フェイク ラブ

熊井けなこ

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第三章 雀と檻

雀と檻 1

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アイツは馬鹿なのか?


サングラスに派手なスーツ。
テーブルに肘を付き、投げ出した長い脚を組み、ポーズを決めているような格好。

アイツからしたら敵対するマフィアのシマの中、しかも冷血漢と恐れられている僕の家の前にある喫茶店の店先で飛んで来た雀に口笛でちょっかいを出していた。


「なんでうちのシマに来てんだよ…
目障り。早く消えろ。」

僕が近づくと雀は何処かへ逃げた。
そんな様子でさえ和かに眺めながら呑気な声が返って来る。

「あ?バレた?
……ただぁ…そちらのボスから返事がないからぁ…うちのボスが様子見てこいって…」

「1人で?痛めつけて人質にしてやろうか?
……はぁ…オフィスに行くか直接電話しろよ…
なんでボスの所じゃなくて
僕の家の前で寛いでんだよ…」

サングラスを外し僕に向ける顔は、何を言っているのか理解していないような表情。
僕は溜息を吐きながら向かいの席に座り、コイツのカップに口を付けた。

「……ホットじゃなくてアイスになってるよ…」

コーヒーじゃなく甘いココアでビックリしたけど、コイツのようなお子様にはお似合いだ。

「あぁ…だって……現在8時55分。
お前の家から男が出て来たのが8時10分。
えっと…その男に銃を突きつけたのが8時13分。
ココアを頼んだのが8時15分。
そりゃ30分以上経ってたら冷めるよねー」

「あん?
10分13分の内容意味分かんないんだけど?
気持ち悪い。ストーカーよりタチ悪い。」

「いや~…女の方でしたら
銃なんて使わないんですけどね?
良いんだか悪いんだか黄 智艶(コウ ジイェン)さんのお相手はいつも男でしてぇ…」

「……捻くれた嫌がらせにも程がある。
連絡が取れなくなる男が多いのはそのせいか…
……そんなに僕がモテるからって、
変な嫌がらせしてないで?
お前もそういう趣向なら
その辺の男捕まえて尻見せてご覧よ。
お前のその顔なら喜んで突っ込む男いるかもよ。
あ!けど最小限しか話すなよ?
アホがバレるから。」

コイツの顔は男女関係なく最高に整っている。
この顔だったら生きやすかったよなー…とか羨ましくなる程。

「…嫌がらせ?……これって嫌がらせ?」

「……そう見えるだろって…」

「俺にはそっちの行動の方が
俺に対して嫌がらせだけどね。」



いつも…'何も分かりません'って顔をして自分の事だけ考えてそうなヤツ。
だから何故か気が緩んで自分の弱い所を見せてしまった僕の方が大馬鹿なんだろうな……

今もうっかり気が緩んで、コイツを見ながら返事に戸惑ってしまった。そんな僕の正面から更に上半身を乗り出して見つめてくる。

'わかるだろ?'って……
……わからないふりをしていろんな相手と身体の関係を楽しんでいる。
そしてコイツ… 緑 泰鳳(リュー テフォン)に口づけして…手を出そうとしたのが間違いだった。


何週間か前のホテル。僕の素性はバレていた。
コイツもツーマフィアだと教えてくれた。
けどホテルへ一緒に入ったからにはそうなると思って唇を重ねた。何度も。
けどその先には進ませてくれなかった。


『俺エッチしたら絶対好きになっちゃうもん。
責任とってくれるならいいけど。』


そんな宣言をされて
僕の冷たい心臓が怖気ずくなんて

初めてだった。








5年前。

僕には義務教育って制度も関係無い。
チンピラがチンピラを産み育て…
そんな世の中の掃き溜めのような所で生きていた。


「うちに来ないか?」

年齢はそう上ではなさそうなのに僕の見窄らしい格好とは違い、高そうな服に高そうな時計、
しゃがんでいた僕の目の前に黒光りする靴。

「……誰?今、マフィアと争った後だから
ヘトヘトなんだけど…」

高級な店とは言えない飲食店。
寛げない椅子に汚れたテーブルは見渡す限り倒れてる。
店を真面目に手伝っていても、タチの悪いマフィアに絡まれて散々な店内に嫌気が込み上げてはいるけど、どうする事も出来ない。
ただ、店主に酷く怒られる事だけを考えていた。
散乱するガラスを踏みつけながら近づく彼の靴は、今にもガラスが貫通しそうな僕の靴とは大違い。

「その……マフィアになる気は無い?」

「何?アンタもマフィアなの?
じゃあこの荒れた店内どうにかしてよ。
アンタの仲間がやってったんじゃない?」

「ああ、悪かった。
けど、キミ怪我して無いね?
キレイな身のこなしで見惚れたよ。」

「………」

喧嘩は毎日のように繰り返してる。
身を守る動き、相手を倒す一撃は、呼吸するより上手くなった。

「店内を元通りにさせとく。
キミ、僕の護衛になる気は無い?
今…そのマフィア、父がボスなんだけど
僕の事、嫌いな仲間もいてね?まぁそんな輩、
関係無く、もうすぐ僕が継ぐんだけど。」

「………時期、ボス?」

「そう。この店で働く何倍も給料を出すし
キミの望みを叶えるよ?」

僕の望み……なんだろう。

僕がチンピラを産み出さない事…?

チンピラを犬死にさせない事…?


ただ、今の生活から抜け出すだけでも十分な望みだった。

「……ボス。お世話になります。」


口角を上げるだけで笑わない彼。
彼がこの辺のマフィアを取り仕切るボスか。
なるほど。漂う風格。
高級な装飾を着こなす時期ボスはこんな僕とは血統が違うんだろう。




次期ボスは僕にとって初めからボスで…
何故か初めから崇拝してしまった。


「……ジイェン。今日も僕の部屋に来てくれ。」

何度、身体を求められても不思議に思わない程に。

ボスは直ぐにボスになった。
仲間からはそれ程狙われなかった。
ボスの手腕に文句を言う奴がいなかったから。
その分外からの攻撃は絶え間なかった。
どこからでも飛んで来る銃弾。
一日中撃ち合う事や、弾と弾の間を走り抜ける事が多かった。

仲間を守る仕事が多くなって血を見る機会が多くなるにつれ、部屋に呼ばれなくなったのを不思議に思った。
…僕の身体に飽きたのかな。

いろんな男、女が部屋に呼ばれていくのを横目に僕もいろんな男、女に手を出してみた。

まれにボスの相手をした相手にも。



「ジイェン、俺がやった男とやったんだって?
どうだった?」

「はい。どうって…普通ですかね?
どんな相手が好みなのか
知りたかったんですけど…」

「…じゃあ、もうするな。
別に好みなんて無い。」

「……はい。」

「もう、するなよ。」

その時、冷たい目で睨まれた。
2度、強く念を押された。
…多分、今までで1番キツイ表情で。

それ以降、ボスがやった人に手を出す事は辞めた。



女も男も次々と捨てていくボス。

僕の事も本当は捨てたかったのかも知れない。
けど、護衛の仕事は上手くいっていたし、何なら僕の部下であるチンピラも護衛として育て上げた。
彼の言う事、したい事、何となく理解出来たし、理解したいと思っていたからこんな順応な部下、捨てるのは勿体ないと思ってくれているのかも。


優しさのカケラも持ち合わせていないボス。
時々見せる不可解な行動は、実は優しさなのかもな…なんて期待したりして。







「………っ………ぁ……っ……」

Office KIMU 4階。

ノックをしても返事が無い中、静かに部屋に入るとボスのオモチャ様、アイマスクをしたソクワンさんが裸の状態でベットの上にいた。
首輪を付けてチェーンはベットに繋がれた状態。
両手首には手錠がかけられ、肘と膝を着いて四つん這い。
…いや、うずくまって前を隠すような格好だ。
ソクワンさんの口からも前からも糸を引きながら液体が溢れ落ちている。
ソクワンさんの息遣いとバイブレーターの電子音だけが響いている。

「……あっ……もぅ……
………ボ…ス?……っ……」

ボスに放置されたんだろうけど、僕にはどうする事も出来ない。
手を出したら、またあの冷たい目で睨まれる。

「………ぁ……っぁ…っぁ…」

こんな状態、いつから…

ボスの冷たい目が脳裏にちらついても…
赤い唇が僕を誘っているようでその唇に指を突っ込まずにはいられなかった。

それだけで跳ねる身体。

「……ボ…シュっ?」

…ジイェンだ…と答える気は無い。
隠れて、少しだけ…ボスが手放せない彼、ソクワンさんはどんな身体なのか…
いつも僕を頼ってくれるソクワンさんは僕の指を舐めながらどんなふうに乱れるのか…

一生懸命ボスの命令を聞き、時には不満が顔に出ていて…
それでも気丈に振る舞うソクワンさん…


あなたはもうご馳走を食べ飽きたのでは?

ソクワンさんの口から指を抜き、首輪のベルトを外すように両手で掴んだ…
その瞬間、静かな足音が近づいて来た。ボスだ。

何事も無かったようにシャワールームに身を隠し、ドアの隙間から入って来たボスとソクワンさんの様子を盗み見た。


ボスの冷たい瞳が暫くソクワンさんを見つめる。
快感に堪え、震えるソクワンさんを本当に暫く、長い時間。

あの唇、透き通る肌、溢れる液を間近で見ても何もしないのが不思議だ。

あの全てが今、ボスの物なのに。


不思議に思ってボスを盗み見続けていた。
立ち尽くしていたボスがふらつく。
肩を少し振るわせて口元を手で覆い…
泣いてる?笑ってる?

不可解な行動、表情。
不思議な感情が見えた。

何かを堪えるようにボスは無言でネクタイを緩め、ベルトを外しながらベットに上がりアイマスクを解いだソクワンさんの目の前に立つ。
ソクワンさんの苦しそうな息遣いだけが聞こえた。


楽しそうには見えなかった。

ソクワンさんも、ボスも。

それでも僕は、ソクワンさんを助けてあげるつもりは無い。
…助けて欲しいわけじゃないだろうし。

ボスの事も、理解出来ないと悟った。


全てを手にしている筈なのに可哀想とも思えた。

あんなに雲の上の存在だったのに。

シャワールームの奥、隠し通路から外へ出た。



ボスはお取込み中だし…
僕も誰かと楽しもうかな…

暇な時間、何をしようかとケータイ電話を手に取り、適当にかけた。


「これからメシに行くけど…」

『ああ、俺も行く。』

聞き慣れない低い声が馴れ馴れしく話してくる。
かけ間違えたか?

「誰?」

『…誰って…まぁ電話の持ち主では無いけど…
この持ち主と今から話があるから…
俺もご飯行こうかなって。』

「…偉そうに話すな。
誰だって聞いてる。まず名乗れ。」

『…テフォン…』

仲間のチンピラにそんな名前はいない。
何か厄介な事に巻き込まれていたら、助けるのも僕の役目。

「それで?ケータイの持ち主に何の話?」


それから電話越し、ペラペラと話す男。
けど、要点がイマイチ分からなかった。

テフォンとに連れられるまま、地方の児童施設まで行ったのが間違いだった。




何も分からないままで良かったのに。

ボスの事も、ソクワンさんの事も。
どうせ全て分からないのが世の中。


全て不透明な世界だから、自分の目や心が濁ってる事も重々承知。



だから分かりたくも無かった。


アイツの事も。

自分の事も。




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