わざわい

あさのいりえ

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わざわい2

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 ただの風邪だと思っていた。バイトを休みたくて、とりあえず近くのクリニックを受診した。そこで測ってみると熱が上がっていた。別室に連れて行かれ、その上に酸素飽和度が低く、念の為の検査で陽性が判明した。そのまま迎えが来て宿泊療養施設へと運ばれた。
 高齢の親と同居だったので、仕方が無いとも思った。彼らも濃厚接触者として検査したが陰性だったらしい。着替えや身の回りのものは届けてくれた。
 のんびり過ごせるかと思っていたのに高熱が続き、酸素飽和度が上がらず、ベッドから起き上がれず2週間。
 やっと熱が下がり、検査も陰性が2度続き自宅療養になった。この頃はまだまだ分からないことが多く療養の期間も内容も世界中が手探りの状態だった。
 自宅に帰ると、両親は怯えていた。部屋の前に三食を置き、会話も無く、トイレを使用すると消毒を激しくするのでうんざりもしたが、体力も気力も戻らずほとんど自分の部屋から出ずに横になって過ごした。あっという間にひと月が経っていた。
 落ち着いて色々考えられるようになって、バイト先には迷惑をかけたと思った。接客業だから、保健所の立ち合い調査が入り営業停止となった筈だ。
 母親から、お菓子を買ってきたので持ってバイト先に挨拶に行けと説得された。迷惑をかけたのだから直接行って謝ってこいと。
 謝ったところで、かなり迷惑をかけてるからもう働かせてくれないだろうから、嫌だといった。が、ヒトとしてそれはあんまりだと。感染は不可抗力と店長は言ってくれてたらしい。先ずはキチンと挨拶に行って、それから違うところでも良いから働き始めてほしいと言われた。
 行くと意外にも優しく迎えられた。母が言った通り、「キチンと挨拶」に来たのはお前だけだと言われ、明日からシフトを入れると言われ、そのままなんとなく働き始めた。
 バイト先では、マスクもして私語もせず消毒は徹底していた。ただ、自分に続いて、家族から感染したと休む高校生アルバイトややはり感染源はわからずに入院するほど重篤になったパートさんもいたらしい。
 働きながら、考えてみた。
 両親も陰性だったし、自分の友達と言っても少ないが接触のあった彼らは誰も感染してなかった。
 どこで感染したのか、思い当たる店があった。
 僕の白雪さん。
 その店は、店長が連れて行ってくれた。店長には目当ての娘がいた。初めて横に付いてくれたのが白雪さんだった。
 月に2度ほど、木曜夜のバイトのシフトが入らない日に通った。  
 笑顔で迎えてくれて、あまり飲めない自分に嫌な顔せず、バイトと知ってるので無理強いもせず、付き合ってくれた。楽しかった。
 最後に行った日に、初めて店の外まで送ってくれた。
 そこで店が休業するかもしれないと知らされた。そして初めて握手を求められ、嬉しかった。
 その手を引き寄せられ、初めてのキスをした。
 それから数日後に発熱し感染が判り、今に至っている。
 バイトを再開して、店まで行ってみたが、休業の貼り紙がしてあった。
 世間は落ち着きを取り戻してきた。様々な施策がされ、生活は変化していた。
 ある日、店長から正社員にならないかと言われた。久しぶりに飲みに行こうと誘われた。
 新しい店には、店長の目当ての子がいた。
 そして驚いていた。
「生きてたのね、びっくりだけど無事で良かった。」
 白雪さんは、発熱を隠して店に出て顧客に接触して感染を試していた。そして生き残った人が私の王子様だと言っていたと。もう発熱でおかしくなっていたのかもしれないと。
 彼女の発症で、店は営業停止になりそのまま閉店した。その後の白雪さんの行方はわからなくなった。重症で生死は不明とか、故郷に帰ったとか、様々な噂を聞いたらしい。
 今夜は、正社員に勧誘する男を連れて来ると言われていたけれど、あなたとは思わなかったと。雰囲気が変わったと。以前白雪さんといる時は何とも暗くて、ボーとして見えたけど、今はこざっぱりして、少し痩せたようだし、逞しくなってる。しみじみ全身を見ながら言われた。
 わざわい転じて福となす。
 母親から最近の自分の以前より健康に見える身体でアルバイトにせっせと通う様子に、言われ続けている言葉。
 ここでも言われてしまった。
 これで良かったのか?白雪さんに会いたいと切に思った。
 
 
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