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Tea Time 13
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「いいわよ。勝っちゃんがお借りしてるミニのお礼ってことでいかが?」
「ちょ……、おかあさん」
思わず二人の会話に割って入ろうとした勝浩だが、武人は「いいっすよ、じゃ契約成立ってことで」と勝手に話を進めてしまう。
幸也と勝浩の仲をとりもとうと策を捻った武人であるが、よもやそのミニがきっかけで二人が言い争うことになったとは思いもよらない。
「そろそろ、帰るわ、俺」
おもむろに立ち上がったのは幸也だった。
途端、勝浩は、さっきから騒いでいた胸にズキ、と痛みを覚える。
ついに一言も言葉を交わさなかった。
「え、おい、待てよ、まだこれからだろ」
「明日、早々に実験なんだよ」
慌てて幸也に駆け寄った武人に、すげなく答えると、「じゃ、お先に失礼します。裕子先生、お会いできて楽しかったです」と幸也はリビングを出ようとした。
「小母様、たまには祖父のところにも遊びにいってやってくださいね。お邪魔しました」
リビングを出る前に奈央を振り返ってそう言うと、幸也は志央や七海はもとより勝浩と目も合わせようともせず、たったか玄関ドアを開けた。
「ちょっと待てって、幸也!」
裏の駐車場まで追いかけてきた武人は、幸也の肩を掴む。
「いったいどうしたんだよ、勝っちゃん、ほっといて帰る気かよ」
「裕子リンがいるだろ」
「違うだろ! 勝っちゃんと喧嘩でもしたのかよ」
しばしの沈黙のあと「多分、俺じゃだめなんだよ」と幸也は車のロックを外し、ドアを開けた。
「何だよ、それ、お前……んなこと聞いたら、泣くぞ、勝っちゃん」
「そんなに心配なら、お前が慰めてやればいいだろ」
「はあ? おい、幸也……」
聞く耳をもたないといった感じで、幸也はハンドルを切ると、通りに出たアウディはあっという間に見えなくなった。
「ユキちゃんって、アメリカ行ってカッコよさに磨きがかかったわね~」
「前から大人っぽかったものね」
「黙ってても女寄ってくるからな~」
幸也が帰ったあとのリビングでは、奈央が口を切って幸也評に沸いていた。
「でも! きっと本気の相手には一筋ですって」
軽い調子で言った志央に七海が反発する。
武人からこの作戦を持ち出された際、幸也の勝浩に対する思いを一応真摯なものとして考えようと思ったのだ。
何より勝浩の心を心配してのことである。
「甘いな、あのタラシがそうそう本気になるかよ」
とぼとぼと戻ってきた武人は、ちょうどそんな志央の台詞に眉をひそめ、勝浩に目を向けると、「お母さん、そろそろ」と裕子を促して立ち上がるところだった。
「長々とお邪魔しました」
「あ、勝っちゃん、あのさ……」
きちっと奈央に挨拶した勝浩は、あたふたしている武人に、「タケさん、来週のロクたちの健診、ちゃんとお願いします」と言い置いて、奈央の家をあとにした。
「あ~あ」
ミニを見送って武人が大きくため息をつく。
「てんでダメじゃないっすか、タケさんの秘策」
横で七海がちょっと文句をたれる。
「何だよ、秘策って、二人で何企んでんだよ?」
秘策を半分ぶち壊す手助けをしてしまったなどと思いもよらない志央は、自分が仲間はずれになっていることが面白くないらしい。
「何も別に企んだりしてませんよ」
「嘘つけ! 今言ったじゃないかよ」
「そうでしたか?」
「言った! さっさと吐け!」
「いや別に気持ち悪くはないっすけど」
「ごまかすな、こら!」
楽しげに言い争うこっちのカップルは平和だと、武人はもう一度ため息をついた。
勝浩とともに武人も在籍する大学の『動物愛護研究会』は、主に月一のペースで動物たちを連れて施設を回ったり、盲導犬や聴導犬育成のセミナーの手伝いなどという活動をしている。
もともとは保護した犬や猫を世話しているだけの集まりだったのが、勝浩が入会して以来、そういった活動で大学内外でも知られるようになってきた。
そんな中、今月の児童保護施設訪問を前に、獣医学部の付属病院に出向いて動物たちの定期健診をすることになっていた。
検診など、犬猫があまり好きでない場所に連れて行こうとするとき、人手という以外に大型犬を扱える武人はなくてはならない存在である。
勝浩の愛犬ユウを含め、ゴールデンレトリバーのロクとハスキーのビッグ、二匹の大型犬の他に、中にはヨークシャーのヨーク、柴系の雑種のポチ、それにシェトランドのチェリーに数匹の猫が加わる。
たまに彼らの活動に賛同したというカンパがあったりペットフードの差し入れがあったりするが、活動費用から犬猫のご飯代その他諸費用は研究会に所属するメンバーがバイトでほぼまかなっている。
「検見崎、どしたん? 珍しいじゃん」
垪和にからかわれながら、この日武人は時間前に現れ、きっちり犬たちを検診させると、勝浩の手があくのを待っていた。
奈央の家でみんなで顔を合わせた金曜日から数日が経つ。
武人は勝浩と幸也のことが気がかりだったが、仕事も忙しいし、どうしたものかと考えあぐねていた。
「勝っちゃん、ちょっといいか?」
検診のあと動物たちを落ち着かせると、当番をのぞいてみんなそれぞれ散っていき、最後にユウを連れてボロいクラブハウスを出た勝浩に武人が声をかけた。
「レポートありますから、そんな時間ないですけど」
勝浩は硬い表情のまま武人を見た。
「ちょ……、おかあさん」
思わず二人の会話に割って入ろうとした勝浩だが、武人は「いいっすよ、じゃ契約成立ってことで」と勝手に話を進めてしまう。
幸也と勝浩の仲をとりもとうと策を捻った武人であるが、よもやそのミニがきっかけで二人が言い争うことになったとは思いもよらない。
「そろそろ、帰るわ、俺」
おもむろに立ち上がったのは幸也だった。
途端、勝浩は、さっきから騒いでいた胸にズキ、と痛みを覚える。
ついに一言も言葉を交わさなかった。
「え、おい、待てよ、まだこれからだろ」
「明日、早々に実験なんだよ」
慌てて幸也に駆け寄った武人に、すげなく答えると、「じゃ、お先に失礼します。裕子先生、お会いできて楽しかったです」と幸也はリビングを出ようとした。
「小母様、たまには祖父のところにも遊びにいってやってくださいね。お邪魔しました」
リビングを出る前に奈央を振り返ってそう言うと、幸也は志央や七海はもとより勝浩と目も合わせようともせず、たったか玄関ドアを開けた。
「ちょっと待てって、幸也!」
裏の駐車場まで追いかけてきた武人は、幸也の肩を掴む。
「いったいどうしたんだよ、勝っちゃん、ほっといて帰る気かよ」
「裕子リンがいるだろ」
「違うだろ! 勝っちゃんと喧嘩でもしたのかよ」
しばしの沈黙のあと「多分、俺じゃだめなんだよ」と幸也は車のロックを外し、ドアを開けた。
「何だよ、それ、お前……んなこと聞いたら、泣くぞ、勝っちゃん」
「そんなに心配なら、お前が慰めてやればいいだろ」
「はあ? おい、幸也……」
聞く耳をもたないといった感じで、幸也はハンドルを切ると、通りに出たアウディはあっという間に見えなくなった。
「ユキちゃんって、アメリカ行ってカッコよさに磨きがかかったわね~」
「前から大人っぽかったものね」
「黙ってても女寄ってくるからな~」
幸也が帰ったあとのリビングでは、奈央が口を切って幸也評に沸いていた。
「でも! きっと本気の相手には一筋ですって」
軽い調子で言った志央に七海が反発する。
武人からこの作戦を持ち出された際、幸也の勝浩に対する思いを一応真摯なものとして考えようと思ったのだ。
何より勝浩の心を心配してのことである。
「甘いな、あのタラシがそうそう本気になるかよ」
とぼとぼと戻ってきた武人は、ちょうどそんな志央の台詞に眉をひそめ、勝浩に目を向けると、「お母さん、そろそろ」と裕子を促して立ち上がるところだった。
「長々とお邪魔しました」
「あ、勝っちゃん、あのさ……」
きちっと奈央に挨拶した勝浩は、あたふたしている武人に、「タケさん、来週のロクたちの健診、ちゃんとお願いします」と言い置いて、奈央の家をあとにした。
「あ~あ」
ミニを見送って武人が大きくため息をつく。
「てんでダメじゃないっすか、タケさんの秘策」
横で七海がちょっと文句をたれる。
「何だよ、秘策って、二人で何企んでんだよ?」
秘策を半分ぶち壊す手助けをしてしまったなどと思いもよらない志央は、自分が仲間はずれになっていることが面白くないらしい。
「何も別に企んだりしてませんよ」
「嘘つけ! 今言ったじゃないかよ」
「そうでしたか?」
「言った! さっさと吐け!」
「いや別に気持ち悪くはないっすけど」
「ごまかすな、こら!」
楽しげに言い争うこっちのカップルは平和だと、武人はもう一度ため息をついた。
勝浩とともに武人も在籍する大学の『動物愛護研究会』は、主に月一のペースで動物たちを連れて施設を回ったり、盲導犬や聴導犬育成のセミナーの手伝いなどという活動をしている。
もともとは保護した犬や猫を世話しているだけの集まりだったのが、勝浩が入会して以来、そういった活動で大学内外でも知られるようになってきた。
そんな中、今月の児童保護施設訪問を前に、獣医学部の付属病院に出向いて動物たちの定期健診をすることになっていた。
検診など、犬猫があまり好きでない場所に連れて行こうとするとき、人手という以外に大型犬を扱える武人はなくてはならない存在である。
勝浩の愛犬ユウを含め、ゴールデンレトリバーのロクとハスキーのビッグ、二匹の大型犬の他に、中にはヨークシャーのヨーク、柴系の雑種のポチ、それにシェトランドのチェリーに数匹の猫が加わる。
たまに彼らの活動に賛同したというカンパがあったりペットフードの差し入れがあったりするが、活動費用から犬猫のご飯代その他諸費用は研究会に所属するメンバーがバイトでほぼまかなっている。
「検見崎、どしたん? 珍しいじゃん」
垪和にからかわれながら、この日武人は時間前に現れ、きっちり犬たちを検診させると、勝浩の手があくのを待っていた。
奈央の家でみんなで顔を合わせた金曜日から数日が経つ。
武人は勝浩と幸也のことが気がかりだったが、仕事も忙しいし、どうしたものかと考えあぐねていた。
「勝っちゃん、ちょっといいか?」
検診のあと動物たちを落ち着かせると、当番をのぞいてみんなそれぞれ散っていき、最後にユウを連れてボロいクラブハウスを出た勝浩に武人が声をかけた。
「レポートありますから、そんな時間ないですけど」
勝浩は硬い表情のまま武人を見た。
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