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クリスマスの空 2
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「……っち!」
慌ててカップを口から離す力に、「ゆっくり飲めばいいのに」と佑人は呟く。
「受験だって、そんな焦らなくても、別に一浪くらい……」
「そうはいかねんだよ」
「だったら、もっと早く加藤先生に進路のこと相談しておけば対策も……。第一、みんなにも何も言ってないんだろ? 俺はたまたま聞いちゃっただけだし」
「んなもん、合格してみなけりゃ、口にできっかよ。対策ったって、実力の問題だろーが」
今度はサンドイッチを乗せた皿を持ってきた練がフンと鼻で笑う。
「この頑固モンに何言ったってムダムダ」
早速、力はサンドイッチに手を伸ばし、ガツガツと、いっそ小気味よく平らげていく。
「でも、ボーダーライン上なら、もう少し頑張ればきっと大丈夫だよ」
力は佑人の言葉を聞くと、首を振りながらサンドイッチを口に押し込み、コーヒーで流し込む。
「お前の頭と一緒にすんな」
「何だよ、それ」
またもや二人の様子が険悪気味になりつつあるのを見て、「おーっと、そろそろ客が来る」と練が口を挟む。
練の言った通り、やがてチワワを抱いた常連の有閑マダムがドアを開けた。
何となくそのまま互いにわだかまり状態で、佑人は先に店を出た。
ドアを閉める佑人の背中を目で追いながらサンドイッチを平らげた力は、そのままソファにどっと凭れ掛かる。
「お前さ、もちっと佑人くんに優しくしねぇと、坂本っちゃんに取られっぞ」
しばし常連のマダムと軽口を聞いていた練は、力の前の空いた皿を取りあげながら、こそっと力に言った。
「うっせー!」
ギロリと練を睨みつけると、力は鞄から模試結果が記載されたシートを取り出した。
「ボーダーライン上だから、頑張れば夢じゃないってとこまできてるんだ。東山が伸びたのも奇跡みたいなもんだが、お前、ここ半年でここまできたってのは青天の霹靂だぞ。まあ、頭のデキは満更でもないのに取り掛かるのが遅いんだよ。そういや、坂本や成瀬らと勉強会やってんだって? それが功を奏したってとこか」
先日の進路指導の折、加藤にもそんなことを言われた。
確かに、焦るなんてこととはつい縁がなかったいつもの自分なら、入れなきゃ浪人でもするさ、くらいでどんと構えているところだろう。
だが、少しばかり違ってきたのは佑人の存在があったからだ。
佑人と関わると何かしら焦りがある。
佑人に近づく誰か、佑人が認めている誰か、そんなことを考えると、仮に卒業しても自分だけ進学できなかったという状態になったとしたら我慢ならないのだ。
特に、坂本は九十九パーセント、佑人と同じ大学に進学する。
あの宗田などは、とっくに医師として自立している大人だ。
もし力が浪人などということがになったら、佑人の兄の郁磨にしても坂本と自分とを見る目が違ってくるだろう。
郁磨は覚えていないかもしれないが、小学校の時だ、秋頃だったろう、佑人に預けた仔犬がどうしているか気になってこっそり佑人の家の庭に忍び込んだことがあったのだ。
佑人の家を取り囲んでいるのは生垣で、ちょうど子供一人くらいなら入り込めそうなところを見つけて庭に入ったはいいが、広くてどこへどう行っていいかわからない。
うろうろしていたところへ、いきなり声をかけられた。
「迷っちゃったの?」
振り返ると既に高校生だったろう郁磨が空手衣を着てにっこり笑っている。
「お、おう」
「空手、習いに来たんならこっちだよ」
違う、とも言えず、郁磨について道場の方へ案内してもらったものの、「今日は帰る」と言ってそそくさと退散した。
明らかに空手とは関係ないところにいた力に優しくしてくれた郁磨を、力は密かにこいつは大物だ、と一目置いたのだ。
以来、郁磨の目が、力は苦手だ。
昨年、啓太にせがまれて佑人の家を訪ねた時、つい、名前を偽ったのもそんなところに理由があった。
ちぇ、俺はどうせ、ちっちぇえ、臆病もんだよ!
大体、佑人の家に忍び込んだのも仔犬が気になったというのもあるが、本当は夏休み明け、力に声をかけてきた佑人に、「なまっちろいお嬢ちゃんみてぇなヤツ、連れて行けるか」などと、つい例によって心の中とは裏腹なことを口にしてしまってから後悔して、佑人の様子が知りたかったのだ。
たまにその辺のガキ大将と喧嘩をして膝や腕に傷をこさえた力を、祖母が連れて行ってくれるたは宗田医院で、ちょうど院長と囲碁の相手に佑人の祖父がきていたりすると祖母が加わって世間話になり、力は彼らの話から佑人のことや郁磨が空手の全国大会で優勝したなどの情報も聞き知ることになった。
そういったことは佑人にはまだ話してはいないが、小学校で初めて佑人に会って以来、忘れられない存在になったことは事実だし、中学はちがったものの、老人たちの話から佑人のことを聞き出して知っていた。
だから同じ高校に佑人が進学したことも意外ではなかった。
自分の殻に閉じこもり、周りにバリヤを張り巡らせてしまっていることも何となくわかって気になっていたが、二年で同じクラスにならなければ近づくことはできなかったかもしれない。
何といっても、啓太のお蔭ってやつ?
周りはどう思っていたか知らないが、あの妙なグループは啓太が引き合わせたものだ。
無邪気で人を疑うってことがない啓太なんかも、かなり大物だよな。
力は、フウ、と何やららしくもない溜息をついた。
慌ててカップを口から離す力に、「ゆっくり飲めばいいのに」と佑人は呟く。
「受験だって、そんな焦らなくても、別に一浪くらい……」
「そうはいかねんだよ」
「だったら、もっと早く加藤先生に進路のこと相談しておけば対策も……。第一、みんなにも何も言ってないんだろ? 俺はたまたま聞いちゃっただけだし」
「んなもん、合格してみなけりゃ、口にできっかよ。対策ったって、実力の問題だろーが」
今度はサンドイッチを乗せた皿を持ってきた練がフンと鼻で笑う。
「この頑固モンに何言ったってムダムダ」
早速、力はサンドイッチに手を伸ばし、ガツガツと、いっそ小気味よく平らげていく。
「でも、ボーダーライン上なら、もう少し頑張ればきっと大丈夫だよ」
力は佑人の言葉を聞くと、首を振りながらサンドイッチを口に押し込み、コーヒーで流し込む。
「お前の頭と一緒にすんな」
「何だよ、それ」
またもや二人の様子が険悪気味になりつつあるのを見て、「おーっと、そろそろ客が来る」と練が口を挟む。
練の言った通り、やがてチワワを抱いた常連の有閑マダムがドアを開けた。
何となくそのまま互いにわだかまり状態で、佑人は先に店を出た。
ドアを閉める佑人の背中を目で追いながらサンドイッチを平らげた力は、そのままソファにどっと凭れ掛かる。
「お前さ、もちっと佑人くんに優しくしねぇと、坂本っちゃんに取られっぞ」
しばし常連のマダムと軽口を聞いていた練は、力の前の空いた皿を取りあげながら、こそっと力に言った。
「うっせー!」
ギロリと練を睨みつけると、力は鞄から模試結果が記載されたシートを取り出した。
「ボーダーライン上だから、頑張れば夢じゃないってとこまできてるんだ。東山が伸びたのも奇跡みたいなもんだが、お前、ここ半年でここまできたってのは青天の霹靂だぞ。まあ、頭のデキは満更でもないのに取り掛かるのが遅いんだよ。そういや、坂本や成瀬らと勉強会やってんだって? それが功を奏したってとこか」
先日の進路指導の折、加藤にもそんなことを言われた。
確かに、焦るなんてこととはつい縁がなかったいつもの自分なら、入れなきゃ浪人でもするさ、くらいでどんと構えているところだろう。
だが、少しばかり違ってきたのは佑人の存在があったからだ。
佑人と関わると何かしら焦りがある。
佑人に近づく誰か、佑人が認めている誰か、そんなことを考えると、仮に卒業しても自分だけ進学できなかったという状態になったとしたら我慢ならないのだ。
特に、坂本は九十九パーセント、佑人と同じ大学に進学する。
あの宗田などは、とっくに医師として自立している大人だ。
もし力が浪人などということがになったら、佑人の兄の郁磨にしても坂本と自分とを見る目が違ってくるだろう。
郁磨は覚えていないかもしれないが、小学校の時だ、秋頃だったろう、佑人に預けた仔犬がどうしているか気になってこっそり佑人の家の庭に忍び込んだことがあったのだ。
佑人の家を取り囲んでいるのは生垣で、ちょうど子供一人くらいなら入り込めそうなところを見つけて庭に入ったはいいが、広くてどこへどう行っていいかわからない。
うろうろしていたところへ、いきなり声をかけられた。
「迷っちゃったの?」
振り返ると既に高校生だったろう郁磨が空手衣を着てにっこり笑っている。
「お、おう」
「空手、習いに来たんならこっちだよ」
違う、とも言えず、郁磨について道場の方へ案内してもらったものの、「今日は帰る」と言ってそそくさと退散した。
明らかに空手とは関係ないところにいた力に優しくしてくれた郁磨を、力は密かにこいつは大物だ、と一目置いたのだ。
以来、郁磨の目が、力は苦手だ。
昨年、啓太にせがまれて佑人の家を訪ねた時、つい、名前を偽ったのもそんなところに理由があった。
ちぇ、俺はどうせ、ちっちぇえ、臆病もんだよ!
大体、佑人の家に忍び込んだのも仔犬が気になったというのもあるが、本当は夏休み明け、力に声をかけてきた佑人に、「なまっちろいお嬢ちゃんみてぇなヤツ、連れて行けるか」などと、つい例によって心の中とは裏腹なことを口にしてしまってから後悔して、佑人の様子が知りたかったのだ。
たまにその辺のガキ大将と喧嘩をして膝や腕に傷をこさえた力を、祖母が連れて行ってくれるたは宗田医院で、ちょうど院長と囲碁の相手に佑人の祖父がきていたりすると祖母が加わって世間話になり、力は彼らの話から佑人のことや郁磨が空手の全国大会で優勝したなどの情報も聞き知ることになった。
そういったことは佑人にはまだ話してはいないが、小学校で初めて佑人に会って以来、忘れられない存在になったことは事実だし、中学はちがったものの、老人たちの話から佑人のことを聞き出して知っていた。
だから同じ高校に佑人が進学したことも意外ではなかった。
自分の殻に閉じこもり、周りにバリヤを張り巡らせてしまっていることも何となくわかって気になっていたが、二年で同じクラスにならなければ近づくことはできなかったかもしれない。
何といっても、啓太のお蔭ってやつ?
周りはどう思っていたか知らないが、あの妙なグループは啓太が引き合わせたものだ。
無邪気で人を疑うってことがない啓太なんかも、かなり大物だよな。
力は、フウ、と何やららしくもない溜息をついた。
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