身体は一階へと降り立った。
「なっ……!?」
その行動に虚をつかれながらも、男達は再び狙いを定め、次々に銃を撃ち放つ。
標的の身体を貫くはずだったその弾丸は、しかし、少女に当たることは無かった。
引き金を引く瞬間、少女の身体が射線から外れる。
まるで射線を読み切った上で、引き金にかけた指が動く瞬間を、前もって知っているかのように。
絶妙なタイミングで身をかわしたその勢いを殺さず、クルクルと舞うように回りながら、少女は銃弾をかわし続ける。
銃弾を避けながらも、いつ狙いをつけたのかわからない一瞬のうちに、少女もまた拳銃を撃ち放つ。
その弾丸は無慈悲に、正確に、男達の命を奪っていった。
一人、また一人と仲間が倒れていく中、男達は引き金を引き続ける。
――ありえねぇ…!
この人数の銃を全てかわし続けることなど、出来るはずがない。
かわす隙間もないほどの弾幕なら、避けることなど出来ないはずだ。
そんな男達の思惑が当たっていたのか、少女はその場で銃弾をかわすのを止め、飛び出すように横に駆ける。
そうだろうと、男の一人は思った。
立て続けに、無数に放たれる銃弾を避け続けることなど、出来るはずがない。
逃げる他はないはずだ。
あとは追い詰めて、その体に銃弾を叩きこめば……
「え……?」
刹那。
少女の動きに合わせて、狙いを横にずらしていた男達の目の前で。
少女の身体が、唐突に飛び上がった。
階段の手すりを足場にした、人間離れした跳躍。
飛来する少女に即座に狙いを定められるほどの力は、男達には無い。
男達の銃弾が空を切る中、少女は空中から数人の男を射抜きながら着地する。
すでに半分以下になった男達の真ん中に降り立った少女は。
容赦なく、周囲の男に向けて凶弾を放った。
「凄いな……」
二階から様子をうかがっていた殺し屋の男は、思わず独り言を漏らしていた。
相手の攻撃を避けながら、舞うように立ち回る黒ドレスの少女の動きは、さながら舞踏のようであり。
無駄のない動きで、まっすぐに銃口をつきつけ、銃弾を叩きこんでいく様は、まるで武道のようだ。
最後の一人になった男が、恐怖に顔を強張らせながら後ずさる。
「何だ……何なんだ、てめぇは……!!」
数で優位に立っていたはずの男に、もはや勝機は無かった。
冷や汗を流している男とは対照的に、少女は汗一つかいていない。
息を切らす事さえなく、ただ淡々と。淡々と、男の言葉に答える。
「私が誰なのかは、貴方には関係がないわ。知っても、知らなくても、貴方はどうせ死ぬのだし。
よく言うでしょう? 人を殺そうとする時には、殺される覚悟もしておけって。
もっとも殺される覚悟があるからと言って、誰かを殺して良いとは限らないのだけれど」
言葉と裏腹に、少女は銃を男に向ける。
相手を殺す力を持った、武器を。
そんな少女の言葉が、男に届いたのかどうか。それは男自身にとってさえ、関係のないことだったのかもしれない。
「何なんだ、てめぇはよおぉ……!!」
やけくそで銃を撃とうとした、その男の銃口が少女に向けられるよりも速く。
少女の放った銃弾が、男の頭を貫いた。
「手伝って欲しいと、頼んだ覚えはないのだけれど?」
階段を下りてきた殺し屋の男に、少女は首を傾げながら不機嫌そうな目を向ける。
「確かに頼まれてはいないが、どのみち敵を全滅させないことには、俺もここを出られないからな」
「……なるほど、正論ね」
戦いの中、少女が銃口を向けた先。
一発しか撃っていないはずの銃の先で、二人、三人と男達が倒れるのを、少女は見た。
少女が撃ったように見せかけて、二階から放たれた弾丸。
倒れている男達の中に、それに気づいた者はいなかった。
「それにしても、君は一体、何者なんだ? さっきの動きは、なんと言うか……人間離れしすぎていると思うのだが」
「……とある組織に作られた、改造人間って言ったら、信じる?
人を殺すために生み出され、兵器として利用されるはずだった、異常に強化された改造人間」
「にわかには信じがたいが……さっきのを見た後では、信じるしか無い気がするよ。
それじゃあ、君はその、組織の仕事でここに?」
「いいえ。私を作った組織は、もう無いわ。私が滅ぼしたから」
爬虫類のような眼をした少女の瞳から、その感情はうかがい知れない。
けれど男は少女の口調から、わずかに感情の色を感じた。
「生きる喜びを感じる機能も、人類の繁栄を願う気持ちも、誰かの幸せを祈る心も無い。
あるのはただ、人を殺す能力だけ。
それがどれだけつまらないことか、貴方にわかる?」
淡々とした口調の中にこもる、静かな怒りの色。
「恋も、友情も。楽しさも哀しみもわからない。
知っている感情と言えば、無感情と、怒りと、退屈だけ。
それが、どれだけつまらないことか」
怒気がこもる。
「何のために、私は生まれてきたの?
どうして、こんなつまらない人生を、目的を、押し付けられることになってしまったの?
他の人は、喜んだり、悲しんだり、愛し合ったり競い合ったり。
あんなにも、楽しそうに過ごしているのに。
どうして私には、その心が、そのための欲望が備わっていないの?」
怒気がこもる。
「私が、誰かを殺すためだけに生み出されたというのなら。人の殺意が、私を生み出したというのなら。
私はそれを許さない。
だから、だから、だから……」
その言葉を境に、少女から感情の色が消えた。
怒りから、無感情に。
「私は、復讐する。こんなつまらないものを生み出した、人の『殺意』に」
そして退屈そうな、淡々とした口調に。
「だから、殺し屋をしているの。人を殺したいなんて依頼してくる人間を、殺意を持った人間を、手っ取り早く見つけるために。
人を殺そうとしている奴は、殺される。そんな噂が広まれば。誰も殺意なんて、抱かなくなるかもしれないでしょう?」
少女の語るその思想は、あまりにも稚拙で、矛盾に満ちた穴だらけのものだったが。
男は、それを否定しなかった。
同じようなことを、男もまた、考えたことがあったのだから。
「なるほどね、事情はわかった。
俺も事情は違えど、人の殺意ってやつがあまり好きではなくてね。
俺が仕事を請け負わなくても、他の誰かが仕事を頼まれるだけだから、あえて殺しの仕事を受けることにしているが……」
一呼吸の間をおいて、話すべき相手か見極める様に少女を見つめてから、男は言葉を続ける。
「人を殺したいなんて依頼してきた依頼主を、後で必ず殺すことにしている。
殺し屋としての名前とは、別の名前でね。
良ければ、手を組まないか? 俺と一緒に居れば、君の望む『殺意を持った人間』って奴に出会いやすいだろうし。
お互いに仕事がやりやすそうだ」
「……悪くないかもしれないわね。正直、難しい事を考えるのは苦手で、あまり依頼が来なくて困っていたところだし」
男は、思う。
自分が、少女が、本当に殺したいのは。殺さなくてはならないのは。
殺しに手を染めている、自分達自身だ。
けれど、その前に。やらなくてはならないことがある。
自分をこの世から消す前に、消さなくてはならない相手がいる。
その相手がいる限り……
自分達は、この道を生きていくのだろう。
その生き方が矛盾と間違いに満ちたものだと、百も知りながら。
「そうそう、殺し屋の仕事ではないかもしれないけれど。
とある国の首相が、戦争を起こしてたくさん人を殺そうとしているらしいのよ。
良ければその首相、一緒に殺しにいかないかしら?」
「それはまた、大仕事になりそうだな」
雑談のように、そんな会話を交わしながら。
二人の姿は、夜の闇の中に消えていった。
END
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