13 / 42
#02 虚ろなる学院生活
第13話
しおりを挟む
「────待ちなさい」
大祐との二ラウンド目を知らせるゴングが鳴るよりも先、屋上の戸の方からその声は響いた。
清廉かつ儚さを持つ声量の中にピンと一つ筋の通った可憐な少女の声。
たった二日聞いただけだというのに、もう見なくても理解ってしまうその声の主、ミーア・獅子峰・ラグナージが、銀灰の髪を優雅に靡かせながら俺達の間に歩み寄ってくる。
「もうすぐ昼休みが終わるというのに一体何をしているの?」
ミーアは俺に背を向けたままたった一言告げた。
すると大祐は、仰々しく張り付いた仮面のような笑顔を見せる。
「これはこれはミーア様、まさか貴方のようなお方がこのような場所に来られるとは、いやー私共はこうして彼と交流をしていただけで御座いまして。それにしても我々のような優秀な学院生によって構成された一-一ではなく、そんなみすぼらしい蒼色の校章を付けてまで落ちこぼれ集団の一-三に編入したと聞いた時は驚きましたよ、あ、ご挨拶が遅れましたが私は、グローバルナイトホーク社系列の子会社である梅野工業跡取り『梅野大祐』と申します。以後お見知りおきを」
高い身分の者と見るや自信を売り込もうと媚びを売ろうとする姿勢、態度、仕草。
それを悪びれも無く簡単にやってのけるのだから、金持ち共の毒親による洗脳だと当人は微塵も思っていない。
それどころか隣に居る女子学院性達も同じく挨拶しようと身構えている。
弱い者には力を振るい、強い者には巻かれる。
反吐が出る光景だな。
「あの、ミーア様、私は────」
「ねぇ、もうすぐ昼休みが終わるというのに一体何をしているの?」
ミーアは一言そう告げた。もう一度、全く同じトーンで。
その一動作だけでこの場の暖かな空気が、一気に氷点下まで振り切る様な重圧に襲われる。
怖い。
初めてミーアのことをそう思った。
相手にしないことでプライドを折るなんて生易しいものじゃない。
ミーアの今の姿勢は本気でこの場の誰もを人だと思っていない、対等の生物として扱ってない。そんな狂気が滲み出ていた。
まるで、人が小虫を殺す時に何の感情も抱かないのと同じように。
聞いていただけの俺も背中に嫌な汗が滲む。
当然、彼らも無い頭の代わりに本能でそのことを察したらしく、返す言葉も見つからず呆気に取られていた。
「ちっ、行くぞ」
大祐が彼女の千野と他の面々を連れてバツが悪そうに屋上の出口へと向かっていく。
力、身分、立場。何もかも敵わないと悟って彼らはこの場を後にする。
場を支配する。力を誇示するとはこういう状況を指す言葉なのだろう。
「イチルとか言ったな」
出口の前で大祐は振り返った。
「ミーア様の前でここまで恥かかせたお前は絶対に許さない。覚えておけよ」
この学院に通えない様にしてやる。
せめてもの負け惜しみ。
普段の俺ならきっと適当に嗤って返しただろう。
しかし今は眼の前のこの少女が、いつこちらへ牙を剥くのか、そのことだけで頭がいっぱいだった。
「────で、ホントに何しているかしら?」
喧騒が去り、程なくしてミーアはいつもの調子で軽やかに振り返る。
その動きと連動してフリル調のコルセットスカートが柔らかく弧を描いた。
「私に断りもなく逃げ出すとは、どうなるか判っているんでしょうね……って、ホントにどうしたのイチル?そんな切迫した顔なんて、らしくないわよ」
怪訝そうにミーアが眉を顰めて下から俺の顔を覗き込んでくる。
上目遣いのジト目という随分可愛らしい凄まれ方をされ、俺はようやくそこでハッと我に返った。
「べ、別に、ただの昼寝だよ……そしたら急にアイツらに襲われただけだ」
「ふーん、そ。でも気を付けなさい。この学院内には様々な思惑や派閥争いは日常茶飯事。面倒事が嫌いなら、精々巻き込まれないよう気を付けなさいな」
「いや、現在進行形でお前に……いや、何でもないです」
キロリと睨まれて思わず口籠る。
「別に私は無理矢理巻き込もうととしているつもりはないわ。ただ貴方の反応が面白く、ついって奴よ」
「虐めている自覚があるなら止めろ」
「なんで?私の唯一の楽しみなのに」
「それはそれは……、最高に最悪な趣味なことで」
「最高という点だけは否定しないわ」
「……嫌味で言ってるんだぞ」
「もちろん私も皮肉で言っているのよ」
思わず眉間を抑える俺の姿を見て、ミーアが楽しそうに頬を緩ませた。
「ねぇ、さっきはどうして本気を出さなかったの?」
黒レースの日傘を差し、ミーアはクルクルとステップを踏みつつそう告げた。
舞踏の嗜みもあるらしい少女の舞いは、小さな黒いバラが咲き誇るような軽快なワルツ。
「本気だったよ。だから避けてるばっかでやり返せなかっただろ」
僅かに見惚れていると、唐突な桜吹雪が俺達を襲う。
「……嘘吐き」
声が上から降りかかる。
見上げるとそこには落下用の金網に腰掛けたミーアが俺を見下ろしていた。
「おい、そんなところに登ったら危ないだろ」
四階屋上から覗く十四、五メートル下、春風に揺らいだ桜舞う景色はここから見ていても全身の血が冷たくなる。
「またそうやって逸らそうとして、私が本当に気付いていないとでも思っているの?」
ミーアは鉄柵の上で再びワルツを踊る。
クルクルと回る表情はずっと物憂げで、それを眺めていることしかできない俺には彼女が何を考えているのかさっぱり読み取ることができない。
コルセットスカートから覗く黒レースのハイソックスからは淡い白肌が艶めかしい対比を見せており、更には風で揺れた鼠径部には妖艶なガーターベルトが一瞬だけ姿を顕す。見た目こそ幼女そのものだが、その妙に大人びたギャップが男としての本能をそそられてしまうことを自覚して、悪いことをしているような背徳感から俺は思わず顔を背けた。
そうしているうちに遠くてチャペルの鐘が鳴る。しまった、五時限目の授業開始の合図だ。
「ねぇイチル────」
考えが纏まったらしいミーアは開いていた日傘を折りたたんだ。
「────私と一緒に授業サボらないかしら?」
大祐との二ラウンド目を知らせるゴングが鳴るよりも先、屋上の戸の方からその声は響いた。
清廉かつ儚さを持つ声量の中にピンと一つ筋の通った可憐な少女の声。
たった二日聞いただけだというのに、もう見なくても理解ってしまうその声の主、ミーア・獅子峰・ラグナージが、銀灰の髪を優雅に靡かせながら俺達の間に歩み寄ってくる。
「もうすぐ昼休みが終わるというのに一体何をしているの?」
ミーアは俺に背を向けたままたった一言告げた。
すると大祐は、仰々しく張り付いた仮面のような笑顔を見せる。
「これはこれはミーア様、まさか貴方のようなお方がこのような場所に来られるとは、いやー私共はこうして彼と交流をしていただけで御座いまして。それにしても我々のような優秀な学院生によって構成された一-一ではなく、そんなみすぼらしい蒼色の校章を付けてまで落ちこぼれ集団の一-三に編入したと聞いた時は驚きましたよ、あ、ご挨拶が遅れましたが私は、グローバルナイトホーク社系列の子会社である梅野工業跡取り『梅野大祐』と申します。以後お見知りおきを」
高い身分の者と見るや自信を売り込もうと媚びを売ろうとする姿勢、態度、仕草。
それを悪びれも無く簡単にやってのけるのだから、金持ち共の毒親による洗脳だと当人は微塵も思っていない。
それどころか隣に居る女子学院性達も同じく挨拶しようと身構えている。
弱い者には力を振るい、強い者には巻かれる。
反吐が出る光景だな。
「あの、ミーア様、私は────」
「ねぇ、もうすぐ昼休みが終わるというのに一体何をしているの?」
ミーアは一言そう告げた。もう一度、全く同じトーンで。
その一動作だけでこの場の暖かな空気が、一気に氷点下まで振り切る様な重圧に襲われる。
怖い。
初めてミーアのことをそう思った。
相手にしないことでプライドを折るなんて生易しいものじゃない。
ミーアの今の姿勢は本気でこの場の誰もを人だと思っていない、対等の生物として扱ってない。そんな狂気が滲み出ていた。
まるで、人が小虫を殺す時に何の感情も抱かないのと同じように。
聞いていただけの俺も背中に嫌な汗が滲む。
当然、彼らも無い頭の代わりに本能でそのことを察したらしく、返す言葉も見つからず呆気に取られていた。
「ちっ、行くぞ」
大祐が彼女の千野と他の面々を連れてバツが悪そうに屋上の出口へと向かっていく。
力、身分、立場。何もかも敵わないと悟って彼らはこの場を後にする。
場を支配する。力を誇示するとはこういう状況を指す言葉なのだろう。
「イチルとか言ったな」
出口の前で大祐は振り返った。
「ミーア様の前でここまで恥かかせたお前は絶対に許さない。覚えておけよ」
この学院に通えない様にしてやる。
せめてもの負け惜しみ。
普段の俺ならきっと適当に嗤って返しただろう。
しかし今は眼の前のこの少女が、いつこちらへ牙を剥くのか、そのことだけで頭がいっぱいだった。
「────で、ホントに何しているかしら?」
喧騒が去り、程なくしてミーアはいつもの調子で軽やかに振り返る。
その動きと連動してフリル調のコルセットスカートが柔らかく弧を描いた。
「私に断りもなく逃げ出すとは、どうなるか判っているんでしょうね……って、ホントにどうしたのイチル?そんな切迫した顔なんて、らしくないわよ」
怪訝そうにミーアが眉を顰めて下から俺の顔を覗き込んでくる。
上目遣いのジト目という随分可愛らしい凄まれ方をされ、俺はようやくそこでハッと我に返った。
「べ、別に、ただの昼寝だよ……そしたら急にアイツらに襲われただけだ」
「ふーん、そ。でも気を付けなさい。この学院内には様々な思惑や派閥争いは日常茶飯事。面倒事が嫌いなら、精々巻き込まれないよう気を付けなさいな」
「いや、現在進行形でお前に……いや、何でもないです」
キロリと睨まれて思わず口籠る。
「別に私は無理矢理巻き込もうととしているつもりはないわ。ただ貴方の反応が面白く、ついって奴よ」
「虐めている自覚があるなら止めろ」
「なんで?私の唯一の楽しみなのに」
「それはそれは……、最高に最悪な趣味なことで」
「最高という点だけは否定しないわ」
「……嫌味で言ってるんだぞ」
「もちろん私も皮肉で言っているのよ」
思わず眉間を抑える俺の姿を見て、ミーアが楽しそうに頬を緩ませた。
「ねぇ、さっきはどうして本気を出さなかったの?」
黒レースの日傘を差し、ミーアはクルクルとステップを踏みつつそう告げた。
舞踏の嗜みもあるらしい少女の舞いは、小さな黒いバラが咲き誇るような軽快なワルツ。
「本気だったよ。だから避けてるばっかでやり返せなかっただろ」
僅かに見惚れていると、唐突な桜吹雪が俺達を襲う。
「……嘘吐き」
声が上から降りかかる。
見上げるとそこには落下用の金網に腰掛けたミーアが俺を見下ろしていた。
「おい、そんなところに登ったら危ないだろ」
四階屋上から覗く十四、五メートル下、春風に揺らいだ桜舞う景色はここから見ていても全身の血が冷たくなる。
「またそうやって逸らそうとして、私が本当に気付いていないとでも思っているの?」
ミーアは鉄柵の上で再びワルツを踊る。
クルクルと回る表情はずっと物憂げで、それを眺めていることしかできない俺には彼女が何を考えているのかさっぱり読み取ることができない。
コルセットスカートから覗く黒レースのハイソックスからは淡い白肌が艶めかしい対比を見せており、更には風で揺れた鼠径部には妖艶なガーターベルトが一瞬だけ姿を顕す。見た目こそ幼女そのものだが、その妙に大人びたギャップが男としての本能をそそられてしまうことを自覚して、悪いことをしているような背徳感から俺は思わず顔を背けた。
そうしているうちに遠くてチャペルの鐘が鳴る。しまった、五時限目の授業開始の合図だ。
「ねぇイチル────」
考えが纏まったらしいミーアは開いていた日傘を折りたたんだ。
「────私と一緒に授業サボらないかしら?」
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる