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喫茶店員学生.弥生×大学生.朔

弥生×朔 ⑴

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さくさん、またね!」

「うん、また!」

ホテルを出てすぐ、何事も無かったように挨拶して別れる。


大学に通いながら飲食店でバイトする中、終電過ぎまで働く時も稀にあるけど帰らずに仕事した朝、遊んだ朝、今日のようにホテルでやりまくった朝…近くにあるいつもの喫茶店で珈琲を飲んでから家に帰るのが定番だった。


珈琲の香りに包まれ、体にも珈琲を注ぐことで甘ったるく気だるい自身の香りからシャキッとスイッチが切り変わり、母が待つ家へ帰る。
僕が幼い頃から片親の母は働き詰めだから、朝方帰ると大抵は寝ているけど。

それにしても今日のSEXは腰にきた。
だからネコはあんまり好きじゃない…
同じ性処理なら身体に負担がかからないタチの方が断然いい。
今も普通に歩くと腰に痛みが走り、喫茶店に入ってすぐにぎこちなく立ち止まってしまった。

「こちらの席へどうぞ。
いつもの珈琲お持ちします。
………腰痛ですか?」

喫茶店のマスターが休みの時は、僕と同い年くらいの無愛想な男が接客をして珈琲を出す。
今日はその男が心配そうに話しかけてきたからビックリし、更に腰痛がバレてビックリした。


「……あー、です。腰痛持ちで…」

腰を自分でさすりながら案内されたいつもの席に座り、笑顔で返事をした僕を睨んで男は奥へ消えた。……そう見えただけで睨まれては無い…はず。けど接客業のくせに営業スマイルなんて見た事ない。

モーニングの時間も終わりかけ、サラリーマンはほぼ出社し店内は僕だけだった。
そもそも今どきのカフェじゃないここは、普段も静かで落ち着いている。


…珈琲の香り…シャキッとする筈が寝不足のせいもあって座るとすぐ睡魔に襲われた。
閉じかけた目の前、テーブルに湿布が飛んできて…同時に湿布と珈琲の香りが混ざって何とも言えない香りに…

「それ温感湿布。
かなり効果あるからどうぞ。」

「え、え?」

「……僕も腰痛持ちなんで…」

更に更に…ビックリした僕は声が半分裏返っていたし、少し笑った顔が可愛くてビックリ…

「もしかして、その腰痛…
SEXが原因じゃないですか?
だとしたら僕と同じです。
…だからこそ、平気なように抱くんで今度…」


ビックリし過ぎてその後の会話自体あまり覚えていない。

たしか…抱かれる方が多いけど、僕の事なら優しくだけそうだとか…

次のバイトが終わったら、朝じゃなくて夜にこの店の前で待ち合わせとか…

…ラインも交換したような……

いつも無口だった男がペラペラと笑顔混じりに話していた。その内容が予想外だったのと近くで見た白い肌、顔の周りで動く大きな手、スッキリした目元、笑って初めて見えた白い歯…

……僕を抱く…?そういう話をしてるよな……


ビックリはしたけど、彼と肌を重ねてみたい欲が自然と湧いて…

彼からの誘いを承諾している自分にはビックリしなかった。






        今バイト終わったところ
        今日、約束通り??

お疲れ
約束通りだけど?
なんかあった?

        いや何もない
        そっち向かう



少しだけ交わされたラインで、彼が弥生やよいという名前、僕より1つ下、という事はわかった。

けど……次会ったら身体を重ねるはずなのにラインの文も無愛想で、全然甘い雰囲気にはならなくて今日の事とか確認してしまった。

まぁ、そういう感じでも無いし。

なんか僕の腰の痛みが無くなる抱かれ方?
教えてくれるボランティア?
みたいな感じなのかな。



喫茶店の店前、タバコを吸いながら佇む細い影。

「おまたせ。」

「ああ、お疲れ。」

1つ下のくせに敬語じゃない。
タバコを消す手元を見る彼は目も合わせない。動作は丁寧にも感じるけどぶっきらぼうにも感じる。

「……弥生は仕事大丈夫なの?」

「ああ、今日はマスターがいるから…」

「ああ、そっか。
あ、珈琲飲みたくなっちゃった。
一杯飲んで…っ…」

彼は急に僕の手首を掴み引っ張るように歩き出したから、しょうがなくそのまま僕も歩き始めた。

「……細ぇ手首…」

弥生が掴んでる僕の手首を睨み、ボソっと呟く。

「え?…え?」

細いから何だよ…別に……よく見ると自分の手首が本当に細く見える。
あ……弥生の手が大きいからだ。

「珈琲はまた今度!
俺が淹れてやるから!」

「え?え?入れてやるって!
きみが勝手に!
僕が弥生に入れたっていいんだけど!」

「…"いれる"違い…
コーヒーの話なのに…ははっ……
大きい声でそんな下ネタっ…」

手首は引っ張られたまま、身体も動かして大きく笑いだした。

"いれる"……珈琲の"淹れる"ね…

楽しそうに笑う弥生を睨んだ。
癖で頬が膨らんだかも。

「ムカつく…」

「あんたが可愛すぎるんだよ…」


甘くふんわり笑う弥生。
勘違いをバカにして笑いが止まらない弥生をずっと睨んだ。
……可愛い笑顔はそっちだし…


少しすると自分で自分を切り替えるように咳をしていつもの無表情に戻ったけど、手首はずっと掴まれたまま。

少し痺れてきても何故か振り解けなくて、弥生が離すまで待っていたらホテルの中までそのままだった。



「シャワー…先入る?」

「…どちらでも…
確認だけど…僕に入れたいの?
僕、タチの方が合って…」

「…今日は腰どう?
2.3日前の痛みは無くなった?」

「…うん。治ったけど…」

「じゃあ俺がタチで。その為に来たんで。」

「…そうだよね…じゃあシャワー先どうぞ。」


一度きり……な雰囲気。
弥生が僕を試しに抱いてみたい感じがすごく伝わる。そして僕も腰が痛くならないで満足出来る抱かれ方に興味があるけど…


シャワーを浴び、いつものようにお尻、身体を洗った。部屋へ戻るとガウンのまま大きなベットに座る弥生の正面に立つ。

「……痛くしないから…朔…さん…を
自由に触らせて下さい。」

「……いいけど、
試しに成功したら何なの?」

「試し?
俺が抱いて腰痛めなかったら成功?」

僕に向かって差し出される掌に手を乗せ、弥生の上になるようにベットに上がった。

手が口元まで引き寄せられ、甲にキスされる。


質問に質問で返されると答えが出ない。

今回は何となく受け身で彼の思考を探る。
この体勢で上のまま、組み敷いたって楽しそうなんだけどな…


甲のキスから指と指の付け根、彼の舌が伸びてヌルヌルと舐めとられる。
指から感じる湿った熱と、こちらに視線も向けずに真剣な顔で舌を動かす彼を見ているだけで下半身が疼きだす。

弥生のもう片方の手が僕のお尻を掴み、引き寄せられると2人の身体が密着する。
お尻の手が更に奥まで伸びて、ガウンが捲られ直接指でくすぐられた。

甘ったるい声が息と混ざって出そうになる。

片手は舌で愛撫されてるから、ベットに手をついて体を支えてるのは片手だけの状態。
上から弥生の口元を見つめるのも限界になって来た。

「……ん?どうしました?」

不意に重なる視線。

「……なんで腰を痛めない抱き方
知ってるのかなって…
プロなの?タチ…
あ、ネコの方が多いんだよね、
え、プロなの?」

「んなわけ…
まぁ数は多いかもしれないけど…」

微笑んだ軽さとは逆に、力強くお尻を引かれ、バランスが崩れてベットに沈む。
弥生はローションを指に馴染ませると、くすぐっていた指先が内側まで入って来た。

「……沢山経験があるから…
腰を痛めないように抱けるんだ…?」

俺より経験が多いとか…
まぁモテそうだから分かるけど…

長い指で擦られ、リズム良く指が動く。

「……ッ………アッ……気持ちイッ……」

「……キス、……してもいいですか?」

そういえば、唇にキスされない事で寂しさも感じていた。
SEXするのに、しないとか逆になんで?
……そういう関係のSEX経験が多くて、これもそういう身体の関係って事……
後ろと前の刺激に堪えながら消えそうな思考を巡らす。
…あ、聞くって事は…身体の関係よりも…深いのかな……

「……キス、したければどうぞ…」

何を考えてるのか掴めない彼に、全てを任せる事にした。
快感に耐えきれず感じるままになると、より刺激に敏感になる。

「……ッ…も……気持ちイぃし…
前……すぐ…ッちゃいそう……」

僕の上になっている弥生の肩に両腕を伸ばす。
目を合わせると、ゆっくりと弥生が唇へ優しく吸い付いてきた。
暫く繰り返されるキス。

少し離れた時、弥生から溜息が漏れた。


「……絶対…したら止められないと思った…」


呟かれた言葉は、確かに彼が呟いた…?

ビックリして目を見開くと、近くに真剣でつぶらな瞳。

「……何その驚いた顔…マジ可愛……」

目は見開いたまま、戻らない。
逆に弥生は目を細めて…ゆっくり…また唇を重ねてきた。
優しく食べられるように貪られる。
同時に前も後ろも…続く刺激。
たまらない。見開いた目を力強く閉じて、肩に置いていた両手で弥生の頭を抱きしめた。

……確かにキスが止まらない。

永遠に続くかのような中途半端な刺激に耐えられず…

「……ィっ…イ、れッて…!」

唇を離す際、改めて音が鳴るキスをされた後、ゆっくりと弥生のものが…
腰を痛めないようにと慎重に進めているみたいだけど…

「……ねぇッ……いいからッ…
お、く、ッついてッ…」

こんなに懇願するのは、弥生の手が気持ち良くて、中途半端な刺激でイッてしまいそうに…

「……そういう事言うから
腰をガンガン突かれるんじゃねーの…?」

「……こんなッ…こというの……
…お前が、…は…じめてだよッ…」

弥生の手の動きが止まってしまい、改めて弥生の顔を見ると…緩む口元。赤い頬。
……………照れてる?

「……腰…痛めたら…ゴメン。
痛めずに抱けるとか確証は全然無くて…
そういうふうに誘えば付き合ってくれるかなって、ただ…
優しくアンタを抱きたいと思ったんだ……」


何だこれ。強烈なご褒美?
こんな事で喜ぶ自分がオカシイ?

………はにかみながら話す弥生を、僕だって気持ち良くさせたい。

2人で、沢山、気持ち良く……





次の日、腰は………少しの痛みだった。
けど、あれだけ抱かれたのに少しだけの痛みは
奇跡だ。確かに力任せじゃ無かったような…

「……ゴメン。腰…やっぱ痛めて……
あ、温感湿布、店にあるから
これから寄って…」

「そ…うだね。店に寄って珈琲飲んで帰ろ。」


いつものように朝帰り。
いつものように喫茶店へ寄る。

けどいつもの腰の痛みは軽いし、彼の無愛想な態度も裏には可愛さが溢れてて……
時々腰に添えられる手から、甘過ぎず、彼の優しさが伝わった。




喫茶店の出入口に見慣れた女性。

「…あら!朔。
と、弥生君、おはようございますー。」

「母さん!どうしたの?」

「…おはようございます…」

「あ、お母さん…朔には言ってなかったけど
ここの喫茶店のマスターと…
お付き合いをさせて頂いていて…ね、
弥生君とも…何度も会ってる…って
朔もここの喫茶店来てたのね?
しかも弥生君と仲良かったなんて…」


あれよあれよと喫茶店の中に入り、改めてマスターに自己紹介。

もうそろそろ結婚しても…と考えていたマスターと母さんは、僕と弥生が知り合いと分かり、結婚、同居、と流れるように決まっていった。



「朔…兄さん。これから…家族ですね。」

いつもの席に座っているけど、客としてなのか…家族としてなのか…
相変わらず無表情な彼が正面に座っているから、いつもより居心地が悪いというか慣れないというか……

「あ、はい。」

弥生がポケットから温感湿布を差し出してきた。

「ありがと…」


カウンターの奥からは母とマスターの笑い声がする。

「……どうにかなるよ。」

僕の心配を全部まとめて断言してくれてるような、男らしい一言に頷いた。



いつも通ってた喫茶店のマスターと、
僕に似た母、
無愛想だけど笑顔が可愛い彼と
これからも腰痛やその他諸々悩みそうな僕。



4人での生活が始まった。



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